第一章7 『王都クレステル、伯爵様の依頼』
翌日、ステリードでの用事は終わったので、早速依頼をこなしに王都へ向けて出発した。
目的のヴェルデーク領にある森は、ここステリードをさらに南西に進んだ先にある。王都の東に隣接して、魔獣を多く生み出す巨大な緑の魔境となっているらしい。
定期的に王国の騎士団による討伐が行われ、酷いときは冒険者も依頼を受けるという。
で、今回がその酷い場合、というわけだ。
これ以上被害が出ないよう、俺達は馬車を借り急いで現場に向かった。
ガラガラと音を立てながら馬車に揺られること、約5時間。
王都クレステルへ到着した。
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「おぇぇええ」
……馬車を降りた瞬間、俺は盛大に胃の中のものを、道端にぶちまけた。
そう、馬車で、あの馬車で、酔ってしまったのだ。
ラノベ好きの俺としてはなんとしても忌避すべき事態である。異世界モノの定番を利用しておいてこれはないだろう。
絶対酔わないだろ。とかタカをくくっていた時期が俺にもありました、とそういうことなのか。
俺は吐くものを吐き終わると、袖で口元を拭い、都市の中心、つまり王宮へと目を向けた。
「でかい……そして」
美しい。
思わず呼吸も忘れ魅入ってしまうような、それほどの美しさだ。
太陽の光を反射し、銀色に凍てつく氷の壁。
取り囲む都市全体を鏡のように映し出し、その発展を見守っているようだ。
さらに線対称に聳え立つ背の低い城壁が、それを際立たせる。
俺が王宮の美しさに夢中になっていると、馬車からガルツがフードを被って降りてきた。
「おいヤヅル、ここではあまり俺の名前は出すな」
「え?あ、うん」
事情はよく知らないがそういうことらしい。
ジト目でガルツを睨むが、彼は目を逸らすだけだった。
ここ降車場の向かいには、冒険者ギルドがある。
そこでまずは依頼受諾の報告をしないといけない。
「ようこそ冒険者ギルド・スニエーク王国本部へ!」
中に入ると、当たり前のように受付嬢が挨拶をしてきた。きっと規則とかで決まっているのだろう。
それにしても、さすが王都のギルド、か。
昨日のステリード支部とは大違いだ。
外観もさることながら、内装はもっと広い。依頼が壁一面に貼ってあり、更に受付も4つあるのに、1つを除いてそれなりの人の列ができてしまっている。
1番長い行列は右端の、可愛い受付嬢さんのいるところだ。やはりどの世界でも考えることは皆同じらしい。
俺はそこに並びたい気持ちをぐっと堪え、3、4人しかいない、1番短い左端の列に並んだ。
……あ、ちなみにガルツは外で待機している。面倒なことになるから、らしい。
「次の方、どうぞー」
5分ほど待つと、目の鋭い、少々他の受付嬢よりもお年を召しているらしいお姉さんに、声を掛けられた。
「この受注依頼の報告をしにきたんですが……」
「ん、ちょっと見せてねー。あ、はいこれね。待ってて」
お姉さんは俺が依頼の受注報告書を差し出すなり、それをぶんどってジロジロと拝見しなさった。
……なぜここの列が1番短いかわかってしまった。まぁ理由は言わずもがな、だろう。
「はい、これヴェルデーク伯爵様のところに行って持ってって。あとこれが許可証ね。伯爵様のお屋敷の門番に見せればいいから」
てきぱきと、それでいて早口で必要なことだけを伝えるお姉さん。こちらの顔を見向きもしない。完全な仕事人間である。ここじゃなくて、どこか他の偉い人のところで秘書でもやった方が儲かるのではないだろうか。
「あ、ありがとうございます」
渡された2種類の書類を持って、俺はギルドの外へと出た。
外で待つガルツは、傍から見るとただの怪しいおっさんだった。
「受注報告終わった」
俺が声を掛けると、ガルツは被ったフードの中で眉毛だけピクっと動かして反応した。
「次はヴェルデーク伯爵のお屋敷に行かないとな。ガルツは準備オーケー?」
今度は軽く首肯して同意した。
たぶんオーケーの意味はわかってないだろうがそこはニュアンスだ。準備完了というわけだな。
ヴェルデーク伯爵のお屋敷は、東に向かって街道沿いに歩くと、すぐに見つかった。
ヴェルデーク領──は実際は王都の一部のような扱いをされている。
元々爵位制度の流行していない国のため、無理矢理に伯爵にし領土を与え、その森の開発をさせているだけなのだという。
その森が使えないとなれば領主様は本当に困り果てるわけで。
少し同情しながら、俺達はヴェルデーク伯爵様のお屋敷の門をくぐった。
失礼とわかっていながら、やはり王宮と比べるとお粗末なお屋敷に見えてしまう。庭一面に咲いてる色とりどりのこのパンジー(?)、みたいなのは綺麗だけどな。
許可証を門番の男2人に渡すと無事彼らによって中に案内された。
客間で伯爵様本人の来室を待ちながら、執事と談笑していると、不意にガルツが口を開いた。
「話はヤヅルがつけてくれ」
「え、それは1人でやれということ?」
「そうだ」
はぁ全く。彼はここに来てからヒモになってしまったようだ。
まぁ冗談はさておき、交渉でもするのか?話をつけるって。あまり自信はないが、報酬上乗せの交渉とかだったら相手の提示したやつそのままでいいか。お金には困ってないしな。
「わかった。仰せのままに」
カーテシーの振りをして了解すると、ガルツにフッと鼻で笑われた。
「おぉ、待たせたな!」
声にした方に顔を向けると、そこには燃え上がるような紅蓮の色をした髪を縦ロールにした、妙齢の女性が手を振っていた。髪と同じ色の赤いドレスが艶やかさも演出している。ちなみに大きい。
「失礼。アタシがそのヴェルデーク領主、エリカ・フォルス・ヴェルデーク伯爵だ!」
俺はそれを聞いて固まった。
え、だって、なぁ。ヴェルデークと聞いて、男らしい名前だからと勝手に男を想像していた俺は、拍子抜けしてしまった。
そもそも貴族が女ってあんまりないんじゃないか?そうガルツに囁くと、
「なに言ってる。国のトップなら女じゃないか。シャルロット・クルシア・スニエーク女王陛下だぞ」
初耳である。
いや別に男女平等を常に訴える俺からすると、非常に歓迎すべきことなんだけどな。
「まぁ座ってくれ」
伯爵がそう言うので、俺とガルツは彼女の正面の長椅子に座った。
「で、お前達が今回依頼を受けてくれた冒険者かい?」
「はいそうです。これが受注証明書になります」
スっと王都のギルドで受け取った書類を伯爵の前に差し出した。
彼女はそれを手には持たず、前のめりになってのぞき込む。そうすると服の構造上、彼女の胸の秘境が……。
「ふむ。あいわかった。それで、魔獣の討伐に関してなんだがな。アタシは直接見たわけじゃないからわからんが、現場に行った騎士団のヤツらが、どうも普通のサイズより大きい群れがあるって言っててな。それを根こそぎぶっ飛ばしてほしいんだ」
見かけは可憐な美女……って感じなのに、言葉遣いが荒い。そして存在感が強い。ガルツの影がどんどん霞んでいっている……。
「わかりました。僕も彼も、実力に関しては申し分ないと思いますので、おそらく難なく倒せるかと」
俺は自分と、ガルツに手を向けながらそう言った。
「ほう、随分自信があるみたいだな。
む。それにしてもお前なかなか……」
すると、伯爵が顎に親指と人差し指を添え、ブツブツと呟きながら俺の顔をジロジロ見てきたので、「なにか付いてますか?」と首を傾げると、
「い、いやなんでもない。こほん。それよりも先に報酬の話をさせてくれ。依頼書には大金貨3枚と書いたが、成果次第では上乗せもできる。どうかな?」
少し頬を赤らめながら、話を逸らすように報酬の話をする伯爵。なんだろうか?まぁ今はいい。
「あーーそれじゃあ終わったあとにまたお伺いしますから、その時にお願いします」
「そうか。わかった。そちらの御仁も構わないか?」
伯爵がガルツに目を向けると、彼は静かに首を縦に振った。
元々報酬を上乗せする気はなかったんだ。それが下がるのでないなら、こちらに異はない。
「あ!昼飯は食べたか?もし良かったら食べていってくれ!依頼はその後で良いからさ!これでもうちの料理長の作る料理は絶品なんだ!」
伯爵はまるで名案だとでも言うように手を叩いた。お腹も空いたし、折角だからご相伴に与ろうか。
……今更だが、こういうときってどう言えばいいのだろうか。仮にも相手は貴族様だし、言葉を選ぶのに悩むな。
「こ、光栄にございます。是非ご一緒したく……」
「あはは、そんな急に畏まらなくていいよ。別にアタシはお前とそんなに変わらない歳だと思うしね」
やっぱりそうなのか。でも貴族の当主ってことはそれなりにいってるんだろう。見た目は若そうだけど。
「はぁ、ではそのように」
俺がなおざりな返事をすると、伯爵は少しむすっとしてしまった。
と、そこで半分空気と化していたガルツに身を寄せ、小声で言った。
「ガルツはどうする?目立ちたくないなら、一応辞めておいた方がいいかもしれないけど……」
食事となれば、さすがに今被ってるフードも脱がないといけないだろうしな。不敬だと言ってバッサリ切られる……ことはなさそうだけど。
俺は伯爵をチラッと見てそう思った。
「い、いや、俺も行く」
目立たずに安全策を取るか、目立ってでも貴族家の美味しい食事をご馳走になるか、きっと苦渋の選択をしたことだろう。
でも心無しか声は弾んでいて嬉しそうだ。
「こっちの……師匠?そう師匠!もご一緒なさるそうです。いいですか?」
「あぁ、もちろんだとも!
……それにしても師匠だったか。なるほどそれで溢れ出るオーラが段違いなのだな!」
そりゃそうだろうよ。ギルドマスターのあの仙人みたいな人の弟子で、ずっと極寒の地で生きれるような体力と気力を持ってるんだ。普通なわけがない。
そのオーラとやらはよくわからないけどな。
「じゃあ早速、彼らを食堂を案内してやってくれ!」
伯爵が後ろに控えていた執事にそう言うと、彼がこちらにやって来た。
「私、セルストと申します。さ、どうぞこちらへ」
老紳士……ではない、先ほど伯爵が来る前に話していた青年執事は、セルストというらしい。
彼は恭しくこちらに一礼すると、前に出て食堂への案内を始めた。
あ、食レポとか必要か?貴族様の料理、褒めちぎった方がいいのか?
いや別にいらないよな?美味しいってだけでいいよな?
舌が肥えてる方じゃないし、むしろ魔獣の肉とか下手したら平民様より不味い食事を食ってて……あ、そうでもなかった。ガルツの作る料理絶品だった。
仕方がない。覚悟を決めて、人生初の食レポをするしかないようだ。
俺がそんな決意を固めるうちに、食堂に着いてしまった。
食事は、普通に美味しかった。ガルツのより美味い。
さすがの彼ほどの化け物も、プロの料理人には勝てないようだ。土俵が違うけど。
あと頑張って食レポしたら伯爵に、「あはは、無理しなくていいよ。美味しそうに食べてるのは伝わるから」と慰められてしまった。
……羞恥に悶えそうになったが、これはこれで結果オーライということにしておく。




