第一章3 『初めての狩り、獲物が大漁』
ポロポロと、まばらな雪が降っている。
視界を覆うほどの雪が降っていた雪山は、今は雲が薄くなり太陽の光も細く射さっている。
そんな中俺とガルツのおっさんは、生い茂る草木を掻き分けながら、夕食の調達のため魔獣狩りをしていた。
……実際剣を振るうのはおっさんだけだが。
俺はいきなり剣はあれだろうからって、まずは刃物──ナイフの使い方から教わることになった。
「おいヤヅル!スニークロリクがいたぞ!5匹の群れだ!」
スニークロリクとは先程俺が不法侵入した際に、おっさんが手に持っていた野ウサギ、のような魔獣である。
見た目は普通のウサギだが、額に短く角がついていて、跳躍力が高い。
まぁおっさんほどの剣の使い手なら相手にもならない。
さっきもスニークロリク2匹に遭遇したが、おっさんが剣で脳天を貫き瞬殺だった。
「はっ!」
そして今回も、先程のシーンの繰り返しになってしまう。
そして狩りが終わったら俺の出番になる。
ナイフでスニークロリクを解体する作業だ。
普段おっさんは家に帰ってからやるらしいが、今回は俺の場慣れのためと、初心者がやって血が部屋に飛び散らないように外でやっている。
ちなみに俺は動物の血を見ても意外と大丈夫な体質らしい。吐きそうになることも無かった。
……少し可哀想な気もしたが、生きるためだと自分に言い聞かせた。
直接手をかけたのは俺じゃないと言い張ることもできるが、やはりそれは偽善でしかない。
いつかは自分も生き物の命を奪う。これはきっとこういう世界で生きていく限り避けられない。
でもだからこそ、自分は他の命の上で生きている。色んなものを犠牲にしてここに立っている。
そう考えないと、きっといつか迷ってしまうのだ。
……現代日本と比べると残酷で生きにくい世界かもしれないが、今日俺は命の繋がりを実感できた。
「おい、どうした?」
そんなことを考えていると、おっさんが心配そうに顔を覗いてきた。
「いや、なんでもない」
ふと感じたものを押し殺して、俺は目の前に置かれたスニークロリクの亡骸に祈りを捧げた。
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ウサギの解体作業、なんて元の世界ではもちろん経験したことは無い。
あったら、先の感慨も薄れてしまっていただろう。
というわけで、俺は小屋の近くの比較的なだらかな場所で、ガルツのおっさんによる雪山流解体術を教わった。
「最初は血抜きだ。腹から肛門までナイフで裂いて、内蔵を取り出せ。そしたら真ん中の太い血管を切るんだ」
おっさんは慣れた手つきで、隣で実践指導を行っている。
……これは想像以上にグロい。
俺は少しビクビクしながらも、黙々と作業をこなしていった。
「次が重要でな、開いた腹を雪に押し付けろ。そしたら勝手に雪が血を吸ってくれる」
言われた通りに、近くの雪の塊にスニークロリクのお腹を下に向け、それに押し付けた。
「おぉ……」
少し感心してしまった。これが雪の中に生きる狩人の知恵か。
「何回か繰り返して血が抜けたと思ったら、今度はその腹の中を固めた雪で拭き取るんだ」
数個雪玉を作り、お腹の中をきれいにしていった。
「したら次は皮を剥ぐ。スニークロリクの毛皮は、町で売ればそれなりに売れるからな」
これはお得情報かもしれない。
というかおっさんはずっとここにいるわけじゃないんだな。
「ガルツは町に行くのか?何しに?」
少し早口になってしまったが、俺もできれば人里に降りたい。おっさんといつまでも2人きりは御免だ。
今はなにやら有用な情報を持ってそうだから付いていってるが、なるべく早く別れたいものだ。
「別に……そうだな。さっき言った魔獣やらの毛皮を売ったり、他にもここで暮らすのに最低限のものを買いに行ったりな。1年に2、3回行ってる」
あぁそう言えば昼食べたソテーのソース、あれはここで取れそうなものじゃないからな。きっと町で買ったものだろう。
「それよりさっさと解体終わらせるぞ。あと5匹も残ってんだ」
話しながら一匹ずつ解体を終えた俺とおっさんは、少し急ぎ足で解体を進めた。
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夕方、日が沈み始めた頃。
雪はまた強くなり始め、狩りと解体を済ませた俺たちは、あのボロ小屋目指して歩いていた。
「やっぱり人が1人多いだけで随分効率がいいな。あんたに色々教えて良かった」
今日の戦果はスニークロリク10匹、スニーアレーニ(鹿の魔獣)2匹、スニーメア(熊の魔獣)1匹、その他山菜、であった。思ったより大漁だ。
そのせいか、おっさんはほくほく顔である。……おっさんの笑顔はきつい。
「あんた飲み込みが早いな、刃物も意外と慣れてそうだし……」
小屋に着く頃、おっさんはそう呟いた。
「よし、明日から剣を教えてやる。まだ持ったこともないだろ」
「おぉ!」
これは純粋に興奮し、声を上げた。
しかし出会って1日目、気がかなり早い気がする。
自分で言うのもあれだが、未だ得体の知れない人間に剣を教えるとか、よくそんな気になる。
これは俺の人徳……では無いな。
おっさんはほぼずっと雪山で、独りで過ごしてきたんだ。きっと人恋しいのだろう。
「よろしく師匠」
昼も似たことを言った気がするが、気にしない。
そう言うと、おっさんはまた一瞬悲しそうな目をしたが、すぐに気を取り直したらしく、
「おう、任せとけ!」
空元気かもしれないが、威勢は前より良かった。
その後豪華な夕食を食べたあと、俺とおっさんはすぐに眠りについた。
……もちろん同じベッドとかではなく。机を仕切りに、2人とも床で寝た。毛皮の毛布をかぶって。
怒濤の1日目。
「幸福神」メルザドを倒すという仕事は、どうやらヤヅルの頭から抜けてるようだった。