一:肉食系老婆
皆さんは、白雪姫という物語をご存知だろうか?
アバウトに説明すると、ナルシストで我侭な継母が、自分より美しい自分の娘である白雪姫を何度も殺そうとして、結局白雪姫は王子の口づけで生き返る話なのだ。
……実際はそんなメルヘンなオチじゃなくて、喉奥に詰まらせたリンゴを白雪姫が吐き出してしまうとか、そう言うツッコミは今回無しだ。
・ ・ ・
そして、僕はまさにその王子さ。棺桶に入れられ、泣きじゃくる小人の前に颯爽と現れる僕。
「君達、一体どうしたんだい?」
「実は白雪姫は意地悪な継母様に毒リンゴを食べてしまって、この様なお姿に……ううっ、此処に王子様が来て白雪姫に口づけをしてくれれば……」
待ってました愛のキス。だが、此処で心を乱してはクールじゃないな。僕は胸を抑えて平常心を貫き、整った顔で言った。
「王子? えっと、僕は一応ここの近くの城の王子なのだが……」
「本当でございますか!? で、でしたら是非白雪姫のお命を救うため、彼女に口づけを!」
「うむ。分かったよ。僕で白雪姫を救えるかどうか分からないが……やってみよう」
僕は内心ウキウキしながら棺桶の蓋を開けた。
すると、其処には、老婆が眠っていた。
白雪姫は老婆だった。
なので、思わず棺桶の蓋を閉じた。
「え、ええ!? ど、どうかなさりましたか!?」
小人が心配そうに僕を見る。
うん、そう言えば昨日はコレのことで頭がいっぱいで緊張してあまり寝付けなかったんだった。寝ぼけていたんだな。そうに違いない。そうでないと困る。
「いや。昨日はよく眠れなかったからね、目眩がしてしまって……すまないね。次はちゃんとやるからね」
「い、いえ。ですが死への時が迫っているかもしれませんので、なるべく早急に……」
「う、うん」
勇気を出して、もう一度棺桶の蓋を外す。
やはり白髪の老婆だった。
閉じた。
「王子様!?」
「この後用事あるの思い出したので、後でじゃ駄目かな?」
「いいわけないでしょう!? さぁ、開けて彼女に命を吹き返してあげて下さい!!」
いや無理無理、なんて小人達に言えるわけもなく、僕は苦笑いで返す事しか出来無い。
「……ぐっ、わ、分かったよ……」
僕は意を決して棺桶を開けた。
うわぁ~やっぱり老婆じゃねぇか!何で老婆なんだよ。この物語恋愛ものじゃないの!?
……ハッ! もしかしてこれコメディーもの!?
そ、そんな馬鹿な事あるわけない。きっと口づけをすれば美しい白雪姫に戻る設定なんだ。……と言う事は、キスの瞬間は老婆じゃねぇかッ!!!
棺桶を戻してブチギレてやろうかとも思ったのだが、僕が二連続で棺桶を戻してしまったため、小人の一人が棺桶を僕の手から外して地面に置いてしまい、僕は逃げられない立場になってしまった。
「さぁ王子、三度目の正直です」
七人分の小人の視線が僕に刺さる。何ですかこの罰ゲーム!!こんなもん僕が毒リンゴ食って死にたいわ!!!
僕は、小刻みに震えながらゆっくりと、ミリ単位で彼女……老婆に顔を近づける。
「くっ……」
残り十センチと言うところで、躊躇い。体がそれ以上は行けないとSOSを出している様で、ちっとも動いてくれない。引き攣る顔、口は見事三日月を描いている。
「王子っ!!!」
いきなり小人が背中を押し、「うわっ!?」と僕が棺桶のフチに両手を強く掴む。だがその瞬間、老婆である白雪姫が両目をカッ! と見開き、両手を僕の首の後ろに回し、強引に自分のしわしわの唇に僕のぷっくりとした唇を押し付けさせた。
「━━っ!!!!!!」
「おおっ! 白雪姫様!!」
小人達にもう用済みと言わんばかりの勢いで僕を突き倒す。命を救うために人工呼吸をすると思えばまだ許せるが、アイツ生きてやがったじゃねぇか。もう泣きたい。いやむしろ吐きたい。
「つか! な、何で白雪姫がそんなお婆さんなんですか!!」
小人達や白雪姫……? ……が、僕を見る。
「僕の知っている白雪姫は……確か、もっと若かったはずなんですけど」
思わず口を尖らせて僕を硬直してみる八人に言った。やがて、白雪姫は、「はぁ」と一つ大きな溜息を付き、僕の元へ近づいてくる。
「継母の呪い」
「呪い!? え、だって、毒リンゴとかじゃ……」
「あの人しつこくって、毒リンゴの保険だったみたいなの。ちなみに、毒リンゴはさっき吐き出したんだけど、丁度王子っぽい気配がしたから、小人達に助けてもらえるように演技してくれって頼んでね? まぁ、どちらにせよこれだけ老けてしまえば、もう命を狙う必要も無いのでしょうけれどね」
王子っぽい気配って何だよ肉食系ヒロインめ。否、此処まで来てしまえばもうヒロインすらゴメンだ。
「そんな怪訝そうな顔してるけど、いきなりおばあさんにされてしまった私の身にもなってよ。まだ私……十年しか生きていないのに。いいじゃないキスの一つくらい。減るもんじゃ無いでしょ?」
若い女の子だったら減らないね。でも老婆だと心が磨り減っちゃうね。
なんて、思ってはみても、彼女の言うことも一理ある。
いきなり一方的な恨み妬みで殺されかけ、そして老婆にされてしまう始末。彼女はただ世界一美しく生まれただけだと言うのに、なんと不憫な娘であろう。
「元に戻る方法は無いのか?」
「分からない。でも、継母が知らぬ間にやって来てコーヒーの中に入れたみたいなの。ホラ見て、実際、一緒に飲んだ小人達もこんなに老いてしまって」
小人に関しては、僕は以前の君達を知らないので、どれくらい老けたのかよく分からないんですけども。
「ちなみに小人の寿命は千年よ。それの七十年分!!」
それじゃあ分かんねぇよ!! とつっこんででも欲しいのだろうか?
「……千年の、七十年分よ!!! 分からないの!?」
どうやら本当につっこんで欲しかったようだ。よし決めた、絶対につっこまない。
「分かりなさいよ! って言うかもう分かってんでしょ、分かってるけどつっこまないつもりでしょ!!」
そうでーす。
「まぁいいや、じゃあ継母さんのその罪を暴いて、どうにか治す方法を聞けばいいんだな」
「良くない! つっこみなさいよちゃんと!!」
「それじゃあ継母の事情聴取をしてこよう」
「ムッキー!!!」
僕は白雪姫をガン無視して、継母の下へと向かうことにした。