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童話キャラは○○だった  作者: 素元安積
三匹のこぶたは英雄だった
13/18

三:兄VS弟

 結局、俺とランが動き出したのは深夜の丑三つ時。出来ることならあまり外に出たく無い時間帯だが、俺等は敢えてその時間を狙って出ていく。俺が出たいと思わないくらいだ、他の人間だって大よそ室内にいるだろうからな。ちなみに、これはあの三姉妹による案だ。


「風の噂による情報だが、宝はこの地域周辺にあるのが濃厚だと言われている」


 ランが地図の赤バツが付いた地点を指差して言う。地域自体は此処から歩いても三十分程で着くくらいの場所らしい。


 それから暫く、俺等は全く話さずその地点へと向かう。相手が相手だからか、喋らなくてもあまり焦らない。向こうもどうやら同じらしい。


 真っ暗な丑三つ時に無言で歩いているので、虫の鳴き声や靴音がよく響く。そして、俺等以外の話し声も。


「情報的には此処ら辺なんですよね?」

「うむ。しっかし、情報が少ない上に大まか過ぎる。こんなんで解決しろとは、奴等も全く鬼だなぁ」

「でも~……名探偵ですから、この難題もきっと解決してくれるだろうって期待しているってことなのでは?」

「いいや。寧ろ、名探偵と呼ばれるのならこれくらいちょちょいのちょいだろう? と、馬鹿にされている気がする。……全く、馬鹿な金持ちに頼まれるくらいなら賢い凡人に頼まれる方がよっぽど良いな。依頼者デブばっかりだし」

「で、デブは関係無いのでは!?」


 この色んな意味で肌寒い時間帯に随分とテンションの高い会話。それも名探偵かぁ。それなら俺等の探す難題もちょちょいのちょいで解決してくれそうだ。


「……名探偵らしいけど」


 俺は小さな声でランに言う。ランは数秒迷った様に答えを返さなかった。やがて、「探るか」とだけ呟くと、俺の手を引いて声の方へと駆け出した。


「何だ、この時間に走る音が聞こえるな」

「そうですね。こっちへ近づいてるみたいですが」

「ちょっとエクスキューズミー名探偵」


 風の様な速さで名探偵の前に立ち、ランは片手を上げてそう言った。俺は少しの間蹲って肩で息をする。


「残念だが、依頼なら現在違うのを進行中だ。予約もこの先暫くパンパンでな。他を当たってくれ」

「そうですか……んじゃあラン、俺等はこれで……」

 俺はランに話し掛けながらゆっくり顔を上げた。其処で視界に映った見覚えのある顔に俺は目を疑った。

「……お前……」


 相手も同じ様に俺に驚きの顔を向ける。ランも奴の隣にいた金髪の女性も、俺等の反応に少し驚いている。


「……ダンテ、兄貴」

「兄貴? 君が例の弟君か」

「例の?」


 金髪の少女は見た目には似合わぬ博士口調で言う。ケロッとした彼女と対照的に、この兄貴は相変わらずウジウジとした雰囲気だ。


「助手君、自分の弟くらい紹介してくれよ」

「ああ……あの……ハイネ、です」

「どうも」


 俺の名を伝えると、兄貴は気不味そうに目を伏せた。


「そうか、お前はハイネと言うのか。良い名だな」


 ランはそう言って俺に笑みを向ける。この笑みに一体どんな意図があるのだろう。俺は何となく馬鹿にされている様な気がして、「五月蝿ぇ」とランを睨んだ。


「そうか、まさか助手君の兄弟だったとは。何か見るからに険悪なムードだが、一応私達も自己紹介しよう」


 金髪の少女は余計な一言を言った後、またもやケロッと表情を変え、咳払いで俺達へ視線を向けさせた。


「私の名は赤ずきん。しがない探偵だ。君の兄貴であるダンテ君が私のばあちゃんの家に盗みに忍び込もうとしたから、その罰として今私の助手をさせている」

「盗んだってことかよ」

「……すまん」


 やっぱり、泥棒の子は泥棒ってことか。自分の兄貴まで同じことをしていると知ると、俺はどうしようもなく情けなくなってきた。


「しかし、こっちも私達姉妹の家に盗みに入ろうとしたぞ?」

「ちょ! あ、アレはさ」

「レン姉さんの家を火だるまにして逃亡しておいて、盗みじゃないなんて言えんだろう?」

「それは……」


 今度は兄貴が俺を見て、俺が目を伏せる番になってしまった。兄貴に知られたのも屈辱だったが、それよりもコイツの隣の金髪少女、赤ずきんに知られたことの方が不思議と不快感があった。感覚の通りと言うか……赤ずきんは両腕を組んで、「ふぅん?」と俺に近づいて来た。


「父、兄、そして君……所詮、蛙の子は蛙か」


 キツイ罵声だった。だが、俺は紛れもなく、あの親父と同じことをしていたんだ。もう言い返す言葉すら無い。


「父?」

「聞きたかったらハイネ君から直接聞くと良い。ただし後でな」

「……ハイネ」


 兄貴の声に同情が篭っているのがよく分かった。こんな奴如きに同情されている俺が嫌で、俺は三人に背を向ける。


「“盗む”しか金が無くなった時の対処法を知らないのは、DNAの影響と言えるだろう。しかし」


 俺へと投げかけられる赤ずきんの言葉。だが途中でその言葉を止め、呼吸を整える音が聞こえてくると、声は続いて聞こえてきた。


「思いやりのあり、愛情に満ち溢れているのもまた、代々受け継がれてきた要素だろうな。君も兄も、そして父もな」

「……親父が?」

「お、親父はな、今は母さんと暮らしてるよ! 罪だって償ってくれた!!」


 今まで暗い表情だった兄貴が、晴れやかな顔で俺に言った。その様子が妙に現実味を強める。かと言って、その言葉を鵜呑みにも出来なかった。あの盲目的に盗みを繰り返していた父親がそんな簡単に罪を償ってしまうなんて……。


「君の駄目兄貴も私の手に掛かったからもう安心だ。今は立派……でも無いが、それなりにちゃんと助手を勤めてくれている」

「う、うぃ……どうも」


 毒を吐く赤ずきんに逆らうことが出来ないのか、兄貴は苦笑いで返した。


「何が今は、だよ」

「もう少し早ければ君もこのハッピー展開の輪に入れていたんだがなぁ。其処は現状から逃げ出した君の自業自得と言った所か」


 腕を組み、赤ずきんは見下す様に言った。名探偵とか言われるだけあって痛い所を突いてきやがる、返す言葉なんてあるはず無い。


「構わない」


 暫く口出ししなかったランの声が聞こえてきた。言いたい言葉も見つからなかった俺は、背を向けたままランの声に耳を傾ける。


「重い事情から逃げ出した罪、家を燃やした罪、家族を否定し続ける罪、全て私達が償わせる」


 勝手な言葉に思わず振り返り、ランの腕を掴んで首を振った。


「何だよ、それじゃあ俺が何にも出来無いみたいじゃんか!」

「出来ないよ。君一人じゃ、重さに耐え切れなくなってまた逃げ出すだろうから」


 またもや赤ずきんのどストレートな言葉が俺の胸を劈く。ランも赤ずきんの言葉に二度頷いた。……何なんだよ、動揺して目が泳ぎやがる。


「他人に干渉されることは不快で怖くて苦しいだろう。言い訳も出来無い、逃げ道だって無い。……だが、独りじゃないことの重要さにも、どうか気づいて欲しい。私は、そう思っている」


 一匹狼に、独りじゃないことの大切さなんて。所詮嫌われ者である狼に、何故彼女は変わらず無償の愛を注いでくれるのか。動揺は強まる一方で、返事が浮かばない。


「……よし、考えが変わった。私達も手を貸してやろう。な? 助手君」

「は、はい!!」

「は……!? いや……何言って……」


 両腕を組んでニヤリと意地の悪い笑みを見せるランに、俺はすかさずつっこむ。そんな俺の後ろから赤ずきんがすぐさま返答してきやがった。


「わからんが、教えてくれたら絶対に日中に解決してやるぞ」

「安心しろ、赤ずきんさんは本当にすぐ解決するんだから」


 だから何で赤ずきんに対してはそんな乗り気な態度を見せるんだよコイツ。どうも信用ならない俺は唇を尖らせて赤ずきんを睨んでいたのだが、ランが俺の隣へと移動すると口を開いた。


「実は、私の使える王様にとある物を取ってくるようにと頼まれてな」

「おい、ラン」

「とある物、かぁ~……ソイツは奇遇だなぁ」


 ランの説明を聞くと、赤ずきんはわざとらしく顎に手を添えて言った。その口元は自然とユルい。


「な、何なんだよ。勿体ぶってねぇで言えよ」


 むず痒い反応にイライラとそわそわの混じる俺は、赤ずきんを急かす。俺の反応に赤ずきんはまたもやニヤリとほくそ笑んだ。クソッ、腹立つ。


「実はな、私達の重要なじゅうよぉ~うな依頼もソイツなんだ。ただし、私達が依頼されたのはカツラギ王国の王なんだけれどもな?」

「カツラギ王国だと!?」


 カツラギ王国と言うワードに反射的に反応を示すラン。何時もクールなランのこの驚き様にはちょっと驚いた。けど、それ程驚く国名と言うことはもしかすると……。


「その驚き様、やはり君はジモラウ王国の遣いだったか」

「クッ……すっかり気を許してしまったな」


 今まで穏やかな様子だったランが一変。サーベルを素早く抜き取ると、瞬時に赤ずきんの懐へと飛び込んでいった。「ば、馬鹿者っ!」

 赤ずきんの罵声が終わる頃とほぼ同時のタイミングだ。一瞬にして俺の視界が赤く染まった。吹き出た鮮血に一瞬目を伏せたが、急いで視界を戻す。

 すると、其処に映ったのは赤ずきんでは無く、兄貴……ダンテの姿だった。兄貴はランのサーベルを咄嗟に手の平で受け止めていた。その時俺は、今までの現実から目を逸らし続けていたあの時の兄貴から格段に強くなっていると感じた。感じざる、を得なかった。


「馬鹿者っ!!」


 ダンテを退けさせ、赤ずきんが前へと出ると、ランの頬を叩いてもう一度罵声を浴びせた。


「さっき協力すると言ったろ! もう少し人の話を聞いたらどうなんだ!!」

「敵国の遣いをか!!」

「私は私の意思で、この世の謎を解決するのみ。人の下に就く為に生きてなどいない!」


 出会ってからずっと不敵な笑みを見せていた赤ずきんが、顔を強ばらせてランに怒鳴り散らしている。彼女の態度にランだけで無く、兄貴までもが言葉を失っていた。兄貴も始めて見る顔だったのかもしれない。


「……君も君だ、馬鹿者」


 呆然と赤ずきんを見ていた兄貴にもビンタをすると、直後に兄貴の血まみれの手に触れ、傷の無い腕を優しくさすった。


「俺には貴方への御恩がたっくさんありますから」

「こんな返し方するんじゃない。痛いのは嫌いなんだ」


 赤ずきんはランの方を向くと、ギロッと睨みつけた。


「わかるか? 私は痛いのが嫌いだから、事件を解決するのだ。肉体は勿論、心もな」

「……すまな、かった」

「愛国心も程々にしなさい。……さて!」


 両手を合わせ、パンッと音を立てると赤ずきんはにんまりと笑みを見せる。


「それじゃあ気を取り直して協力しようじゃないか! 勿論、私達が君達の国に就くと言うことで構わん。その代わり、君に入る配当の幾らかは貰うけどな」

「だが、私は彼の手を」

「構わん、舐めときゃ治るだろう」


 同意を求めるかの様に、兄貴の方を向いて笑顔で首を傾げる赤ずきん。だが、流石の兄貴も青白い顔をして小さく首を振っている。


「そ、そんな簡単には」

「いやいや治るだろうて」

「う……な、なんか……えっと……ハイ」


 ランを気遣ってか、赤ずきんに根負けしたか。真相はわからないが、兄貴は複雑そうに頷いていた。


 ……負けた。ソレは絶対的な結果だった。


 兄貴は以前と確実に変わっていた。身を挺して誰かを守るなんて、以前の兄貴じゃ無理だったはずだ。……いいや、わからない。あの兄貴なら、他人思いの兄貴なら昔でも出来ていたのかもしれない。兎に角俺は完敗したんだ。


「……負けたよ」


「んだと!?」


「私は、彼女に負けた」


「……は?」


 ランは神妙な面持ちで呟いた。前を進む笑顔の二人を恨めしそうに眺めながら。


「私は相手に話も求めずに武器を向けてしまった。相手が向けるに値すると思ったからだ。……だが、彼女等はそう言う次元じゃ無かった」


「次元?」


「彼等はか弱い肉体しか持たないが、それ以上に強い意志を持っていた。……私は、強い彼等に恐れをなしたのだろう。守ると言っておきながら、恥ずかしい所を見せてしまった。すまない」


 あまりにもか弱いランの姿に、悲壮感すら覚える。俺からすれば、さっきの気の取り乱した姿より、今の姿の方がよっぽど見るに耐えないものだ。


「お前は俺の任務を遂行させてくれようとして、やったんだろ。……感謝、してるよ」


 二人の強者と、二人の弱者。前を歩く者と後ろを歩く者と言う位置の感じがその差を物語っているみたいだ。けど、その差はたったの二、三メートル。俺等が踏み出せば、届く距離だ。……それに、あの二人だって完璧に強い訳じゃ無いはずだ。さっき兄貴を傷付けられた時の赤ずきんの姿は、一人の少女の様に思えたから。


「巻き返せば良いんだよ! 行くぞ、オラッ!!」


「お、オイっ」


 俺は力無いランの手を強く握り、赤ずきんと兄貴の下へと駆け寄っていった。


「……ん?」


 勘違いだろうか。何となく、ランの力無かった手が、俺の手を握り返そうと触れている様な感じがした。


「待てよお前等! 協力すんだろ!?」


「うむ?」


 前にいた二人が立ち止まり、此方へ振り向いた。二人は俺等の方を向くや否や、包み込む様な温かい笑みを向けてきた。弱い俺等を受け入れるかの様に。

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