二:現実直視
……そんな展開を、ラプンツェルは密かに望んでいた。
そう、此処までは彼女のあくまで妄想の話。
彼女はそんな夢の様な妄想に浸りながら、髪の毛にのしかかる痛みや重圧に必死に耐えて待っていた。今まさに、あの蛇の生えているこの髪を、もろともせず登ってくる、盲目の青年がやって来るのを。
「……魔女様で御座いましょうか」
「いいえ違います。僕は」
「そ、それでは帰って下さいまし!!」
「あ、じゃあ帰ります。なんかすみません」
「えっ、ええッ!?」
ラプンツェルは思わず振り向いたが、目が合うと石になってしまうかと思うと、焦って顔を俯かせた。
「だって帰れって……あ、もしかして今のって焦らすタイプの乙女心ってヤツですか? へぇ~その方法が使えるとなると相当可愛い子なんでしょうね? どれ、顎を拝借させてもらませんか?」
ニタリと笑い、ラプンツェルの顎に手を添えた。澄んだ赤い瞳を燻らせる青年は、見た目こそ瓜二つであったが、性格が予想と180度違う。ラプンツェルは本気で、「やめて下さいまし!!」と強く拒絶する。
「私と目を合わせると、貴方は石になりますよ!? さっき登ってくる時に見たでしょう、あの無数の私の髪……蛇達を!!」
「うん見たみた。俺はそれで王国から派遣されたから」
「何をッ!?」
ラプンツェルが彼をキッと睨みつけた。すると、彼の赤い瞳が収縮した。 しまった! 彼女はそう思い、頬下に冷や汗を一つ垂らし、すぐさま顔を背ける。
彼を石にしてしまった。そんな重たい現実から目を逸らす様に。
「残念」
ラプンツェルの耳元で囁いた赤目茶髪の青年は、涼しい顔付きだ。
「どうして!? まさか貴方……盲目なの!!?」
ラプンツェルは本気で質問したのだが、彼には予想の斜め上を行く質問だった様で、ガクッと肩を落として、「なんでやねん」と突っ込んだ。
「盲目と言う発想は無かったよ。……違うよ、ちがう。僕は君と同じなんだよ」
その言葉に「へっ……?」と目を丸くして彼を見つめた。彼女の姿はしっかり見えている様で、妄想の中の青年とは違い、視線は彼女の瞳にのみ向いている。
「僕は、その蛇の国から来た王子なんだ。でも王子って地位はちょっと面倒だったから、立派な王子になるための武者修行って親に言ってこうして旅をしていたんだ」
「う、嘘よ。だって、王子様なら周りに兵隊様とか……」
「撒いて来た」
「撒いて来たのッ!? ……ど、どうしてわざわざ此処へ?」
ラプンツェルが尋ねると、王子は今まで彼女の妄想の中でしか見せなかった優しい笑みをした後で答えた。
「だって、僕と同じメデューサである君が、一人こんな塔で一生を遂げてしまうなんて寂しくて悲しいじゃないか。あんな悲しい歌まで唄っちゃってさぁ。だから、迎えに来てあげたんだよ」
心の隙間を突くかのような言葉に、ラプンツェルは両手をくっつけ、口元に持ってきて目を潤ませた。
「……行こう? 外の世界へ」
王子は優しく微笑み、離れたラプンツェルに手を差し伸べた。戸惑うラプンツェルだったが、手先を震わせながら、彼の温かい掌へと乗せた。
「あ、やっべ、でも降りられないよね」
「え? ああ……でしたら、王子様が私の髪を使って先に降りて下さい。そしたら私が飛び降りますので、王子様……」
「いやあの、登ってくる時に君の髪が追っかけてきたもんだから、切っちゃったんだよね」
王子の絶望的な一言によって、二人共数分程無言になってしまった。
「……えええええッ!? え、ちょっと待って、あの、髪って事は蛇で、蛇って事は髪ですよねッ!!?」
「何を今更。そうだね。まぁ僕は人間とメデューサのハーフだから髪まで蛇ってわけでは無いけど」
「ちょっと! 髪と言えば乙女の命、蛇と言ったら普通に爬虫類の命ですけどッ!? 二つの重い命を殺めちゃってるんですケドォッ!!?」
「殺っちゃった☆」
「殺っちゃったじゃねぇえええええ!! 馬鹿なの、貴方馬鹿なのッ!?」
「言ってなかったけど……実は僕、馬鹿なんだよね」
「知ってたよ!! 今更すぎるカミングアウトだなオイッ!!!」
矛盾したツッコミをしながら、ラプンツェルは王子の胸ぐらを掴み、王子に唾を浴びせる勢いで怒鳴っていた。
塔の下から、老婆の声が聞こえてくるまでは。
「ラプンツェル。アンタの髪……」
「ま、魔女様っ!! ま、まずいわ王子」
「いきなり王子呼ばわり!?」
「とにかく! 隠れて下さい。魔女様が貴方が来た事を知ってしまったら、貴方はきっと殺されてしまう」
ラプンツェルの忠告を聞き、隠れ場所を探していた王子だが、何かに気づくと、ラプンツェルの肩を叩いた。
「何ですかッ!?」
「魔女って今までどうやって登って来てたの?」
「え? 私の髪を登って来てましたけど」
「じゃあ、魔女は此処に来れないよね?」
またもや、妙で長い間が二人の間で起こる。
「はい。でも、それじゃあ降りられませんよ?」
「それなんだけど、僕にいい案があるんだ」
何ですか? そう言おうとした時には、既に彼女は彼に横抱きされていた。
ラプンツェルがまさかと思った瞬間には、既にそのまさかの高い塔の頂上から飛び降りるという偉業を王子は成し遂げてしまった。
「……いてぇ……」
但し、幾らかの王子の下半身の骨と引き換えにして。
「無茶な事を。ただでさえ馬鹿なのに、忘れっぽいのですね」
「その様だ……馬鹿である事を忘れていたよ……」
動けずにいる王子と、そんな王子を呆れながら見つめるラプンツェルの前に、黒服の老婆は忍び寄って来る。
「ラプンツェル、びっくりしたよ蛇があんな無残になっているのを見た時は。でもまぁ、アタシが見つけたのが早くて良かったねぇ。蛇の体はくっついたし、ちゃんと命もあるよ」
「有難う御座います魔女様。それと、この男性の体……」
「どうやら、ある意味こっちも瀕死みたいだね。でも、きっとこれもラプンツェルを連れ出そうとした罰さ。放っておけばいいよ」
魔女の言葉に、ラプンツェルは複雑そうな面持ちで青年の藻掻き、苦しむ姿を見ていた。
「それとも、私よりその男が好きなのかい? その馬鹿な男は、お前を外に連れ出して周りの人々の見世物にするつもりなのかもしれないよ?」
「そんな事はしない! つか、見世物にしたら普通の奴なら石になっちまうだろ……僕がコイツに世界を見せてやりたいのは、人を知ることも出来ずにずっと人や世界に怯えて生きるなんて、そんなの嫌だって思ったからだ」
「世界はそんなに甘いものじゃありませんよ」
「アンタが甘すぎるんだ。いやらしい程にな。人生満喫するのに、一つの味覚だけじゃ飽きんだろ。しょっぱい現実だって、苦い経験だって、辛い過去だって、すっぱい失敗だって待ってる。甘味なんて、時々あるくらいがいいんだよ。人生の甘さなんて、あんぱんくらいで充分だ。でもクリーム入りだと尚更良い」
最後の一言でラプンツェルの感動が興冷めした。あんぱんやクリームと言う幼稚な言葉、ラプンツェルには全くもってかっこよくは感じなかった。
だが、彼の思いそのものは、世界を恐れる彼女にどっしりと響いた。重厚に落ちた彼の思いが、彼女の世界を、妄想だけでなく彼女のその現実に盲目な瞳に広がった。
「何言ってるか後半よく分かりませんでした。けど私、もっと外の世界を見てみたいって、思いました。彼の言葉で」
「何言ってるかよく分かんなかったのにかい!?」
魔女のごもっともなツッコミも、今の彼女の心には響かない。魔女は彼女の意思の固さを察すると、「そうかい……」と眉を顰める。
「だったら、力づくでもアンタを引き止めるよラプンツェル。そうじゃないと、アンタの父親と母親にラプンツェルの葉をタダでやった意味がないからね」
「……それは承知の上です」
「え? ちょっと待ってラプンツェル。それだけの理由で君は此処にいたの?」
今度は、3人の間に妙な間が起きた。
「……それだけって」
「いや、だって、葉っぱと人間でしょ? と言うか、君は薬用でも無い、ただの食用葉っぱと引き換えにされていたの? ……親酷いな」
改めてラプンツェルは考えてみた。確かに、王子の言い方だと、ギャグの様な取引内容だった。
「そ、それは、母親はその時ろくに飯も食えずやせ細っていたからだよ! とにかく、アンタは渡さないからねッ!!」
手を伸ばし、魔法発動の準備をしていた魔女に対し、ラプンツェルも胸を拳状にした手でトントン叩いて心を落ち着かせた。
そして、その黒い目を見開くと、まさに今魔法を放とうとしていた魔女に近づき、魔女の目を見た。真近でラプンツェルの目を見てしまった魔女は、足先から徐々に石化していく。
「悪かったわ……だ、だから助けて頂戴……」
動かない下半身の分、上半身や目玉を震わせて魔女はラプンツェルから目を逸らせないまま懇願した。
「彼の足を治して」
ラプンツェルは一度王子に視線を向け、すぐに魔女に戻した。
「わ、分かりました!! だからご命だけはっ!!!」
魔女は急いで彼の足をまだ石化していない左腕で治し、ラプンツェルを見た。しかし、ラプンツェルはその魔女の視線から逸らし、王子の方へと向かってしまった。
裏切りの様な行為に、魔女は奇声にも似た悲鳴を上げ、大口を開けたまま石像へと変わってしまった。
王子が、「あれ?」とすんなり起き上がり、魔女の方を見ると、魔女は見事石像へと変化していた。
「……本当に、石にしちゃったの? やりすぎだと思うけれど」
「あそこまでしないと、貴方の体を治せると思えなかったから。それに、正直言って、石にさせた後、元に戻す方法とか頭にパッて浮かんでくるかと思ってたけど、浮かんでこなかったし」
「君は馬鹿というより中二病だね」
「……ハイ」
自分のした事は本当に正しかったのだろうか?そう自問自答するかの様な彼女の表情に、王子がニコリと笑った。
「残念ながら、蛇の国にも解決方法は無いんだ。だから、二人で探しに行かないか?」
「え……?」
「だから、魔女がこのままなのは、さすがに胸が痛いんだろ? だったら、一緒に治せる方法、探しに行かない?」
王子は優しく微笑み、離れたラプンツェルに手を差し伸べた。ラプンツェルは妄想含め三度目のこのくだりに戸惑っていた。だが、今度こそは大丈夫だろうと、彼の手を迷いなく握った。
(四話了)