5:合宿終了は晴天につき(2)
「疲れた」
みちるはフェリーから真っ先に降りる。十二日ぶりの本土だった。
帰りのフェリーの中は空気が重かった。輝と梨花子のバトルが拍車をかけたのだが。
「あれは……」
みちるの目に見覚えのある真っ赤なスポーツカーが映る。
「すっげー、あれってフェラーリ599じゃん」
後から降りてきた輝は、スポーツカーに気付いて瞳を爛々に輝かせた。輝の兄が外車好きで、輝もその影響で外車知識は豊富だった。
「そんなにすごい車なのぉ?」
「三千万くらいはするんじゃないか」
「誰かのお出迎えかしらぁ?」
梨花子と輝の会話を聞きながら、みちるはそのフェラーリ599から降りてくる女性を見つめた。
ウェーブした琥珀色の長髪。
真紅に濡れた厚みのある唇。
ブランドもののサングラスで目はよくわからない。
装飾品たちに彩られた指先。
そして、端然なボディーラインを隠すことなく、アピールしてくれる洗練されたドレス。
こうして姿を見るのは初めてである。
女性は妖艶なオーラを振りまきながら華麗な足取りで歩いてくる。いつもは色っぽいと思っていた梨花子が幼く感じる。
「えぇ、こっちに来るわよぉ」
「もしかして青葉のお迎えか?」
「そんなわけないでしょう」
女性はみちるたちを素通りしていく。大人の芳香に、みちるはめまいを感じた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、ジェイ。とんだ災難だったわね」
その言葉を聞いて、みちるたちは一斉に振り向いた。
「ずいぶんとかわいらしい女子高校生がいたみたいだけど、つまみ食いなんかしていないでしょうね?」
女性はみちるたちを一瞥すると、ジェイムスの両頬に両手を当てて嬌笑する。
二人のただならぬ雰囲気に、輝と梨花子は呆然とする。
「冗談はやめてください。彼女たちがひいているではありませんか」
「つまらない男ね」
女性はジェイムスの頬を軽く叩くと、サングラスを外してみちるたちの前に来る。長い睫毛がとても印象的なセレブ美人だった。
「何かお困りの際はぜひ当社にご連絡くださいね」
女性は胸元が大きく開いたドレスの隙間から名刺を取り出すと、それを一枚ずつみちるたちに渡す。キラキラと金色の光を放っていた。
輝も梨花子も女性の毒気に当てられたのか、一言も言葉を発しない。
名刺にはジェイムスにもらった名刺と同様のキャッチコピーが書かれており、その下には『代表取締役社長篁村琳子』とある。
「それでは失礼」
琳子は営業スマイル(男ならまちがいなく瞬殺できる)を振りまきながらフェラーリ599に戻っていく。
「それでは皆さん、またお会いしましょう」
ジェイムスは社交辞令的なあいさつを残して、琳子の後を追った。
まともなあいさつを交わすことなく、ジェイムスと別れたみちるたちだった。
「協力してくれるって言ったのに……」
みちるの呟きはフェラーリ599の轟音にかき消された。
みちるは走り去っていくフェラーリ599を見送りながら、小さな吐息をもらした。そして、別の意味で魂が抜けた二人がいた。
「あんな美人で金持ちな女が相手じゃ太陽を味方につけても勝ち目はないぜ」
「世の中って不公平よねぇ」
輝と梨花子は号泣していた。
みちるはあえてジェイムスと琳子の仲を否定しなかった。




