第一章4 『響く剣戟、励む剣士が二人』
まっさらな、白い雪原。
ここはとある雪山を少し降りた先にある、背の低い草木が点々と生えた平たんな土地。
そこで二つの影が剣を交えていた。
「はぁっ!」
カツン、と木と木がぶつかり合う音がする。
「……」
俺が放った剣撃は無言で防がれ、お返しとばかりに反撃を受けた。
「いたっ」
「基本は悪くないと思うんだが……」
一度木剣を収めたおっさんは、なにかブツブツと言いながらこちらをチラチラ見てくる。おっさんの熱い視線はいらない。
「ヤヅルは、あれだな。気持ちが足りねぇ」
「え」
なぜか熱血体育教師のようなことを言い出すおっさん。
確かに、本気で剣を学ぼうとしてるやつほどのめり込みたいわけじゃないが、折角の異世界、剣と魔法のファンタジーに来たらやはり剣は使いこなしたい。
「本気でこい。手ぇ抜いてんじゃねぇか?」
手を抜いてる?いやそんなことは……あるかもしれない。
半神格化して、さらに自慢じゃないが身体能力は普通の人より高い方だとは思っている。
もしかしておっさんに怪我させないよう、無意識のうちに手加減してたとか?
はぁ、だとしたら酷い。傲慢が過ぎる。
俺は自分の醜さに嫌悪感を抱いた。
「ふぅ……じゃあ本気でいく。怪我はさせないように……いや、怪我させるつもりでいくけど、ガルツは大丈夫か?」
「ふっ、やっとそれらしい顔になったじゃねぇか。構わねぇ、怪我させられるもんならな!」
おっさん──いやガルツが言い終わった瞬間、俺は飛び出し彼の正面目掛けて木剣を突き出した。
「っ!」
俺の渾身の一撃は、あっさりと弾かれた。
「真っ直ぐ過ぎだ。これじゃ相手に避けてください、更には反撃してください、と言ってるようなもんだ」
「くっ」
バックステップで距離を取り、今度は木剣を横に構え、そのままガルツに向かい跳躍する。
予想より跳んだことに少し驚くが、今はそれで揺らいでいる暇はない。
こちらの跳躍と同じに、ガルツは既に攻撃態勢に入っていた。
これは危険だと、反撃を喰らわないよう木剣を引く。
が、ガルツはそれを予測してか俺が引いたところに一歩踏み込む。
ガルツの振り抜いた木剣は避けられず、少し不安定な木剣で受け止めてしまう。
鋭い一閃だ。ただの剣撃だが、そこにある重圧は自分のそれの比ではない。
重い。何年も剣を振り続けたと窺える、重く、それでいて野性的な剣。
全身の筋肉が強張る。
すぐさま払い除けようとするが、ガルツがそれを許さない。
「怪我させるなんて言ってたのはどこのどいつだぁ?」
疲れ顔をにやけさせながら、ガルツは言う。
ちなみに毎日水で洗っているらしく、あまり汚くはない。
明らかな煽り行為だが、俺はそんなもの歯牙にもかけない。
が、やはりくるものはあるので、
「……後で吠え面かくなよ」
視線が交わり、火花が散った。
売り言葉に買い言葉、というわけじゃないが、上手く乗せられたのかもしれない。
俺は眉毛をひくひくと震わせてそう言った。
その会話を皮切りにまた、剣の打ち合いが始まる。
試合が長引くにつれ、俺のほうに一方的に傷が増えていった。
手、腕、肩、胴体、足、と目立つほど大きな傷は無いものの、擦り傷や軽い打撲でもう満身創痍とも言える。
たった数合打ち合っただけで、その実力の差は雪よりも明白だ。
しかし俺は最後に、一矢報いてやろうと、試しに神力の行使による剣撃を打ち込んだ。
「はっ」
短い叫びをあげながら、俺は軽く神力を全身に纏い一撃を放った。
「な!?」
目視もできないほど素早い剣閃により、俺の攻撃に耐えられなかったガルツの木剣が、真っ二つになり宙を舞った。
そのまま時間差で落ちた2つの木片は、積もりに積もった雪に突き刺さり、束の間の沈黙が辺りを支配する。
……結果を見れば一目瞭然。
どうやら上手くいったらしい。
「あんた……今何をした」
訝しげにこちらを見るガルツに、俺はいたたまれない気持ちになった。
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午前中、あの凄まじい死闘を終えた俺たちは、午後はまた夕食調達の狩りに行った。
あの後、結構な食いつき具合でガルツが問い詰めてきたが、上手く笑って誤魔化しておいた。
おかげでおっさんからの信頼度が少し下がった気がしたが、今すぐどうこうする気はないようだった。
狩りの後の夕食中、ガルツの一方的な話し合いの結果、しばらく午前は剣の稽古、午後は狩りをする、ということになった。
今日は初日ということで、小手調べがてら試合をやったが、ここで俺はどうやら力を発揮しすぎたらしい。
運悪く……いや運良く前日の狩りが上手くいくと、翌日の稽古が半日から1日に伸びた。
というわけで雪山で過ごして2、3ヶ月、俺はすっかり中級剣士の仲間入りをしていた。
中級剣士とは、国のお抱え騎士団で言えば前線を張れるレベル、冒険者で言えば、B級からA級下位に匹敵するレベルらしい。
かなり、というか人並外れすぎるほど早いペースかもしれないが、これには理由がある。
……剣の習得速度が異常に早い。
半神格化の影響か、はたまた元々素質があったのかもしれないが、日々ガルツと打ち合い、研鑽を重ね、努力を積んだ結果こうなった。
おそらく半神格化のせいだろうが、早く強くなるに越したことは無い。
それにしてもその半神格化した俺の攻撃を受け止めるガルツは本物の化け物かもしれない。
さすがに最近は、苦い顔をすることもたまにあるが、初期の頃は片手で涼しい顔してあしらわれた。
きっと地力の違いだろう。
ともあれその「化け物」に太鼓判を押された俺は、明日彼と2人で町に山を下りることになった。
目的地はもちろん町である。そしてもちろん、2人きりだがデートではない。
待ちに待った町に、俺は期待に心を踊らせた。