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**03**

 


 *******



「あのさ」

「なんだ?澄衣」

「雅ってなんだか性格変わってない?」

「そんなことはないさ。消えかけていた時は魂が弱っていたからな」

 艶めく笑みを浮かべ、雅は答える。

 雅と竜宮城が復活してから恐らく数日。結局帰る方法もわからず、竜宮城内で暮らす日々になってしまった。

 かろうじて雅だけは乙姫と呼ぶのをやめてくれたけど、他のみんなは相変わらず乙姫さま呼びだ。

 その雅でさえ、帰る方法の話題になるとはぐらかしてくる。

 ついには私も諦めた。いや、帰るのを、ではなくて。

 ……帰ったところで、待っている現実は恋人と別れたばかりの、というそんなことだし。

 半ばヤケになりつつ、いつか帰れるんだろうと、もう少し流れのままでいてみようと、そんな諦め。


 諦めたことで、心に少し余裕が生まれる。そこで改めてわかったこと。

 雅という人物は、最初こそ儚げな美青年という印象だったが、実は儚さとは無縁の性格だということ。割と自信家で、割と強引で、相変わらず顔が良いこと。

 竜宮城には、雅と乙姫、それから乙姫に仕える少年少女たち、雅に仕える青年たちだけがいること。

 乙姫は雅の婚約者だったということ。

 ……乙姫は、ある時急にいなくなったという、こと。

 竜宮城は乙姫と雅が、雅は乙姫がいないと消えてしまうということ。

 そして何故か私に乙姫と同じ力があるということ。

「雅は乙姫がいないと消えてしまうんだよね」

「ああ、そうさ。だから澄衣、どこにも行ってはいけないよ」

「それはわからないけど。

 ……乙姫も雅がいないと消えちゃうの?」

「…………乙姫の存在を奪うのは、もっと別の何か、だよ」

 また、はぐらかされる。

 雅はわかりやすく声色を変えてそれ以上そこには触れさせてはくれなかった。

「澄衣はどこにも行かせないよ」

 次の言葉を探しあぐねているうちに雅はまたいつもの口調に戻っていつもの口上を述べる。本気なのか冗談なのかわからない程度の口調で。

「わからないよ。それに私は水の中で生きてたわけじゃないし」

「だけど今君はこうしてここで生きている」

「うーん……そう言われるとまあ、そうなんだけど。自分でもわからないけど……」

「なら、いいじゃないか、このままで」

 この不可思議な現象をさらりと笑顔で流される。流れたものを雅は拾わせてはくれない。

 いつもの押し問答になるのは目に見えていたのでもうあえて反論はしなかった。したところで結論も出ないし事態が変わるわけでもないからだ。

「雅さまー、乙姫さまー!」

 その時、少年少女の一人がやってきた。

 初めに私を見つけた少女、珊瑚。名の通りの珊瑚色の髪をふわふわと揺らして走って来る。

「珊瑚、どうしたの、そんなに慌てて」

「あのね、静さまがきたの」

「静さま?」

「……西の川の主だ」

 聞き慣れない名前におうむ返しに聞くと、雅が苦々しそうに答えた。

 舌打ちしながら立ち上がり、口元に手を当て思案し始めた。

 ちらりと私を見て再び悩む様相を見せる。

「静の用件は……」

「あのね、乙姫さまのことー」

 雅はわかっていたようで、やはりか、と呟いてため息を一つ。

「……あの、私行った方がいいんだったら行くよ」

 乙姫ではないけれど、恐らくこの場合の乙姫さまのこと、は私のことなんだろう。行ってどうなるというものでもないけど、気にはなる。

「ーーーーっ、仕方ない……行くか」

 悩んだ末に雅は結論を出した。

 当たり前のように優雅に私の手を取り歩き出す。

 ……こういう仕草は本当に、何ていうか……高貴な身分の空気を纏っているというか。



「よおっ、雅!乙姫が戻ってきたって?竜宮城もすっかり綺麗になったじゃねえか」

 鮮やかな金の髪に男らしい体躯、ワイルドな笑みを浮かべる青年。

 ……もしかしなくても、彼が、「静さま」?

 名前から完璧に女性、しかも何となくお淑やかなお姫様のような人物を想像してしまったいた為にあまりのイメージとのギャップに言葉を失う。

 確かに誰も女性とは言ってなかった……。思い込みって恐ろしい。

 と、勝手に頭を抱えている私の目の前にいつの間にか彼はやって来ていた。

 顔を覗き込む深い緑の瞳がじっと私をとらえる。

「……乙姫の匂いがするけど、あんた乙姫じゃないな?」

 ややあって彼が顔が小声で言う。

「わかるの!?」

 どれだけ言っても飲みこんでもらえなかった事実を彼は自分から見抜いた。

 驚く私の声に、にっ、と笑い素早く引き寄せられたかと思うと耳元で囁いた。

「詳しい話は今度ゆっくり二人きりでしような?」

「静っ!」

 まるで抱き寄せられているかのような距離だった。雅が声を荒げて私を後ろに引っ張る。

「何にもしてねーよ」

「お前は澄衣に近づくな」

「澄衣って言うんだな、あんた。俺のことは静でいいぜ」

「離れろと言っている」

「雅と、ええと……静、は、仲いいんだね」

「そーそー、雅と乙姫とは昔馴染みでねー。仲良し仲良し」

「こういうのは腐れ縁と言うんだ」

「照れるなって、雅」

 雅の悪態を気にする様子もない静に何だか笑ってしまう。いつもの余裕を醸し出している雅と違って、何というか、ほんの少し幼く見えた。

「……で、わざわざ来たからには何か用があったのだろう、西の川の主」

 雅はあらたまり、静を西の川の主と呼び居住まいを正した。二人とも真剣な面持ちになり、場の空気が少し変わった。きっと、主同士の雰囲気は本来こういうものなんだろう。

「本当に乙姫が戻ったのであれば、西の川の勢として祝いをしなければと思ってな。確かめに来たんだが……」

 静はそこで言葉をいったん切り、私をじっと見据える。

 本当に、だとかわざわざ見に来たりだとか、何となくだけど静は乙姫が戻ったという噂が信じがたいと思っていたんだろうか。

 乙姫がいなくなった経緯を知っている……?

 そう脳裏をよぎった瞬間、静の表情がまた先ほどの様相に切り替わる。

「ちょーっと違うみたいだけど、澄衣なら、うん、大歓迎だな!俺は澄衣が気に入った。なあ澄衣、今度俺の社に遊びに来いよ」

 真面目な面持ちも束の間、静の雰囲気はまた最初の通り。

「社?」

「ああ、俺の社もなかなかだぞ。桜がいつでも満開でな」

「へえ、水の中なのに桜が咲くんだ」

 ますます不思議な世界だ。

 静の住むところは城じゃなく社なのも意外だった。あまり和の装いが想像できないだけに。

 興味を惹かれている私の隣からじとりと雅の視線が刺さる。

「……用は終わったな。では失礼する」

 憮然と言い、雅は私の手を取り立ち上がった。

「ちょ、雅……っ」

 失礼な態度も意に介した様子はなく、静は笑いながらひらひらと手を振っていた。
















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