9:告白は夕焼けの下で(1)
みちるは荻野聡の墓参りに来ていた。墓には貴美枝が供えた菊の花以外に、ひまわりの花も供えられていた。
聡とは会ったことはなかったが、みちるは勇気を分けてもらおうとして手を合わせた。
「おい、青葉。アタシたちをこんな所に連れてきてどういうつもりだよ?」
「そうよぉ。だいたいお墓参りっていうのは午前中に来るものなんだからぁ」
輝と梨花子は急な呼び出しに憤慨している様子だった。
「あたしね、あれから輝と梨花子と同じ中学校のバスケ部だった子に会いに行ってきたんだ」
みちるは聡の墓と向き合ったままの形で話をする。
「何だよ、それ?」
「どうしたのぉ、みちる。変だよぉ?」
「あたしたち、親友だよね」
みちるは立ち上がると、輝と梨花子に向き直る。
「今朝、貴美枝監督たちが買っていた花は菊だけだった。けど、ひまわりの花が供えられている。たぶん、貴美枝監督たちの他に誰かがお墓参りに来たんだと思う」
「そりゃ命日だからだろう」
輝が答える。
「どうして今日が命日だって思ったの?」
「だ、だって墓参りするって言ったら、盆や彼岸の他には命日くらいだろう」
みちるはミニスカートのポケットからひまわりの花弁を取り出した。
「この花弁、学校の屋上に落ちてたの」
「みちるぅ、回りくどい言い方はやめてぇハッキリと言ったらぁ? その花弁が私についていたのを見てたんでしょぉ?」
梨花子にはみちるが言おうとしていることがわかっているのだろう。
みちるも覚悟を決めた。
「斉藤キャプテンと三条を殺したのって……」
みちるは一瞬の躊躇の後、梨花子を見つめた。
「梨花子なんでしょう?」
「な、何バカなこと言ってんだよ、青葉! 緒方に人殺しなんてできるわけねぇだろう! だいたい緒方には二人を殺す理由がないじゃないか」
「梨花子、聡くんと付き合っていたんでしょ? 第一中学校の七不思議だってウワサになっていたらしいじゃない。鬼キャプテンが第二中学校のルーキーと付き合っているって。輝も知ってはずだよ」
「あぁ、知ってたさ。でも、今はそんなこと関係ないだろう! アタシも緒方もあいつのことは忘れたんだよ!」
「もういいわ、輝」
梨花子はあきらめにも似た吐息をもらす。口調がいつもの間延びした口調ではなかった。
「ずるいよね、みちるも。聡の墓の前でそんなこと聞くなんて……ウソなんかつけないじゃない。そのひまわりの花はね、今朝私と輝が供えたのよ。聡が大好きな花だったから」
「梨花子……」
「そうよ。私はあの二人を殺したの」
梨花子は泰然な態度で答えた。
「三条を殺したのは、やっぱり聡くんの復讐?」
「聡はね、事故のせいで半身不随になって一生バスケができない体になったの。わかる? 大好きなバスケができなくなった聡の気持ちが?」
「………………」
みちるには答えることができなかった。
「もういいよ! 緒方、それ以上しゃべるなよ!」
輝が止めようとしたが、梨花子は絞り出すように続けた。
「聡は毎日泣いていた。そして……動かない体を引きずって病院の窓から飛び降り自殺を図ったのよ。私、気が狂いそうだった。聡のいない人生なんて考えられなかった。私も聡の後を追うしかないって思った。だけど、輝や貴美枝監督に励まされて……聡の分までバスケを頑張ろうって決めたの。それなのに、三条が秀越高校のバスケ部に入部してきた。三条の奴、反省した様子が全然なくて……私たちのことすら覚えていなかった。だから悔しくて殺してやろうって何度思ったことか」
梨花子は今までの思いを吐露した。
「でも、斉藤キャプテンは関係なかったんじゃないの?」
「斉藤キャプテンも誠実そうな顔をした悪魔よ。三条と同じ穴もムジナだった」
確かに斉藤のイメージは竹之内から真相を聞いて覆させられている。
「あの日の夜。私は三条を殺すきっかけを狙っていたの。だから、何とかして三条を二人きりになるチャンスを作ろうとしていたんだけど」
梨花子が三条にアプローチしていたのにはそういう思惑があったのだと、みちるは知った。
「みちるも知っての通り、真木キャプテンに邪魔されちゃったけどね。でも、私は待った。そして、三条が真木キャプテンと体育館を出て行った時、チャンスだと思ったの」
「それでテーピングをほどいてあたしに気付かせたの?」
梨花子はうなずいた。
「私はすぐに三条を追った。そこからは竹ノ内くんが話していた通りよ。だけど、斉藤キャプテンは気を失っていただけですぐに起きたわ。その時、私の中でも悪魔が目を覚ましたのよ。斉藤キャプテンを使って三条の数々の不正を暴露して今の地位からあいつを引きずり落としてやろうって」
「テーピングで斉藤キャプテンの首を絞めたの?」
「そうよ。頭を殴られてフラフラしている斉藤キャプテンの背後からそっと近付いてテーピングで首を絞めたの。遺書は三条を自殺に見せかけるに準備していたものがあったけど、ロープとかを取りに行ったりしていたら遅くなってみちるたちに不審に思われるから私は一度戻ることにしたの。まさか戻ってくるところを貴美枝監督と輝に見られているとは思わなかったけどね」
「それでアリバイ作りに協力してもらったわけ?」
「違う! 貴美枝監督は反対したんだ! だけど、アタシが貴美枝監督に頼んで勝手にやったんだ! 緒方は何も頼んでねぇよ!」
輝は泣いていた。
「どこがアリバイ作りだって思ったの?」
「貴美枝監督が斉藤キャプテンを呼びに来た時に、梨花子が斉藤キャプテンとすれ違ったって言ったよね。あの時、二十三時を過ぎていた。それと、女子寮の二階から輝が外に人影を見たって言った時に、梨花子は斉藤キャプテンの名前を口にした。おかげであたしは斉藤キャプテンが生きていると錯覚させられた。そうすることでアリバイを作り、斉藤キャプテンは自殺したと判断させようとした」
「嫌な予感がしていたの。みちるが斉藤キャプテンのこと調べているのを知った時。しかも、ジェイムスのおかげで死亡推定時刻がバレちゃうし。まさかあの臨時監督がそこまで調べてくるなんて思いもしなかった」
梨花子にとってジェイムスの存在はイレギュラーだったのだろう。そして、みちるが真相を追究することも。
「あげくに遺書はもみ消されて、三条を蹴落とすどころか、私の方が追い込まれるなんて」
梨花子は苦笑した。
「だから、焦って三条を殺したの?」
「焦ってなんかじゃないわ。聡の命日に三条を殺すことが、聡へのせめてもの手向けだと思ったからよ」
「本当にそう思っているの?」
「思ってるさ! 何で聡が死んであいつがのうのうと生きてんだよ? 不公平じゃないか!」
そう叫んだのは輝だった。
「だから、三条を脅迫して学校に呼び出したんだ。あいつ、梨花子一人だと思い込んでなめてやがったから後ろからあいつの頭をバッドでぶん殴ってやって気絶している間に、屋上から落としてやったんだ!」
「違うよ、輝。三条も私一人でやったことよ。もっとも三条の場合、自殺でも他殺でもどっちに思われても良かったんだけどね」
「何言ってんだよ? お前が一人で罪をかぶることねぇだろう!」
「ごめんね、輝。私、輝が聡のこと好きなの知っていたの。輝の気持ち知っていて、私の復讐に利用してたの」
「そんなのアタシは気にしねぇよ! 利用できるもんは何だって利用すりゃいいんだよ!」
「ありがとう、輝。私が今までバスケを続けてこられたのは、輝と貴美枝監督のおかげだよ」
すべてを吐露した梨花子の表情は柔和だった。
みちるは胸騒ぎを感じた。
すべての復讐が終わった時、復讐者は次に何を求めるだろうか。
「私ね、みちるのことが嫌いだったの」
「梨花子……」
「でも、それは大好きなバスケを一生懸命にやってるみちるが妬ましかっただけなのかもしれない」
梨花子は持っていたショルダーバックからナイフを取り出した。みちるに呼び出された時点でこうなることを予想していたのかもしれない。
梨花子は輝を一瞥する。
「すべては私の罪よ。いいわね、輝」
梨花子は目を閉じると、自分の胸目掛けてナイフを振り下ろした。
「緒方!」
「梨花子!」
輝とみちるも止めようと手を伸ばす。しかし、間に合わない。




