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童話キャラは○○だった  作者: 素元安積
野獣はゆるキャラだった
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二:やばい

 食事を終えた夜のこと。それぞれ違う部屋で眠っていた二人だったが、ドールは言葉にし得ない不安で眠れなかった。ベッドから離れると、彼女は真っ先にアレックスの眠る部屋の扉を強く叩いた。


「……む?」


 アレックスが目を覚まし、扉を開けると、ドールはアレックスの胸に抱きついた。


「何だかとても不安なの。……一緒にいたい」


 私は一応野獣なのだが。自称野獣の彼は、怖がられる存在であるはずの自分が頼られていることに複雑な面持ちだった。しかし、これはあのことを話す絶好のタイミングかもしれない。アレックスは頷いた。


「良いのね、有難う」

「ああ、一生一緒にいたって良いのだぞ」

「え?」


 アレックスの言葉に、ドールは首を傾げた。それは、この屋敷にずっといても良いと言うことだろうか。それとも、自分に好意があり、結婚を前提としているプロポーズなのだろうか……と。


「……私は、お前がいないと」


 その時だった。アレックスの言葉を遮るかの様に、大きな窓ガラスが騒音を立てて一気に崩れ落ちた。恐怖にドールが甲高い叫びを上げる中、窓ガラスの先から満月をバックにして男が現れた。男が即座にドールを抱えると、窓際へ戻っていく。その際、アレックスはドールを抱えた者を見て驚愕した。


「お前は……!」


 ふさふさに覆われた毛、鋭い牙、刺さる様な目つき。それは、アレックスが求めていた姿……。正に、野獣だった。


 呆然と見つめた数秒間。ハッと我に返った野獣は声を荒げた。


「貴様、何をしている! ドールを返すんだ!!」

「アレックス、助けて……!!」


 涙目で訴えるドール。アレックスも助けたい気持ちは山々だったが、足元にはガラスの破片が散らばっている。破片の山を飛び越えるのは無理があった。かと言ってこの場から外へ行く間に逃げられても困る。八方塞がりだった。それを感じ取っていたのだろう、野獣は低い声で言った。


「今のお前に何が出来ると言うのだ」

「……っ」


 答えることが出来なかった。野獣は笑い声を上げながら、自身よりも大きなマントを翻して姿を消した。


「……力も無く、人を信用することも出来無い。こんな私に、生きる意味も無いのだろうな」


 ガラスの破片を手に取る。キラリと光った先端を、首に当ててみた。だが、どうしても拭えない。彼女の、ドールの助けてと言う声、そして自分を見つめる真っ直ぐな瞳が。


「せめて、彼女を助けるまで……やってみるか」


 掴んでいた破片を投げ捨てると、アレックスはタンスを開けて外服へと着替えた。ビシッとコートを寄せるとある程度の必要な物をカバンに詰めて屋敷を出る。ガチャンと屋敷の正面扉、そして塀の施錠をすると、大きく、太い携帯電話を取り出してとある人物に連絡をかけた。


 ・ ・ ・


 一方、電話の掛けられた人物の事務所では他にも幾つもの電話が喧しく音を立てている。音を聴くだけで嫌気のさす青年は、地面に倒れて長い尻尾を揺らした。


「あの~俺だけじゃ低一杯ですよ。……増やさないんですか? 助手」


 青年ことダンテは、騒音の中優雅に紅茶を飲む赤ずきんに青ざめた顔で訴えた。


「君、解決しているのは私だ。一番苦労しているのは私だろう? なのに何故助手である君が私に意義を申し立てる?」

「えっと……でも赤ずきんさんすぐ解決するし、結構楽しんでますよね? 俺たまに変な電話とか来るんですよ? 結構疲れると言いますか」


 今まで何度かダンテが言い返したことはあるが、何時も一言返せば黙って頷いていた。そのダンテが地面に平伏せてまで二度も言い返すとは……流石にガタが来ているのだろう。赤ずきんは呆れながらも白いチェアから立ち上がった。ダンテが呆然と赤ずきんを見つめる中、赤ずきんは一つの受話器に手を取った。


「はい此方、赤ずきん探偵事務所。現在予約がいっぱいいっぱいなので」

『知り合いが野獣に拐われてしまったのです』

「野獣?」


 赤ずきんの問い返しに、ダンテも気になり赤ずきんに近寄る。さっきまで音も聞きたく無さそうだったのに。赤ずきんがダンテ片手でしっしと手を振ると、ダンテはハッとした様に他の鳴っている受話器に向かっていった。


『ええ。手を貸してくれましたら五千万、いや……一億お渡し致します』

「ほぉう、一億かぁ」


 赤ずきんの言葉に、他の依頼の受け答えをしているダンテが赤ずきんを二度見する。自分の耳に付けているもう一人の依頼など頭に入っていないだろう。


「金でどうこう決めるのはあまり好きじゃありませんが……良いでしょう、野獣というのも気になりますし。詳しい話は」

「此方でさせていただけませんか?」


 事務所の扉に付いた鈴が鳴った。赤ずきんとダンテが音の方を見ると、驚愕した。


「き、ぐるみ……?」

「……ほぉう、これはまた興味深い」


 抑えられない好奇心が、赤ずきんをニヤけさせた。


 ・ ・ ・


 真っ黒に塗りつぶされてしまったかの様な夜空に、雷が轟きながら落ちる。突然さらわれてしまったドールは、高き崖の上に猛々(たけだけ)しくそびえ立つ屋敷の中で、手錠をかけられた状態でふかふかのソファに座らされていた。


「返して。アレックスが心配しているわ」

「あんな巫山戯た男の下に帰る必要は無い。俺の方がお前を大切にしてやれるぞ」

「巫山戯ているのは貴方の方じゃない。勝手に窓割って……アレックスが怪我をしたらどうするの?」


 頻りにアレックスのことを案ずるドール。魔獣は苛立ちをぶつける様にドールを押し倒した。


「やっ、やめて!」


 ドールは魔獣を蹴り上げ、魔獣が一瞬ひるんだ隙に立ち上がって当ても無く逃げ出した。


「そんなことをしても無駄だ!」


 魔獣もすぐさま立ち上がると、ドールを追って広い屋敷の中を駆け出した。


 ・ ・ ・


 アレックスからドールが拐われた事情を大まかな説明を聞き、赤ずきんは楽しそうに微笑みながら頷く。隣に座るダンテはアレックスの体を舐め回す様に見つめていた。どうしてもアレックスがゆるキャラにしか見えないのだ。


「そんなに見つめて……私に何か?」

「え、あ、あの~……」

「貴殿も分かっているのだろう? 助手君は貴殿のその容姿が興味深いのだよ。勿論、私もね。プライバシー保護の為に他言はしない。誘拐ならすぐに解決する。だから教えてくれないか? そしたら一千万引いて差し上げましょう」

「え……? 一千万も……?」

「一千万ですか。まぁ構いませんよ。いずれ誰かに言わなければならないことですからね」


 ダンテは一千万の負け交渉が気がかりだったが、正直赤ずきんの職業柄他の依頼でも羽振りが良い。今から仕事を五年休んで遊び放題暮らしたとしても金が余るだろう。強くはつっこまずに話を聞くことにした。


「私がこの見てくれになったのは生まれて間も無い頃だ。親が少々非道な者でな、とある魔女を貶めようとしたのだ。魔女の力を得ようとした様でな。しかしそんなこと出来るはずが無かったのだ。魔女はいとも簡単に罠をすり抜け、親をとことん追い詰めたそうだ。そしてその時丁度妊娠していた母に魔女は呪いをかけたのだ。その呪いが何かは親は知らなかったそうだが……まさかと驚いていたよ。悲しみを通り越して笑っていたな」

「えっと……笑っちゃいけない所、ですよね?」

「私達は笑っても良いと思うが、親が笑うのは心外だな。今は私の稼ぎを頼りにしている少々頼りない母上でも、私が幼い頃は命を掛けて私を守り、育ててくれたものだ。懲らしめたらどうだい?」

「親は二人共もういない、どうしようも無いことだ。それよりも、今は私は……元の体に戻りたい、と思っている」

「魔女の呪いならば魔法を解けば良いだろうね。その方法は知ってるのかい?」

「ああ」


 アレックスの答えに、ダンテは身を乗り出した。先程まで依頼など懲り懲りだと思っていたはずなのだが。微塵も感じさせない前のめりさに、赤ずきんは呆れながらも微笑んだ。


「そうなんですか!? でしたら話が早いじゃないですか……って、あ……一筋縄でいかないから今も困ってるんですよね、すみません……」

「いいや。だが確かに簡単には出来無い。と言うより……もう無理だろう。余命も近いしな」

「余命!?」

「その呪いを十七歳の誕生日までに解かないと、死んでしまうと言う呪いの様でね。ただ、十七年の猶予と、条件を達成すれば元に戻してくれると言う決まりは、魔女の優しさを感じる……だが、私には無理だったがね」

「ちなみに、方法は何なんだい」

「人から愛されること、だそうだ。まぁ、私はそもそも人を信用出来無いタチだ。難しいだろうな」

「そうか。ちなみに、貴殿はそのドールと言う女性のことは好きじゃ無いのかい?」


 赤ずきんの直球な質問に、ダンテはドキッとした。アレックスの方へゆっくりと視線を動かすと、アレックスは俯向き気味に答えた。


「……どうだろうな。嫌いでは無いが、さっきも言った通り人をそもそも信用出来無い。私が彼女を救いたいのも、ソレによって彼女に愛されようと言うエゴなのかもしれない」

「成程なぁ。確かに、君はそうかもしれないな。裏を返せば、貴殿の呪いを解いてくれる者こそ、貴殿の信用出来る者と言うことだろうな」

「……!」


 アレックスは不意を突かれた様に拍子抜けした顔を赤ずきんに向けた。


「命が掛かっているのだ、この依頼は早急に解決しないとな」

「頼む。彼女は俺が不本意に巻き込んでしまった様なものだ。何とか救い出してもらいたい」

「うん? 何を言っている? 救うのは貴殿だぞ」

「は?」

「私達は、貴殿を案内するまでが仕事だ。戦闘力なんて微塵も無い。……まぁ、結果を見届けには行くが、残りは自分で何とかしてくれたまえ」


 甘かった。言われてみれば、赤ずきんはあくまでも探偵だ。その能力こそピカイチだが、特に力がある訳でも魔法が使える訳でも無い。同様に、助手の狼男も何処か頼りない。余った一千万弱で兵を雇うべきだろうか。考えを巡らせるアレックスに赤ずきんは言った。


「好きな女くらい自分で守りな。どうせ余命も短いんだ、命賭けてカッコいいことしたって構わないだろう」

「……赤ずきん」

「それくらいなら、うちの助手君だって出来るぞ」

「はい?」


 椅子に腰掛けてからずっと体が動かなかった。いや、動こうとしなかった。だが、赤ずきんの言葉に推されてやっとアレックスは立ち上がった。


「……分かった。とは言っても好きかどうかは分からないが。そんなことは今はどうでも良いな。命賭けて奮闘してみるさ」

「ああ! それでこそ男と言うものだ」

「ですね! 俺等も出来ることがあればサポートしますよ!!」


 三人は顔を見合わせて頷き合った。そして赤ずきんが片手を伸ばして二人にアイコンタクトを送ると、ダンテが赤ずきんの手の甲に手を重ねた。アレックスも意味を察すると指が三つに分かれた布製の手でダンテの手に重ねた。


「依頼を解決するぞ!」

「おーっう!!!」

「ああ!!」


 重なった手を宙に上げて離した。


 今まで見てきた人とはまるで違う。まるでドールの様に。二人との出会いに、アレックスは感動と頼もしさを感じた。

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