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ウルテリオルム・ルナエ  作者: 桜田駱砂 (さくらだらくさ)
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4 二身同体と逆七光り

「無事でよかったぜ、尾野倉。」

「あの時、尾野倉が戦闘地域で巻き込まれたかもって聞いたときは、もうだめかって思ったぞ。」

 学校の食堂、響を間に挟んで両側に座り、交互にそう言うのは須津城と砂遠だ。響は、両脇にむさ苦しい二人が座っていることなど気にもせず、というより、その存在を始めから空気だとしか扱っていないかのように、黙々と養殖鯖(さば)の煮付けを口に運んでいる。

「ほんと、信じらんないことするわよね。普通、あの状態では逃げるでしょ。っていうか、逃げなさいよ。危うく踏みつぶしちゃうところだったわ。」

 と言うのは、サエラだ。

「踏みつぶしちゃうどころか、尾野倉に助けられたんじゃないか、僕達。」

 と、その隣のエリオが言った。響の正面にテーブルを挟んでエリオが座り、野菜炒めをもてあまし気味に食べている。

 エリオ、サエラを前に、両脇に須津城、砂遠を従えるようにして座る響。そのグループを遠巻きに見ながら、他の生徒がひそひそと噂をする声は後を断たない。

「あの襲撃で、ニンギルスを撃退したの、あいつらだって話だぜ。」

「まじかよ。ニンギルスって、ギリトニアの新鋭機だろ。性能差がありすぎだろ。」

「さぁ、相手が新米のへぼパイロットだったとか、そんなオチだろ、どうせ。」

「そうよね。強行偵察で様子を見ただけでしょ。本気で侵攻するつもりなら、たった二機って少な過ぎだし。」

「・・・けど、何で須津城と砂遠が尾野倉とからんでるのかしら。」

「さぁな。尾野倉の七光りってやつを当て込んで、取り入った─。」

 そこまで言った言葉を、須津城が遮った。

「んだと、こら。もう一度言ってみろ。誰だ、今、取り入ったって言った奴。」

 がっ、と勢いよく椅子を蹴って須津城が立つ。噂話をしていた生徒達は、クモの子を散らすようにして目を逸らしながらその場を去って行った。

 響が、鯖肉の最後を口に運びながら言った。

「言わせておけばいいじゃない。食事中よ。静かにして。」

「お、おう・・・。」

 須津城も響にそう言われると、それ以上、気勢を上げるわけにもいかない。おとなしく座って、カツカレーの続きに取りかかった。

 カレーをぱくつく須津城の(かたわら)へ、人影が立った。須津城の乱暴な口調によっても追い払われなかったようで、小柄な身体を傲然(ごうぜん)と反らし、腕組みをしている。輝かんばかりにつやのある長い金髪のキューティクルが、丁寧に、お金をかけて手入れされていることをほのめかしていた。

「親の七光りでしょ、結局。」

 人を見下したような声と視線に、須津城は再び席を立った。

「この・・! 何度言えば・・・。」

 背の低い須津城は、自分より背が高い相手とやり合い慣れている。だから、いつものくせで、相手の顔を睨み上げながら、ガンつけてやろうと立ち上がったのだが、相手の顔の位置が思いの他低いのに驚いた。目鼻立ちのはっきりとした美形の女子であったが、小柄な身体の放つ態度は、とてつもなく大きい。

 女子は、粗野で粗雑な男子を見下す女子特有の視線に、なお軽蔑を込めて須津城を見下しながら、実際には見上げているのだが、見下した態度で言った。

「操縦資格、特例で貰えたそうね。親の根回しの賜物(たまもの)ってとこかしら。尾野倉少将のお嬢様。」

「根回しなんかしてねぇ。実力だ、実力。」

「あんたに言ってるんじゃあないわよ、三下。」

「さ、さん・・!」

「尾野倉響、あなたに言っているの。」

 女子は、まるで須津城が空気ででもあるかのようにその存在を無視して、須津城の背後の響に声を掛けている、というのだ。

 響は、ご飯を食べる手を休めないまま言った。

「根回しなんてしてもらった覚えないわ。」

 むしろ、その逆の可能性すらあった。母の指図で、OCM適性試験の要件が変更されたのかも知れないのだ。

「してもらった覚えはなくても、親の存在自体が、あなたへ有利に働いていると、そう考えずにはいられないのよ。」

 ぴた、と響は箸を止め、須津城をその手でどかすと、女子の顔を見上げた。

「だったら、何?」

 と、響は言った。

「そんなものでOCMに乗ったとしても、すぐにぼろが出る、と言っているのよ。だから、今の内よ。」

「何が?」

「乗るの、やめなさいよ。訓練中の「事故」で怪我をしても、面白くないでしょ。ふふ。怪我、で済めばいいけれど。」

「やめないわ。私がOCMに乗ることと、私の親に関係はないもの。操縦するのは私よ。親じゃないわ。そうである以上、余計な口出しをされても困る。」

 よし、もっと言ったれ、尾野倉! と砂遠、須津城が小さくガッツポーズを取っている。

「・・・・・ふん。せいぜい、頑張ったらいいわ。偽物パイロットさん。」

 女子は、傲慢な態度を崩さないまま踵を返すと、その場を立ち去った。

「なーによ、あれ。」

 眉間にしわを寄せながら、サエラが言った。

「自分だって、いいとこのお嬢様じゃない。」

「知ってるの、あの子?」

 と、エリオが訊く。

棚花(たなか)三野裏(みのり)。月の表側、雨の海の資産家の娘って話よ。」

「ふーん・・・。それじゃあ、尾野倉を七光りと言って批難しても説得力がないというか・・・。」

「でしょ。気に入らないのよ、響が特別扱いでOCMに乗れるようになったことが。もちろん、私も気に入らないけどさ。」

「そうは見えんが・・・。」

 響を気に入らないと口で言う割に、さっぱりそうは見えないものだからそれを指摘した砂遠の言葉を、ふん、と言いながらサエラは無視した。サエラは、パスタと一緒に注文していたパック入りのサンドイッチにほとんど手をつけないまま、さりげない風を装って、自分の鞄の中へこっそりと滑り込ませた。

 砂遠が、須津城と同じく、ただし、大盛りのカツカレーを頬張りながら言った。士官科に進むと食事が充実するという話は本当だった。

「しかし、よかったな、尾野倉。OCMの搭乗資格を得られてよ。踝教官のごり押しで決まったんだろ。ま、目の前で実機をがんがん操縦されたら、認めざるを得なかったんだろうけどな。あの人、現場主義っぽいし。」

「そう、凄かったんだよ。」

 エリオが、珍しく興奮気味に言った。

「一見、尾野倉の操縦は乱暴にも見えるんだけど、それでいて制御の限界を越えないんだ。華麗にして大胆というか・・・。」

 サエラは、嬉しげに話すエリオの横顔を、面白くなさそうに見ながら言った。

「ふん。何がカレーにしてダイタンよ。たまたまでしょ。」

「たまたまには見えなかったけど・・・。それに、片腕を失って、両足にもかなりのダメージがあったはずだよ。大きなパーツの損失は、バランスが崩れて機体軸もぶれやすくなるけど、あの状態で敵機と渡り合えたのは、やっぱりすごいと思う。」

 すごいと思う、と真顔で言うエリオの言葉を、響は無表情で聞いていたが、内心、ぐっ、と湧き立つ嬉しさを、押さえるのに必死だった。ともすれば、顔がにやけそうになってしまう。

 ニンギルスを撃退した機体に乗っていたのが響だと分かって、学校の指導層はかなりもめたらしい。パイロットの資格を持たない生徒が機体を操縦したということで、軍法会議にかけるとまで息巻いた者もいたが、それが尾野倉少将の娘だということが分かると、事態は余計に複雑化した。

 結局、敵機の地下都市内侵入という緊急時に取られた行動であり、響がなぜ、あえて現場から逃げずにOCMへ乗ったのか、という疑問は残ったものの、指導教官である踝の強力な提言によって、不問となった。それでけでなく、その秀でた操縦技量を月の役に立たせないのは、国家的損失であるとまで主張し、響の搭乗資格を認めさせてしまったのだ。会議に出席した者の中には、渋面に腕組みという明らかに不賛成な態度を取る者もいたが、「踝の」主張を曲げることはかなわなかった。軍の上層に、踝が現役時代の同僚が多数いることも、この結果に対し婉曲的に作用していた。

 戦闘中のどさくさまぎれとはいえ、結果として、OCMに乗る資格を得たことは、響にとって大きかった。一歩間違えば、OCM同士の格闘戦という、鋼鉄の暴風に巻き込まれて命を落としていたかも知れないのだが、それでも、響はこの事態を千載一隅の好機と見ていた。

「おぉっとぉ。ここにいたか、あんた達。」

 OCMの関節潤滑剤の匂いをぷんぷんと漂わせながら食堂に入って来たのは、エンキドだ。エリオの隣の席へどさっ、と乱暴に腰を降ろす。

「エ、エンキド・・さん・・・!」

 正面に座られるかたちとなった須津城が、顔を赤らめた。タンクトップの胸元からのぞく胸の谷間に、どぎまぎした、だけではなさそうだった。

 エンキドは足を組み、肘をテーブルについてその手で顎を支えるようにした格好で、

「おぅ、須津城ぃ。元気そうだね。」

 と、須津城に微笑みかける。須津城の顔が、さらに上気したことに気づいているのか、いないのか知らないが、エンキドはエリオとサエラに向かって言った。

「それで、あんた達のだけど、やっぱりサエラの後ろから、エリオが正面向き、ってのが一番いいと思うのよね。さすがに、向かい合っちゃ、恥ずかしいでしょ。」

 エリオが、不思議そうな顔をしてエンキドに尋ねた。

「・・・? 何がですか。」

「体位。」

 ぶふぉっ、とコップに口を当てたまま、水を吹き出したのは響だ。

 サエラは、

「な、ななな何言ってるんですか! ぇえ!?」

 と、赤面動揺しまくりで、パスタを巻いたままのフォークを皿の上に取り落とす。

 砂遠はぽっかりと口を開けながら、

「お、お前ら、もうそこまで・・・。」

 茫然とした顔で言った。

 須津城に至っては、激昂しながら、

「て、てめぇら! なんつーことをエンキドさんに相談してやがる!」

 と、別の方向からキレ出す始末だ。

「?」

 エンキドは、サエラ達のオーバーリアクションを不思議そうに見つめて、すぐに笑いながら言った。

「ああ。はははっ。そっちの体位じゃなくてさ。」

 それから、少し声を落として言った。

「機体のコックピットレイアウトのことよ。」

 エリオは、胸を撫で下ろすようにして息をついてから言った。

「コックピットレイアウト・・・? た、体位って、そういう意味の・・・?」

「ふふふ。いくら私でもそんな話、生徒にふらないわよ。真っ昼間からはね。」

 真っ昼間でなければ、ふるんだ、とエリオは思ったがそこには触れずに続けた。

「そ、それで、コックピットレイアウトって・・・。」

 エンキドは、さらに声を低くして言った。

「エリオ、サエラ。あんた達さ、機体の操縦と生体パルスの出力を、それぞれ個別に役割分担したんでしょ。襲撃の後、コックピットから一緒に出てくるの見てたし、報告書でも読んだわ。」

「え、ええ・・・。」

 エリオはためらいがちにうなずいた。

「でも、単座のOCMに二人で乗るなんて運用上想定されていないから、二度とするなって教官達に厳重注意を受けました・・・。」

「それも知ってる。けどさ、お互い得意な役割を担った方が、断然機体性能を引き出せるわけよ。二人で乗るようにできてないなら、乗れるようにするまでだわ。」

 サエラが、身を乗り出すようにしてエンキドに言った。

「そ、そんなことできるんですか?」

「誰にモノを言っている? サエラちん。OCMの整備、「改造」に関して、このエンキドさんにできないことなんてないのよ。」

 エンキドはそう言って、ただでさえ存在感のある胸をさらに、ぐい、と張った。

「ばれないかな、教官達に・・・。」

 不安そうに言うエリオに向かって、いたずら好きの子供みたいな顔をしてエンキドが言う。「ばれないかって心配したところで、もう遅いのよ。だって既に改造済みなんだもの。」

「もう?」

「そ。格納庫奥の六番機に乗りなさい。成果さえ出せれば教官達も黙るわ。ああ、それと、私が改造したこと、内緒よ。細かいチューニングに関して要望があれば言うのよ。調整するから。ほんじゃ。」

 エンキドはそう言い残し、エリオのサラダの上に乗っかっていたチェリーをつまんで、ぽい、と口に放り込みながら、手をひらひらと振って行ってしまった。

 太陽からの磁気嵐が去った後みたいな沈黙がその場を占め、それからサエラが思いだしたように言った。

「・・・え? じゃあ、また、エリオと二人であの狭いコックピットに乗らなきゃいけないってこと?」

 エリオがうなずいて言った。

「乗らなきゃいけないというか、エンキドさんの改造OCMに乗るって選択肢を取るなら、そういうことになるけど・・・・。」

「ふ、ふぅん。はぁー、やだやだ。いくら改造してくれたからといって、コックピットの中がそんなに広がるわけでもないだろうし、狭いところへエリオなんかとぎゅうぎゅうに押し込まれるなんて、勘弁してほしいわよ。」

 やだやだ、と首を振るサエラへ、真顔のまま響が言った。

「そう言うわりに、あんまり嫌そうじゃないわ。」

「は? 何言ってんのよ、響。嫌よ、嫌に決まってるわ。なんでエリオなんかと・・。」

 須津城がにやにやと笑みを浮かべてサエラに言う。

「蓑出よぉ。嫌とかいいながら、なんで顔が赤いんだよ。」

「あ、赤くないわ。ご、ご飯食べたから、あ、熱くなっただけ。」

「熱いのは顔だけかねぇ。ま、邪魔はしねぇよ。」

 須津城はそう言って、響越しに砂遠と顔を見合わせ、きひひ、と笑いかわす。当のエリオは、須津城、砂遠の顔を交互に眺めながら、何がそんなに楽しいのだろう、と素で不思議そうな表情を浮かべ、野菜炒めの残りを食べるのであった。


 OCMの操縦訓練過程は、密閉、与圧された地下都市空間の他、宇宙空間へもその活動の場を広げていた。

 月、低軌道上を中継ステーションがいくつか周回しているその内のひとつ。老朽化が進み、現在は運用停止されているものの、空間構造体として、絶好の訓練ポイントとなっているそこで、響達の訓練が行われていた。

 肩に赤いストライプの入った教官機から、低いがよく通る踝の声が、各OCMへ飛ぶ。

「いいか。空間戦闘における機体制御は身体で覚えろ。対艦ECMが展開されれば、電子機器 による機体安定機構はあてにならん。己の感覚だけが頼りだ。砂遠! 前に出ろ。」

「うす!」

 砂遠機が、他の機体の並ぶ列から少し前進する。

「コントロールをフルマニュアルに切り替えろ。」

「了解!」

 砂遠は、言われるまま、機体制御をマニュアルモードに変更する。機体のコントロールに関して、システム演算機能から完全に独立した、手動での制御に切り替わる。操縦桿とフットペダルの力加減や角度によって機体を制御しなければならず、電子システムによる制御支援の一切が行われなくなる。機体各所、およびスラスターへの制御は、ワイヤード、つまり金属製のワイヤーで物理的にコックピットと接続された機器に対し、押したり引いたり、微妙なさじ加減でもって行われる。フルマニュアルとは、ECM防護が完全に施された一部の機器を除いた、ほぼすべてを手動でコントロールするという、いわば、究極のアナログ体系(システム)を意味した。

「十五秒やる。機体を安定させろ。」

「はい・・。え?」

 踝に言われてマニュアルモードに切り替えたが、何をするのか、説明はされていない。踝機はいきなり砂遠機に近づいたかと思うと、その肩部をぐん、とOCMの腕で押し出した。

「う・・・ぁあ!」

 砂遠機は、機体重心点以外の部分を押されたものだから、ぐるぐると回転を始めた。砂遠は必死になって機体を安定させようと、各部のアジマススラスター、姿勢制御用の小型ロケットを吹かすのだが、ある一定方向の回転を止めようとすると、別軸の回転が始まり、ぎゅるぎゅると回る機体は、前転と側転を複合させた複雑怪奇な運動を見せ、相対静止にはほど遠かった。

「うぬ・・・くっ・・!」

「どうした、砂遠ぉ! まったく安定していないぞ。」

「は、はい!」

 三十秒を経過しても、さっぱり安定しないところで踝は見切りをつけて言った。

「もういい! オートに切り替えろ。」

「・・は、はい・・!」

 機体制御がオートモードに切り替わると、数秒で機体は安定し始め、やがて、ぴたりと静止した。

「実戦でそれでは、姿勢制御中に狙い撃ちされるぞ。シュミレータの訓練もよくやっておけ。」

「わ、分かりました・・、うぷっ。」

 激しい機体回転による吐き気を押さえながら、しおしおと後退する砂遠機へ、須津城は有線通信ケーブルをこっそり接続させる。

「おい、しっかりしろよ。」

「わ、分かってるって。けど、あれ、難しいんだよ。お前もやってみれば分かる。」

「へっ。機体を安定させるだけだろ。たいしたことねーって。」

 砂遠と須津城のこっそり通信を見抜いているのかいないのか、踝が須津城を呼んだ。

「須津城! 来い!」

「は、はいっ!」

 須津城機も、砂遠機同様、回転させられるのだが、

「う・・うわぁぁあ・・・!」

 砂遠の機体と同じく、くるくると縦軸回転するコマみたいに回って目も当てられない。無重力空間での手動制御には、高度な空間認識能力と繊細な機体操作が求められるのだが、まだ、かなりの訓練が必要か、と踝はため息まじりに思った。他の訓練生へも、二機で一対とさせ同じようにやらせてみる。エリオ機のみが、十秒程度の時間をかけて機体静止に成功していたが、あとは、砂遠や須津城と似たり寄ったりだ。

 そんな中、一機の機体が静止したままなのが踝の目についた。機体識別コードは、尾野倉響を示している。

「どうした、尾野倉。お前も訓練に参加せんか。」

「参加しています。」

 と、響からの応答が入る。

「何だと? こっちに出ろ。」

 響の機体が踝の前に呼び出され、他の機体も訓練を中断して、注目した。

 棚花(たなか)三野裏(みのり)は、前に出る響の機体を見ながら、またか、と思ってつぶやいた。

「ふん。七光りが。」

 また、響だけ特別扱いを受けている。ミノリの目には、そう映るのだ。どうせ踝教官も、響の親の影響力をふまえて、手心を加えているのだろう。響の母親は、踝の直属の上官のさらに上官の上官の、と、階級的に何段上へ行ったらいいか分からないくらいの地位にいるのだ。響の「覚え」が良ければ、それが母親に伝わって出世にもつながるかも知れない。ミノリは親の立場上、自分のところへこびへつらって機嫌を取りにくる人間を、身をもって経験していたものだから、響や踝を見ていると、総毛立つような嫌悪感を覚えた。

 踝は、

「ふんっ!」

 という掛け声と共に、背後のスラスターまで吹かして尾野倉機を押す。さっきの砂遠や須津城の時とは、比べ物にならない勢いだ。響の機体は猛然と回転を始めるが、わずかに一呼吸置いて、ぴた、とその場に静止した。通信機を介して、おぉ、という訓練生達のどよめきが起こる。

 踝は響に言った。

「尾野倉。機体はマニュアルモードになっているか?」

「なっています。」

「・・・・。よし、戻れ。」

 列に戻る響の機体を睨むミノリの背後から、別の女子の機体がこっそり通信をしてきた。

「ちょっと、どういうことかしら、棚花さん。」

「どうせ、オートモードをオンにしたままやったんでしょ。教官もそれを黙認してるのよ。」

「そ、そうよね。マニュアルであんな静止のしかた、ありえないもん。」

 ミノリは一方的に通信を切ると、ちっ、と舌打ちをした。まったく、尾野倉の奴。面白くない。

 夜。士官科の男女共同寮にあるホールの片隅、いつもの定位置で、ぼろいソファへ身を投げるように座りながら、須津城が言った。

「っつはぁぁ! 今日の訓練もきつかったなぁ、おい。」

 砂遠はソファにすら座らず、床に直接あぐらをかいて、ソファにもたれかかった。エリオはソファの隅っこで行儀よく座っている。

 砂遠は、首をこきこきと鳴らしながら言った。

「ああ。だな。姿勢制御訓練はきついって。まだ目が回ってる気がする。しかし、尾野倉は凄かったな。あんだけ回ってんのに、一発静止だもんなぁ。」

「そうだなぁ・・・。」

 須津城はそう答えながら、ぼんやり天井を見上げて、何かを考えているようだった。

「なんだよ、須津城。」

 と、砂遠が言った。

「ああ。いや、尾野倉の奴さ、あいつ親の七光りだなんだって、いまだに言われてるけどよ、つーか、俺達がその先頭に立ってあいつを批難しまくってたわけだが、ほんとに七光りなんてあるのか?」

「どういうことだよ。」

「教官連中はむしろ、あいつに厳しすぎなんじゃないかってことだよ。学科でも、すげーむずい質問に限って、尾野倉にするだろ。今日の踝教官の訓練だってそうだ。俺達より、尾野倉に対しての方がハードル高い気がするんだよな。まぁ、あいつ、それでもこなしちまうから、あんまり印象に残んないんだけどな。」

 ソファの隅から、エリオがぽつりと言った。

「うん・・・。そうかも知れない。尾野倉には厳しいと僕も思うよ。」

 砂遠は、首だけぐるりと回して、エリオに訊いた。

「でも、何でだ? 何で尾野倉にだけ厳しくすんだよ。それで誰が得するんだ? 嫌ってんのか、尾野倉のこと。」

「嫌っているとか、そういう次元の話でもない気がするよ・・・。何と言うか、もっと組織的というか。教官一同がわざと尾野倉のハードルを上げてる気がする。まるで・・・。」

 須津城が、顎で続きを促すようにしてエリオに言った。

「まるで、何だよ。」

「うん。まるで、尾野倉を士官科から追い出そうとしてるというか。高い壁を作って、あきらめさせようとしてる・・・。」

 砂遠は渋面でもってエリオに反論する。

「それはいくらなんでも、考えすぎなんじゃねーの? いったい誰が尾野倉を追い出したがってるっつーの?」

「尾野倉のお母さん・・・。」

 低い声でそう言うエリオへ、須津城は言った。

「お母さん? って、尾野倉少将のことだよな。その少将が? 尾野倉を? やめさせたがってる? 何で?」

「本当の理由は分かんないけど、何となく、親として尾野倉みたいな娘がいたら、軍とかに行かせたくないかなーと思ったんだけど。EVもあるんだし、もっと、こう、穏やかっていうか、安全な選択肢はいくらでもあるのに、娘があえて軍に行くと言い出したら? しかも尾野倉の性格からいって、言葉で(さと)しても聞き入れるかどうか・・・。だとしたら、色々とハードル上げて、諦めさせるしかないというか・・・。」

「・・・ふぅん・・・。やめさせたがってる、ねぇ・・・。でも、それが本当だとしたら、尾野倉には少し酷じゃねぇか? ただでさえ不自由することもあんのに、軍の上層が圧力かけてるってことだろ、それは。」

「うん。」

「それが親のすることかぁ?」

「親だからこそ、するのかも知れないよ。心配してるのかもね、尾野倉のお母さんは。」

「・・・・・。」

 三人の間に沈黙が広がった。親だからこそ、などという言葉が、戦争で両親をなくしたエリオの口から出ると、その重い説得力を前に砂遠も須津城も、返す言葉が見つからなかった。その沈黙は、砂遠と須津城のそういう思惑をも孕んでいた。

 垂れ込めた沈黙を破るように、砂遠が言った。

「でも、そのくらいで尾野倉は諦めねぇだろ。諦めねぇ以上、俺達はどうする。」

 須津城が、にっ、と笑いながら言った。

「決まってんだろ。尾野倉に協力する。」

「だな。エリオはどうなんだよ。」

「僕だって、尾野倉の意志ってやつを尊重したい。だって、尾野倉の人生だもの。」

 須津城が、声に勢いを込めて言った。

「じゃあ、決まりだ。尾野倉を士官科から卒業させる。それが舎弟たる俺達の役目だ。な、エリオ。」

「え? 舎弟って、僕も入ってる、の?」

「当たり前よ。何だ? 自分は舎弟にカウントされてねぇとか、思ってたのか?」

「だ、だって、舎弟志願をしたのは、須津城と砂遠だけ・・・。」

「堅いこと言うなって。」

 砂遠が、腕を上から伸ばして、ぼす、とエリオのお腹を押しながら、

「お前も尾野倉にからんでたんだ。エチレンタクショーってやつよ。」

 ごほ、とむせながら、エリオが言った。

「一蓮托生だ・・・よ。ま、まぁ、いっか。」

 須津城は、

「そうそう。長鋳物(ながいもの)には巻かれろって言うだろ。」

 と言ってご機嫌だ。

「なんか、用法もイントネーションも違う気がするけど・・。尾野倉に協力することに異論はないよ。」

 エリオはそう言って、うなずいた。

 ところで、と砂遠はソファに頭を乗っけながら言った。

「エリオ、お前、蓑出と一緒に操縦してどうなんだよ。てか、教官から何のお(とが)めもなしか?」

 エリオは、砂遠に言った。

「操縦してるのは僕で、生体パルスの出力は蓑出という分担だから、一緒に操縦してるって感覚はあまりないかなぁ。教官からは別に何も言われてないよ。今のところは、だけど。エンキドさんが裏で手を回してくれたのかも。」

「ふぅん。ま、踝教官は現場主義の塊みたいな人だからな。機体がよく動いてりゃ、パイロットが一人だろうが、二人だろうが、どっちでもいいと思ってんだろ。」

「そうだね。エンキドさんは敵機の探索や火器管制の一部を分離して、蓑出も操作できるよう改造するって言ってたから、さらに充実すると思うよ。」

「へぇぇ。まだ改造すんのか。コックピットを二人乗りに改造しちまうだけでもすごいのに、管制系も分離って、どんだけ機体いじりゃ気が済むんだろうな、あの人は。メーカー仕様、ガン無視もいいとこだな。」

 それを聞いていた須津城が、なぜか少し誇らしげに言った。

「ふふん。そりゃあ、そうだろ。あのエンキドさんがいじってんだ。カスタムOCMなんてお手のもんだろうよ。それに美人だし。・・・・美人だし。」

 二回言った、とエリオは思ったが、あえてそこは指摘しない。砂遠も同調してうなずく。

「あんだけきれいな人、月でもそうお目にかかれるもんじゃないよな。それに性格も、なんつーか、さっぱりしてるから、好かれるんだよ。なぁ、エリオ。お前もそう思うだろ。」

「う、うん・・・。まぁね。」

「まぁね、って、何だ、その反応? すごくいい人だと思うけど、ボク、あんまり興味ないな、つーリアクションだな。色々と思うところがあるだろ、ほら、こう、前かがみになった時、タンクトップの隙間からもしかして、チラ見できてし、しまうのか! 的なよぉ。」

 そう言って顔を上気させる砂遠へ、須津城が急に不機嫌になって言った。

「変な妄想してんじゃねぇよ、砂遠。エンキドさんはなぁ、そんな隙見せないんだよ。そこがいいんだってところ、理解しろ。」

「理解しろって、お前なぁ。変なとこで純情ぶるっつーか。若き男子の妄想力に、そんな理解を求めても無駄だぜ。」

「無駄だろーが何だろーが、理解しろって。というか、理解させてやる。」

「はっ。どうやって?」

「お前の枕の下に、エロい本を忍ばせてやる。」

「は? なんだよ、それ。」

「枕の下にエロいものを置いとくとだなぁ、エッチな夢を見るわけだ。そうして四六時中それ系な夢を見続けたら、エンキドさんへのけしからん妄想も収まる、っつーわけだ。」

 エリオがおずおずとツッコんだ。

「むしろ悪化しそうな気が・・・。」

 須津城がエリオを見て、

「何だと、エリオ。」

 と、凄む。

「俺のやり方に文句あんのか?」

「も、文句というか、効果がないという話・・・。」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ。エンキドさんを砂遠の妄念から守るためにはよ。」

「そ、それを僕に聞かれても・・・。」

「ふん。だったら文句なんて言うんじゃねぇ。・・・それより、あれだな、エリオ。お前、蓑出とはうまく行ってんの?」

「うまく行くって、何が? 操縦なら、問題はないけど・・。」

「いや、そういう意味じゃなくて、男と女の仲的な。」

「男女の・・・?」

「あら?」

 須津城は拍子抜けしたような声を上げ、砂遠も、ちょっと意外そうな顔をして言った。

「へぇぇ。お前ら、とっくにできてんのかと思ってたけどなぁ。」

 エリオは真顔のまま、

「できてるって、何が?」

 と、首をかしげる。どうやら、本気で何のことか思い当たらないようだ。

 そこへ、ホール入り口の方から声が聞こえてきた。

「ちょっと、そこのぼんくら三兄弟。また何か良からぬ相談、してるんでしょ。」

 きつめの声の主は、サエラだ。その隣に響もいる。二人ともジャージ姿で、頭のてっぺんからたつ湯気が、風呂上がりであることを物語っていた。

 二人はホールにあった、何度も修繕されて原型の想像すらつかない、ぼろぼろの木椅子を引っ張ってきて座った。サエラは椅子の背もたれ側を前に、またがるように座っている。

 須津城は口をとがらせて、

「人の顔見るなりぼんくらとか言ってんじゃねぇ。」

 と、サエラへ言うのだが、サエラは平然と言い返す。

「ぼんくらはぼんくらでしょーが。どーせくだらないこと話してたんでしょ。」

「くだらなくねーよ。」

「じゃあ、何の話してたのか言ってみなさいよ。」

「それは・・・。」

 枕の下にエロ本を入れる算段をしていた、とは言えない。言った途端、どれだけ罵倒されるか須津城には想像がついたのだ。

「・・まぁ、見たい夢を見るにはどうすればいいか、っつーような・・。」

「やっぱりくだらない。何よ見たい夢って。どんなもの見るか分かんないから夢って言うんでしょ。」

 ふん、と鼻息も荒く言うサエラの隣で、響はちょっと身を乗り出しながら須津城に言った。

「それで?」

「ん? 何がだよ、尾野倉。」

「見方よ。見たい夢の。どうすれば見られるの?」

 響の意外な食いつきっぷりに、須津城はちょっと戸惑いながら言った。

「そ、それはだな、尾野倉。・・ああ、枕の下に、見たいもんと関係するものを置いとくんだよ。例えば、旅の夢を見たかったら、旅の・・・本、とか。」

 砂遠が、ぷっ、と笑いながら横から言った。

「お前が置こうとしたのはエロ本だろーが。」

「な・・・!」

 動揺する須津城へ、げげっ、という顔をしてサエラが言った。

「はぁぁ? くだらなー。っていうか、いっくら現実がしょぼいからって、どんだけ夢に期待かけてんのよ、この変態。」

「へ、変態じゃねぇ! 現実もお前に言われるほどしょぼくねぇ! お、俺はただ、エンキドさんの・・!」

「ちょっ・・! エンキドさんの何よ。あんたいったいどんな夢見ようとしてんのよ、このド変態。」

「ド、ド変態だとぉ! 何言いやがる! エ、エンキドさんの写真なんて、べ、べべ別に俺は枕の下に置いては・・!」

 響が、いつもより三割増し冷たい目で須津城を見ながら言った。

「誰もエンキドさんの「写真」なんて、言ってないわ。」

 いや、響はそうした視線を須津城へ送ったつもりはないのだが、少なくとも須津城には、響の目が三割増で冷たく見えたのだ。

「あ、やや、お、尾野倉! お前まで何言い出すんだよ。」

 顔を赤くしたまま、しどろもどろ否定すればするほど、須津城の枕の下にはエンキドの写真があるという事実を、白日の下に引っ張り出すようなものだった。

 さすがに見かねてエリオが言った。

「砂遠の枕の下に置いてやろうかって話をしてただけだよ。別に、須津城のところにエンキドさんの何かがあるって話じゃないよ。」

 須津城が、泥沼にはまったところへ投げ入れられた一条のロープをつかむような顔で、うなづきながら言った。

「そ、そうだぜ。砂遠の枕の話だ。俺のじゃねぇ。」

 須津城の態度がすべてを物語ってしまったようなものだが、サエラは、

「あっそ。別に何だっていいけどさ。」

 と言って、興味もなさそうに背もたれの上へ手を重ね、顎をのせた。

 砂遠は、手を頭の後ろで組みながら、

「話してたのはそれもあるが・・・、まぁ、つまりだ、蓑出。」

 と、サエラに向かって言った。

「何よ。」

「お前がエリオとつきあってるのかってことだよ。」

「・・! べ、べべ別につきあってるとか、そんなのあるわけないじゃない! は、はぁ? ちょっと砂遠、何言っちゃってんのよ。寝言は寝て言いなさいよ。枕の下に、変な本しいてさ。」

 形勢が逆転したものだから、須津城はその機を逃さなかった。

 にや、と笑いながら、サエラへたたみかける。

「み、の、い、で〜。その反応、怪しいなぁ、おい。何、動揺してんだよ。」

「ど、ど動揺なんてしてない! 馬鹿も休み休み言いなさいよ。馬鹿のくせに。」

「馬鹿、馬鹿って、お前、人のこと言えるほど頭良くねぇだろうが。で、どうなんだよ、蓑出。OCMの機内で、エリオと二人きりなんだぜ。」

 響が、ふぅむ、と顎に手をやりながら、

「誰からも見えない空間、というわけよね。秘め事にはうってつけな・・?」

 と、冷静な顔で言うものだから、サエラはさらに慌てる。

「はぁ? はぁぁ? い、意味分かんない。秘め事って何よ、その淫らな言葉の響は。やめてよね、あんたまでさ。こいつなんかとはなんにもないわよ。こんな奴なんかと!」

 そう言って、エリオのことを指差すサエラだ。

 当のエリオといえば、

「はははっ。そうだよ。別に蓑出とは何もないって。操縦する時のパートナーというだけで、関係が特別ってわけじゃない。そうだよね、蓑出。」

 と、無邪気に言うのだった。

 真っ向から疑惑を否定された形となったサエラは、

「そ、そうよ。別に特別な関係なんかじゃないわ。冗談よしてよね。」

 と、口では言うが、心無し寂しそうな影をその瞳の端に宿した。まるで、エリオにもまた、そ、そんなんじゃないよ、蓑出とは、何にもないよ、と言いながら動揺して欲しかったのに、素で否定されたことへ気を落とした。そんな風に、響には見えた。

 おかしな空気になりかけたものだから、響は話題を変えて言った。

「ところで、火星行き、近いわね。」

 砂遠は、そんな響の配慮へまるで気づかず、

「なんだぁ、蓑出。ちょっと残念そうじゃ─。」

 と、言いかけたものだから、ぬっ、と響は砂遠へ顔を近づけて言った。

「火星行きが近いのよ。」

「お、おぅ・・。い、いや、近いのは尾野倉の顔なんだが・・・。」

 響の言葉を拾って、エリオが言った。

「そういえば、そうだね。火星航宙演習。」

 須津城は、何の話だ、とその顔が既に言っているわけだが、エリオへ訊いた。

「火星? 何だよ、それ。聞いてねぇよ。」

 サエラが気を取り直すようにして言った。

「聞いてないって、あんたが教官の話しを聞いてないから、聞いてないんでしょ。行くのよ、火星に。」

「誰が?」

「私達が、に決まってんじゃないの。」

「・・・なんだと!」

 ふぅ、と軽いため息をついてから、響は須津城に言った。

「艦船からのOCM離発着訓練も兼ねた遠征よ。練習艦に乗るの。聞いていなかったの?」

「あ、ああー。訓練で疲れて、半分寝てたかも知れんわ・・。」

「だめよ、聞いてないと。内容によっては、命に関わることだってあるんだから。」

 響にそう言われ、須津城は、しゅん、と肩を落とした。

「お、おう・・・。気をつける。・・・んで? 火星行きって、いつから?」

「来週からよ。」

「来週・・・って、もうすぐじゃねぇか。」

「そうよ。だから、さっきから言ってるじゃない。火星行きが近いって。」

「な、なんだよー。そうだったのか。砂遠、お前、知ってたのか?」

 訊かれた砂遠は、何を言いやがる、という顔で須津城へ返す。

「知ってるに決まってんだろ。」

「だったら教えろよ。」

「いや、まさかお前が知らないなんて、想像もつかなかったぜ。」

「うぐ・・・。ま、まぁ、火星行きつったって、普通科の修学旅行みたいなもんだろ。いいじゃねぇか、火星。俺、行ったことねぇんだよ。」

 エリオは、須津城の能天気なリアクションに賛同していいものか、首をかしげながら言った。

「修学旅行、と同じかどうかは分からないけど・・・。実際、知り合いの先輩に訊いてみてもあんまり詳しいこと教えてくれないんだよね。なんか、貝みたいに口を閉ざしちゃって・・・。」

 サエラも不思議そうに言った。

「へぇ。それは変な話ね。別に、教えてくれたっていいのに。秘密にしなきゃならないような秘匿行動なんて別に含まれてないでしょ。たかが訓練なんだし。」

 砂遠もうなずく。

「そうだよなぁ。なんで、何も教えてくんねぇんだ?」

 須津城は、

「きっと、楽しみにしとけって意味をこめて、黙ったんだろ、その人も。そんで、どんな艦に乗るんだ? 俺はそっちの方が気になる。」

 と、嬉しそうに言った。

 響は、

「さぁ? 練習艦、としか聞いてないけど。それも、行けば分かるわ。」

 と、言って、気にもしていない様子だった。

 消灯っ! と言う学生長の声が、廊下の奥の方から聞こえてきた。

「おっ、と。もうそんな時間か。うーし。寝るぞ。」

 須津城が、ぴょん、と跳ねるようにして立ち上がる。エリオも、

「じゃあ、おやすみ、尾野倉、蓑出。」

 と、言って席を立った。

「ああ、うん。」とだけ返す、サエラ。

「おやすみなさい、エリオ君。」

 響もそう言って、ホールを後にする。

 訓練生達のいなくなったホールではすぐに明かりが消され、穏やかな喧騒の余韻は、薄暗いしじまによって塗りつぶされた。ライトを持って巡回する学生長の、高く鳴る足音がよく響いた。

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