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6:曇り空と晴れない心(2)


 帰りのバスの中では終始無言だった。秀越高校に戻ってきたみちるは、重い気持ちを抱えたまま家に帰る気にはなれなかった。

「ごめん。あたし、ちょっと汗流してから帰る。貴美枝監督にも許可もらったし」

「そっか。無理すんなよ」

「じゃあ私たちは帰るわねぇ」

 そう言って、輝と梨花子は帰っていった。

 みちるは体育用具室からバスケットボールを一つ持って、体育館に入る。いつもなら部員たちの掛け声で活気にあふれている体育館も主たちを失ってひっそりと静まり返っている。

 ボールをドリブルする音だけが寂しく木霊する。

 自分が信じていたもの、見ていたものは一体何だったのだろうか。

 体を動かしていなければ、このやりきれない思いを消し去ることができなかった。

 みちるはチェンジアップで、ディフェンスする梨花子のイメージを振りきってレイアップシュートする。しかし、ボールはリングに跳ね返り、シュートに失敗してしまう。

 ボールは虚しく転がっていく。

「あちゃー」

 みちるは慌ててボールを拾いに行く。

 と、ボールは扉口に立っていた体躯の良い青年に拾われる。

「どうした、青葉! ディフェンスもいないのにシュートを外すとは。オレがいなくなってふぬけになっちまったか?」

 館内に怒声が響く。

「天道先輩?」

 みちるは驚愕の声を上げる。

 天道はボールをショルダーパスしてくる。受け取った手がじんじんと痛かった。

「少しは手加減してくださいよ、天道先輩……ぷっ」

 みちるは天道の顔を見て思わず吹き出してしまう。

 高校時代スポーツ刈りだった天道の髪型がスキンヘッドになっていたからだ。しかも、黒いスーツ姿に違和感があり、これでサングラスでもかけていればヤクザにでも間違われそうだった。

「何がおかしい?」

「だって、天道先輩……その頭……ぷっ」

 みちるは笑いすぎてしゃべることができなかった。胃がよじれそうになり、涙まで出てくる始末である。このまま笑い死にしてしまうのではないだろうかと心配になってくるくらいだ。

「お前にはこの頭の良さはわからんだろうな」

 天道は自慢そうに自分の頭をなでる。

 わかりたくないと、みちるは胸中で思った。しかし、こんなにお腹を抱えて笑ったのは何日ぶりだろうか。

 笑いがやっと治まった頃、みちるは天道の頭を見ないように心掛けた。

「もしかして、天道先輩も斎藤キャプテンの葬儀に来てたんですか?」

「のつもりだったんだけどな。アメリカに遠征中でよ。急いで帰ってきたんだが、間に合わなかった」

「そうだったんですか」

 高校卒業してから四ヶ月ぶりに見る天道は、ますますたくましさに磨きがかかっていた。こんな形での再会でなければ、もっと素直に喜べるのだが。

「それより、貴美枝監督から聞いたぞ! お前、キャプテンになったんだってな」

「えぇ、まぁ」

 みちるは言葉を濁した。

「そっか。お前もじゃんけんは強い方だったからな」

「じゃんけん?」

「キャプテン選び、じゃんけんで決めたんだろう?」

「も、もしかして、天道先輩の時はじゃんけんだったんですか?」

「実力も運のうち、ってな」

 豪快に笑う天道。

 みちるは絶句した。

「よーし、じゃあオレが新キャプテンの実力を試してやろう!」

 天道はネクタイを外し、シャツを脱ぎ捨てる。ランニングシャツのみになった天道の上半身は筋肉の塊だった。

 ユニフォーム姿で見慣れているはずのみちるだったが、頬が紅潮していくのがわかり、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。

「どうした、青葉?」

「あ、いえ。お願いします!」

 コートに入った天道の表情が変わった。それはまるで狩りを楽しむ獰猛な獣のようだった。

 みちるは気合いを入れる。天道と1オン1をするのは中学二年生の時以来である。

 みちるはドリブルでゆっくりと進みながら天道の様子をうかがう。身長差は約30センチ。

鉄壁のディフェンスを崩して先へ進むのは至難の業である。チェンジアップやフェイクが通じる相手ではないことは充分承知している。

「ガードが甘いぜ!」

 天道が筋肉で固められた右手を突き出してくる。みちるはボールをいとも容易く奪われてしまう。

 みちるが戸惑っている間に、天道はジャンプシュートを決めていた。

「どうしたどうした? ドリブルにいつものキレがないぞ!」

「天道先輩がアメリカ遠征に行ってますます強くなったからそう感じるんですよ」

「なわけないだろう! ほら、もう一本! お前がシュートを決まるまでどんどん行くぞ!」

「そんなの無理ですよー!」

 天道の青春熱血パワーが炸裂していた。こうなった天道はもう手が付けられない。この勢いだと本当にシュートを決めるまで終わらせてくれそうになかった。

「でも、良かった」

「何がだ?」

 天道が目を丸くする。

「天道先輩は変わらないから」

「そりゃあどういう意味だ? さっきはオレの頭を見て死ぬほど笑ってたくせによ」

「外見じゃなくて、その……」

 みちるは合宿と斎藤の葬儀での一件を天道に話す。

「真木は自分にメリットのある人間としか付き合わないからな。そういえば、オレがキャプテンになった時はオレと付き合いたいって言ってきたこともあったな」

「そうなんですか?」

「けど、オレはバスケ一筋で女と付き合う気なんてなかったからすぐに断ったけどな」

 天道らしいと、みちるは思った。

「だから、あたし人を信じることに自信がなくなってきて……」

「オレは考えるのが苦手でいつも行動が先に出ちまうタイプだから、お前のような悩みってのはわかんねぇけどよ。一つだけ言えることがある!」

 天道は胸を張る。

「バスケが好きな奴に悪人はいない!」

「その根拠ってどこから生まれてくるんですか?」

「オレのバスケ魂だ!」

 自信満々に断言する天道を、みちるはある意味尊敬した。思わず笑みがこぼれてくる。

「あんまり気にするなよ。人にはそれぞれ信じてるモンがあって、それがたまたま青葉と違っちまっただけなんだろうから」

「ありがとうございます、天道先輩! 少しは気が楽になりました」

「そうか? なら、続き! な?」

 天道がボールをバウンドパスしてくる。

「……はい」

 みちるは苦笑した。このままはぐらかして帰ろうと思っていたが、そんな簡単に解放してくれる天道ではなかった。

 みちるは無心になってオフェンスに心掛けるが、天道の容赦ないディフェンスにシュートチャンスすら与えてもらえなかった。

 これで何ゲーム目だろうか。もう数える余裕すらなくなっている。

 滴り落ちる額の汗をぬぐいながら、みちるはドリブルする。目線は天道から離さない。

 天道との間隔を徐々に詰めていく。

 みちるは意を決して、シュート体勢に入る。当然、天道がブロックしようとジャンプしてくる。

 みちるは後方に飛んだ。

「フェイダウェイ・ジャンプショットっ?」

 驚愕する天道。

 みちるはリングを見つめ、ボールを放つ。

 ボールはみちるのイメージ通りにキレイな弧を描いていく。

 リングが心地良い音を立てて、ボールを飲み込む。

「やった!」

 みちるは着地と同時にシュートが決まったことを確認した。

 が。

「え?」

 みちるは安堵したせいか、バックダッシュ後にバランスを崩して派手に転倒してしまう。

「きゃっ!」

「すげぇじゃねぇか、青葉! お前、いつの間にあんなテクニックを身に付けたんだよ?」

 天道が興奮して駆けつけてくる。

 みちるは半身を起こす。

「一か八かの賭けだったんです。これぐらいしないと天道先輩からゴールは奪えないと思っていたから」

「何事もチャレンジ精神は大切だからな」

 天道はそう言って、手を差し伸べてくる。

 みちるは手を伸ばそうとして、スカートがめくれていることに気付いた。

「!」

 みちるは慌ててスカートを直す。こんなことならスカートの下にハーフパンツをはいておけばよかったと後悔する。

 しかし、天道は全く気にした様子はなかった。逆にそれはそれで悲しいものがあるが。

「ん、どうした?」

「天道先輩って、ホントにバスケ一筋なんですね」

「おぅ、もちろんだ」

 みちるは天道の手を借りて立ち上がる。

「あ、今何時だ? ゲームに夢中になりすぎちまったぜ。新幹線の時間に間に合わなくなっちまう」

「もう大学に帰るんですか?」

「まぁな。オレはこう見えても大学じゃ期待の新人だからな」

「そうですね。天道先輩ならすぐにNBAにだって行けちゃいますよ」

「お世辞言ったって何もでねぇぞ」

 みちるは天道の脱ぎ捨てた服を拾って手渡す。

「天道先輩、今日はありがとうございました!」

「おう。青葉、また会おうぜ!」

 天道は忙しく体育館を出て行った。

 みちるは天道を見送りながら、四ヶ月前までの天道を想う気持ちと今の気持ちとの違和感に気付き、少しだけ寂しさを感じた。




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