一:ゆるい
白い肌。細い腰。長いまつ毛。華奢な足。まるで人形の様に可憐で美しい女性の名はドール。
彼女の両親はとある者の屋敷へ侵入し、勝手にバラを摘もうとした。それだけに及ばず、数多の無礼を繰り返したことから、屋敷の主は痺れを切らし、二人を監禁してしまったのだ。監禁した主は、両親の三人の娘達に言った。
「両親を返して欲しければ、お前達の一人が身代わりになることだ」
……と。
・ ・ ・
ドールは百二十センチと、とても小さい。その上この屋敷の主は二メートル近くあるので、会話はとても大変だ。ドールはうんしょと専用の台の上に乗り、屋敷の主へと話しかける。
「ねぇアレックス。どうして貴方の目はそんなにクリクリとしているの?」
「そう言う目なのだ」
「そう。ねぇアレックス。どうして貴方の声はそんなにこもっているの?」
「そう言う声なのだ」
「へぇ……。ねぇアレックス。どうして貴方の背中にはそんなチャックが」
「━━っるっさい!! 黙れ!!!」
屋敷の主ことアレックスは怒りをあらわにし、部屋を出て行ってしまった。
ドールは両親の代わりとなり、アレックスの屋敷へと来ることになった。当然、両親は無事に返されたのだが、此処へ着いた時たいそう驚いた。何故なら、魔獣だと聞かされていたアレックスの目はとてもつぶらで、声は何かに入っているかの様にこもっていて、背中には如何にもな長めのチャックが付いている。これが、野獣だとは思えない。
「もしかして……」
ドールは薄々感づいていた。
野獣はゆるキャラだった。
・ ・ ・
「待ってよアレックス! 私は貴方のことがとても知りたいの!!」
部屋を出たアレックスを追い、ドールは必死に走った。地に付けただけで、すぐ折れてしまいそうな足で。
「待って、ま……きゃっ!」
ドールは絡まった草につまづいて転んでしまった。顔面がら地面にぶつかり、つまづいた足をひねってしまった。痛さに悶絶してると、ドールに大きな影がかかった。
「此処、絡まってるじゃないか。私としたことが見逃していた」
「うふふ、アレックス捕まえたっ!」
先程まで痛さと葛藤していたドールだが、アレックスが戻ってきた喜びから痛さなど吹っ飛んだ。アレックスの腕を掴むと嬉しそうに微笑んだ。
「私ね、ぬいぐるみが大好きなの。だからね、始め野獣と聞いてびっくりしたしとても怖かったけれど、今はとても嬉しいわ」
「……お前もそうなのか」
「お前も?」
アレックスはそれ以降暫く口を閉ざしてしまった。
・ ・ ・
転んで怪我をしてしまったドールを手当してから一人部屋に残し、アレックスは庭でバラの手入れをしながら黙々と考えていた。何故、自分はこんな姿なのか、と。
ゆるく、可愛いこの姿の所為で数多の人々に馬鹿にされてきた。心を込めて育ててきたこのバラだって、何度盗まれかけたことか。始めは人柄の良さで仲良くなろうとも思ったが、人はそれを逆手に使い、幾らでも利用しようとする。アレックスはそれから人々へ様々な罰を与えてきた。今回は両親を監禁した末、末娘に一生償ってもらう予定……だったのだが、末娘に既に馬鹿にされている。その上、あまりにも華奢で可憐すぎる。懲らしめる勇気も無かった。
せめて自分が凶悪な姿をした野獣ならば、こうも人の醜い姿を見ずには済んだだろう。その傷を癒してくれるのは、皮肉にもこの美しいバラだけだ。
「どうすれば良いと言うのだ……」
頭を抱え、一人もがき苦しむしか無かった。
・ ・ ・
アレックスが屋敷に戻ると、驚くことにテーブルの上に所狭しと料理が広がっている。
「ごめんなさい。私多分貴方を怒らせてしまったわよね。コレ、お詫びの料理です」
折角用意した真っ白なドレスを汚し、恐縮そうにドールは頭を下げた。今まで人に尽くしてばかり来たアレックスは、彼女が何を考えているのか少し迷った。
(いや……きっとコレは私の気を緩ませる罠に違いない)
「それより新しいドレスを着なさい。そのままの格好で食事をいただくのははしたないでしょう」
「そう……分かった。でも一緒に食べたいから少しだけ待っててね」
ドールはそう言って走っていった。此処で彼女が来る前に全部食べきってしまえばどういう反応をするだろうか。やはり、「私の分は!」と怒るだろうか。そうは思ったものの、流石に子供じみている。アレックスはドールの言う通り席について待つことにした。それから十数分、ドレスを変えて来たドールが着席すると、二人は食事を始めた。
「美味しいじゃないか」
「ええ、料理は得意よ、意外だった?」
「いや。上手そうに見える」
「でしょう!」
彼女を此処へ連れてきたことは両親の罪を償ってもらうこと。それともう一つある。美味しい食事を堪能しながら、アレックスは葛藤していた。彼女に言うべきか、もう少し黙っておくべきか。




