二:罪VS償
弱虫。それは、今までの自分自身に嫌という程お似合いな言葉だ。だからこそ俺は、そんな自分自分自身を変えたかった。変えたくて、俺はあの家から抜け出してきた。
そうだった、はずなんだけどな。何だか、どうしてか、今は少しその言葉が好きになれそうな気がしてるんだ。
・ ・ ・
むくりと上体を起こし、辺りを見渡す。彼女は既に起きて俺の斜め後ろ辺りの位置に座っていた。
「よく眠れたみたいだな。とは言っても、目は真っ赤だが」
「それはこんなむず痒い家で寝かされたからだ」
昨夜は此処で思いっきり泣き腫らしちまった。彼女は気持ちを察してか、俺の下からすぐにいなくなっが。その気遣いが逆に悔しい。けれどなんか安心もしていて、今まで感じたことの内容な感情だった。
思い出して考えるだけでもむしゃくしゃする。俺は頭くしゃくしゃと撫でる様に掻く。
「そうかそうか。確かに、お前の様な小金持ちの家の息子にはこの家は合わないかもな」
「何故それを!?」
「お前はわかりやすい。性格とか、その少し赤くなった手とか」
そう言ってランは顎で俺の腕を指す。仕草がやたら腹が立つのだが、彼女の指す方向を仕方なく見ると腕は全体的にほんのりと赤くなっていた。藁に対してなのかはわからないが、確かにアレルギー反応を起こしている。
「今日からはレン姉さんの家で寝させてもらえばいい」
「いいよ、もう此処は出る。んだよ殺そうとしたり、こんな至れり尽せり……」
出会った頃の印象とあまりにも違って俺に優しくしてくるので、心の奥を知られた様で怖い。レンさんの様に初めから優しければ、こんな風に言い返さないのに。自分で自分がわからなくなる。
「……おい、顔まで赤いぞ」
そう言うと、彼女は俺の手を握った。その瞬間に、顔がとてつもなく熱くなり、胸が高鳴った。
「お、おい!? 更に赤く! ……駄目だ、やはりお前は今すぐレン姉さんの家へ行け。これ以上はお前の体がアレルギーに耐えられなくなる」
「わかった、わかったから。だからまず、その意味もなく繋いだ手を離してくれ」
「あ、そうだな」
何が、「あ、そうだな」だよ。ケロッとした顔で言いやがって。理由も知らせずむしゃくしゃする頭ん中。それを必死に発散する様に、俺は激しく後頭部を掻いた。
・ ・ ・
ランの家にいた間も大変だったが、レンさんの家にやって来ても大変さは変わらなかった。……むしろ、ある意味悪化したかもしれない。
「昨日は随分とやらかしてくれましたからねぇ。……その分、きっちり返してもらいましょうか」
と言う言葉が、話の出だしだからだ。それも笑顔で言っているのに、後半の方は声が低かったのだから。これはめっちゃ怒ってるに違いない、女神って怒らせたら怖い。
「まずはこれを持ちなさい」
レンさんが俺に向けて、ランが持っている様なものとほぼ同じサーベルを投げ付けた。男らしくパシッと受け取ったのは良いものの……これはつまり、「此処で死ね」と言う意味か?
あの時は感情が高揚して殺せだとか自ら言ったが、こうして武器を渡されると……。サーベルを持つ手が小刻みに震える。
「その震えは問答無用で武者震いと思っておきます」
女神、やっぱり怖い。
「貴方には護身用にその武器を携帯してもらいながら、とある物を盗んできてもらいます」
「ぬ……すむ……? ぬ、ぬぬ盗むっ!? い、嫌です!」
死刑だとばかり勘違いしていた俺には軽すぎる処罰かもしれないが、他にすごく野蛮な言葉が聞こえてきた気がする。盗む、とか。
「でしたら貴方の命はありません」
だなんて、笑顔で野蛮な言葉を積み重ねる女神。
「……それでも、嫌です」
「命よりですか? 不思議な子」
盗みは、どうしてもあの親父を思い浮かべてしまう。命と引き換えと言われても、親父と同じことを繰り返すのだけは嫌だった。なので、俺は頑なに首を横に振る。
「言い方が悪いのだレン姉さん。とどのつまりは、お前にとある物を決まった日時までに取ってきて欲しいと言うことだ。ちなみにその物と言うのは、敵国の主が何処かに隠したと言う国を揺るがす程の宝。だが、それは彼らの領地内にある物では無いのだ。であるからして、その物自体に誰の権利なども無い」
「それ、窃盗とは全然違いますよ」
「出会い頭の貴方の印象だと、こう言った方が喜ぶタイプだと思って言ってみたのですが……私のデータで分析出来無いなんて、本当に不思議な子」
……こっちからしたら、貴女の方がよっぽど不思議なのだが。
けど、確かに俺はこのレンガの家を燃やそうとしたし……ってそう言えばどうやって元に戻したんだろう? いや、それは今はいいや。兎に角俺はこの二人に危機的状況を作ってしまったわけだし、始めは家の強奪以外にも色々なこと考えてたし……これは口が裂けても言えないが。盗みで無いなら貸しは返すとしとこう。
「わかりました。アレルギーが出たとは言え、寝床も貸してもらっちゃいましたし」
「そう! わかって下さって嬉しいです。貴方の相棒としてランを付けるから、詳しいことは彼女に聞いて下さいね」
「は!? 彼女をですか!?」
「……“は!?”……って?」
女神は言い返させない程の見えない圧力を駆使する。もう女神と言うか女王の様な風格すら今なら見える。
しかし、よりによってランなのか。気不味いな。俺は隣で表情を変えないまま佇む本人をチラ見する。
「私はその方が良いと思うのだが。探すとは言ってもなかなかの難攻不落、見知らぬ地に来たばかりの彼一人では難しいだろうから」
「そう言う意味では無く、アンタと行くと言うのが……」
「成程。私が嫌だったのか。だそうだレン姉さん、悪いが変えてやってくれないか」
俺とランの話を聞き、レンさんは顎に手を添えて納得した様に頷く。俺へと綺麗な顔を近づけると、俺の顔が熱くなる。そりゃ、これだけ綺麗だったらな。そしてレンさんは元の位置に戻ると、笑顔で決断を下した。
「いいえラン、貴女が一緒に行きなさい。絶対にですよ」
「そうか? だそうだ。残念だったな」
「本当に残念でしょうかね? うふふっ」
この応対で俺は気付く。この方が何故さっき俺に顔を近づけ、何かを納得したかの様な反応を示したのか。恐らくこの方は勘違いしている。俺が彼女、ランのことを好きなのだと。
違う。俺がさっき顔を赤くしたのは貴女がその綺麗な顔を近づけたからで、決して彼女のことを意識したからでは無いんだ。実際俺はレンさんを意識して顔が熱くなったし、何より俺、ランに手を握られた時は胸も同時に高鳴ってたんだぞ。
……は? 何それ。そういや高鳴っ……て、たんだっけ。
意味深な笑みを向けるレンさんから、俺は思わず視線を逸した。何してるんだろ、これじゃまるで本当にコイツのことが好きみたいじゃんか。
早速その物を取りに行くのかと思ったら、まずは国王の挨拶だとからしい。そう言う訳で俺は三匹の子豚姉妹と共に城へと向かっている。そもそも、こんな小汚い狼が城の中になど入っても良いのだろうか。 城に入る為なのだろう。姉妹はピッチリと体型にあった衣装をそれぞれ身に纏っている。それはスーツの様なものであったり、兵服の様なものであったり。けれど、次女のロンさんの格好だけは、戦うのにあまり適していない様に見える。へそや足が見えまくりなのだ。幾ら体術者とはいえ、これは隙だらけのような……大丈夫なのだろうか?
「あ、ああぅあのぅ……あまりジロジロ見ないでくださ……す、すみませぇ……」
「オイ、セクハラか?」
「ち、違いますっ! 戦うのにちょっと心配な格好だったのでつい……」
ランが怪訝そうな顔付きで俺を睨むので、俺は両手を振って必死に無罪を主張する。俺の言葉を聞くと、ランは納得した様に二回頷いた。
「コレか。国王の趣味でな」
「しゅ、趣味でそんな格好になっちゃうんですか!?」
「国王はグラマラスな体型で体術やってる女子には大抵コレだ」
「そ、そんな! 国王様はお腹が痛くならない様にと日々鍛えなさいって……っ!!」
ロンさんは純粋に国王の話を信じているみたいだ。珍しく強気な表情で否定していたからな。ロンさんでもあんな顔するんだなって、ちょっと安心してしまった。俺ってば誰目線?
俺等の会話に入らず、レンさんは楽しそうに笑って此方を見ている。こう言うところはとても女神の様で、それでいてとても姉らしいと感じさせる。
「それじゃあ、此処からは城内だ。発言は控えめに」
ランが足を止めて前方へと視線を向けるので、俺等も視線を其方へ変える。そびえ立つのは大きな……そりゃあ大きな城だ。これ一つで町くらいの広さはあるんじゃないかって思うくらい。壁色も白、赤、黄色を基調とした清潔感がある。これを保つのにも結構な費用を使ってるんだろうなぁ。
「すっげぇ綺麗……」
「まぁ、これくらい綺麗じゃないと他国にナメられるからだろう。実の所、武器や人件費は結構カツカツだったりするし」
確かに外観の汚い城は近寄りがたいし財政も心配になる……か。一つのお城と言っても大変なんだな。
話を一区切り終えると、ランはその重厚な扉を開けて中へと入っていった。続けてロンさんが入る。俺は最後に入ろうとレンさんを待っていると、レンさんが入った後に扉の取っ手を引っ張ったまま俺を呼んだ。
「どうぞ」
「す、すみません。本来レディーファーストすべきなのに……」
「そう言った男女差別は結構です。気付いた者がする、最低でも私にはそうして下さい」
「あ、はあ……」
決して差別のつもりじゃ無かったが、あんまり言い訳してもくどいと思われそうだ。俺はお言葉に甘えて城の中へと入っていった。
・ ・ ・
城へ入ると、城の多くの者が俺……と言うより、俺と共に歩く三姉妹に注目した。そして、ざわめき立つ。こんな状況ロンさんだったら失神しそうなのだが、きっと何時ものことなのだろう、全く動じず歩いている。その道中、ふととある会話が聞こえてきた。
「彼女達が例の女三銃士ですよね」
「ああそうだ。末っ子のラン様がこの城の兵全体を統率する隊長で、ロン様が先陣を切る騎馬兵にも引けを取らない戦闘力を持つ唯一無二の武闘家、そしてレン様は多くの魔術と銃撃戦に長けたお方だ、尚且つ頭も冴える。彼女の美しさと戦闘力の高さから、俺等はニケ様なんて呼んでたりする」
「けれどラン様もクールでかっこいいですしロン様は可愛いっすよね……胸めっちゃ大きいですし」
「みんな譲れないよなぁ」
譲るって彼女等はお前のモンじゃ無いだろうが……しかし、俺が考えていた以上にヤバイ姉妹だったことはわかった。そりゃあ通っただけでもみんな憧れの目で見るわな。
なんてぼーっと考えていると、今度は女性の声が聞こえてきた。
「あの殿方は何方でしょう?」
「あの容姿からして狼ですわね……見たところ捕まってる雰囲気でもありませんし、わざわざあの女三銃士に連れられていらっしゃると言うことは、かなりお強いのかもしれません」
そうか、そんな凄い姉妹と共に歩くのは普通の者じゃありえないのか。もしそれを知らず此処の人達に、「盗んで捕まって一緒に歩いてます、テヘッ!」とか言ったらワンパンじゃ済まないことになっていただろう。特に野郎共からは。
「ちょっとは見直してくれましたか?」
レンさんが俺の耳元でボソリと言った。俺はレンさんの方を見ると、レンさんはしてやったりと言わんばかりの笑顔で俺を見る。
「……俺の隣に並ぶには勿体無い方達だと言うことはわかりました」
「そうなんですよ? そんな凄い人達の家に、貴方は邪な目的を持って盗みに入ろうとしたのです、タダでなんて返させませんから」
「盗みと言うか家を貰おうとしただけと言うか……」
「同じです」
自分でも同じことだとは理解出来たが、どうしても、盗みと言う言葉は使いたくなかった。けれど、結局彼女に同じだと断言されてしまったことで、俺は確定してしまったのだ、あの親父と同じ行為をしてしまったと言うことを。
「……償いは、全力でしようと思います」
「目に見える償いは犯罪者でも出来ます」
「……は?」
確かに間違っていない話かもしれないが、それを言われてしまうと元も子もない。俺が償うのは当たり前と言うことなのか? 俺は少々困惑しながらレンさんの方を見て返答を待った。
「目に見える償いは、一つの目的、任務でしかありません。それが終われば犯罪者の半数近くはきっとまた元の感覚に戻ってしまうでしょう。そして、罪を繰り返すのです」
「俺は」
「貴方がもし此処で罪を償ったとして、もしまたお金に困ったらどうしますか?」
「……」
「同じことを繰り返すのでは? もしくは死にますか? ランが救ってくれたと言う恩まで無下にして」
返す言葉も無かった。俺は此処での役目を果たすことばかりを考えていた。その先なんて、想像もしなかった。……と言うより、したくなかったのだろうだから先を考えることから逃げていたんだ。
「放っておいてロクなことありませんし、貴方には今回の件をきっかけにその根腐った根性を直していただきます」
「根腐……」
「これは任意ではありません、絶対です。さもなくばこの城の牢へと永久に閉じ込めておくと、王にも話をしますので」
ランやロンはずんずんと前へと進んでいる。三姉妹を憧れの目で見る者達は敬意からか俺等から五メートルくらいの距離を置いてるし、この会話は俺とレンさんにしか理解出来無いだろう。わざわざ俺と二人だけで話をする辺り、軽い気持ちで言っているのでは無いのだろう。何より彼女の真剣な顔付きが、それを語っている。
その顔を横へと向けると、独り言の様に小さな声で何かを呟いていた。
「……もうこれ以上、貴方の様な人を増やしてはいけないのよ」
何となく聞き返さない方が良い気がして、俺はその言葉を聞かなかったフリをしてランやロンさんの下へと駆け寄った。
・ ・ ・
辿り着いたのは大きな扉の前。それぞれ右と左に筋肉隆々のスーツを来た男達が立っていて、俺達が来たのを確認するとほぼ同じタイミングに左右の扉が開かれる。
開かれた向こう側には明るい色を基調とした如何にも絵本に出てきそうな見た目の王の間があった。内心感情は高ぶってて、内装とかも見渡したかったんだが、流石に王の間でキョロキョロするのは失礼だろうし、俺はまっすぐ視線を逸らさず王座に腰掛ける王の下へ向かった。
王の前まで来ると、三人共片足を跪いて頭を垂れた。俺も急いで同じようにして敬意を示す。王から、「表を上げなさい」の声が掛かると、三人共顔を上げたので、俺は左右を確認しつつ顔を上げた。王は恰幅の良い体型で、モッサリとした髪や髭が特徴的だ。本当、見るからに王様って感じだな。
「その者が例の案件を務めるスパイかね」
「す、スパ!?」
驚いてしまった俺を隠すようにレンさんが俺の前に立ち、「左様でございます」と答えた。
「ランも同行させますし、彼ならば確実に成功させてくれるでしょう」
レンさんの言葉に、ランもコクコク頷く。……あまり無責任なことは言わないで欲しいのですが。
「お前達がそこまで言うのならば頼もうでは無いか。では早速依頼料を……」
「王、私めへの依頼料は任務を遂行した後で結構です」
「……ほぉう、余程の自信があると見た」
何言ってんだよぉ! 無いから事前に貰わないんだろうがよぉ!! 自信無かったらお金だけ持って逃げても良かったのかよぉ!!!
そんなこんなで、否定する間も無く俺は重大任務の果たし役を努めさせられることになってしまったのだった。
・ ・ ・
あの後、俺等はレンさんの家へと戻り、四人で作戦会議をしていた。……つっても、ソイツは大半俺の愚痴だったのだが。
「ほんと……俺にそんな大層なこと出来るかどうか……」
「出来るかどうかではありません。たとえ無理難題でも、精一杯役目を務めるのです」
レンさんの言葉は厳しいがまともでもある。王に会う間のあの会話からしても、下手したら王様以上にレンさんが俺へ期待している可能性がある。凹んで顔を顰める俺の肩へ誰かが手を乗っけた。振り返ると、視線の先にはランがいる。
「そうしょげるな。私も最善の努力をする」
「だそうですよ……けれど、彼女ばかりに頼っても駄目よ? 男の子でしょう?」
「た、頼りませんよ。誰がこんな人に……」
そんな風に言ってレンさんの方へ小さく睨んでみると、レンさんは怒るどころか声に出して上品に笑っている。
「うふふ! もう、顔が真っ赤ですよ?」
「熱があるのか?」
「ね、無ぇよ!!」
「……どちらにせよ、この任務は貴方らしく頑張って下さい。貴方の思う様に」
貴方の思う様にって言われてもなぁ。レンさんは静かに三人の様子を見ていたロンさんに笑顔を向けて頷く。ロンさんもその真意を感じ取ったのか、笑顔で頷き返していた。
「……出来っかなぁ」
「安心しろ、お前のことは何としても私が守ろう」
「あのなぁ、お前には頼らな」
「信じろ、私を」
短くも心に響いたその言葉に、俺は思わずランの方へと顔を向けた。ランは俺の肩を掴んだまま、揺るがない二つの瞳を俺一点に向ける。
「お前が生きる意味を見つけるまで、絶対に守ってみせる。だから、今お前は自分自身と向き合うこと、そして私を信じることだけをすれば良い」
青く澄んだ瞳が磁石の様に俺の心を引っ付けて離さない。ピンク色の唇が縄の様に俺の感情を縛って逃がさない。真っ直ぐなその言葉が、ブレやすい俺の感情の震えを止めてくれている様な気がした。
「……分かった」
けれど今の俺には彼女に素直にお願いすることも出来ず、短的にそう言って頷くことしか出来なかった。多分これも、俺が俺自身と向き合ったらもう少し違う返しをしていたのだろう。