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5.親族会

 ういを購入してから早いもので半年経った。

 その頃には初もだいぶ諦めがついたと見えて、毎日、私に対する文句も言わないことが多くなってきた。私服についても素直に着てくれることが増えたし、ヒステリックな暴言はかつてのようには聞かなくなってきた。

 機嫌がいい日は連れ歩くことも可能になっており、茨の館の女主人は精霊を監禁して愛でるようなサディストだという誤解もだいぶ薄れてきていた。

 とはいえ、外出先でいつもいつも初が大人しくしているわけではなく、気性の荒さを見え隠れさせる度に頭痛がするものだった。


 こちらとしては言葉でも暴力でもなく、ただ言葉にならぬ態度だけでどうにか対処し、最終的には大人しくさせるしかないのだが、どういうわけか居合わせた人たちには、せっかく薄れさせた嗜虐的な人という評価を復活させてしまうもものなので、それが小さな悩みでもあった。

 腑に落ちないものだ。私はただ正しい精霊の飼い方を心掛けているだけなのに。


 それはそうと、ここ半年の間、庭師は相変わらずいい仕事をしたものだった。


 彼は自分の身だしなみこそ適当だが、季節ごとに庭園を衣替えする天才であり、その才能はいつだって初の心を虜にしてくれたのだ。

 庭師の仕事ぶりは初の心の安定剤になったものだし、美しい世界に浸りながら私の土産である精霊向けの砂糖菓子を楽しんだ後は、しばらくの間、とても従順な精霊になってくれたのだ。

 この際、覚えておこう。初が従順になってくれるのなら、庭師のお陰だとか小さなことは目を瞑らせてもらおう。


 純朴な彼のおかげで、少しずつだが初も私を主人として正しく認識するようになってきたと思う。

 本当はよくないことであると知ってはいるが、私に懐いてくれているのは確かなことのようで、時折、一日の終わりに温室で眠る彼女へ就寝のための挨拶をしにいくと、袖を掴んで見上げてくる時もあった。

 どうやら一緒に眠りたい夜もあるらしい。寂しがり屋な気質が強く出る日もあるのだろう。もちろん、その願いを叶えてやることは出来ない。初の健康の為であるし、主従関係の崩壊を防ぐためでもある。

 言い聞かせるたびに初はムッとした表情をするが、代わりにお休みの挨拶として頬に口づけをすると満足して眠ってくれるものだった。


 いまだに思い出したようにヒステリックな態度を取ることもある。だが、それすらも、少しずつ素の部分が見え隠れし、それがまた私への愛着を感じるものであることに、満足する日々に違いなかった。

 

 だが、そんなある日、水を差すような足音が聞こえてきた。

 プライベートでは初との関係にばかり浸っていた私のもとに、一通の手紙が届いたのだ。


 差出人は実家である。静かな地方で優雅に暮らしている両親からの手紙である。親族会をすることになったから会いに来るようにとのことだった。

 都から馬車を使って七日ほど。親族会は泊りがけで五日間。帰りの事も考えると長い留守になりそうだった。


「嫌です! わたしを置いていくなんて!」


 使用人たちへの説明を済ませ、温室で過ごす初に会って説明してみれば、案の定、その口から飛び出たのは拒絶であった。苛立っているらしい。不機嫌なのは珍しい事ではないが、今日ばかりは引き取ったばかりの頃を思わせる態度であった。

 留守番を頼んでいるだけなのに、どうしてこんなに嫌がられるのか、最初は意味が分からなかった。


「初、よく聞きなさい。理由なく親族会を欠席するわけにはいかないの」


 私だって休んでいいと言われるのなら休みたい気持ちもあった。それでも、今回ばかりはそうもいかないらしい。手紙に書かれていたのだ。必ず出席するように、と。

 理由も分かっているし、承知済みだ。初との関りはほんのお遊びだが、こちらは遊びでもなんでもない。

 本気で頭痛がしてくることが待ち受けており、それは両親や兄弟姉妹の顔を見て、幼い日々を過ごした館で懐かしい思いに浸る愉しみをすっかり覆ってしまう雨雲のように不安な気持ちを与えてくる。


 だが、そんな諸々の悩み事を隠して向き合ったせいか、初は今日も元気に地団駄を踏む。


「奥様ばかりずるいです!」


 そこでようやく私は彼女の怒っている理由を知ることが出来た。


「わたしは温室か庭園しか連れて行ってもらえないのに、奥様ばかり馬車でお出かけなんてずるいのです!」

「なんだ、そんなこと――」


 呆れてしまい、ため息を吐いた。

 だが、その態度がますます初の機嫌を損ねてしまうとすぐに改めた。


 この間なんて、蜜吸いに駆り出される〈透翅〉との間でトラブルになった。初回からずっと顔を合わせてくれる手練れだが、慣れと油断が顔を覗かせたのか、わざと余所の家の精霊少女の話をし、初を挑発したのだ。折しも機嫌の悪かった初は大いに暴れ、〈透翅〉を突き飛ばし、〈透翅〉の方も怒ってとっさに初を取り押さえた。

 私も蝶使いも目撃している前だったが、お互いに――と言っても、主に初の方にだが――怪我がないと分かるまでは、本当に血の気が引くかと思った。

 互いに反省をし、仲直りをさせたので、その次回からも同じくこの組み合わせが続投となったが、初のストレスをためるようなことはよくないと反省した。


 それよりも前向きに考えてみようではないか。


 これまで初を館の外に外出させるなんて夢のまた夢だと思っていた。この半年の間に一度だけ、〈待宵〉の血統の花を愛好する者たちの集いに誘われたのだが、初は全くいい顔をせず、数日間は余所行きのドレスどころか普段着さえ素直に着せてくれなくなった。

 私の誘いのすべてを嫌がる時期だったので仕方ないかもしれないが、次回か次々回こそは連れていきたいところなので、それまでに外出という経験はさせておきたいという気持ちがある。

 親族会とはいえ留守番を厭い、遠出に興味を抱いている今がチャンスなのではないか。


「初も一緒に行きたいのね?」


 そう訊ねてみれば、彼女は急にしおらしくなった。


「……はい、行きたいです」


 本気で行きたいのだろう。

 素直な態度でそう言われると、さすがに良心が痛む。


 幸い、親族会とはいえ愛玩精霊を引き連れていったところで睨む者なんていない。

 血族の中にだって寂しがりな気質の精霊を同伴させて来るものもいるのだ。そう思えば、初を皆に紹介するついでにもなるだろう。

 それに、嫌なことが待ち受けている親族会において、愛玩精霊は心の拠り所にもなる。初のやんちゃも駄々っ子も、御遊びの範疇だと思えば可愛いもので、気晴らしにはもってこいだろう。

 ――とはいえ、この激しい気性が何か引き起こさないといいのだが。


「お嬢様らしくしていられるかしら」

「出来るわ。だって、わたし、お嬢様ですもの」


 どの口が言うのだと突っ込みたくなるが、まあいい。かつてのような激しさはだいぶ抑えられてきているのだ。そこを評価するならば、故郷に帰る程度ならば連れていってやってもいいのではないか。

 なにより、本人にやる気があるのならば、いい機会に違いないだろう。


「分かった。じゃあ、あなたも同伴と返信しておきましょう。いいこと、初、くれぐれも大人しくしているのよ? 親族会とはいえ、失礼のないように。かの茨の館にも〈待宵〉の大人の御方がいらっしゃるから、仲良くなさいね」


 故郷を離れて以降も、両親の住む館に親族会で訪れることは少なくないが、そこの温室を訪れることは少ない。

 そこには父母が愛してやまない精霊の女性がいるのだ。とくに父はともすれば実娘の私よりも彼女の方を愛でていた。今ではすっかり大人になっているが、やはりその愛情の独占を感じ取ってしまうことがあるので、少し苦手なのだ。

 だが、初が手元にいる今、〈待宵〉という血族の年長者という存在はとても頼りがいがある。初の方も意外だったようで、興味を抱き始めた。


「どんな御方なのですか? お兄さま? それとも、お姉さま?」

「お姉さまよ。たしか、私よりも少し下くらいの年齢だったわね」

「わたしの実家で生まれた御方なのですね?」

「〈待宵〉ですもの。そうよ。父母が一緒に市場へ観に行って買い取った子。……たぶん、私よりも愛されている可憐で心優しい精霊よ」


 初が一緒だと言えば、父母はきっと喜ぶだろう。

 〈待宵〉の精霊娘を購入した旨を手紙に書いて寄こせば、興味を抱いた両親からの手紙が何度も届くようになったのだもの。

 気性の荒さなども伝えてはあるが、それでも、私の綴る初の容姿に、在りし日の精霊少女の思い出がよみがえったと見えて、いつになく雑談の多い手紙を送ってきたものだった。


 そう、〈待宵〉というものは私から両親の愛を奪いもしたが、今や離れて暮らす私と両親の絆を結ぶものでもあるのだ。そんなことをつくづく思っていたところだったので、これはいい機会に違いなかった。


 さっそく返事を送り、少しずつ手配を整える。

 そういえば、都を離れるのは初めてだろう。馬車での旅を気に入ってくれるだろうか。私にとっては少々だが煩わしいところもある親族会だが、初にとってはよい思い出になればそれでいい。

 その日より、楽しみにしているらしい初の笑みを見ることが出来るようになったので、より一層そう思えたのだった。


×


 あっという間に旅立ちの日は来た。

 初とよく顔を合わせる使用人の中には心配する者もいたが、当の初が「絶対に大丈夫だ」と自信を持って言うものだから最終的には皆が黙ってしまった。

 これまでこの子が協力的だった日はあっただろうか。

 養われる身に抵抗していたのも、刺激が足りない生活が退屈だったからなのかもしれない。この子はやはり活発的な性質なのだろう。庭園遊びにもだんだんと飽き始めてきた頃だったので、本当によかった。


 馬車から眺める景色に目を輝かせる初はとても愛らしく、まるで我が娘を連れているかのようだ。もちろん、精霊を実子のように扱う気はないが、あれほどまでに陶酔した両親の気持ちがよく分かる。

 母の方はまだ実子である私たちとの区別をはっきりしていたが、父は何処までも正直で、精霊をこよなく愛するその気持ちが伝わってきたものだった。

 

 初を連れて行くと返信した日、すぐに反応は返ってきた。

 父はすっかり楽しみにしているそうで、両親を今も癒している館の精霊――名前はすずだ。市場で挨拶したときの鈴のような声がその由来である――もまた、同じ血統を受け継ぐ妹分である初との面会を楽しみにしているらしい。


 たしか、初は連続戻し交配の五代目だと聞いていたが、鈴はたしか違ったはずだ。四代でストップさせたものであり、初を売ってくれた花売りの両親に当たる人々が生み出した品種だ。

 よって、その雰囲気はだいぶ違う気がした。その姿は確かに白系の髪と赤系の目という月の女神の愛する花の精霊の特徴を守っているが、初に比べると白色の髪にはやや温かみが強く、赤い目もどちらかといえば葡萄色ではなく濃褐色に近かった記憶がある。

 そういう違いを思い出すと、初と鈴の気が合うかふと心配になり、予定通りに館までの距離が短くなっていくにつれて不安も増していった。


 だが、長い旅の後でやっと父母の住む館に辿り着いてみれば、杞憂であったのだとすぐに気づかされた。

 心配せずとも初は宣言していた通りのお嬢様らしさを振舞って見せて、私を心底驚かせた。初の少女特有の愛らしさに母はすぐに気に入ってくれたし、父などは初の姿に在りし日の鈴を思い出したのか、始終にやけっぱなしで、そこが娘ながら嫌になった。

 よくよく気づけばにやけているのは父ばかりではない。年を重ねて次第に父に似てきた二人の兄や、いつまでも子どもだと思っていた弟などもそうだったし、血を分けた兄弟姉妹の中で唯一純粋無垢だと信じた末妹などもいつの間にか鏡に映る私によく似た眼差しで、金次第でその身柄のすべてを手に入れられる精霊の少女というものに興味を抱いている様子だった。


 それでも、久しぶりの家族との面会は意外と落ち着くものだった。

 兄弟姉妹で話せば、忘れかけていた子どもの頃の感情が蘇ったものであるし、普段は気にしていない寂しさを自覚するものだった。

 この度の親戚会は気が重いものだったが、少なくとも今日は気楽に構えることが出来る。問題は明日だが、今日はひとまずこの空気を楽しもうではないか。


 懇願されて連れてきたとはいえ、初の方もいい経験になりそうだった。鈴はとても快く初のことを受け入れてくれた。鈴の美貌は大人の花として非常に素晴らしいもので、初も多少違ってもゆくゆくはああなるのだと思うと嬉しくなるほどだった。

 ただ気性は全く違うだろう。穏やかに手を握って温室へと案内するその仕草は何処までも可憐で、記憶に会った以上に鈴は淑女であった。


「鈴お姉さまは、とてもお優しいのですよ」


 父母の館に到着したその夜、温室で二人きりにしてもらえた際に、初はこっそり私に教えてくれた。

 そこで少しだけ私への反抗心を思い出す。


「ひょっとしたら、奥様よりもね」

「仲良くできているようで何よりよ」


 相手はせずに私は初の頭を撫でてやった。


「滞在時間はたっぷりありますからね。鈴さんのお話をよく聞いて、立派な淑女におなりなさいね」


 すると、少しだけこの環境にも慣れてきたらしく、いつもの調子を取り戻し始めた。

 つんとそっぽを向いて、言ってのけた。


「もう立派な淑女です! わたしには、奥様にはもったいないくらいの価値があるのです!」


 聞き流してやることにした。

 言葉の分からぬ愛玩動物が飼い主に対して何を言っているかなんて分からないのだ。初の悪態もそういうこととして受け止めて、まともに受け取るのだけはやめておこう。


「私はそろそろ寝室に戻るけれど――」


 そう言って手を離すと、初が不安そうに見上げてきた。その顔に笑みも向けずにいると、じっと目で追ってくる。その仕草は、まるで猫のようだ。

 まともに目を合わせずに、私は注意だけをくれてやった。


「あなたは鈴さんのお部屋に置いてもらえることになったのよ。鈴さんを困らせないようにね」

「――奥様!」


 そのまま退室しようとする私を、初が急いで呼び止めた。その声のなんといじらしい事。こみ上げる笑みをぐっとこらえて振り返ってみれば、初は不安そうな顔をこちらに向け、小刻みに震えながら、それでも強がっていた時の眼差しをどうにか思い出して、令嬢のように姿勢を正した。


「おやすみの挨拶がまだです」


 むすっとした様子でそう言った。私はそこでやっと感情の端っこを笑みとして漏らし、頷いた。


「そうだったわね」


 そう言って近づき、その頬に別れのキスをする。


「おやすみなさい、初」

「おやすみなさいませ、奥様」


 きちんと返事をするまで待ってやれば、やっと退室を許してくれた。

 従順な態度はまだまだだが、いくらか進歩したものだ。そう思い知らされながら、温室の扉を閉める。廊下には父母に長く仕える執事が一人で鍵を持って待っていた。


「お待たせして悪かったわ」


 静かにそう言うと、彼はそっと首を振った。


「いいえ、まだ鈴お嬢様がお戻りになっておりませんので」

「ああ、そう。……それなら、呼びに行きましょうか」

「いえ、結構です。間もなくお戻りになるはずでしょうから」


 何処となく固くて冷たい彼の態度に圧されながら、私は静かに立ち去った。


 鈴は両親の元にいると言っていた。この館で実娘の私よりも愛され、育ち、今では私たち兄弟姉妹の誰よりも長く両親の傍にいる精霊だ。

 単なる愛玩と言えども、嫉妬はするものだ。初が素直に懐いてしまったのも嬉しい反面、やはり嫉妬した。このまま鉢合わせることなくいきたいものだ。

 そう思いながら、私は一人とぼとぼと部屋に戻っていった。

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