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8:夏休みの終わりに血の雨が降る(6)



 ファーストフード店で軽く昼食を終えたみちるは、その場で輝と梨花子と別れた。またジェイムスとの仲を疑って後を追いかけてくるかとも思ったが、ジェイムスと携帯電話の番号とメールアドレスを交換したことで安心しきったのか、輝と梨花子は素直に家路に着いた。

 みちるはそれを確認すると、再び秀越高校の第三校舎の屋上に向かった。

 屋上に通じる扉を開ける。

 みちるは先客がいたことに驚く。

「どうして、ここに?」

「みちるさんならまたここに戻ってくると思いましたから」

 ジェイムスは破顔で答えた。

「それに、ボクにまだ何か聞きたいことがあるのではないかと思いましたので」

「まあね」

 みちるは苦笑すると、フェンスにもたれて空を仰いだ。雲一つない青空だというのに、みちるの心には大きな暗雲が広がっていた。

 三条の遺書から想定すると、三条はひき逃げしたことを後悔していたことになる。しかし、そんな人間がまた無免許で車を乗り回したりするだろうか。普通なら二度と車に乗りたくないと思うはずだ。そして、なぜ三条は飛び降りる場所に学校の屋上を選んだのか。

 みちるはミニスカートのポケットの中に手を入れると、黄色い花弁を出す。あの時、とっさにポケットの中にしまい込んでしまっていた。

「それ、ひまわりじゃないですか?」

「ひまわり? 菊じゃないの?」

 みちるは花に詳しくなかった。今朝、墓参りに行く喜美枝の花を見たことで菊だと思い込んでいた。

「たぶんひまわりでしょう。菊ではないことは確かです」

「そうなんだ。何でも知ってるんだね、ジェイムスは」

 みちるの気持ちはどんどん落ち込んでいくばかりだった。

「三条くんの死亡推定時刻がわかりました。今朝の八時前後だそうです」

「八時? そんな人目につきやすい時間帯に自殺したっていうのに、荻野監督が見つけたのって十一時過ぎだったって」

「はい。それが荻野さんの話によると校門に『本日は外壁塗装のため立ち入り禁止』と書かれた貼り紙があったらしくて、クラブ活動の生徒たちも来ていなかったそうです。でも、不審に思った荻野さんが校長に電話で確認したところ何も知らないとおっしゃって、貼り紙を取って中に入ったそうです」

「誰かのいたずらにしては、タイミングが良すぎるわよね。三条が自分で貼ったとは思えないし」

 誰かが三条を呼び出して、ここから落としたとしか思えなかった。しかし、この高さのフェンスをどうやって。

「今回は不審な傷跡とかなかったの?」

「それが頭部の損傷が激しくて、詳しい検死の結果はまだ出ていないそうです」

 例え気絶させたとしても一人で三条を担いで落とすのは難しい。

 考えれば考えるほど、悪い方向へと答えがまとまっていく。

 みちるはその場に座り込んだ。その横にジェイムスも座る。

「みちるさん、少しボクの昔話をしていいですか?」

「今はそんな気分じゃ」

 言いかけて、みちるはハッと気付いた。ジェイムスはみちるのことを『青葉さん』ではなく、『みちるさん』と名前で呼んでいる。いつからだったのだろう。そんなことにも気付かないほど、自分は冷静さを失っていたのだ。

 みちるは初心に戻ろうと心掛けた。

「うん、話して」

「お恥ずかしい話ですが、ボクは中学の頃まで手がつけられない札付きの悪だったのですよ」

「ウソ……?」

「本当ですよ」

 今の爽快感あふれるジェイムスから、ヤンキー姿のジェイムスは想像できなかった。

「暴走族に入ってバイクを乗り回してケンカ三昧の毎日を送って警察に補導されては、よく母を泣かせていました。あの頃のボクは母を憎んでいましたから」

「憎んでいた?」

「この名前のおかげで幼い頃からいじめられてきましたからね」

 ジェイムスは微苦笑した。やはり気にしていたようである。

「高校に入って、ある人に言われました。親がちゃんと付けてくれた名前で呼んでくれることがどんなに幸せかわからないのか、って。母親を泣かせる人間は最低のクズ野郎だ、とも。ボクはその時にはその人が言っている言葉の意味が理解できませんでいた。でも、母がボクの名前を呼ぶことができなくなった時、初めて気付いたのです。母親の愛情の偉大さに」

 ジェイムスはふと寂しい表情を見せた。こんな顔のジェイムスを見るのは初めてだった。いつも笑ってばかりで、そういう感情とは無縁の人間だとばかり思っていた。

 おそらくジェイムスの母親はもうこの世には存在していないのだろう。失って初めて思い知らされる。大切な人の存在を。

 みちるは掛ける言葉が見つからなかった。

「その人のおかげでボクは立ち直ることができました。ですから、ボクはその人の役に立つことがしたいと思ったのです」

「もしかして、その人って……あの女社長さん?」

「はい。ちなみにボクの幼馴染の刑事も社長のおかげで立派に更生できたのですよ」

「ふーん」

 人は見かけで判断してはいけないのだと、みちるは痛感した。

 琳子は人の迷惑顧みず我が道を進んでいくタイプに見えたが、情に厚い優しい心を持った女性のようである。

「あ、あの、ジェイムス。今度はあたしの話を聞いてもらっていい?」

「もちろんです」

 ジェイムスはいつもの爽やか笑顔を向けてくれた。

「その人のことを本当に大切に思っているなら……」

 みちるは躊躇した。

 自分の考えは間違っていないだろうか。間違えていれば、相手を傷付けてしまう。もう以前のように接してはくれないかもしれない。

 しかし、みちるは決意した。

「過ちはちゃんと正さなければいけないよね」

「そうですね」

「だから、その前に確認しておきたいことがあるの」

 みちるは自分の考えをすべてジェイムスに打ち明けた。






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