**04**
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静の訪問以降、雅はより私に構うようになった。
珍しい舞だ、花だ、食べ物だとさながらおとぎ話のもてなしのように。
「雅、私にかまってばかりで大丈夫なの?」
竜宮城の主は主としての仕事があるに違いないのに。
その証拠に、珊瑚たちに追いかけ回されている姿も何度か見ている。
なのに雅は大丈夫さと笑っている。
「仕事があるなら仕事しなよ……」
ため息をついたその時、雅さまー!と呼ぶ声が聞こえた。案の定、サボっている仕事の督促だ。
バツ悪そうに逃げようとする雅の手を取り、逃走を阻止する。
来たのは流という珊瑚より幾分大人びた青年の姿をした雅付きの子だった。
「雅さま、禊をお願いします。鏡ノ池の水が濁っております」
「鏡ノ池の水が?そうか、では参ろう」
雅は用件を聞くと意外にも素直に応じた。よほど大事なことなんだろうか。
「鏡ノ池?」
「ああ。竜宮城の近くにある池だ。本来はとても澄んでいるんだが。澄衣も一緒に来るか?」
「いいの?」
雅は私の手を取り歩き出した。
竜宮城から少し歩くと、花々に囲まれた控えめな池が見えた。
あれが鏡ノ池らしい。
近くまで行くとたしかに濁っているのがわかった。
「雅さま、よろしくお願いします」
「……ああ」
雅はかがんで池に手をかざすと目を閉じ何やら唱え始めた。いわゆる祝詞というものみたいなもの。
すると、ふわりと雅の長い銀の髪が浮き始める。続いて雅の周囲から池へ向かって淡い光が浮き上がり、それらが集まってなんとも言い難い神聖な光景となっていた。
「きれい……」
やがて光が収まり雅が立ち上がると池はとても澄んでいた。
恐らく本来の状態なんだろう。
「澄衣、こちらへおいで」
雅に呼ばれ池の傍に行きのぞきこむ。
水面はまるで鏡のようにすべての景色をそのまま映していた。
そっと触れるとひやりとして気持ちよかった。
ゆらりと揺れる水面。並ぶ雅と私の顔。
……見ていると、何故だか懐かしいような、あたたかいような、そしてどこか……切ないような気持ちが胸をさらった。
「どうした?」
「ううん……綺麗な池だね」
「ああ。……乙姫もこの池が好きだった」
そう言って雅は遠くを見るように目を細めた。どこか切なげに。
ーーーーここは……。
きょろりと周りを見渡せば、揺れる花々、澄んだ水。
ああ、鏡ノ池、だ。
「乙姫!」
その声に振り向けば、幼いながらも面影のある少年たち。
「雅、静」
手を取るとあたたかい。
あたたかい、二人の笑み。
私もあたたかくなる。
嬉しくなる。
揺れる花々、射しこむ光、それを反射する水面。
幻想的で美しく、おだやかであたたかなひと時。
大切な時間だと、愛おしい時間だと、思う。
不意に池に視線を戻しのぞきこむ。
これは……私の幼い頃?それとも……。
続いて二人ものぞきこむ。
並んだ三人の顔。
水面の三人は楽しげに笑っている。
笑って、いるーーーー。
ぼう、と目を開けるとそこは竜宮城の一室。
「……夢」
夢だったのだと理解するのに少し時間がかかった。それくらいリアルで、鮮明に覚えていたから。
まるで記憶のように。
知らないうちに涙が頬を伝っていた。
体温とさほど変わらないそれに気づけなかったのも仕方ない。泣いているという自覚なんて少しもなかったのだから。
「澄衣、どうした?」
隣から雅がすいと頬の涙を拭って初めて気づいた。
「夢を、みたの」
ぽつりぽつりと先ほどの夢を話す。
雅は複雑な表情でぽつり、そうか、と言った。
「それは恐らく乙姫の記憶だな。鏡ノ池は三人でよく遊んだところだ」
「水面に映った顔、私とよく似てた……乙姫って……」
「ああ、澄衣によく似た姿をしているよ」
じゃあきっとあの少女は乙姫で。
あのあたたかな気持ちも笑みも乙姫の記憶なんだ。
あんなに愛おしく二人を思っていたのに。
どうして鏡ノ池に行った時、あんなにも切ない気持ちがよぎったんだろう……。
「ところで」
この問題はひとまず置いておいたとして。
意識がはっきりしてくると同時に湧き上がる疑問。
「雅はなんでここにいるの?」
「澄衣があまりにも気持ちよさそうに寝ていたから、一緒に眠ろうかと思ってな」
当たり前のように微笑む雅を無言で部屋から追い出したのは、言うまでもないーーーー。