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3:失踪は台風と共に(1)



 斎藤と真木がいないことに気付いた貴美枝とジェイムスは合宿所内を探していたらしいが、見つけることができずに部員総出で捜索することになった。

 台風の接近も伴い、捜索は急を要した。

 女子部員は寮や体育館、グラウンド近辺の森。男子部員は海岸や森といった島全体。

 捜索隊は女子部員三人と男子部員一人の四人一組に分けられた。みちるは輝と梨花子。そして、ジェイムスのチームになった。はしゃぐ輝と梨花子とは裏腹に、みちるの中の不安はどんどん大きくなっていく。

「それではボクたちは女子寮の北側を探してみましょう」

 チームごとに捜索する場所を分担し、一時間後に一度女子寮の食堂に集まることを決めて、みちるたちはジェイムスを筆頭に北側の森に向かった。

 各自懐中電灯を手に持って、清香と斎藤の名を呼ぶ。

「よく人数分の懐中電灯なんてあったわよねぇ」

 感心したように梨花子が言う。

「ほら、ここって自家発電だから万が一のために懐中電灯やロウソクとかは大量に用意してあるんだって」

「さすがは青葉さん。よくご存知ですね」

 みちるの言葉にジェイムスが賛美の声を上げる。

「そういうのだけは詳しいんだよな、青葉は」

 輝が皮肉る。

 みちるはわざとらしく咳払いしてみせると、清香の名を呼んだ。

 静まりきった森の中からは夜の住人である梟が返事をしてくれるくらいだった。できるだけ自然を破壊することなく合宿所は建設されたため、島内には野鳥などが多く生息している。付け加えると、ヘビのような類の生物も多い。先日も海岸から合宿所までのマラソン途中で青大将に遭遇したばかりである。

 みちるは足元を照らしながら、慎重に歩いていく。昼間はともかく夜間はそういった類の生物とは遭遇したくない。もっとも向こうも同じ意見だろうが。

 夜の湿った空気が全身にまとわりつく。風の威力も徐々に強くなってきているような気がして、空を仰ぐ。雲の流れが速い。時折、暗雲の隙間から満月が顔をのぞかせる。


 バキッ。


 みちるが落ちていた小枝を踏ん付けた。自分で踏んだものの、さすがのみちるも驚愕し、体内温度が二℃ほど上昇した気がした。

「きゃあ、ジェイムス監督こわぁい!」

 このチャンスを待っていたかのように、梨花子が白々しいセリフをはいてジェイムスに抱きつく。

 それを見たみちるは輝の方にライトを向ける。輝はやられたと言わんばかりに悔しそうに拳を握りしめて歯噛みしていた。

「大丈夫ですよ、緒方さん」

 そんな梨花子の思惑を知ってか知らぬか、ジェイムスは抱きついた梨花子をなだめながらゆっくりと離す。

「あ、ジェイムス監督。あっちの方で物音が!」

 今度は輝が棒読みなセリフで、ジェイムスの手を引っ張っていく。

「あ〜ん、ジェイムス監督ぅ。一人にしないでぇ」

 と、梨花子が追っていく。

 清香と斎藤を探すという当初の目的が完全に消去されているようだった。

「まったくのん気なんだから」

 先を行く三人を見ながら、みちるは超特大のため息をついた。




 一時間経っても斎藤たちを見つけることができなかったみちるたちは女子寮へと戻った。

 食堂にいたのは一年生と二年生のチームだけで、三年生チームはまだ一組も戻ってきていなかった。男子部員チームもだ。

「荻野さん、どうでしたか?」

 貴美枝は黙って首を横に振った。

「三年生がまだ戻っていないようですが」

「えぇ、まだ……」

 貴美枝が重苦しい口調で答えた。

 一同が沈黙して、壁に掛けられている時計を見た。約束の一時間はとっくに過ぎている。

 カチカチという時計の音だけが食堂内に響いた。

「何かヤバい展開になってんじゃないか?」

 口火を切ったのは輝だった。その言葉に全員が不安を露にする。こういう時は誰もが悪い方へ物事を考えてしまう。

「大丈夫よ。先輩たちはキャプテンを探すのに必死になって時間を忘れているのよ。もう少ししたらキャプテンを見つけて戻ってくるって」

「そうです。青葉さんの言うとおりですよ」

 みちるの言葉は全員を安堵させるまでには至らなかったが、ジェイムスの助言に輝と梨花子がムキになって同意すると、全員の表情が少しだけ和らいだ気がした。

 しかし、それから二十分経っても誰も戻ってはこなかった。全員は力なくイスに重い体を預けた。時計の針はすでに九時を回っている。

 貴美枝が思い立ったように急に立ち上がる。

「私は男子の様子を見てきますから、ボンドさんはここをよろしくお願いします」

「ボクが行ってきますので、荻野さんはここにいてください」

「いいえ。男の人が少しでも多い方がこの子たちも安心するでしょうから」

 そう言って、貴美枝は食堂を出た。

「ここってぇ、幽霊島だったかしらぁ?」

 梨花子が小声で呟く。気のせいか皆と違って瞳が輝いている。みちるは梨花子がオカルト好きだったことを思い出した。

「こんな時にそういう冗談は言わないで!」

 みちるも小声で言う。皆にいらぬ心配と動揺を与えたくなかったからである。

 ―――と。

 ふいに室内の照明が消え、真っ暗になった。

「きゃあああっ!」

 何人かの悲鳴が飛び交う。

「っ!」

 誰かがみちるに抱きついてきた。驚愕のあまり体が硬直してしまうが、その声を聞いて脱力する。

「きゃあ、ジェイムス監督怖い!」

 輝だった。ジェイムスに抱きつくつもりが暗闇で目測を誤ってしまったのだろう。

 こんな状況まで利用するとは、恋する乙女心は侮れない。

「残念でした。ジェイムス監督はあっち」

 みちるは持っていた懐中電灯のライトを、ジェイムスがいるはずの方向に向けた。

 梨花子がジェイムスにしっかりと抱きついていた。それを見た輝は恨めしそうに呻いて、みちるから懐中電灯を取り上げると梨花子の顔をピンポイントで照らしつける。

「きゃぁ、まぶしいぃ」

 梨花子はそう言って、ジェイムスの胸に顔をうずめる。それを見て輝は激昂し、ついには強引に梨花子をジェイムスから引き離しにかかる。

「おい緒方、いつまで抱きついてんだよ!」

「もぉう輝ったら乱暴なことしないでよぉ」

「懐中電灯があればもう怖くないだろう!」

「そうねぇ、ありがとぉう。ほら、輝の顔もよぉく見えるよぉ」

 梨花子は輝にから押し付けられた懐中電灯のライトを輝の顔に向けた。

 この二人は危機感というものを把握していないようである。そして、女の友情ほど儚く壊れやすいものはないと痛感させられたみちるだった。

「ねぇ、他の子たちはぁ?」

 梨花子が懐中電灯で周囲の様子をうかがう。

 みちるは照らし出されたテーブルの上にあった懐中電灯を手に取ると、食堂内を照らしてみる。恐怖のあまり、声を失って床にしゃがみ込んでいるのかもしれない。そう思ってライトを下に向けてみるが、スポットライトを浴びたのは無造作に転がっている懐中電灯数個だけだった。

「ビックリして逃げたんじゃないか?」

 と、輝。

「それはないと思う。こういう時って普通は体が硬直して動けなくなるはず。しかも、こんな暗闇の中で。それに逃げるにしたって、懐中電灯を落としていくなんて考えられない。男子だっていたのに」

 約二名の例外もいるが、みちるはあえて言わなかった。

「きっと合宿所内の電気を点けたまましておいたのでブレーカーが落ちたのかもしれません」

「そうかな? こんなこと初めて」

 みちるはジェイムスの言葉に納得がいかなかった。今まで全室エアコンを使っていてもブレーカーが落ちたことなど一度もなかった。考えられることとしては、誰かが作為的にブレーカーを落としたということぐらいだ。

「とにかく電気が点かないと話にならないよ。発電所に行ってみましょう」





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