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*05*

 


 *******


 その日は朝から慌ただしかった。

 静が、竜宮城と乙姫が戻ってきた祝いにと西の川からやって来るらしい。

 もちろん、雅の幼馴染というよりは西の川の主としてやって来るのだから、こちらも相応で迎えなければいけない。

 この前のような気さくな訪問とはわけが違う、のはわかるのだけど。

「ね、ねえ、珊瑚……。私、ここまでしなきゃ駄目かな……?」

「乙姫さま、とってもきれい」

 ああ、天使の微笑み。

 珊瑚は澄んだ瞳で純粋無垢に笑った。

 けれど、その笑顔でも消えないこの……重み。

 いわゆる十二単を想像すると近いだろう。

 何重にも重ねられた豪華絢爛な着物は確かに立派だけど、現代日本人の私では、慣れない、重い、苦しいの三重苦。

 しかもこんなすごい着物、着ているというより着られているという方が正しいんじゃないだろうか。いくら似ていると言っても本物の乙姫様と一般人の私では似合うものも似合わなくなってしまう。

 恥ずかいやら申し訳ないやらでげんなりしていると、扉がノックされる。

「おお、澄衣!きれいだ」

 入ってきた雅が開口一番褒めてくれる、が。

「ありがとう。でも、なんて言うか……雅の方がきれいだよ……」

 お世辞でもなんでもなく、見事な銀髪を結い上げ、深い海の色をした濃い青の着物を着た雅は本当に絵になるし、綺麗で神秘的だった。

 いやもう佇まいからしてなんだかもう神々しい。

 そしてその神々しさにもひけをとらない、雅の雰囲気がまたすごいと思う。

 そんな雅にきれいだと言われても気恥ずかしさしかない。

「さあ、行こうか。私の乙姫」

「ち、ちょっと待って……お、重い」

 着物が重く、思うように歩けず困り果てる。

 これで宴の席に行ったらまずいんじゃないか。絶対何か粗相をしてしまいそうだ。

 私の悩みに気づいたのか、雅は、ああ、と微笑み私の視線に合わせて屈んだ。

 かと思うと、唐突に唇を塞がれる。

 頬を撫でる指先、少しひんやりとした唇…………って、これ、キス!?

「これで大丈夫だろう」

「ーーーーっ!み、雅!?」

 唇が離れ、優雅に微笑む雅を突き飛ばす。

 初めてってわけではないけど、付き合ってもいない人間にされる経験はない。しかもなんの前触れもなくいきなり。今、そういう流れだった!?

「ど、どうしたんだ、澄衣?」

「いや、それはこっちの台詞でしょう!いきなり何を……って、あれ?」

 雅に怒鳴りながらふと気づく。

 私、普通に立ち上がって、軽々と動いて雅を突き飛ばした。

 ひょいと腕を上げてみると、……軽い。くるくると回ってみるとなんとも軽やかに動ける。見た所、装いは何一つ変わっていないというのに。

 考えられるのは……さっきの行為。

「私からは口から口へしか力を移せないのだから仕方ないだろう」

 私の脳内を読んだかのように雅は言った。

「ーーそ、それならそうと前もって説明してよ……」

 されたからと言ってすんなりはいと言ったかどうかはわからないけど……。

 身は軽くなったというのに、動悸が激しくて違う方向で何か疲れがどっと出た。




「よう、澄衣!きれいだなあ!」

 宴も後半に差し掛かった頃、壁際にもたれ少し休んでいたところ静がやってきた。

 最初こそ恭しく西の川の主として口上を述べていた静だったが、宴が進むにつれてだんだんとくだけてきた。

 まあ、あとはほぼ個々で宴をお楽しみください的な感じでもあったので誰も咎めはしなかったし、私もその方が気楽だった。

「ありがとう、静。静も格好良いよ」

 金の髪は和の装いには似合わないかと思っていたけれど、静は見事に着こなしていた。

 むしろ金色が和柄に映えて華やかさをより引き出している。

 堂々たる西の川の主たる佇まいは豪華な着物にも劣っていない。

 ……やっぱり私が着られてるだけ、だなあ。

 そっとため息をつくと静は笑って背を軽く叩いた。

「ありがとな。でもほんと、澄衣だってめちゃくちゃ可愛いぜ?攫いたいくらいだ」

 浮くような台詞に思わず赤面してしまう。社交辞令だとしても、気恥ずかしいものだ。

「澄衣、静。どこに行ったのかと思えばここにいたのか」

「うん、慣れないもんだからちょっと疲れちゃって」

「そうなのか、大丈夫か?」

 雅が気遣って手を取ってくれる。

 触れられたひんやりとした指の感触に、ふとキスを思い出してしまって、顔に熱が集まる。

「大丈夫か?顔が赤いぜ」

「ああ。熱気でのぼせたのかもしれないな。澄衣、こちらへおいで」

 宴の熱気のせいではないけれど説明するのも恥ずかしいのであえて否定はしなかった。

 見られてわかるほどならよほど赤い顔をしていたのだろうし……。



「わあ、いい風……」

 海の底に吹く風ってなんか不思議だ。

 二人に連れられてきたのは竜宮城の裏から少し歩いた小高い丘だった。

「っていうか、えらい人二人が抜けて大丈夫なの?騒ぎになったりしないかな」

 竜宮城の主人と西の川の主、本物ではないけれど乙姫が一気に場からいなくなったのではまずいのではないかと思った。しかも誰にも何も告げず、だ。

 だけど二人は軽く笑っている。

「だーいじょぶ。昔からよくあることだ」

「ああ、三人でよく抜け出していたからな」

「……乙姫さんってそういう人なの?」

 なんだかイメージが崩れる。

「……良くも悪くも純粋で、いつまでも少女のような子だったからな」

 雅がまた遠くを見るようにぽつりと言った。

 良くも悪くも?言い方に気になりつつもそれ以上は聞けなかった。

 ……雅の視線があんまり切ないから。

 静が雅の頭をぽんと撫で、雅は鬱陶しそうにその手を払った。

 なんていうか……。

「絵になるよねえ……」

 金銀の対照的だけど豪華な二人が並ぶ姿は圧巻だ。

 上にいた時でもこんな光景は滅多に見られない。芸能人だってこんな華やかではない。

 ほう、とため息をつくと二人は訝しげな顔をした。

「こんな綺麗な二人と一緒にいて、私だけ場違いだなー、なんて」

「そんなことはないぞ、澄衣は美しい」

「そーそー、澄衣は可愛いぞ?」

「いやいやいや。でも、お世辞でもそんなの言われ慣れてないから恥ずかしいね。あいつだってそんなの言ってくれなかったし」

「あいつ?」

 思わず口をついて出てしまい、しまったと思うが遅かった。

 今更誤魔化すこともできなさげな雰囲気が漂う。

 言い澱むことで二人は察したのか、頭をぽんと撫でてくれた。

「澄衣の魅力がわからない男なんて忘れてしまえ」

 雅の優しい声が妙に心に沁みて鼻の奥がつんとなる。

 ああ、やばい……泣きそう。

 失恋から待ったなしでいきなり海に落ちてしまったからじっくり考えることもなくすんだ反面、心の中で整理する時間もなかった。

 その反動が今になってきたらしい。


 俯く私のそばにいてくれる二人の、……雅の体温が妙に安心させてくれた。



 しばらくそのままでいたけれど、やがて雅を呼びに来る流の姿が見えたので、そろそろ戻ろうか、と顔をあげて促した時。

「よし、決めた」

 静が突然私の手を取り一人で大きく頷いた。

「澄衣を攫う!」

「は!?」

「さっき言ったろ、攫いたいくらいだ、って」

 からからと笑いながら静は私の体を抱き寄せる。

「待て、静!」

 雅が声を荒げるが、私を抱きかかえたまま静の体がふわりと浮き上がる。

 伸ばした手は雅の指先に一瞬触れ、そして離れる。

 高く高く浮き上がりながら、静は笑って

「ちょっと澄衣を俺の社でもてなしたいんだ、永久にってわけじゃないさ!皆に伝えてくれ」

 なんて爽やかに言っている。


 状況が飲み込めないままの私をよそに、竜宮城はどんどん遠くなっていったーーーー。

















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