8:夏休みの終わりに血の雨が降る(1)
翌朝、みちるは待ち合わせ場所である上園駅前に向かった。
本来ならば、夏休みの最終日だろうがバスケットボール部の練習はあるのだが、斉藤の一件でクラブ活動は一時休止になっていた。そのおかげでこうして自由な時間が与えられたわけだが。
昨夜もあまり眠れず、電車の中でウトウトしてしまい、あやうく乗り過ごすところだった。
みちるが到着した時には、輝が頬を紅潮させてジェイムスとのツーショットタイムを楽しんでいた。遅刻魔の輝が約束の時間である九時十分前に来ているなど普段ならありえないことだった。
輝はTシャツとショートパンツといった定番スタイル。
ジェイムスはポロシャツとチノパンツのラフな服装で爽やかさをますます引き立てていた。
「おはようございます、みちるさん」
みちるに気付いた輝は露骨に嫌な顔を向けてくるが、ジェイムスの颯爽とした笑顔が気だるい暑さを吹き飛ばしてくれる。
「あれ、梨花子は?」
「まだだぜ」
「珍しいこともあるもんね」
「そうか? 緒方が遅れてくるのはいつものことじゃんか」
「そうだけど」
みちるは言葉を濁した。したたかな梨花子なら早めに来てジェイムスに好印象を与えようと画策すると思っていたが。輝がそうであったように。
「お前がスカートはいてくる方が珍しいと思うけどな」
輝のするどい指摘に、みちるはたじろぐ。確かにいつものみちるなら動きやすいジーパンをはくのだが、今朝は母親が何を思ったのかコーディネートしてやると言い出して、無理矢理デニムのミニスカートをはかされたのだった。上のパーカーシャツは定番だが。
「これはお母さんがバーゲンで買ってくれて、はけはけってうるさいから仕方なく」
みちるも慣れないミニスカートをはかされて困惑している。
「ふーん」
輝は信用していない様子である。
「セーラー服姿も素敵ですが、私服は皆さんの個性が表れていてまた一段と魅力的ですね」
ジェイムスの得意の褒め殺しが炸裂した。
輝が一撃ノックアウトされる。
「そんなホントのこと言われると照れるな」
そんな輝の姿を見て、みちるは嘆息した。
九時を過ぎるとプラットホームに電車が到着し、改札口から梨花子が出てくる。
みちるは梨花子の姿を見つけて声を掛けようとするが、思わず言葉を失ってしまう。
キャミソールとフリルのミニスカート。
いつも二つの分けてくくっていた髪は、一つに結い上げられていた。
今まで何度かプライベートで遊んだこともあるし、定番スタイルのはずなのだが、今日は雰囲気が違って見えた。その風貌はどこか大人びていて、みちるが知っている梨花子とは別人のように思えた。
「遅いぞ、緒方!」
輝の声に我に戻るみちる。
「仕方ないでしょぉ。駅で何回もナンパされちゃって電車に乗り遅れちゃったんだもぉん」
「ったく、世の男どもは見る目がねぇな」
「ごめんなさぁい、ジェイムス」
梨花子は毒づく輝を無視して、ジェイムスの手を取って謝る。やはりいつものしたたかな梨花子だ。
「それじゃあ全員そろったことだし、竹ノ内くんの家に行きましょう!」
みちるは梨花子の手をジェイムスから引き離す。
「質問!」
輝が右手を挙げる。
「竹ノ内の家、知ってんのか?」
「当然よ! 昨日のうちにちゃんと調べておいたわよ。だから、待ち合わせ場所にここを選んだんじゃない」
みちるが胸を張る。
竹ノ内の住むマンションは三条の自宅がある高級住宅街の近くにあった。
「私だってぇ、ちゃんと調べてきたわよぉ」
梨花子がジェイムスにピタリと寄り添う。
「アタシだってちゃんとリサーチしてきたんだぜ。でも、やっぱりキャプテンに華を持たせた方がいいかと思ってさ」
輝が慌てて言い訳をする。だが、調べてきたのはウソではないだろう。
「皆さん、さすがですね」
ジェイムスの破顔に、輝はすぐに上機嫌になる。
「じゃあ、行くわよ」
みちるは仕切り直して、竹ノ内の自宅に向かって歩き出す。




