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5:合宿終了は晴天につき(1)



 台風一過の青空とは裏腹に、みちるたちの心境は土砂降りだった。

 斉藤が見つかったと報せを受けたみちるたちが駆けつけた時、ジェイムスが斉藤の遺体を降ろしている最中だった。

 正午すぎには警察が到着した。

 気分が悪いといって自室で寝ている清香を除く全員が男子寮の食堂に集められた。

「ったく、何もこんな所で死ななくてもいいのによ!」

 三条は大儀そうにイスにもたれかかり悪態をついていた。

 竹ノ内は三条から少し離れた所に座り、小刻みに体を震わせている。顔色も悪い。唯一、自分のことを平等に扱ってくれていた斉藤の死はよほどショックだったのだろう。いや、ショックを受けているのは竹ノ内だけではない。ここにいる全員がショックを受けているのだ。

「アタシ、首吊り死体なんて初めて見たぜ」

「私だってぇ、人生まっとうに生きてきてあんなの見るとは思わなかったわよぉ」

 輝と梨花子もいつもよりも口数が少ない。

 貴美枝が熟年刑事に事の経緯を説明する。熟年刑事は薄くなった頭頂をボールペンの尖端でかく。

「まあ遺書も発見されていますし、自殺とみて間違いないでしょう」

 熟年刑事は事務的にそう答えた。

 確かにあの状況を見れば誰もが自殺だと判断するだろう。だが、みちるには納得がいかなかった。斉藤が自殺する原因が見当たらなかったからである。竹ノ内ならともかく、いじめに遭っていたわけでもなく、将来に絶望するなどということもありえない。まさか清香にふられたことが原因だとも思えない。

 みちるは遺書の内容が知りたかったが、それは無理なことだろう。仕方なく、斉藤が首を吊った現場である体育館の裏に行こうとする。

「みちるぅ、どこに行くのぉ?」

「ちょっとね」

「まさか体育館の裏に行こうとしてんじゃねえだろうな?」

 輝にしては勘が良かった。

「やめときなよぉ。今勝手に動いたらぁ貴美枝監督に怒られるわよぉ」

「その辺はうまくはぐらかしておいてよ」

 みちるは梨花子たちの制止を振り切って、こっそりと食堂を抜けた。





 体育館には斉藤の遺体が安置されていた。壁を通して斉藤の母親の嗚咽が聞こえてくる。斎藤の死の報せを聞いて、朝早く合宿所に駆けつけてきていた。

 みちるはいたたまれなくなり、走り出した。


 バシャ。


「わっ」

 昨夜の豪雨でできたぬかるみに足を取られ、みちるは無様に転んでしまう。

「もう最悪!」 

 みちるは泥だらけの手を振り上げて叫んだ。

 その時、みちるの脳裏に衣服が泥まみれになっていた斎藤の遺体が浮かんできた。雨の中を走り回っていたのだろうか。それとも首を吊るために木に登ろうとして何度も落ちたのだろうか。遺書が用意されていたことから斎藤の自殺が衝動的でないことがわかる。それなら木に登るための脚立を用意していてもおかしくない。脚立が倉庫の中にあるのは、斎藤も知っていたはずだ。

 黙考していると、眼前に手が現れる。

「青葉さんは濡れるのがお好きなのですね」

 ジェイムスが手を差し伸べていた。

 みちるにはその言葉が皮肉に聞こえて、ジェイムスの手を断り自力で立ち上がる。ハーフパンツがお尻にペタリとくっついて何とも言えない不快感を味わう。

「好きで濡れているわけじゃないわよ」

 みちるは斎藤が首を吊った大木を見上げる。森の入り口付近にある大木は誰の目にもつきやすい。昨夜の捜索の時点ではここに斎藤はいなかったという。では、いつ首を吊ったのだろうか。しかも、こんなに人目につきやすい場所で。

 人はどんな時に自らの命を絶ちたいと思うのだろうか。

「どうして斎藤キャプテンは自殺しちゃったのかな」

「斎藤くんの死因は頸部圧迫による窒息死だと思われます。後頭部に打痕もあったそうです。

死亡推定時刻はまだわかりませんが」

 みちるはジェイムスの言葉に目を見張った。

「どうしてそんなこと知ってるの?」

「実は今ここに来ている県警の刑事が驚いたことにボクの幼馴染みでして……こっそりと教えてもらいました」

「それっていいの?」

「そこはオフレコということにしておいてください」

 みちるはあえて追求はせず、自分の好奇心を優先させた。

「斎藤キャプテンは頭をケガしていたってこと?」

「気になりますか?」

「死にたいって思う人の気持ちはわかりたいとは思わないけど、あたしは納得がいかないことは自分がちゃんと納得するまで追求したいの」

「ボクでよろしければお力になりましょうか?」

「いーえ、けっこう。あたしは人材派遣に依頼するようなお金は持ってませんから」

「青葉さんからお金をいただこうなんて思っていませんよ。ボクが個人的に青葉さんに協力したいだけですから」

 ジェイムスの太陽にも負けないくらいのまぶしい笑顔に恍惚するみちる。

「青葉ーっ!」

 輝の怒声で我に返るみちる。輝はジェイムスの手前引きつった笑顔を作ってやってくる。

「もうすぐフェリーが来るから帰り仕度を……、って。何で泥まみれなんだ?」

「ちょっと転んで」

「ドジだな、お前。な? ジェイムス監督」

 ジェイムスに同意を求める輝。

「そんなことありませんよ。女の子はちょっとドジな方がかわいいと言いますし」

「あー」

 輝がわざとらしくこける。

「大丈夫ですか、神宮寺さん」

「………………」

 みちるはあきれて言葉も出てこなかった。





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