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序章1 『事情と日常』


 俺の名前は神生彌弦(かみおやづる)


 私立花園学園高校、国内でも有数の実力派進学校に通っている。

 今は高校3年生。日々受験勉強に励んでいる──ということはない。


 理由は実に簡単で、既に就職先が決まっているから大学にいく必要がない。

 いや詳しく言うともうその大学レベルの学習は今現在進行形なのだ。……正直受験勉強より大変かもしれない。

 まぁ端的に言うと大学に行くメリットがない。


 え?就職先が決まってても大学卒業資格は必要なんじゃないかって?


 いやいや、そもそもこれは俺が決めたことじゃない。

 父が決めたことなんだ。


 俺の父、神生智彌(ともや)は世界中に店舗を展開する大企業の代表取締役、つまり社長なのだ。

 俺はそんな父と今でもテレビや雑誌に引っ張りだこの大女優、弦元梓(つるもとあずさ)との間に生まれた長男。

 他にも姉智香(ともか)や妹梓乃(しの)がいるが、男は俺一人だけ。

 そんな俺に父は、彼の父そして俺の祖父でもある神生弥助(やすけ)が始業した大企業を、何としても継がせたいのだ。


 だから大学卒業資格は必要ない、って言われた。

 大学卒業してないからって舐められたら嫌なんだけどな……。

 まぁその辺は祖父や父の名前を出してやれば何とかなる(と信じたい)。


 しかしその肩書き以上に、その能力を培わないければいけないのだ。


 俺自身としてはまぁ不満は殆ど無い。

 強いていえばちょっと自由がないくらい。

 というよりは逆にありがたいくらいだ。

 生まれながらにしてエリート、そして将来を約束されている。

 こんな人生に誰が不満など言えようか。いや言えまい。

 こんな恵まれた環境に生まれて、失敗するわけにはいかない。

 更に言えば父と祖父、二人で広げた大企業を俺自身がただ単純に継いでみたい、という思いもある。

 ただ単純に、で済ませていいかは別として、俺は二人を心の底から尊敬しているのだ。

 祖父は他界しもう二度と会うことはないだろうが、小さい頃に話したことは今でも覚えている。


──彌弦はワシに似てきっとハンサムになるのぉ。


 あれなんか要らない記憶が。

 まぁ兎にも角にも、俺はその為に今まで努力を惜しんだことは無い。

 だから俺は、それは報われる、成就するって思い込んでいた。





✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱-✱





──ゴーン ゴーン ゴーン


 鐘の音が三回、つまり本日の授業終了の合図だ。


 この花園学園は広大な敷地面積と、充実した学習補助制度、そしてその象徴(シンボル)とも言える巨大な時計台を持つ。

 時計台に内部格納している青銅製の大きな鐘は、その用途に応じて鳴る回数を変える。


 一回、朝の始業の音。

 二回、各一時間ごと、授業の始まりと終わりを告げる。

 三回、授業終了の合図。同時に部活動開始の響声。

 そして四回、完全下校の報せ。


 とまぁ、今日もいつものように三回鐘の音を聞いた俺は、座ったまま両腕をあげて背筋を伸ばした。


「さて、帰るか」


 今日は帰ったら何をするんだったか。

 あぁ今日は統計学基礎をやるんだったか。


 などと考えながら帰りの支度をしていると、不意に聞き慣れた声を掛けられた。


「おい彌弦!!昨日更新された「いきハー」読んだか!?」


 声を掛けてきたのはやはり後ろの席に座る、幽谷理久亜(ゆうだにりくあ)であった。彼は中学校からの腐れ縁の、そこそこに仲の良い友人だ。

 そして彼の話に出た略称「いきハー」とは、正式名称「いきなりハーレム状態で異世界に飛ばされたらどうしたら良いですか」という、最近話題のWeb小説サイト「YOMO」で人気の高い、所謂ライトノベルだ。

 正直俺はハーレムものは嫌いなので勘弁して欲しいのだが、ラノベ自体は好きだし、それを語り合うのも嫌いではないので、理久亜とはその辺に関しては適当に話を合わせている。


「あ、あぁ……」

「だよな!!でもまた主人公一人増やしてるぜ……」


 羨ましすぎる、リア充〇ねとか呟いてる理久亜だが、そんな風に言うなら読まなければいいのに、というのはご法度だろう。

 ちなみにこの理久亜、受験生の癖に何をしてるんだって話だが、彼はもう推薦で進学が決まっている。

 これでも学年で成績上位をキープする彼は、早々に合格をして、今は好きなラノベを読み漁りながら今度は自分が書く方にまわってるらしい。

 俺もたまに見せてもらうが、お世辞にもいいものとは言えない。……これからの頑張りに期待である。


「自分の彼女でも作ったらどうだ」

「お前がそれ言うか!!クソ、これだからイケメンは……」


 彼女いない歴=年齢の彼はどうも現実を直視できないらしい。

 男の俺から見ても理久亜の容姿はそんなに悪くない。いやむしろ良い方に傾いてるはずだ。それなのに念願の彼女がいないのはきっと彼の内面のせいだろう。


 ──そう考える彌弦であったが、理久亜はいつも彌弦と並んで立っているため、彼と比べ見劣りしてしまうから、というのが理由であることは、彌弦も知る由もないことであった。


「さ、馬鹿なこと言ってないで帰るぞー」

「うっ、うっ、現実はいつも残酷だっ」


 すぐそこで半ば泣き寝入りしてしまうのも、彼女がいない原因じゃないかと考えた俺は、理久亜の背中を押して下校を促した。






「ごめんなさい」


 目を涙で潤ませながら、手を震わせながら差し出してきた少女に、俺は頭を下げてそう告げた。


「そう、ですか……」


 悲しそうにその場を去っていく彼女の背中を見つめながら、俺は長いため息を吐いた。

 もう誰かに言わされて来てるんじゃないか、と思うほどにそのやり取りは伝統化されていた。


「モテ男は辛いねぇ……」


 空気を読んで後ろの並木に隠れていた理久亜は、半分からかうような、もう半分は憎らしいような、そんな目で俺にそう言ってきた。


「さすがにこんなに多いとただただ疲れる」


 月に一回、いや二週間に一回あるかないかくらいの「告白」に、さすがに俺も辟易してきた。


 自分で言うのもかなり性格悪いと思うが、自分はそれなりに顔は悪くないと思ってるし、勉強に関しても毎回学年一位を取っていれば嫌でも目立つ。ある意味女性が男性に求める要素は揃っている、とも言える。でも完璧ではない。

 だから俺は、こんな定期的に裏庭に呼び出されるとは思ってもみなかった。さすがにクラスの一人二人の目に留まるくらいかな、と思っていたのだが。

 しかも毎回下駄箱に手紙を入れられて裏庭に呼び出される。これを伝統と言わずして何と言うのか。


 まぁそういう感情を向けられるのは嫌いじゃない。むしろ、当たり前だけど嬉しくはある。


 ただ、もういい加減にしてくれ、とも思っている。前に一度公前告白みたいになったときに、それなりに周囲に聞こえる声で「俺は誰とも付き合いません」的なことを言ったにも関わらず、それが続くのはなかなかに堪える。


 彼女らの気持ちを踏み躙る気持ちは毛頭ないが、やはり何度もこうだと嫌になってしまう。断るのもまた、充分に精神を削る、というのもあった。


 段々と俺は好意を向けられるのが怖くなっているのではないか、というくだらない考えが一瞬過ぎるが、首を振って俺はそれを揉み消した。






「まぁ大変そうだな、と思うのは事実だぜ」


 帰り道、家路を分かつ直前に理久亜が言ってきた。


「純粋に、ただ好きだからっていうのが理由じゃないやつもきっといるぜ。あんなに選択肢が多いとそりゃ本物がどれか見抜けなくなっちゃうけどな」


 何やら悟ったような顔をして言ってきたもんだから、少し苛つきを覚えたが、すぐに理久亜の言うことに納得してしまった。


「まぁだから、いい女を紹介しぶべっ」


 最後まで言わせずに、腹パンで理久亜の口を塞いだ。

 元気づけようとしてるのは分かるのだが、何か癪に障る。


「何が「まぁだから」だよ。脈絡無さ過ぎだろ」


 苦笑しながら、少しばかり自分より背の低い理久亜を上から見下ろした。


「ま、まぁ運命の人は自分で見つけるぜ!!」


 さっきとは真逆のことを口にし、目に闘志を燃やしながら、理久亜は帰路に向かっていった。


「じゃーな!!」

「あぁ」






 夕陽がまだ完全に地平線に沈む前、俺は薄暗い裏路地の電柱に身を隠していた。

 理由は先程、見るからに胡散臭そうなおじさんが、まだ二十代前半と思われるであろう女性を裏路地に連れ込んでいたからだ。

 喝上げか、強姦か、それとも他の自分の知りえぬことか。どれに転ぶにしても、まともなことが起きそうには思えなかったのだ。

 すぐに警察を呼べる準備をして、電柱に隠れながらそのあとを追った。幸い警察署はすぐ近くにあるから、何か事が及んだあとでも俺が足止めをしていればすぐ間に合うだろう。そう考えた。


 通りから数十メートル先、随分長い路地だなと思いながら、ようやく彼ら二人は行き止まりに辿り着いた。

 そしてその瞬間、やはり男は行動に移ろうとして──。

 俺はすぐにスマホの発信ボタンを押してから、


「やめろ!!」


 大声で男の静止を要求した。

俺の声を聞いた二人がこちらを向き、一瞬動きを止めた。

 俺はその間に一気に距離を詰め、男を女から引き剥がそうと──。



 ──辺り一面、眩い光が覆った。



「──は」


 俺の最後の叫びは声にならず、そのまま意識がドロドロに融解していった。


 嘲笑、微笑、冷笑、その他どれともとれる表情をした男女二人を眼に焼き付けながら。

 

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