一:連れて行く
シンデレラは巨乳だった。
純白のドレスから野卑な程にはみ出る二つの肉。腰元を覆う程の綺麗なウェーブを描くブロンドの髪。
その姿に男性陣は皆唾を飲み、女性陣は小声で僻みを言う。
だが、彼女は時計の時間に気づくと、王子の手から離れ、レッドカーペットの引かれた絨毯を駆け降りていってしまった。
ただ一つ、ガラスの靴を残して。
王子はそのガラスの靴を手に取り、シンデレラのいなくなってしまった十二時の玄関に立ち尽くしていた。鼻から真っ赤な液体を垂らして。
「……王子ともあろう者が、醜い立ち姿だなぁ」
騎士団長であるシンデレラストーリーとは一切関係無い俺は、見張りの役を少しの間放棄し、中の食事をかっぱらうために中へ潜入していたわけだが、丁度あのシンデレラの一部始終見ていた。立ち竦むだけで追いかけに行かない辺りは、他人任せな王子らしい。
待ってて下さいシンデレラ。貴女は俺が迎えに行きましょう。
大臣に連れられて王子が中へ入って行くと、俺は急いでシンデレラを探しに行った。すると、耳に残る可愛らしい困り声が聞こえてくる。
「ね、ねずみちゃん!!」
この声はシンデレラ!!俺が声の方に向かうと、其処には確かに溢れる程の巨乳ではあったが、純白のドレスでは無く、汚い布を貼り合わせた様な麻のワンピースに、ストレートついでに枝毛の生やされたブロンド髪の女性がいた。
「あっと……大丈夫、ですか?」
「あの、ねずみちゃんが馬車に挟まれて、それで……」
女性の視線の先を見ると、ネズミが口から泡を出して横たわっていた。他にも数匹のねずみにトカゲが心配そうにネズミ達を見ている。ついでにかぼちゃまであるし……何だこの結びつけづらい関係性。
あの時シンデレラは確かかぼちゃ型の馬車で帰っていった。まぁ、かぼちゃ型にしたセンスはどうかと思ったがな。もっと女性らしい品のあるもので乗りやすいのでも、リンゴとかあるだろうし。……って、そんなこと言ってる場合じゃ無いな。
俺はネズミを手のひらに乗せ、もう片方の手で触れながら確かめる。一応騎士団長やっているもので、哺乳類系の動物なら様態も見れない事は無い。
トカゲがこの状態だったらさっぱりだったが。
「一命は取り留めているよ」
その言葉に、女性や動物達も安心している。
「けれど、腹部が……かなり内出血している。どうしてこんな事に? 素直に教えてくれた方が、この子の様態も分かるかもしれないのだが」
女性や動物達は動揺している。やはり、あのシンデレラ達と見て良さそうだ。
「シンデレラですよね?」
「えっ!? あ、あの、それは……」
「正体は誰にも言いませんから、事情を教えて下さい」
「……申し訳、御座いません」
彼女は面目なさそうに、かさかさの唇を開いた。
・ ・ ・
彼女は普段は継母や姉達の元で住む女性で、今日は舞踏会だったが、継母や姉達の命令で家の掃除をしておけと頼まれていたらしい。どちらにせよ、シンデレラの格好では王子に顔見せするのも恥さらしだ。
だが、彼女はどうしても王子に会いたいと願った。その思いに同情した動物達や魔女の協力によって、シンデレラは美しく変えられ、王子と夢の様な一時を過ごすことができた。
しかし、彼女の魔法には制約があった。魔法が効くのは深夜12時までだったのだ。だから、彼女は12時になる前に急いで外を出て行ったそうだ。
シンデレラはかぼちゃの馬車に乗って帰っていたわけだが、その途中、何故か車輪が外れてしまい、その時走っていた馬に馬車がのしかかってしまった。
魔法は途中で途絶えたものの、大重量をかけられ馬、基ネズミは今の状況に至ってしまったと言う。
シンデレラは涙目になりながら説明の後にこう言った。
「私の胸が大きいばかりに車輪が外れてしまうなんて……」
んな馬鹿な。
「もうヤダこの胸……」
いやいや、そんな理由で鉄の車輪が外れるわけ無いですって。……え、まさかまじでそうなんですか?トカゲやねずみ達がシンデレラの足元を慰めるかの様にさすっていた。
……ンナバカナ。
心の中でつっこみつつ、潤む目を見て尚更思う。
彼女、美人だな。胸や格好こそ野卑一色だが、その瞳や澄んだ声、そして何より普通の女性なら蹴飛ばしてしまいそうなネズミやトカゲに此処まで愛を寄せているのだから、真の美人と言える。
美しい。始めは見た目、特に胸だけで判断していたが、彼女はとても美しい。
「気に病むことはありませんシンデレラ。それに、貴女のせいだと言う証拠も理論も無いではありませんか。それよりも、このネズミをどうにかしなければ」
「そ、そうですね……あ、ですが、お母様やお姉様達が帰ってきてしまいます。どうしたら……」
「帰らないと心配するのかい?」
「ああいえ……皆さんの言う事を聞かないと、お仕置きを受けてしまうので」
さっきの事情でもうっすらと上下関係が見えていたが、やはりそうか。そんな女達じゃ、どれほど着飾ってもいい男と結ばれることはまず無いな。
「そうか。うん、ならば帰らなければいいだろう」
「……は?」
「そうだな、俺の故郷が此処から近くにあるんだ。今馬を連れてこよう」
「なりません!」
「君達、シンデレラをしっかり捕まえておくんだよ」
動物達に言うと、シンデレラを動物達が包囲した。
「みんな……どうして?」
悲しそうなシンデレラを一旦此処に置き去り、俺は急いで城に向かった。そして、乗馬してシンデレラ達の元へと戻ってきた。
「貴男は一体……?」
馬に乗ってきた俺に驚き、シンデレラが尋ねた。
「ただの騎士だ。それより乗って。早く!」
シンデレラに手を差し伸べ、シンデレラが乗ると、シンデレラの肩や俺の前にネズミ達が座り、トカゲは馬の横にひっついた。
「行け!」
紐を鞭にして馬を叩くと、馬が走り出した。
「何処へ行くのですか?」
「故郷に。とは言っても此処からさほど遠くは無いから時間はかからないだろうし、家族さんにはしばらく見つからずに済むだろう」
「けれど……貴男は大丈夫なのですか?」
「君となら、きっと大丈夫。何となく、そんな気がする」
その言葉以降、シンデレラは無言になってしまった。ただ、俺の腰に回していた腕の力が、少し強くなっていた。
・ ・ ・
「此処だ」
城周辺から少し離れたレンガ造りの田舎町だったが、シンデレラは嬉しそうに見て回った。
「素敵な所ですね!」
「そうだろう。人柄もいい人ばかりだぞ」
「……ふぅ」
「どうかしたかい?」
「いえ……何だか、いきなりこんな事になっちゃって。魔法で綺麗になって、解けた後は貴男と出会ってこんな素敵な所にも来れた。けれど……こんなにも上手く行っているのが怖いんです。後で、何か起こりそうで」
彼女は両腕で胸を挟んで心配そうな目で言った。
「神様が君の頑張りに応えてくれただけさ。さぁ、一緒に行こう」
シンデレラの手首を握り、俺は家の方へと歩いて行った。
「あ……はい」
呟く彼女の声は憂いを帯びていた。
・ ・ ・
親父やお袋は俺が女性、それもかなりの巨乳を連れてきていた事に目を点にさせていたが、快く彼女を受け入れてくれた。
さすがにネズミやトカゲを住まわせる事には困っていたが、考え抜いた末に屋根裏だったら構わないと言う事にしてくれた。
シンデレラがお風呂から上がったらしく、髪はストレートに整えられ、服装もお袋の若い頃のドレスを着ていた。こうして見ると、あの時の魔法をかけられたシンデレラの面影が残っている。
その後、四人で食事をすると、食べている途中でシンデレラが涙を流し始めてしまった。お袋が、「どうしたの!?」と聞くと、シンデレラが顔を赤くして言う。
「こんなに美味しい食事を頂いたのは初めてで……シチューがこんなにも温かいものだなんて、知りませんでした」
その一言が、彼女の今までの悲惨な生活を物語っていた。
「お前、この子をちゃんと守ってやるんだぞ」
親父が言うと、お袋も俺の方を見る。
「ああ、勿論だ」
俺は親父とお袋に言い、そしてシンデレラを見つめた。
・ ・ ・
一人では怖いと怯えていたので、彼女の隣で眠ることになった。……が、さすがに男と女が二人きりなため、すごく緊張する。
そんな俺の気持ちを知る由も無い彼女は、俺の腕にしがみついて少女の様な無垢な寝顔を見せていた。
「寝れないな」
思わず本音を口に出し、窓の奥の空を見る。
……何だろう、ヤケに胸騒ぎがする。