魔法の基礎
宴の翌日、ヒカリとサヤとカネダは玉座の間に呼び出された。
「勇者ヒカリよ。昨日は勇者としての勤めご苦労だった。そなたのおかげで勇者のよい印象を周囲に広められたことで大いな希望となっただろう。これからも尽力してくれ」
王はヒカリに対して礼を言った。
「そんな。私は大したことはしてませんよ。ただまっすぐ皆さんに向き合っただけです」
ヒカリは頬を染めて手を振った。
「対勇者サヤもよくサポートしてくれた。特にマシニクルに技術提供したのは大きな功績だ。間違いなく後の世の発展に繋がるだろう」
王はサヤにも礼を言った。
「あたしは単純にスマホを見せただけよ。まさか開発なんて話になるとは思いもしなかったわ」
サヤは淡々とした口調で返した。
「勇者ヒデオは…この調子で頑張ってくれ」
カネダには適当な対応だな。むしろみんな忘れかけている名前で呼ぶだけでも温情な気がする。
「はい。ありがとうございます…」
カネダは冷たい目で王を見て言った。すっかりヴィレッタから色々吹き込まれたのを信じてるようだ。
「今回呼んだのはこれからの予定をおおまかに決めるためだ。何か援助出来ることはあるか?」
王はヒカリとサヤとカネダの方を向いて言った。
「まずは魔法を覚えたいわね。指導役にイドルを借りていいかしら?」
サヤはいきなりおれを指名してきた。
「私も先生はイドルさんがいいです。私たちに魔法を教えて下さい」
ヒカリはまっすぐな目でおれを見てきた。
「よかろう。イドルもそれでよいな?」
王は有無を言わせぬ口調で言った。
「やりますよ。どうせ拒否権はないんでしょう」
「よくわかっているではないか。しっかり頼んだぞ」
王はそう言ってニヤリと笑った。
「これからよろしくね。イドル先生」
「ご指導ご鞭撻お願いしますイドル先生」
はあ。いちいち教えるの面倒だから魔法学校の教師になるのを断ったのになぜこんなことになったんだ。勇者召喚になんか関わるものじゃないな。
「後世界のことが知りたいから資料室と図書館の閲覧許可が欲しいわ。出来れば誰かに座学をつけてもらえると助かるのだけど」
「ふむ。優秀な教師を手配しよう。訓練はどうするのだ?」
王は当然の疑問を口にした。勇者が戦えないと話にならないから当然だろう。
「とりあえず的があればどこでもいいわよ。弓兵の訓練場でも使って勝手にやらせてもらえればいいわ」
「私は実戦経験を積みたいですね。出来れば色々な相手と戦いたいです」
サヤとヒカリは考えながら希望を口にした。
「ならば最初は自分にやらせてほしいであります!ヒカリ殿の剣術には興味がありますしね」
エリザは凄まじいオーラを出して宣言した。
「よかろう。他にも我が国が誇る二つ名持ちの騎士たちにも相手をさせるか。必ず互いにとっていい刺激になるだろう」
王は嬉々として言った。本当に人に試練を与えるのが好きだな。
「ぼくはあなたの援助は必要ない。援助してくれる人は他にいる」
カネダは自信を持って言い切った。
「それならよかろう。後は各自にまかせる。解散!」
王が宣言したことで朝の会議はお開きになった。
「金田さんから目を離して大丈夫なんでしょうか?貴族派の人たちが接触なんてしたらよくないんじゃないでしょうか」
ヒカリが小声で話しかけてきた。
「もう宴の時にしている。それもヴィレッタ自らな」
「え、えぇぇぇ!大変じゃないですか、金田さんが」
ヒカリは小声で叫ぶという器用な真似をした。
「あんたそれ黙って見てたの?」
サヤはおれをジト目で見ながら言った。
「まさか。おれは事後報告を受けただけだ。おれが手を出せる状況じゃなかった」
直接は、だが。デビルズアイを通せば何とでも出来たが。
「どうだか。あんたが何か出来ないとか言っても信用出来ないわ。…まあ金田の変な態度の理由はわかったわ。ヴィレッタに王の悪評を吹き込まれたのね」
サヤは全く動揺を見せずに言った。
「あの、今からでも金田さんに説明出来ないでしょうか?」
ヒカリは体を震わせながら話に入ってきた。
「無理だな。自分たちに都合が悪い話をされたから揉み消そうとしていると思われるだけだ。それにこちらが情報を握っていることを敵にバラすことに繋がる。リスクしかないのにそんな手を打てるか」
「…そうですね。敵に手を知られるわけにはいかないです。わがままを言ってすみませんでした」
ヒカリが辛そうな顔をしてると正直胸が痛む。だがだからといって作戦を乱すわけにはいかない。
「ヒカリ。君の他者を思う心はとても尊いものだ。だが今はこらえてくれ。君のその優しさが人を救える日が必ず来るはずだ」
「…私は別に優しくなんかないですよ。ただこぼした涙に理由が欲しいだけです。泣くだけで誰も救えないなら、私が泣いたら誰かを救えた方がいい。誰も傷付けたくないというエゴで誰かが傷付くのを見過ごせない。私を動かしているのはいつだって歪んだプライドと虚栄心なんです」
ヒカリは自嘲気味に呟いた。
「光は自分を責め過ぎよ。そんなにわざわざ傷付きたがるとかドMにも程があるわ」
サヤは呆れて溜め息を吐いた。
「誰がドMですか!私そんな変態じゃないですよ」
ヒカリは顔を赤くして頬を膨らませた。
「だったら少しでも自分を認めてあげればいいのに。ま、それはもう諦めたわ。あたしが出来るのは光がちゃんとした時に泣けるようにするだけだもの」
サヤはそう言って肩をすくめた。
「そういうことならおれも力を貸す。そばにいられる間だけだがな」
「…ふふっ。イドルさんはそんなこと言いつつ最後まで付き合ってくれそうな気がします」
ヒカリは涙を拭ってニッコリ微笑んだ。
「さて、今日はちょうど時間が空いてるからこのまま魔法の勉強を始めるか。どうせ明日にならないと許可も出ないからな」
おれの言葉にヒカリとサヤは目を輝かせた。
「魔法使えるんですね。昔から使えたらいいと思ってたんです」
「やっと魔法が使えるのね。でもどこで練習するの?」
サヤは興奮を隠しきれない様子で聞いてきた。
「魔法陣課の実験室だ。レイティスの魔法にも耐え切れるように設計してある。普通に魔法を練習して壊れることはない」
「いや、レイティスを基準にされてもわからないんだけど。まあわざわざ引き合いに出すくらいならあの子相当な化け物なのね」
サヤの推測は間違ってない。
「来ると思っていましたよ課長。予定がなければ勇者様と対勇者様に魔法を教えるためにここに来ると思っておりました」
ルーシーはメガネの位置を整えながら言った。
「あんた確かジョーブと交渉してた…」
「はい。ルーシー・シクタレリと申します。魔法陣課課長であるイドル様の直属秘書をやらせていただいております」
サヤの言葉にルーシーはメガネを光らせて微笑んだ。
「よろしくお願いします、ルーシーさん。私のことはヒカリでいいですよ」
「あたしもサヤでいいわ。公の場でもないのに非公式な肩書きで呼ばれたくないもの」
サヤはそっけない口調で言った。
「かしこまりましたヒカリ様、サヤ様。私も課長に仕事がなければ何もないので見学しますね」
ルーシーはそう宣言しておれの隣に立った。
「この魔法マニアめ。今日は本当に基礎の基礎だ。特に君が興味を持つような物じゃないぞ」
「そんなことありません。魔法の理論を根本から覆したお方がいう基礎がいかなるものかを見るのは非常に興味深いです」
ルーシーはそう言ってメガネを光らせた。
「魔法の理論を根本から覆した?それって今の魔法体系をイドルさんが作り上げたってことですか?」
ヒカリが驚いた顔をして聞いてきた。
「魔力や属性至上主義という常識を破壊したのは事実だな」
「それってやっぱりフォルビドゥン指定受けたからなの?」
サヤがそう思うのは無理もない。今まで得た情報からしたらそう考えるのが自然だろう。
「いいえ。イドル様は王立魔法学校在学中に新たな魔法理論を構築しております。魔術対抗戦などイドル様の理論を実証するための実験にしか過ぎなかったです」
ルーシーは誇らしげに胸を張った。
「そんなわけあるか。あれは知識とギフトを駆使したものだ。全く何の参考にもならんぞ」
「そうなんですか。人には得手不得手があるということですね」
ヒカリは残念そうな顔をした。
「さて、まず魔法を使うには魔力を放出する必要があるわけだが…。君たちの世界には魔法はないんだったな」
「そうね。完全に物語の中の存在でしかないわ」
「そもそも本当に私に魔力があるのかもわかりません」
そこからなのか。この世界の人間は小さい頃から魔力に親しんでいる。その中でだんだん体内の魔力の流れを感じられるようになるわけだ。だが今はそんなに時間をかけられない。それなら…。
「ちょっと失礼」
おれはヒカリとサヤの手を取った。
「ええっ?!」
「何?」
ヒカリは驚いて顔を真っ赤にした。サヤは無表情だが抵抗はしない。
「マジックドレイン」
おれは両手に魔法陣を展開して2人の魔力を吸い取った。
「な、何だか体から抜けていってるような」
「このへその辺りから抜けてるのが魔力?」
「そう。それが君たちの魔力だ」
おれは魔法陣を解除して手を離した。
「い、いきなり過ぎますよ!私家族以外の男の人と手を繋いだのは初めてなのに…」
「そうよ。やるなら声くらいかけなさい」
ヒカリとサヤは手を見つめながら抗議してきた。
「お二人ともまんざらでもなさそうですね。さすが課長。手が早いです」
ルーシーは真面目な顔をして親指を立てた。
「そ、そういうのはまだ早いです!」
「イドルには感謝してるけど…。恋とかそういうのはよくわからないわ」
…これもしかしてフラグが立ってないか?いや、まだそこまではいってないはずだ。
「大丈夫ですよ。課長ならどんな稚魚でも養殖出来るじゃないですか」
ルーシーは笑顔で爆弾を投下した。
「もしかしてルーシーさんとチカゲさんも?」
ヒカリはいきなり思わぬ名前を出してきた。なぜここでチカゲが出てくるんだ。
「私はただの崇拝者ですよ。イドル様の下に配属してもらえるように直談判はしましたがただの憧れです。チカゲ様もいい金のなる…ビジネスパートナー以上の感情はないです」
ルーシーはバッサリ切り捨てた。
「どれだけ儲けるの優先なのよあの関西人」
その発言は関係ない所への風評被害に繋がるような気がするぞ。
「話が脱線したな。魔力がある場所がわかったら次は放出だ。集中して魔力がある場所を意識してみろ」
ヒカリとサヤは目を閉じて集中した。
「次はその魔力を手の中に流し込む。さっき魔力を吸われた時の流れを思い出せば出来るはずだ」
「わっ。何だか体の中を温かい物が流れていきます」
「自分の体の中にこんな物があるなんて…。何だか変な感じがするわね」
2人とも魔力を掌に集めた。召喚されるだけあってセンスがあるな。
「そのまま溜めた魔力を押し出してみるんだ」
2人が放出した魔力はおれが書いた光属性と闇属性の魔法陣に吸い込まれて、白と黒の光線として放出された。
「あれ?私魔法陣なんて書いてませんよ?!」
ヒカリは驚いた顔をした。
「おれが書いた。属性さえ合えば他人が書いた魔法陣でも魔法は使える」
「むしろ何で魔法陣書けるのよ。光とあたしの魔法陣が違うってことは属性ごとに違うんでしょ?自分の属性じゃなければ普通覚えないわよ」
サヤが最もな指摘をした。
「ふっ。その程度出来なければ魔法陣の専門家は名乗れませんよ」
ルーシーは自信を持って言い切った。
「いや、別に書ける必要はないと思うぞ。そんなことが出来るのはおれだけだ」
何だかおれよりも周りの常識の方が壊れてきている気がする。おれは自分が異端だという認識があるから間違えることはないが。
「魔力の放出が出来るようになったら次は魔法陣を書く方法に行くぞ。魔力の流れをもっと深く探ってみてほしい。魔力は一体どう流れている?」
おれの言葉にヒカリとサヤは目を閉じた。
「何だか細長い血管のような物が体の中を循環してますね」
「体中を無数の魔力の管が巡っている感じね」
そういえば異世界では体の構造が一般人にも広がっているんだったな。イメージはしやすいのかもしれない。
「それが魔力回路だ。次はその魔力回路の管の一本を体の外に伸ばすんだ」
「ええっ!それって痛くないんですかっ?!」
ヒカリは最もな疑問を口にした。
「問題ない。魔力回路は体を循環した魔力の残滓によって形成されている。魔力を体の外に出すだけだから問題ない」
「だったら特に問題なさそうね。…こうかしら」
サヤは体の外に一本の魔力回路を放出した。
「むむむ…。な、何とか出せました」
ヒカリも一本の魔力回路を外に出す。
「それが魔法陣を書くために使う魔筆だ。今日は魔筆の扱いを万全にしておきたいんだが…。とりあえずこれでいいか」
おれは魔筆で円を書いて魔力を込めた。すると透明の玉が前の方に飛んでいった。
「今のは誰にでも使える無属性の魔法だ。今日はこの魔法陣を書いて魔力が切れるまで撃ってもらう。これで魔筆の操作と魔力切れの危険がわかるはずだ」
「それはいいけど…。どうやったら魔法陣を書けるの?」
サヤは魔筆をピクピクさせながら言った。
「魔筆の先端に意識を集中させるんだ。魔筆の魔力が活性化して魔法陣が書ける」
「わっ。本当ですね。点が空中に打たれました!」
ヒカリは空中に打たれた点を見て感動している。魔法がないとやっぱり新鮮なのだろう。
「それじゃ各自やってみてくれ。いくらでもアドバイスはするぞ」
「「はい。先生」」
2人は勢いよく返事した。
「はっ!」
ヒカリが書いた魔法陣に力を込めると小さな破裂音がした。
「な、何か爆発しちゃいました!」
ヒカリは驚いて叫んだ。今起きたことが信じられないのだろう。
「魔法陣が途中で途切れるとそこから魔力が漏れ出て破裂するんだ。最も普通なら作動するのに必要な魔力が少ないからそこまで大したことはないがな。それでも魔力が無駄になるから魔法陣はしっかり書く必要がある」
「そうなんですか。シンプルだからこそ注意しないといけないんですね」
ヒカリはぎこちない動きで魔筆を動かした。まだ慣れてないんだからこんな物だろう。
「ねえ。何だか消費魔力がバラバラなように感じるんだけど気のせいかしら」
サヤはゆっくりながらも魔筆をかなり扱えている。元々の器用さも関係してるのかもしれない。
「魔法陣の大きさがバラバラだからだ。魔法陣が大きいほど消費魔力も大きくなる」
おれは今日は教えるつもりはなかったことをサヤに教えた。
「なるほど。消費を抑えたいなら小さくした方がいいのね」
サヤは魔法陣を小さく書き出した。
「はあ、はあ。中に魔力は残ってないようですね。なぜか魔筆は出せますけど」
魔力を使い切ったヒカリの息はかなり上がっている。魔力の扱いに慣れてないとよくある現象だ。
「魔力回路を形成する魔力は体内の魔力源とは独立しているからな。だから魔力自体はなくても魔筆は展開出来るし、魔法陣も書ける」
「そう…なんだ。なかなか奥が…深いわね」
サヤの息もかなり上がっている。魔力切れの後の消耗は激しいからな。だからこそ戦闘で魔力を使い切らないようにする必要があるわけだ。
「2人とも最初に比べたらうまく魔筆を扱えるようになったな。だがまだまだ伸び代はいくらでもある。実験室はいつでも使っていいから次魔法を教える時までに練習しておいてくれ」
「「わかりました。先生」」
2人は元気よく答えた。
「お疲れ様でした。課長、今日はお休みなのですし休憩したら城下町を案内してあげてはいかがでしょうか。民に勇者をお披露目するのもいいでしょう」
ルーシーはそういってメガネの位置を直した。
「いいですね。この世界がどうなってるのか見てみたいです」
「一度中世的な街並みを体感してみたいと思ってたのよね」
ヒカリとサヤはかなり乗り気なようだ。
「それならエスコートいたします。お嬢様方」
おれは芝居がかった調子で申し出た。
「はい。よろしくお願いしますね」
「何だか異様に似合ってるのがムカつくわね」
そんな話をしながら2人の魔力切れの疲労が抜けるのを待つことにした。
設定を少し詰めてみました。説明がややこしくなったかもしれません。