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2:親睦会は曇り模様(2)



「やっぱ男は年上に限るよな」

「そうよねぇ。同級生は子供っぽく見えちゃうものねぇ」

 ジェイムスの両脇に寄り添うように立っている輝と梨花子を、みちるは半眼で睨みつけた。

「あんたたち、男なんてもういらないって言ってなかった?」

「誰がそんなこと言ったんだよ?」

 輝がジェイムスの右腕に自分の腕を回す。

「そうよぉ。みちるったら耳鼻科にも行った方がいいんじゃなぁい?」

 梨花子がジェイムスの左腕に自分の腕をからめる。

 みちるはこめかみに怒りマークを何個も浮かび上がらせながら、叫び散らすのを何とか堪えた。

「ったく、懲りないんだから」

 仕方なく、小声で毒付く。

 輝たちがジェイムスと仲良く会話をしているのを尻目に、みちるはオレンジジュースのおかわりを注ぎに行く。

「あれ?」

 みちるは清香と斎藤が体育館から出て行くのを見かける。そんな二人を見送りながら、妙な違和感を覚えた。どこがと聞かれたら答えに困るのだが。

 大して気にも留めず、空になった紙コップに三杯目のオレンジジュースを注ぐ。

「遅いんだよ、お前は!」

 体育館中にその声は響き渡った。

 みちるは声の主を見た。みちるだけではない。その場にいた全員が一斉に彼を見た。

 三条光彦を。

 三条は足元で尻餅をついて座り込んでいる男子部員――同じく二年生の竹ノ内直人に憤慨している。竹ノ内はバスケットボール部内でも一番矮小で、その体格通りに気も小さく、いつも三条に下僕扱いされていた。

 竹ノ内のTシャツは濡れていた。よく見ると、床に紙コップが転がっている。おそらくは三条に飲み物を持ってこいと命じられて、持っていたが遅いと腹を立てられてオレンジジュースの入った紙コップを投げつけられたといったところだろう。

 三条は貴美枝と両キャプテンがいないのをいいことにやりたい放題だった。

 すでに三条に頭の上がらない三年生は何も言わない。ただ黙って事の成り行きを見ているだけである。二年生や女子部員はなおさらのことだった。こんな時、天道がいれば三条に怒りの鉄拳でも食らわしてくれたのだろうが、今は三条にそんなことをする者などバスケットボール部には存在しない。

「サイテー! もう我慢できない!」

 みちるは黙っていることができなかった。竹ノ内を助けるためというよりは、輝と梨花子への暴言を非難するためだが。

 そう思って一歩を踏み出した時。

「大丈夫ですか、竹之内くん」

 ジェイムスが竹ノ内に手を貸していた。しかし、竹ノ内はジェイムスの手を断って自力で立ち上がると、ペコリと頭を下げて体育館から出ていった。

「放っておけばいいんだよ、あんな役立たず」

 三条が罵声を飛ばす。

「三条くん、それがチームメイトに対して言う言葉なのですか? 竹ノ内くんに謝るべきではないのですか?」

「臨時がえらそうなこと言ってんじゃねぇよ。けっ。あのバカのせいですっかり白けちまったぜ。面白くねぇ!」

 三条は反省する様子も見せず、体育館を出ていく。その三条の後を追っていく女子部員たち。

 みちるには彼女たちが金に目がくらんだ亡者のように見えた。

「すごぉい、ジェイムス監督! 正義の味方みたぁい」

 梨花子が感激してジェイムスの左腕に抱きついた。

「ホント、男の中の男って感じだったぜ!」

 輝も負けずとジェイムスの右腕に抱きつく。

 ジェイムスの背後では輝と梨花子が顔を合わせバチバチと火花を散らしていた。

 容姿こそ似ていないが、みちるにはジェイムスが天道と重なって見えた。




 結局、親睦会はすぐに終了し、三条に追って男子寮に向かった女子部員たちは貴美枝に見つかりこってりとしぼられた。

「あーあー、三条のおかげでせっかくの親睦会がおじゃんになっちまったな」

 輝がベッドの上で大の字に寝転んでぼやく。

「そうよねぇ。せっかくジェイムス監督と親密になれるチャンスだったのにぃ」

 梨花子はベッドの上で柔軟体操をしている。

「ちょっとあんたたち! 寝る時くらいは自分の部屋に戻りなさいよね」

 ベッドを占領されたみちるは、輝と梨花子を部屋から追い出そうとする。と、二人の冷たい視線が突き刺さる。

「何よ、その目は?」

「裏切り者! アタシたちが三条んとこに行ってる間にちゃっかりジェイムス監督とよろしくやってたくせに」

「そうそう。ずいぶんと仲良さそうに話していたわよねぇ」

 輝と梨花子が恨めしそうな顔を向けてくる。見ていないと思っていたが、どうやらしっかりと眼界に入れていたらしい。

「ご、誤解だって。あたしたちは別にそんなんじゃあ」

「あ・た・し・た・ちぃ?」

 ハモる輝と梨花子。なだめるつもりが逆効果になり、二人の嫉妬の炎がメラメラと燃え出す。

「アタシらよりちょっと早く知り合ったからって、ぬけがけは許さないからな!」

「そんなことしたら私たちの友情も終わりだからねぇ」

「わかったわよ」

 みちるは渋々応じる。今はこの場を鎮めて、二人を部屋から追い出すことが先決だ。

「じゃあ、これにサインしろ」

 輝が一枚の紙片を差し出す。黙読してみると、それはジェイムスに対してぬけがけ行為をしないという誓約書だった。すでに輝と梨花子はサイン済である。

「いつの間にそんなの作ったの?」

「いいから早く書けよ」

「はいはい」

 みちるは輝からボールペンを受け取ると、自分の名前を書いた。後から思えば、こんなものにサインするのではなかったと自責の念にかられるみちるだった。

「よし、これで安心して眠れるな」

 輝はまた大の字になって寝転がる。

「だから、自分の部屋に戻れって言っているでしょう!」

「いいじゃん、今更」

 みちるは嘆息する。もう何を言っても無駄だと諦念したみちるは、自分が輝たちの部屋に移動するという妙案を思いつく。

 部屋を出ようとして、戸口で貴美枝と鉢合わせする。

「ここに真木が来ていない?」

「いいえ、来ていませんけど」

「そう」

 貴美枝の神妙な顔つきに、みちるは不安を感じた。

「何かあったんですか?」

「真木と斎藤がいなくなったのよ」





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