二:助けに行く
あれ程眠れなくて困っていたと言うのに。いつの間にか眠っていたらしい。流石に、人体の構造的にずっと目を開けてるってのは無理があるか。
「おはようございます」
何時の間にか一人で眠っていたらしく、シンデレラが掃除道具を持って部屋に入って来た。そうか、彼女が起きて手を外した頃に寝たのか。うん、そんな気がしてきた。
「そんな無理して掃除しなくてもいいよ。俺だって出来るんだから」
「いいえ、掃除自体は好きなんです。少しゆっくりしていたり、隠れていたほこりに気付けなくて怒られていただけで! なのでさせて下さい!!」
そんなメイドの様な事を言って……だが、せっかくの気持ちなら甘えよう。きっと泊めてくれた恩義とかもあるのだろうしな。
「お言葉に甘えよう」
「うふふ、有難う御座います」
シンデレラは嬉しそうに掃除を始める。此処にいても邪魔になるだけだろうし……俺が下の階へ降りていくと、丁度玄関のチャイムが鳴る。扉を開けると、其処には他の騎士達が現れ、その奥から王子がやって来た。
「わざわざ此方までお出向きになるとは、一体如何用で御座いましょうか?」
「君が昨日突然いなくなってしまったからな。どうしたものかと思って来てみたよ。彼等に此処の場所に案内してもらった」
サボリがバレましたか。騎士団長から格が下がるかなこれは。
「それはさておき、此方に若い娘はいないか?」
「若い娘で御座いますか?」
「ああ。昨日の舞踏館パーティーで素敵な女性がやって来てね。彼女はシンデレラと名乗っていたのだが、もう一度彼女と会いたいと思って今探しているんだ」
それはさておきって、これだけの騎士達を連れて一人の娘探しかよ。部下の騎士達は俺に申し訳なさそうな視線を送っている。
「お掃除終わりました……って王子様……!?」
……何というバッドなタイミングで。
とは言っても、こっちは王族のぼっちゃまで裕福な生活が始まるんだな。そうなれば、彼女にとってはこの王子とくっつくのも悪くは無いのか。
王子の性格はそこまで悪くは無さそうだし、何よりシンデレラは綺麗で胸がでかいだけでなく、気も利く。彼女なら城で苛められるという事もきっと無いはずだ。
「清楚で綺麗なお嬢さんだな。お嬢さん、少しの間片足を上げてもらっていいかな」
「は、はい」
シンデレラがスカートを持ち上げ、騎士の一人が靴をはめてみると、ピッタリと靴が入った。普通に考えて、ガラスの靴も魔法で出来ているのだから、消えるはずなのに、残っているのはオカシイんだがな。
王子が十二時の間に職人を呼んで型取らせたのならまだしも、シンデレラのこの事情を知ってる訳も無く、ガラスの靴を持って中に入ったのは十二時過ぎだったからそれは無い。
「……やっと見つけた。貴女こそ、僕の探し求めていた女性だシンデレラ」
ウソツケ。絶対胸の時点で分かってたろ白状しろ王子。
「是非、僕の妃になってくれないか?」
良かったなシンデレラ。この男と一緒なら継母や姉にいびられる事も絶対に無いだろうし、今より豊かな生活も送れる。
それこそ、シンデレラ、君の頑張りが報われる時なんだ。
「……あの、ですが私は……」
「願いがあるのなら言ってくれ。僕に出来る事なら何でもしよう」
王子は甘いマスクで彼女に膝をつけて見上げながら言っている。
「それなら……お、お断り致します」
「……は?」
王子が驚き、騎士達はその場で凍りついた。
「私には、他に思いを寄せている人がいるのです」
衝撃の新事実。そんなこと一度も聞いていませんでしたよシンデレラ。
「一体誰なんだい?」
王子が恐る恐る聞いた。シンデレラは戸惑った様子だ。
「この人が……好きなんです」
俺の片方の手首を両手で掴んだ。……ん? 俺?
「俺? ……俺!?」
「は、はい……大好き、なんです!!」
今度は強気で騎士や立ち上がった王子の目を見て言った。
「……そ、そうか」
王子が俯いて言った。俯いているため目が見えないのが怖い。
ただ、口元の引きつった笑みだけは見えて更に怖い。
「だが、君は彼女を好きなのかい?」
コラ王子。何だその遠まわしな生死の選択は。
だが、彼女がこう言ってくれたのならば、偽りでは無いのだろう。
俺は彼女を守ると言ったし、此処で嘘は付けないな。
「俺も、彼女を愛してます」
無言の間が数秒流れる。何時来る? 一体何時来るんだ……?
「……そうか、ならば仕方無い。心苦しいが、僕は気に入ったものは手に入れないと済まないタチでね」
今まで俯いていた顔が上がると、王子が命令した。
「お前等、殺れ」
来たー!! やっぱり、「それじゃあ僕は引くとするよ」って事にはなりませんよね!!!
「え……?」
シンデレラも見当違いの言葉にかなり驚いた様子で僅かな声を出した。
「僕の言う事が聞けないのか?」
そんなシンデレラに対し、甘いマスクだった王子が眉を顰めて怒鳴ると、騎士団達が俺に一斉に飛びかかり、その隙に王子がシンデレラを連れて出て行った。王子が出て行ったのを確認すると、騎士の一人が騎士達に掌を向け、俺に耳元で言った。
「大人しく投降したフリをして下さい。そしたら王子も首を飛ばせとまでは言わないと思いますから」
「ああ、すまない」
「事情は後で聞きますから。行きますよ」
騎士達に連れられ、俺は城の地下牢へと閉じ込められた。
・ ・ ・
「……で、何があったんですか団長」
先程も言ったが、俺は今地下牢の中にいる。此処へ入れたのは皆俺の部下や仲間達。俺はその場にいる仲間に、今までの経緯を説明した。
「そうでしたか。王子様に目を付けられたのが盲点でしたね。あの美しさじゃ無理ありませんけど。この先、一体どうするおつもりで?」
「お前達にあまり迷惑はかけたくはないんだが……」
「強行突破、ですね」
「……頼む」
前代未聞の危険な事をコイツ等にまでさせようとしているんだ。俺は、部下の騎士達に固く頭を下げた。
・ ・ ・
「……やっ……どうしてこんなこと……」
「これは、君への愛情表現なんだ。あの男より、僕は君を愛している。どうやら今彼は大人しく投降しているみたいだし、君の選択次第で彼の命も変わると思うのだが」
「……私が、妃になれば良いのですね?」
「ああ。僕の愛しのシンデレラ」
・ ・ ・
……良い訳無いだろう。
あの時、何故俺は彼女と王子が結ばれるのを彼女の幸せだと思ったのだろうか。
彼女は温かいシチューに涙を流す程の娘だったのに、自由のあるあの家に来てもなお掃除をしていたと言うのに。
彼女が欲しいのは身の縛られる奴隷の様な生活や、身の動かすことを必要としない妃の贅沢さなんてものじゃなく、多少の我が儘と幸せと自由のある普通の生活だったのだろう。
カチャリと鍵を開けられると、部下が言う。
「命令して下さい団長」
少し考えたが、……もう後戻りは出来無い。
「おう。お前等、シンデレラを取り返すぞ!!」
俺が怒鳴ると、部下達も、「応!!」と声を荒げた。
・ ・ ・
「ん? 何だか下が騒がしいな。……まさかもう既に……」
「え、嘘ですよね……? だって、だって……言うことを聞けば命は助けてくれるって……」
「そ、それは……。だが、もしものことがあっても、僕が君を守る」
「ハーイ? 誰がどうしたって!?」
ニヤッと笑って飛び込んで行き、泣き崩れている彼女の真後ろに立つ。両手で顔を覆っていた彼女が振り向き、「良かった……!」と両手で涙を拭って笑ったが、彼女を抱きしめていた王子が彼女をきつく抱きしめ、俺を睨みつける。
あの……胸、思いっきり顎に当たってますよ。抱きしめすぎじゃない? それとも確信犯かな?
「こんなことして、どうなるか分かってるのか!?」
「お前がな」
俺はそう言って親指をその方向に突き立てると、騎士達がやって来る。
「お前等、コイツを始末しろ!!」
「……すみません王子様。今は俺達、団長の味方するつもりなんですよ」
「何……!? 僕を裏切るのかっ!!」
「俺達は団長に命を救ってもらったり、弱い奴だってしっかりと指導してくれたし、使えない騎士をやめさせたりなんてしませんでした。そりゃあ仕事をサボることもありますが、俺等に取っては、王子様より忠義を尽くすべき人なんです」
一人がそう言うと、全員が頷いてくれやがる。なんだっておい、泣かせる気か普段そんなこと言わない癖によ。
「……うふふ、嬉しそうですね」
「う、うるさい」
シンデレラがからかう様に笑う。くそ、何でこのタイミングでそんな真面目なことを言うんだお前等は。
それがドッキリだったら全員斬り付けてやるかんな。
「……他に! 他に誰かいないのか!? パパ、ママ!!」
「残念だったねぇ。アンタのパパとママは今アタシのお国にご招待しているよ」
「なっ……!?」
声の方を見ると、其処には黒のマントを羽織い、とんがり帽子を被るいかにもな女性がいた。
「あの時の魔女さん……!!」
シンデレラが驚きながら言った。実のところ、シンデレラに限らず全員驚いているが。俺は彼女から話を聞いていたため、いたって冷静だ。
「シンデレラ、ごめんね。アタシはお前の事を思ってコイツの提案につい乗っちまったのさ」
「提案って?」
シンデレラが問えば、王子はガタガタと震えていた。まずロクな事は考えていなかったのだろう。
「コイツは偶然城下町を通った時にお前を見つけたのさ。そして、その時アンタの美貌に惚れたそうだ。けれど、彼女と会うにはあそこの継母や姉達が邪魔だった。だから、アタシに頼んだ。舞踏会の時、彼女に魔法をかけて、何とか二人きりになれる様に設定してほしいとね」
「そんな……」
「ガラスの靴も片方だけ本物の強化ガラス製の靴を使っていたし、その片方の靴には脱げやすくなった加工がされていた。そうして、偶然を装った演出をしてコイツとお前をくっつけようとしたんだが、アタシのしていた事は、間違いだらけだったんだね」
魔女はそう言うと、俺の方を見た。
「間違えなんかじゃないですよ。俺と彼女が出会えたのは貴女の魔法のお陰なんですから」
「それもそうだね」
魔女はニカッと笑うと、次は王子の方を見た。
「け、消さないでくれ……僕だって、僕だって彼女を……」
「本当に愛している奴はね? 愛する女が他の男を愛していたら、潔く諦めるもんさ。お前は彼女の表面しか見ていなかっただろう? お前のお人形さんにしようとしていただけなんだよ」
「ひっ……!」
「あと、消すんじゃなくってアタシのお国にチョイとばかり連れて行ってあげるだけだからね。さぁ、行くよ!」
「や、やめてくれ!!」
魔女がスティックを振ると王子と魔女は消えてしまった。……これで一件落着?いや、あの、流石に王様まで消しちゃったら此処の情勢がですね?
「団長良かったですね! これであの権力振り回しまくってた王子達いなくなりましたよ!!」
「良か無いわ……おい、王様がいなくなったら此処は誰がどうするんだ」
「え? 普通に考えて団長が王様になるでしょ」
ん? 何だ? 今の言葉。俺の聞き間違いなのかな?
第一、それだとシンデレラの望んでいた自由と普通が……。
「本当ですか!? 素敵……それじゃあ、私はお妃さんに、なれるんですね?」
「いやしかし、シンデレラは自由が欲しいのだろう?」
「貴男といれない自由など、私の自由ではありません。私は、貴男の隣にいられる事が普通の、そんな生活を送っていきたいです」
俺は騎士団達を見た。騎士団達の後ろには、城に隠れていたメイドや大臣もいて、俺に期待の眼差しを向けられる。
「それに、貴男ならきっと、皆さんと平等に接して下さると思うのです」
シンデレラは頬を火照らせて微笑んだ。
「……まぁ、騎士団と両立して出来ると言うのなら、構わないが」
”構わな”の辺りから既に歓声が上がっていて五月蝿い。オイちょっと黙れお前等。
「やった、やったぁ! 貴男とこれからも一緒にいられるだなんて……!!」
彼女は弾んだ声でそう言い、俺を抱き寄せると勢いに任せて己の胸の谷間に顔を突っ込ませた。苦しいですシンデレラ。
「あ、そうだ!!」
ばっと俺を元の位置に戻し、窒息の刑から解放してくれた。
「私はこれ程に愛していると言うのに、まだ貴男の名前すらも知らないのです。お名前をお教えいただけませんか?」
「俺か……ソルメットだ」
「ソルメット! ……うふ、ソルメット、ソルメット!!」
騎士団員がこっちをニヤニヤしながら見ている。美人と仲良くなりたいとは思ったが、此処までベタベタしたかったわけじゃないんだ。恥ずかしいぞシンデレラ……。
「それでねソルメット、私ずっと貴男としたかったことがあるのです」
そう言ってシンデレラは俺に片手を差し伸べた。
「私と、共に踊って下さい。十二時までなど言わずに、何時までも」
シンデレラはいたずらっぽく笑い、首を傾げて俺に言った。ヒューヒューと周りの妙なテンションが恥ずかしい。
とは言え、その願いは俺も無かったわけでない。しかもシンデレラから誘われてしまえば断れまい。
「それは俺のセリフだろう? シンデレラ」
差し伸べられた手を強く握って引き寄せ、沢山の人が見つめる中、俺とシンデレラはダンスを踊った。
(一話了)