五:過去VS現在
「姉さん……!? 何故二人が!!」
「ら、ランが心配でぇ……うぅっ、ごめんねぇ! でもランが無事で良かったよーっ!!」
ぶるぶると体を震わせていたロンさんがランに飛びかかる勢いで抱きついた。ああ、ランの顎にロンさんの胸が挟まってる。羨ましい、この時だけランと替わりたい。
「貴女は私達の大切な妹だもの」
そんな微笑ましい様ないやらしい様な姉妹の再会を少し後ろから眺めつつ、レンさんは俺へとウインクをする。二人共俺では頼りないと察したのだろう。でも本当に助かった……助けが無ければ俺は一体どうなっていたことか。
「これはまた随分と。個性的なメンツだね」
「目のやり場に困りますね……」
赤ずきんと兄貴は二人を知らないが、話と雰囲気で三人が姉妹であることは察している様だ。兄貴はロンさんの格好に戸惑い、逆に赤ずきんはロンさんの格好を遠くからジロジロと見つめている。三姉妹は気づいていないみたいだが。
「それより今は例のモノを探しましょう。このことは後の思い出話にしても楽しいでしょうから」
「それもそうだな」
レンさんの提案で全員が探し出す。けど、この部屋に来た段階では財宝なんて一つもなかった。もしかすると隠し扉でもあるのか?
「魔力は漂っていませんし、妙な溝や隙間もありませんね。こうなると獣の体内かしら……」
「幸い項垂れている、今なら腹を切り裂けるな」
折角無傷で気絶させてあげたのに、結局そうなるのか。ランの提案は最もだけど、何だか切なくなってくる。殺生って……普通に考えて、盗みよりヤバいことっていうか、やっちゃいけないことだしさ。
「どうにか他の方法を使って出せないのか?」
「そう言われてもな」
俺が口を出すと、ランが困った様に顔を顰める。レンさんやロンさんも名案が浮かんでいる様子は無い。俺はこの中で多分一番頭の良い赤ずきんに希望をかけ、チラリと視線を向けた。
「まぁ諸君、ちょちょっとお腹でも蹴ってみれば吐き出すかもしれんぞ? ほれほれー」
俺とランの前を通り、赤ずきんは倒れこむ魔獣の腹を踏む。これはこれで可哀想だが、吐き出してくれる方がかなりマシだ。
「んじゃ俺も。ほれほれー」
赤ずきんの隣へと行き、魔獣の腹を踏んだり蹴ったりしてみる。
「よっこらせっ!」
赤ずきんがゴールへシュートを決めるかの様に大きく片足を振り上げ、魔獣の腹へ叩き込む。力自体はこのメンバーで一番無いだろうが、打ち付けた場所やタイミングが良かったのか。魔獣が、「グペッ!!」と小さな呻き声を上げて口から胃液まみれの金属箱を吐き出した。
「まさか!?」
ランは目を丸くして物体の下へと駆け寄った。決して触りたく無いソレを表情一つ変えず触れ、箱を開ける。うわぁ、糸引いてるよ……手洗うまではランに触りたくねェ。俺が吐き気を堪えている頃、ランは中に入っていた物体を確認して首をひねった。
「……出てきたは良いが、コレじゃ無いんじゃないか?」
何だかバツが悪そうなランの様子。俺達はすかさず魔獣の吐き出した物体に駆け寄る。魔獣の唾液や胃液まみれになった其奴は確かにさほど重要と言えるものでは無かった。
「カツラかよっ!? んだってこんなモン食ってんだ」
「この魔獣と戦った戦士の亡骸……ではありませんよね。此処は暫く封印されていた様な場所みたいですし」
「うむそうだな。そもそも、そんなもの箱にわざわざ入れないだろう助手君」
「ああそっか」
そう、出てきたのは多種多様な色合いのカツラ。こんなものを何で魔獣に飲ませるんだ? イタズラ……にしてはリスキーすぎるよな。
「ではコレは一体何処の何方が?」
レンさんやロンさんも首を傾げる。ランへ視線を向けると、流石に胃液が手にまとわりついたままはキツかったのか、それを服に擦り付けていた。……いや、それはそれで見たくなかった。汚ェってラン。
「いや、コレが例のモノと見て良いと思うよ」
「まさか……」
ランがそう口にするが、皆薄々感じ取っていたらしい。……勿論俺も。それ以上誰もツッこむ者はいなかった。
「皆お分かりの様だが、コレは私が頼まれたカツラギ国の宝に匹敵するものと見ても良いだろう。けど、王はフサフサに見えたんだよなぁ。いや、私の勘が狂うはずが無い」
「じゃあ何方の物でしょう? 見た感じ男物のカツラですけど……」
「あっ」
ランの一声の後、ロンさん、レンさんと続いてハッとした表情をする。この髪型をした人を思い出したのか?
「……王子、だ」
「……」
ランから答えを聞くと、三姉妹は顔を青白くさせた。俺は他国には詳しくないから全然分からんけど。
「だろうなぁ」
赤ずきんは何やら楽しそうにニコニコと笑って言った。対して兄貴は滅茶苦茶テンション上げて驚いている。
「ええええっ!? あんな格好良い人がか、カツラ……!! ど、どうしよう笑っちゃいそう……」
「そうさ助手君、神様はイケメンや美女ばかり優遇することなど無いのだ。私を除いてな」
「そうですね……俺なんかこれから頑張れそうです」
「うぬ!! そして私に尽くすが良い!!」
楽しそうな赤ずきんと兄貴の隣で三姉妹は表情を曇らせて俯いていた。
「あんなカッコいい王子様が……」
「一時は三人でチヤホヤしたこともあったわよね、特にランなんて」
「ち、違う! あの時は気が狂っていただけだ!!」
「でも確かに……髪の毛がおかしいくらい動いてた時あったよ、ラン」
「だからヤツ関係で私の名を出すな!!!」
……ラン、めっちゃ可哀想。
・ ・ ・
特に三女の心が深く抉られたであろう三姉妹、そして不謹慎な程素直に笑う赤ずきんの話し合いによってこの事件は解決へと導かれた。
その解決方法はと言えば、ジモラウ国には事実を伝えず、カツラギ国にカツラを手渡すこと。しかし、カツラギ国の王や王子には相手に事実が握られている前提で話をし、「城下町の人々にバラされたくなければ、ジモラウ国と有効関係を築けばこの事実は永遠に伏せておこう」とジモラウ国の人々に交渉を持ちかけること……だった。王子の顔は本当にかっこいいらしい、城下町どころか国をまたいでも愛される顔なのだとか。そんな王子がカツラとなれば、流石にショックが大きい。有効関係を築く以外に出された条件も無いと言うことで、カツラギ国は無抵抗にてこの交渉を承諾した。まぁ確かにコンプレックスを大勢の人に知られるのは一生かけて苦しみそうだ。俺も下半身の無駄なほくろの多さは出来ることならそんなに知られたくない。足に十二箇所ってちょっとヤバいレベルだと思う。ってそれはどうでも良い話か。
ジモラウ国にはカツラの事実は伝えなかったが、カツラギ国は赤ずきんや三姉妹の説得によって、これから絶対に友好的に接してくれるはずだと伝えていた。自体も馬鹿馬鹿しく解決したところで……。
・ ・ ・
現在はジモラウ国とカツラギ国が有効を誓った記念パーティーの最中。つっても俺は会場の隣の廊下で番人役だ。手助けしたってことになってんのに会場にも入れないなんて、ロンさんあの王様の何処が信頼出来んだよ?
「お疲れ様」
「ラン」
心の中でぶつくさ言っている俺に、ランが話しかけてくれた。わざわざパーティーを抜けてきたみたいだ。出会った頃とは全然違う柔らかな表情なのは、あの時の関係性と変わったことと、抱えていた一件が解決した安堵感からかな。ランは片手に持っていたジュースの入った綺麗なグラスを俺の頬に当てた。
「つっめた!!?」
「ふふっ、すまない。考えごとをしているみたいだったので、つい邪魔をした」
「ったく、性格悪ィな。心臓に悪いだろうが」
「ハイネはそれくらいで死ぬタマじゃないだろう?」
「なっにを!?」
そう怒鳴ってはみたが、馬鹿馬鹿しくなって同時に吹き出した。そのタイミングの良さにまた笑えてきて、しょうもないことで二人で声を上げて笑う。
「えへへ……二人共仲良いね」
可愛いらしい声で誰かすぐに分かった。俺等は声の方へ顔を向ける。すると、声の主のロンさんは勿論のこと、長女のレンさんや赤ずきんと兄貴がいた。皆がニヤニヤとこっちを見つめている……何だ、この空気感。
「本当に、随分と仲が良いなぁ。今夜は二人で食事でもいってくるのかなぁ~?」
「あらまぁ! 国と国の友好パーティーをわざわざ抜け出して二人でおでかけ? ロマンチックですね」
赤ずきんとレンさんの言葉で状況をやっと把握した。と、同時に顔が熱くなる。
「ば、ばかっ! からかうな!!」
そうだ二人はからかっている。だから俺は顔が熱くなって怒ってるに違いない。感情に任せて言い返す所為で声がでかくなる。
「そうだからかうな。……ハイネは私など眼中にも無いんだから」
「そ、そうだぞ! 俺は眼中にも無いんだ!! ん?」
ランも俺同様言い返してはいるのだが、何だか言い方に少し癖がある。何だか卑屈になっている様な。チラっと振り返ると、ランは変わらぬ表情で髪をかき上げている。今の言い方は言葉の綾だったのか?
「……ハイネ君、いい加減になさい。素直になるの」
「は? 俺はだから」
「それ以上は可哀想だ、ハイネをいじめるな」
レンさんの滑車のような無茶ぶりにランが歯止めをかけると、「パーティーに戻る」と言ってその場から去っていった。
「お前らがからかうから、ラン怒って行っちまったぞ」
「……馬鹿ね」
レンさんは一度目を伏せるてそう言うと、すぐに視線を俺に向け、そして俺の両肩を掴んで壁にドンッと押し付けた。アレ? これってあの有名な壁ドンじゃない?
「ねぇハイネ君。貴方は今変わろうとしているのよ。数多の困難を貴方や仲間達の力で乗り越えてきたの」
「は、はい」
「世の中にはね、変わりたくても変われない人が沢山いるの。愛して欲しくても愛してって言えない人、助けて欲しくても助けてって言えない人、何度信じようとしても裏切られてしまう人。誰だか分かる?」
「わかんないです」
やけに真剣な様子のレンさん。レンさんの言うことはごもっともだが、誰と聞かれても俺は交友関係が全く無い。俺がきっぱりと答えると、レンさんは眉を下げ、唇を震わし、瞳を揺らして俺の目を見た。美しくもどこか儚げなその顔付きに罪悪感を感じ、反射的にドキッと心臓が反応する。
「私よ」
その言葉と同時に、目元で必死に耐えていたものが緩やかに流れ落ちる。背中しか見えていないはずだが、赤ずきんは察したのだろう。ロンさんや兄貴を強引に連れていってパーティー会場へと戻っていった。
「私には好きな人がいたわ。素直じゃないところもあったけれど、とてもとても優しくて、とてもとても素敵な人。貴方の様にね」
俺の様に。これが好意では無いことはわかるはずなのに、この切ない空気感と彼女の美しさの所為か、早鐘を打っている。次の言葉が予想出来ない緊張感からゴクリと生唾を飲んで彼女を見る。
「でもね、彼は何度も盗みを繰り返したわ。その度に牢獄に入れられた。皮肉だけど、私と彼が出会ったのは牢獄だった。でも私や皆に接する時の姿、何よりあの屈託のない笑顔はとても悪い人には見えなかった。だから私は彼が大好きになっていった。何度も彼を説得して、そして彼も何度ももう盗みはしないって言ってくれた。けれど、彼はどうしても盗むことを止められなかった」
「では、彼はずっとこの牢獄に……」
「亡くなったわ」
言葉を失った。たった一言にして、レンさんの心はボロボロに傷ついた様だった。触れたくないものに触れたみたいに。
「彼は本当に苦しんでいたの。優しい自分と罪を繰り返す自分の狭間で。変わりきれなかったことを嘆いて、私をもう傷つけまいと自ら命を絶ったわ」
ギチギチと俺の肩を掴む力が強くなっていく。彼女も、相当苦しんでいることが伝わってくる。
「でもね、本当は変われない人なんていないの。一人で考え込んで、苦しんでいるから、私は変われないんだって思い込んでいるだけ……! 素直に打ち明けてくれれば、その人だって、相談された人達だって楽に、そして強くなれる」
「はい、そうだと思います」
「けれど、歩み寄ってあげられなかった私も悪いんだろうって……苦しみに触れていいのかずっと迷っていた私も弱かった。だから、だから私はあの人の様な人達を二度と……っ!」
罪に対する憎しみが自分自身に当てられている様で、俺はいたたまれなくなった。彼女も、俺の様に変われない自分自身にずっと縛られ続けてきていたのだろう。
「貴方はきっと盗みなんてしないだろうけれど、でも、要するに、もっと素直になりなさいってこと。貴方がランが好きなのはわかってる。もし仮に勘違いだとしても、ランは貴方のことがことが大好きよ」
「ランが……!?」
レンさんは静かに頷き、子供の様に腕で涙を拭って話す。
「あの子顔には現れない代わりに、口調が少し変わるのよ。好きな人が出来ても、自分に可愛げが無いと思い込んでる。だから、好きな人にはいじけて話す癖があるの」
思い返せば確かに違和感のある言葉は幾つかあったけど、あれが好きの裏返し……?
「もし貴方があの子を好きだと言うのなら、早めに伝えなさい。これは、私から貴方への最後のお節介。これ以上は無駄口叩きません」
最後のお節介、か。俺はランの言動を思い返す。出会いは最悪だったけれど、思いのほか良いヤツだったし、チヤホヤされるだけあってやっぱ美人だ。顔で選ぶってワケじゃ無いけどさ……一緒に戦って困難を乗り越えて、パーティーではくだらないことで笑いあった。思えばランが声を出して笑ったのってアレが初めてだったかも。ああ言う顔も意外と似合うんだよな。ほんの少し一緒にいただけで好きとか嫌いとか……良いのかな、これで。本当に良いのかな。
「ちょっと行ってきます」
「あら、そっちはパーティー会場よ? 貴方は入っちゃいけないはず……良いの?」
レンさんは目を赤くしながらも、また普段と変わらない女神の様な微笑を浮かべて尋ねる。そうだな、確かに俺アブねーことしようとしてたんだわ。
「はい、一瞬ですから」
「そう、一瞬なら大丈夫かもね」
「レンさん」
俺は僅かに扉を開けてから、レンさんの方へ振り向いた。「はい?」とにこやかに答えるレンさんへと俺は言葉を続ける。
「レンさんこそ、変わって下さい。貴方は充分苦しんだし、有り余る程償ってきたんだから」
「……有難う。本当は、貴方が変わってくれたら、私も変われる気がしたの。身勝手なことだけど」
「レンさん」
レンさんの言葉を止めさせる。これ以上喋ると、彼女は更に自分を苦しめてしまうから。首を振って見せると、レンさんはまた涙を浮かべ、優しく微笑んだ。
扉を閉め、パーティー会場へと汚い身なりで入っていった。この城、想像していたより質が悪いな。折角隠してあげようと思ってた女神の泣き声が微かに聞こえてくる。
「どうした? 不審者でもおったか?」
王がぼてぼてと此方へ近寄る。例のカツラギ国の王子も少し驚いた様に此方を見ている。その手の先にはランがいた。
「道を開けて下さい」
「なぬっ!?」
あまりの図々しさに暫し皆が硬直しているのを良いことに、俺は王子とランの下へ向かった。そして触れ合っていた手を離し、ランの手を強く握る。
「ど、どうした!? 用なら外にいる姉さんに言ってくれれば」
「行くぞっ!!」
ランの言葉を遮り、俺はランの手を引いて走り出した。扉を叩いて開き、青いドレスに身を包むランを強引に走らせる。
「何処へ行く!? 話なら後でも良いだろう! このままではハイネが王に怒られてしまう!!」
「どうしても今、お前と二人で話がしたいんだ」
「しかしこの姿ではすぐに捕まってしまう!」
「大丈夫よ」
走る俺達の目の前に女性が立ち塞がった。灰色のローブに身を包み、メガネをかけた知的な女性……見覚えの無い人だ。
「姉さん?」
「姉さん!? はい!?」
「そうです、レン姉さんです。私がちょっとだけ二人の手を貸してあげる。まぁ、正体がバレない程度にだけどね」
知的女性ことマジックレンさんが手を振りかざすと、俺達へと駆け寄ってきた兵達の道を塞ぐ様に沢山の蔓が現れた。
「行きなさい」
「姉さん……? 何故こんなおおごとを。これで二国の友好関係が崩れては元も子もない」
「何言ってるの、私達は一回関係を良くしろって言われただけよ。別に二回するとは約束してないわっ!」
蔓を切り崩す人が現れると、マジックレンさんが氷の壁を作って更に行く手を阻んでいく。どうやら時間稼ぎをしてくれるらしい。
「有難う御座います! 行くぞラン!!」
「姉さんもお前もおかしいぞ……」
不安そうに眉をひそめるランの手を俺は強引に引っ張って走り続けた。
・ ・ ・
「魔法隊応援駆けつけました!!」
「魔法が来たとなると一人ではキツイわね……私は撤退しましょうか」
レンさんのお陰で難なく外へ出る。真っ暗だし、これならこのまま家まで行けそうだ。……と、思ったのも束の間のこと。
「アイツだ! 荒くれ男がラン様を誘拐しようとしているヤツは!!」
「け、結構早い!!」
「……姉さん大丈夫だろうか」
「とにかく走るぞ、手を貸してくれたレンさんの為にも!!」
「元はと言えばお前が悪いんだぞ……」
ランに半ば呆れられているが、此処までレンさんが手伝ってくれたからこそ、こんなところで戻って謝るなんて出来無い。
俺等が再度走り出してからすぐのこと、背後から兵達の叫び声が聞こえてきた。走りながら振り返ると、兵が崖の上から落っこちてくる巨大な石から逃げ惑っている。
「あんなモン振り回せんのは……」
「ロン姉さん……何だ、私は夢でも見てるのだろうか」
ランは空いた片手を額に当てて溜息をつく。現実を夢と思いたい程とは、相当まいってるのか。
「今はそう思ってても良い。いや、その方が良いのかもしれない。けれど、この先は夢じゃないから。覚めるまで待ってろ」
俺は前を向いて更に歩幅を広げていった。その後ろから岩が崩落する音や、兵士達の、「ロン様が崖から落ちてるぞ!」という声が幾つか聞こえてきたが、俺はランや自分自身に夢だユメだと言い聞かせて我武者羅に走った。
・ ・ ・
もうどれだけ走ったことか。俺とランは肩で息をしていた。剣術の冴えたランでさえ、このドレスをもってすれば体力を大きく消耗するらしい。そのドレスも鋭利な草や枝でボロボロだけど。
「オイ……ッ! 何処まで走る気なんだ。夢にしては何だか疲労感が強い……第一さっきロン姉さんが落ちたと聞こえた様な気がする。姉さんなら落ちても無事だと思うが、だがやはり……」
「ロンさんがあんなことくらいでくたばるか! 第一下には滅茶苦茶兵がいるんだぞ!?」
「ま、まぁ……と言うかお前何で此処までして逃げる? 今だって一応二人きりだ。今言えば良いだろう?」
「そ、それはそうだけど……一応明るくてお前の顔が見える所で話したいし」
「わがままが過ぎるのでは? それに、こんなに私と一緒に逃げていては本当にレン姉さんや赤ずきんの思う壺だぞ。好きでも無い女とこんな風に逃げるべきじゃない」
「私が何だって?」
暗くて視界が不安定だったが、ランプの灯りの方を見ると赤ずきんと兄貴が俺等の真横に立っていた。
「ランは忘れている様だが、私は名! 探偵だからな!! 私の推理は絶対に外れないのだよ」
「今まで兄貴らしいことして来なかったし、今更兄貴面なんて出来るとは思ってないけど、でも今回だけは手伝わせて欲しい。ハイネ」
「……あっそう。頼むわ、ダンテ……兄貴」
「おう!」
別に痒くもない頭を掻きつつ俺は目的地へとまた走る。今まで不機嫌そうだったランが、少しだけ嬉しそうだった。暗くて顔が殆ど見えないからかな、レン姉さんの言っていたランの見えない感情が少しずつわかってくる。
「良い兄さんじゃないか。これは現実でも起きれば良いのにと思う」
「馬鹿言え」
「夢から覚めたらお前に教えてやろう」
「ったく……」
何て言う俺の口元は緩んでる。……俺も人のこと言えねーな。
「ラン様を早く捕まえねば!」
「はーい、ちょっと止まってね。此処はちょいと依頼者に頼まれている事件現場なんだ」
「此処から後ろは捜査圏内です、通っては行けませんよ!」
「あのな、そんなことで」
「良いのか? もしかしたら此処にまだ息をしている人が眠っているかもしれないんだぞ」
「それは……」
「そんなこと知るか! ラン様だって荒くれ者に命を狙われているかもしれないんだ、退けろ!!」
「ああっ……赤ずきんさん、半分くらい行っちゃいましたけど……結構減ると思ったのに。ハイネにどう顔向けしよう……」
「ったく。嘘とは言え、情のない人間は嫌いだよ」
俺達が去って行く後ろ、これが微かに聞こえた赤ずきん達の会話だった。サンキュ、二人共。十分有難いぜ。
・ ・ ・
数多の犠牲……じゃなくって協力のお陰で、俺等は何とか三姉妹の藁、木、レンガで出来た家の前まで辿り着くことが出来た。お互いの服はビリビリだし、かなりゼーハー言っている。
「わざわざ家に来る為にあんなことをしたとは言わないだろうな……!?」
「悪い! そうだ!!」
「なっ」
「いいから、黙って来い!!」
俺は最後の力を振り絞ってランの住む藁の扉に手をかける。そして扉を開こうとした時、俺の手首に白い手袋が伸びてきた。
「王子!!」
ランの言葉通り、俺の手首を掴んでいたのは例のカツラ王子だった。顔は確かに滅茶苦茶イケメンだ。下手したら女性にも見えなくはない程端正な顔立ちをしている。
「そうだぞハイネ。王子だってあの状況で強引に私を連れられたら多くの者に勘違いされる。お前は失礼なことをしたんだ」
「アンタには悪いと思ってる。けど、どうしても譲れなかったんだ。許して欲しい」
「謝って済むならポリスは要らないってね。ちょっとだけ痛い目見てもらいましょうか」
王子はクスッと悪い笑みを浮かべると、鞘から剣を抜いて此方に向けた。
「お前……!」
今の俺とランは武器を持たない。その上この格好じゃ二人いても確実にこっちが不利。
「さぁ、大人しく両手を上げるんだ」
片目を細め、俺らを脅す王子。ランが挙げようとした手を強引に掴んで下ろさせるが、どう出ればヤツから逃れられるか……真剣に考えていると、強ばった顔付きだった王子の顔が徐々に緩んでいった。
「ふふふ……っ、冗談、ジョウダンですって」
「ハイッ?」
王子は剣をしまうと、笑顔で両手を家の入口へと差し出した。
「愛するランをこれほど大切にしてくれる君なら、僕が譲ってあげるよ。クールガイ」
あまりにも男らしい行動と言葉。まさか俺を試す為にわざわざこんな所へ? 器のデカさを感じざるを得ない。アンタの方がよっぽどクールガイだよ、カツラだけど。
「感謝する」
「は? は?」
俺と王子の会話に疑問と動揺を隠せないランを連れ、俺は部屋の中へと入った。家の中にあった一つのランプを頼りに、他のランプも探し、寄せ集めると一つランプを顔の近くまで上げて互いの顔が見える様にする。
「取り敢えず、お疲れさん」
「さっさと話をしろ。王子にまで気を遣わせて。さっきは笑っていたが、内心どう思っているかわからないぞ」
「そんなこと言うお前はまだまだだな、王子を分かってない」
「さっきあったばかりのお前に王子の何が分かる」
「そんなことより、これから大事な話をする。反論は後で幾らでも聞くから、今は黙って聞いて欲しい」
俺の言葉に、ランは仕方なさそうに口をつぐんだ。ボロボロとは言え一応ドレスを着ていることから、乙女座りになって俺の方を見る。
「さっきお前のことなんて眼中に無いって言った。けど、あれは嘘だ。本当はお前が好きだ」
緊張を吹っ切る様に一気に言ったからか、ランは一瞬何を言われているのか言葉を理解出来ていないみたいだった。目をパチクリさせている。
「多分、この藁の家で助けてもらった時からそうだったんだと思う。その先も、何度か意識した」
「……どうせ嘘だろう? 私なんかよりレン姉さんの方が美人だし、ロン姉さんの方がスタイルも良くて可愛い……」
「確かにレンさんは綺麗だし、ロン姉さんはめっちゃ可愛い。お前は負けてる」
「……そうだろう。やっぱりそう言うことを言うじゃないか」
「けど、俺はお前が好きなんだ。不器用だけど仲間意識あって、拗ねると卑屈なこと言って困らせて、俺に沢山のことを教えてくれたお前が」
ランは俺を信じられない様な目で暫く見ていた。それから考える様にキョロキョロと視線をあちらこちらへ動かし、考えをまとめたのか、首の後ろに片手を当てて俺の方を見た。
「私も……私も好きだ。始め出会った時、面白いヤツだと思った。それからハイネの弱い部分を知って、そして強い一面も知って、不思議と惹かれていった」
俺とランが目を合わすと、何だか照れくさくなって二人で笑いあった。此処まで連れてきてしまったのは凄く迷惑だったろうけど、此処が俺のランへの恋の始まりだった気がして、どうしても此処で伝えたくなった。
「え、えっと~……」
俺はランに歩み寄り、肩に手を乗せる。
「よし、良いな?」
「あ? あ、ああ……」
ランが初めて顔を赤くし、躊躇いつつ目を閉じた。顔を近づけ、俺も目を閉じた。……その時、物凄い風圧が俺とランを襲った。
「何だっ!?」
俺とランは理解出来無いまま、風の襲った方向を見る。すると、藁の壁が消え、その先には沢山の人々がいた。其処には王子や王、そしてレン姉さんやロン姉さん、赤ずきんと兄貴もいた。
「見て下さい、私の推理は間違っていなかったでしょう?」
「む、むぅ……」
「けれど丁度良い所を邪魔してしまったみたいですね、魔法はもう少し後の方が良かったかしら?」
「いっそ僕らの前でしても良いですよ?」
王子の言葉に俺とランは顔を見合わす。そして互いの顔が真っ赤になった所で声を合わせて言った。
「「しません!!」」
「あうぅ……私達時間稼ぎしたのに、迷惑かけちゃってごめんなさぃ……」
「い、いや気にするな。勝手にパーティーを抜け出した私達が悪い。と言うか全然迷惑じゃない」
「そうですね。それではパーティーを再開しましょうか。今度は友好パーティーと、彼とランの祝福も兼ねて」
「それは良いことです、妹に先を越されてしまったことは悲しいけれど」
「と言うと助手君も先を越されたことになるのか。先を越されないように私達も急いで式の手配をするか?」
「はい?」
何か王子の言葉で勝手に俺等のお祝いまでされちまう流れに……。ランと二人きりで話しする為に二人になったんだけどな。つか肝心のランの藁小屋、跡形もなくなっちまったし。
「……でも、まっいっか」
「ああ、どこかの国の王子とでも結婚しない限り、沢山の人に祝ってもらえる日が来るとは思っていなかった。姉さん達も楽しそうだし、とても嬉しい」
「これからは絶対罪を繰り返さない。そしてお前を守るよ」
「……うん」
皆で城へと戻ると、俺もランも綺麗な服装に身を包み、夜が明けるまで皆と弾ける様に明るいパーティーを過ごした。
(六話了)