7:夕立ちと女心はすぐ晴れる(2)
「はい。ワープロ打ちで『ボクは不正をしました。この罪は死をもって償います。許してください』と書かれていたそうです」
「不正? あの斎藤キャプテンが?」
輝がプリンを口に運びながら言う。
「斎藤キャプテンはスカウトされて秀越高校に入ったんだからぁ裏口入学とかってありえないわよねぇ」
首を傾げながら、梨花子が小さい口で黄桃を食べる。
「三条だったら充分ありえる話だけどな」
「そうよねぇ。三条くん、お世辞にもバスケが上手とは言えなかったもんねぇ。そんな人がキャプテンっていうのもいやよねぇ」
「三条の親父がうちの高校に多額の寄付をしているらしいからさ、学校側としても断りきれなかったんじゃないか? バカ息子を持つと親も大変だよな」
輝と梨花子は冗談半分に面白がって言う。一度はカレシにしようと狙った男も今やこの言われようである。さすがのみちるも少しだけ三条に同情した。
「考えられるのは、そのキャプテン選びくらいしかないかな」
みちるは左手で頬を支えながら、スプーンをプリンへと伸ばしていく。
「キャプテン選びですか?」
「そうよ。秀越高校のバスケ部ってけっこう全国に名を馳せているから、キャプテンになると有名な体育大から好条件でお誘いがくるのよ」
「そうそぉう。みちるの大好きな天道先輩がそうだったもんねぇ。みちるも同じ体育大に行くのかなぁ」
「いいよな。惚れた男と同じ大学に行けるなんて」
梨花子と輝が横やりを入れてくる。
「違うって! 天道先輩はバスケ一筋で女の子に興味なんかないんだって!」
みちるは焦って否定する。ジェイムスに誤解されたくなかった。
「なるほど。それでキャプテンを選ぶのにあんなテストをしていたわけですね」
しかし、ジェイムスは梨花子たちの話が耳に入っていない様子だった。
みちるは安堵し、輝たちは悔しがる。
「まぁそういうこと。テストの内容も毎年変えて秘密にしているみたいだし。けっこう重要みたい。キャプテン選びって」
昨年が右脳ゲームで一昨年がじゃんけんだったというところが信憑性に欠けるが。
「だから青葉はもう将来が約束されたようなもんだよな」
「いいわよねぇ。大学受験の苦労がない人はぁ」
またしても、輝と梨花子が割り込んでくる。
「では、斉藤くんはもう行く大学が決まっていたということですか?」
「決まってたんじゃないかな。だから自殺する原因が余計わからないのよね」
「あれ、青葉は聞いてなかったのか?」
輝は動かしていたスプーンを止める。
「何を?」
「斎藤キャプテンのお父さんの会社、先月倒産したんだぜ」
「家も売却されて、今はアパート暮らしなんだってぇ」
輝の後を梨花子が続ける。
「どうして輝たちがそんなこと知ってるの?」
みちるが怪訝な顔をして二人を見る。合宿中にもそんな話題は一度も出てこなかった。
「だってぇ葬儀の時に誰かが話しているのが聞こえちゃったんだもぉん」
梨花子が悪びれることなく平然と言う。ジェイムスのことと言い、葬儀の時にこの二人は何をしていたのだろうか。
「斎藤くんは父親の会社が倒産してしまい、経済面で困っていたのかもしれませんね」
「だからって、自殺するのも」
みちるは言葉を切った。一つの仮説が浮かんだからである。
「斎藤キャプテンの家庭の事情を知って誰かがお金でキャプテン選びのテストの内容を聞きだそうとした……」
誰かというのは、三条のことだが。あの男ならやりかねない。すべてをお金で解決しようとするだろう。もしこの仮説が正しければ、三条がキャプテンに選ばれたことも納得がいく。
「じゃあ斉藤キャプテンはそのことを悔いて自殺したっていうのぉ?」
「それとも不正をバラされたくなければ金を出せとかいって斎藤キャプテンが三条を脅迫して、困った三条が自殺に見せかけて殺したとか?」
梨花子と輝は意味深な笑みを作る。テレビドラマの見過ぎである。みちるはあきれて突っ込む気にもなれなかった。
「それはちょっと飛躍しすぎではないでしょうか」
ジェイムスはアイスココアを一口飲んで続ける。
「もし仮に三条くんが斎藤くんを殺したとしても、偽造した遺書に自分が不利になるようなことは書かないと思います」
「だったら、やっぱり自殺か」
輝がつまらなそうに呟く。この状況下を楽しんでいるように見えた。しかし、みちるには輝を責めることはできなかった。自分もただ興味本位で斎藤の死を調べているだけなのかもしれないと思ったからである。
「とは言うのもの、自殺という一言で片付けてしまうには斎藤くんの死に不審な点が多いと思います」
「何?」
みちるはジェイムスの次の言葉を待った。
「これは前にも言いましたが、斎藤くんの後頭部には打痕が一箇所あります。首の周りには爪で引っかいた痕があったそうです」
「引っかいた痕、ってことは……」
「はい。誰かに首を絞められて抵抗したのかもしれませんし、首を吊った直後に苦しくなってもがいたのかもしれません」
「どっちかわからないってことじゃない」
みちるは肩透かしを食らった気分だった。
「もう一つわかっていることがあります。死亡推定時刻が、二十二時前後だということです」
「それって新キャプテン襲名パーティをやっていた最中じゃないの!」
みちるはファミレスにいることを忘れて、声を荒げてしまう。客の何人かの視線がこちらに集中する。しかし、みちるは気にしなかった。一つの不安が脳裏をよぎったからだ。
「合宿中に思ったのですが、二年生の男子はキャプテンになりたかった部員が多かったみたいですね」
「そりゃあそうだ。女子にだっていたくらいなんだから。もっとも男子は三条がいたおかげで表にはそういう感情を出さなかったみたいだけどな」
輝の目線が梨花子に向いた。梨花子は気付いていないのか、バニラアイスクリームを口に運んで堪能している。
輝も梨花子もキャプテンになりたがっていた。実力でいえば、輝も梨花子もみちるより上手い。しかし、誰がキャプテンに選ばれても恨みっこなしが三人の約束だった。
「そこでボクも一つの仮説をたててみました。三条くんの不正がなければ正当なテストで誰かがキャプテンに選ばれるはずでした。その誰かが三条くんの不正を知ってカッとなって斉藤くんを殺してしまった」
「でも、それだと斎藤キャプテンではなく、三条を殺そうとするんじゃない?」
「確かにそうです。だからこそ、斉藤くんを自殺に見せかけて遺書を偽造して三条くんの不正を暴こうとしたのではないでしょうか? その方が三条くんへのダメージも大きいでしょう。ですが、斎藤くんの遺書の存在はもみ消されてしまい、三条くんの不正を公にすることができなくなってしまった」
「じゃあ、斎藤キャプテンの遺書をもみ消したのって三条の父親?」
「妥当な意見ですね」
「ジェイムスが言うとぉすっごくリアルに聞こえるから不思議よねぇ」
「でも、当たってんじゃないか?」
感心する梨花子と輝。
ジェイムスの話からキャプテンに選ばれる可能性の高い男子部員を絞ると、竹ノ内の存在が浮上してくる。竹ノ内は気が弱いが、バスケットボールは二年生の中で一番上手い。キャプテンとしての器は持ち合わせていないようだが、三条よりはマシだ。だが、あの気弱な竹ノ内がいくらカッとなったらといって、斎藤を殺したりするだろうか。しかも、自殺に見せかけるような知能犯になるとも思えない。三条なら日頃の恨みもあり衝動的に殺害してしまうことはあるかもしれないが。
しかし、斎藤の死後、竹ノ内は必要以上におどおどしている。斎藤の葬儀の時もずっとうつむいて小刻みに震えていた。不審な点が多いのは竹ノ内だが。
「その話だと失敗した犯人は何とかして三条に復讐しようと考えるんじゃないの?」
「ごもっともな意見ですね」
「うーん」
みちるは頭を抱えた。
そして、最終的に出た答えとは。
「三条に会ってみよう!」
ここで意味のない仮説ばかりをたてていても仕方がない。時には天道のように考えるより先に行動する方が道を切り開くこともある。あの三条が素直にすべてを話してくれるとは思わないが。
「えぇ?」
「本気で言ってんのか、青葉?」
梨花子と輝が露骨に嫌そうな顔をする。
「いいのよ。あんたたちはここでゆっくり食べてれば。あたしとジェイムスで行ってくるから」
「な、何言ってんだよ! 行くに決まってんだろう!」
輝は食べかけのデラックスプリンアラモードを頬張る。梨花子はデラックスフルーツパフェをいつの間にか完食していた。もちろんみちるも完食済であるが。
ジェイムスはのん気にアイスココアを飲んでいた。




