3 地球人がやって来る
どっ、と鈍い音をたて、響が地面へ仰向けに倒れ臥した。エリオが、上からのぞくようにして響に話しかける。
「尾野倉、どうしたの?」
「どうした、って、何が?」
「なんだか全然・・・・。」
OCM適性試験が終わっても、通常の近接格闘、銃器取り扱いその他の訓練はまだ続いている。適性試験に合格した者は、少しずつパイロットとしての訓練にシフトして行くのだ。エリオは合格組だった。
今日は週に何度目かの格闘訓練で、響と対戦していたエリオが、柔道の要領で響を倒したのだった。以前は、いくらエリオが響へ仕掛けても、するり、するりと技をかわされていたのに、今は人形でも相手にしてるみたいに技が決まる。
エリオが言い淀んでいる所へ、須津城、砂遠の二人がやって来た。
砂遠は、
「エリオぉ、いい気になってんじゃねぇぞ。尾野倉が本気出せば、お前なんて合成肉のミンチになるんだぜ。」
と、言って何だか機嫌が悪い。
須津城は、ふるふると首を横にふって拒否する響の腕を強引につかんで立ち上がらせると、響に向かって言った。
「どうしたんだよ、尾野倉。調子悪いみたいだな。エリオにやられるなんてよ。」
「別に、どうもしないわ。」
「どうもしないつったって、前にエリオとやったときは、いつまでたっても決着つかなかったじゃねぇか。それが今じゃ、ぱたぱたと倒されやがって。どうもしてねぇわけないだろ。舎弟の身にもなれ。示しがつかねんだよ。」
「そんな示し、つける必要なんてないわ。どうもしないからどうもしないのよ。ほっといて。」
「そうは言ってもなぁ。」
砂遠が、響の顔を覗き込みながら言った。
「ぁあ、さては、この前の試験、落ちたの気にしてんだろ。だったら、気にすんなよ。尾野倉は成績いいんだ。OCM(木偶の坊)なんかに乗るまでもなく、すぐ大尉くらいに昇任して、指揮権持つようになるんだろ。てか、何で適性試験なんて受けた─。」
おい、と言いながら脇腹を肘で突く須津城の合図で、砂遠は、ぎくりと口をつぐんだ。響の目に、こぼれんばかりの涙がたまっているのだ。
これにはさすがの須津城、砂遠もびびった。
「あ・・・と・・。なんだ、その・・・。」
もごもごと言葉に詰まる砂遠を置いて、響は、何連敗目かの組手後、ようやく一息ついている蓑出のところへいきなり歩み寄ると、有無を言わさず投げ飛ばした。
「は?」
という疑問の声を残して、蓑出は豪快に宙を舞う。
須津城、砂遠とエリオはお互いに顔を見合わせた。エリオが二人に言った。
「なんか、触れちゃいけなかったみたいだね。」
須津城もうなずいた。
「ああ・・・。砂遠、お前、尾野倉を泣かしたな?」
「え、ええ? お、俺かよ・・!」
エリオと須津城が、糸でつながったみたいに同時にうなずく。
須津城は言った。
「お前は破門かもなぁ。「あの」尾野倉を泣かせたんだからな。」
「い、いや、ちょっと待てって。泣かせたっつーか、俺はただ、適性試験に落ちても気にするなってことを言ってだな、そしたら尾野倉が涙を浮かべて・・。」
エリオは、
「それを、泣かせるって言うんじゃ・・・。」
と控えめなツッコミを入れた。
砂遠は、
「ふぐっ・・・!」
と呼吸につまって、黙り込んだ。須津城は、ぽん、と砂遠と肩に手を置いて言った。
「とにかく、後で謝っておけよ。」
「あ、謝るって、どうやって・・?」
「俺が知るかよ。泣かせて悪かったとか、二度とお前を泣かせはしねぇ、とかなんとか言っとけばいいんだよ。」
端で聞いていたエリオが、再び控えめな声で言った。
「なんか、周りに誤解されそうな言い方だけど・・・。」
須津城が気短に言った。
「ぁあん? じゃあ何つって謝れってんだよ、エリオ。見本を見せて見ろよ。」
「み、見本とか言われても・・・。さっきはごめん、と言って頭を下げればいいんじゃないかな。」
砂遠は、不安気な顔をエリオに向けて言った。
「そ、それで許してくれるか、尾野倉は・・・?」
須津城は、投げやりな感じで砂遠に言った。
「さぁな。うまくすりゃ、腹パン一発で許してくれるかも知れねぇが、下手すりゃ二度と口聞いてもらえないかもな。」
「そ、そりゃ困る!」
どの辺が困るのか、エリオにはいまひとつ理解しがたい砂遠の価値観ではあったが、ただでさえ冷たい雰囲気の響に無視される光景を思い描くと、それは確かに、全力で避けたい事態だと思った。
相変わらず組手で勝てず、くやしさまみれの蓑出が息を整えているところへ、背後からいきなり近寄ってきた響に投げ飛ばされ、あちこち黒く欠けた空を見ながら蓑出は、何が起こったのか理解できずにいた。
「ぐえっ!」
と、完全に受け身を取り損ねて地面へ仰向けに倒れた蓑出を、響は容赦なく、強引に立ち上がらせる。途絶える呼吸の隙間から、しぼるような声を出して蓑出は言った。
「ちょ、・・・あんた、何すんのよ・・!」
自分の襟首をつかむ響の顔を見て、蓑出は息を吞んだ。響の目から一筋の涙が流れ、口をきつく結んでいるのだ。
響の腕をつかみ返して、蓑出は言った。
「な、何よ、あんた。泣いてるの?」
「泣いてないわ。」
「泣いてないって言われても、泣いてるでしょーが。」
「泣いてない。」
「どうしたのよ?」
「別に・・・。」
「別にって、あんたさぁ。泣くほど辛いことがあったのか知らないけど、そのもやもやを私に技かけてはらすの、やめてくれる? 何があったのよ・・・って、ああ、試験。」
蓑出はすぐに思い当たって、そう言った。蓑出の襟をつかむ響の力がゆるみ、その両腕がだらりと下がった。響は力なくうなずいた。
すっかりしょげている響へ、蓑出は同情も何もこめず、いつものように、少し突き放した口調で言った。
「試験の合格要件にあったわよ、裸眼視力って。それで落ちたんでしょ。」
こく、と響はうなずいた。
「じゃあ、もうしょうがないじゃないの、諦めるしか。越えられない壁ってのがあるのは、確かなんだから。」
聞いたようなことを再び言われ、響は顔を上げて反論した。
「でも・・・! 絶対に不可能なことなんて、この世界には・・・。」
ないわ、という最後の言葉は力なく、消え入るような声だった。
「尾野倉、あんたも意外と子供じみたこと言うのね。不可能なことなんてない、っていうのは、夢を見続けたい大人の自分に対する言い訳にすぎないのよ。世の中だいたい思ったとおりに事が運んだ人からすれば、端からそれは不可能なことでもなんでもなくて、なるべくしてなったわけだし、そんな人から不可能はない! とか言われても万人に当てはまる真理にはならないわ。」
「・・・・・。」
「あんた、頭もいいんだし、運動神経だってあるんだから、いくらでも進む道はあるでしょ。いちいち、OCMに乗れなかったくらいでうじうじしないでよね、って、あー、もう、なんで私があんたにこんなこと言わなくちゃならないのよ。」
「・・・・分かったわ、諦める・・・、とでも言うと思った?」
響は、ぐい、と涙を拭うと、蓑出を見つめて続けた。
「私は諦めないわ。」
「諦めないって言ってもさぁ。」
「何か方法があるはず。」
「方法なんてあるわけないじゃない。」
「あるわ、きっと。見てて、サエラ。」
サエラ。蓑出冴羅の下の名を響は呼んで言った。
「絶対に、私は乗るから。」
響は、目にも止まらない速さで身体を反転させながらサエラの腕を取ると、自分の腰にその身体を乗せ、豪快な一本背負いを決めた。
「ふぐぁっ!」
と、サエラはトノサマガエルがびっくりしたような声あげて、再び地面に叩き付けられた。サエラの腕を持ったまま、響はぐっ、と唇を引き締めた。負けてはいられない。母の差し金か偶然かは分からないが、どうにかOCMへ乗る方法を考えなければならない。響は、自分の中にある意志という名の柱が、硬く伸び上がるのを感じていた。
踝貞沖は、その丸太のように太い腕の先にある手を腰にあて、もう一方の手で、通信機とコードでつながる送話器を握りしめながら、深いしわの刻まれた渋面を作っていた。
視線の先には一体のOCMが立っている。立っているというより、かろうじてその両足で自重を支えている、といった方が正確だろう。まるで、三日三晩風邪で寝込んだ病み上がりがようやく起き出して、プリンを食べようと台所に向かっているような、一言でいえばへろへろな状態なのである。
踝が送話器に向かって怒鳴った。
「佐井山ぁ!」 ※佐井山=エリオのこと
「もっと気合いを入れんか! 機体脚部にまったく力が入っていないぞ!」
「は、はい!」
ヘルメットに内蔵された通信機から飛び込んでくる踝の声に恐々(きょうきょう)としながら、エリオは操縦桿を強く握りしめ、足のペダルを踏む。OCMの動作は基本的に、操縦桿その他を操作することによってコントロールされる制御系と、人体の発する微弱な電流、血流パルスに感応して動く、コアモジュールによって構成される。人間でいうところの神経伝達の発信源が操縦桿であり、筋肉に相当するのがコアモジュールだ。
エリオの場合、その血流パルスが極端に弱いものだから、OCMの四肢にもまったく力が入っていない。エリオ機は、ついにその場で、がく、と膝をついてしまった。
「しっかりしろ、佐井山ぁ!」
踝の檄が飛ぶのだが、エリオにはもうどうすることもできない。血流パルスの強弱は生まれつきのものだから、訓練して鍛えられるものではない。
「ぬぅぅ・・。」
と、踝は唸った。エリオの運動神経が常人離れしているのは、訓練の初日から明白だった。踝が覚えている生徒の中でも、一、二を争う動きを見せている。これはきっと、良いOCM乗りになるだろうと期待していたところに、この状態だった。
これはもう、活を入れてどうにかなる次元の話ではない。
踝は送話器に向かって言った。
「佐井山、機体から降りろ。」
「え、で、でも、まだ・・・。」
「降りろ。今日はもういい。」
「きょ、教官・・、僕はまだ・・。」
「OCMにもう乗るなとは言っていない。いいから降りろ。」
「・・・はい。」
OCM胸部の装甲が手前に向かって開き、ゆらりとエリオが姿を現した。旧世代の戦闘機のパイロットスーツにそっくりな格好で、エリオはのろのろとヘルメットを外した。
その少し先で、今度は別のOCMがド派手な音をたてて転倒した。何かに足を引っ掛けたわけではない。何もない平地ですっ転んだのだ。
「次はあっちか・・・。まったく、今期はどうにも、問題児が多い。」
踝はそうぼやきながら、通信チャネルを変え、送話器に向かって言った。
「蓑出、どうしたぁ!」
「す、すいません、教官! ちょ、ちょっと足を滑らせました。い、今立ちます。」
焦った声で、サエラが言った。すぐにサエラ機は、ぐん、と勢いよく立ち上がるのだが、勢い余ってその反動で、今度は背中から地面に落ちる。
「ぎゃふっ!」
と、ヒキガエルがびっくりしたような蓑出の声が、スピーカーを通して踝に届いた。
「力みすぎだ、蓑出! 落ち着いて立て!」
「は、はい!」
今度は、サエラ機はゆっくりと立ち上がり、二足直立に成功した、かに見えたが、そろりと出した、と蓑出本人のみが思っている右足第一歩の勢いが強すぎて、機体は再びバランスを崩した。崩れたバランスを必死で保とうと腕を振るのだが、その腕がまた振りすぎだ。OCMは、奇妙なダンスを踊っているかのように不気味なモーションを見せ、さながら糸の何本かが切れた操り人形みたいにぎこちない動作から、とうとう仰向けに倒れてしまった。
蓑出の場合、生まれつきの生体パルスが強過ぎるのだ。わずかな操作でもオーバーモーションとなる上に、運動能力の低さが加わって、目も当てられない状況となるのである。
踝は首を横に振りながら、送話器越しにサエラへ言った。
「蓑出。お前ももういい。一旦、機体から出ろ。」
「は、はひ・・。」
コックピット内で目を回しているのだろう。ろれつの回らない返事が返ってくる。踝は通信機を全体送信に切り替え、訓練中のOCM全機へ告げた。
「本日の訓練は終了だ。格納庫へ機体収容後、各個解散。」
了解! という声が一斉に返ってくる。
憔悴した顔で、肩を落として目の前に立つ、エリオ、サエラの二人を見ながら、踝はどうしたものかと思案した。歴代のパイロット訓練生達の中でも、ここまでひどいのはまれだったからだ。訓練についてこれない者は、容赦なく切り捨てる、が、後の隊にとって、もっとも効率的かつ、有効な手段なのだが・・・。踝はその判断を下しかねていた。二人とも、異常にバランスが悪いものの、突出する素質はあった。それを無駄にするのが惜しかったのである。
「むぅぅ・・。」
腕を組んで仁王立ちのまま、鬼の形相で睨む踝教官、という風に、エリオ達の目には映った。実戦で叩き上げた踝の睨みを前に、まったく生きた心地がしない。
もう一押し、特別訓練のプログラムを組んでみるか、と踝が考えていたとき、格納庫の方から近づく人影が、遠慮のない大声で批難めかしいことを言っている。
「あー、あー、あー。ちょぉいと、こいつはひどいね。傷だらけじゃん。凹みもあるし。実弾くらったわけでもないのに、どんだけ操縦下手なんだって感じ。」
つなぎの上半身をはだけて首にスカーフをまいたその姿は、いつぞや響と格納庫で鉢合わせした整備士だ。
仰向けに転がっているサエラ機を見ながら、腰に手をやって歩いて来る。サエラ機の陰になって見えなかったのだろう、ひょいと顔を出して、そこにエリオ達の姿を認めた。
踝が整備士に向かって言った。
「エンキドか。すまんな。こいつらはまだスキルが未熟なのだ。許せ。」
そう言われて、エンキド、と呼ばれた整備士は踝と視線が合う。
「く、踝教官! あ、あの、いえ、そ、そそ、そういうつもりで言ったんじゃ・・・。」
踝の姿を見た途端、それまでの威勢のいい態度から一転、エンキドは急にもじもじし始めた。頬がほんのり朱に染まっている。まるで、好きな相手と街角でばったり出くわしてしまった、中学生みたいな、とサエラは思った。
踝はエンキドに言った。
「エンキド。悪いが、この二体、格納庫まで運んでくれるか。俺はこの二人と少し話がある。」
「は、はい! 分かりました!」
踝に頼まれごとをされたのが、嬉しくてたまらないという様子で、エンキドは格納庫に駆け戻って行った。機体輸送用のトレーラーを取りに行ったのだろう。
踝はエリオとサエラの二人に視線を戻した。
「よし。お前達二人にはしばらく特別訓練を設定する。明朝まるごぉまるまる、ここに集合しろ。佐井山、お前は低出力パルス下での機体制御見直しを目的とする。少ない力でも、円滑な機体動作を実現する方法を模索する。蓑出。お前は機体制御時の操作に力をこめすぎだ。繊細に扱えるよう、メニューを用意する。以上だ。解散!」
びっ、と敬礼をして、サエラとエリオは、踝が去るのを見送った。
踝が行ってから、サエラは、はぁ、と大きなため息をついてエリオに言った。
「あんたと一緒に特別訓練なんて・・・。訓練はいいのよ、別に。いくらだってやるわ。でも、よりによって、何であんたと一緒なのよ。」
「な、何でって言われても・・・。蓑出の操縦が下手だから・・・。」
「何ですって? あんたにそんなこと言われたくないわ。見てたわよ。あんた、満足に立ち上がることすらできてなかったじゃないの。」
「そ、それを言ったら、蓑出だって、くるくる旋回するだけだったじゃないか。」
「く、くるくる旋回って・・! あれは、その、あえてそうしたの!」
「意味が分かんないよ。操作ががさつなだけじゃないか。」
エリオは珍しくむきになり、語気を強めてサエラに言った。どうにも、サエラに言われっぱなしでは腹が立ったのである。
「言ったわね、この・・! エリオのくせに!」
「エリオのくせにって、なんだよ。がさつなのは本当じゃないか。この前だって、制服のシャツ、思いっきりはみ出したまま歩いてたし。」
「な・・・! わ、私のことそんな風に見てたのね、この変態! 視姦野郎!」
「変態じゃない! なんだよ、シ、シカンって。」
「視姦は視姦よ。いやらしい目つきで異性を眺めることよ。気持ち悪いわ。」
「シャツを出しっぱなしで歩くのが悪いんだよ。蓑出なんかを、いやらしい目で見る意味が分かんないよ。」
「な、なんですって! この軟弱もやし男!」
「が、がさつ女!」
「変態! すけべ! むっつり! 人のこと見てはぁはぁしてんじゃないわよ、この妄想チンキ!」
「も、妄想チン・・・!」
口喧嘩でエリオに勝ち目はなかった。十倍量の罵詈雑言を浴びせられ、じりじりと後ずさりすらし始めるエリオだ。
そこへ、
「ほらー、あんたら、どいたどいたぁ。」
トレーラーの運転席から身を乗り出し、ぶんぶんと手を振るのは、エンキドだ。態度はいつもの男勝りな感じに戻っていたが、目だけは踝の姿を探してそわそわと動いていた。
サエラは、ようやくエリオへの口撃を中止すると、
「明日は、遅れないでよね。特別訓練に支障が出るの、嫌だから。」
そう言い残して、歩き出した。
「遅れないよ。」
エリオがいつも遅刻しているような口振りでサエラが言うものだから、エリオも語気を強めて返した。サエラと反対の方へ歩き出そうとするが、すぐに立ち止まって反転した。更衣室は同じ方向にあるのだ。わざとゆっくり歩くことで、エリオはサエラと距離を置いた。
踝教官の言い方では、特別訓練はしばらく続きそうだ。その間、サエラと一緒かと思うと、エリオの気は滅入った。ずんずんと足早に歩くサエラの背後を見ながら、エリオは大きくため息をついた。
響は、毎日のようにOCM訓練場の周りを歩き回っている。OCMに一歩でも近づけば、乗れるチャンスを見出せるのではないかと考えてのことだが、その考え自体、馬鹿げていることも分かっていた。訓練場の周辺をいくらうろうろしたところで、どうなるものでもないのだ。OCM搭乗要件の見直しを要求するなり、最悪、母親のコネを使うなりして、裸眼視力が必要であるという点を変更させなければ、響にOCMへ乗るチャンスなど巡ってこない。それでも、早朝、人目をはばかって、訓練場を見渡せる小高い丘の上までやって来るのだった。そこに立つと、何かよい考えが浮かびそうな予感すらするのである。
夜間の都市温度は低めに設定されているものだから、低下した飽和水蒸気量の影響で霧が発生していた。
距離があると、EVの音波測定の有効範囲を越えてしまう。レンズによる採光情報のみだから、はっきりとしたヴィジョンは得られないのだが、それでも、薄靄の中、訓練場にOCMが二体出ているのを響は見た。こんな時間から機体が出ているのは珍しい。通常訓練とは異なる作業をしているらしかった。
「・・・・? 何やってるのかしら。」
OCMの一体は、並んだドラム缶を両手でつかんで、移動させているようだ。いや、移動させようと、頑張っている、が正解か。ドラム缶をつかんでも、ぺちゃんこに押しつぶしてしまったり、ドラム缶がぬるりと手から抜け出てしまったり、さっぱりうまくいっていないようである。昔、地球ではウナギと呼ばれる海生生物を食用としていたらしいのだが、それを説明する教科書の図説を響は思い出した。おっといけねへ、はっつぁん、うなぎがにげっちまった、そら、てぇへんだ、というキャプションと共に、着物を着た二人の男が、蛇のような生き物をつかもうと四苦八苦していた。何でも、獲り過ぎて絶滅しかけたとか・・・。ドラム缶を何のために移動させようとしているのか分からなかったが、パイロットの不器用さが尋常でないことは明らかだった。
もう一体のOCMは、アクティブに動いている他方とは違って、ひどく動作が緩慢だった。ゆっくりと動くその動作に無駄はなく、優美さすら伴っているように見えたけれど、しかし、ひどく弱々しい印象を与えた。
「病み上がりの病人みたいね・・・。」
OCMに病み上がりも何もないのだが、それでも、響はそうつぶやいていた。
二体のOCMは作業が目的ではなく、どうやら、ああした動作を取ること自体を、訓練としているようだった。よほど操縦が下手か、問題を抱えているのだろう。特訓といったところだろうか。だから、こんな朝早くから稼働しているのだ。
響は納得がいって、腕を組んだままじっと彼らの方を見ていた。
ふと、響は都市内天井、人造の空を見上げた。時間と共に、天井パネルは少しずつ明るさを増している。何か、胸騒ぎがした。訓練場のOCMが発する、独特の低い駆動音と、空調その他、都市の発する雑多な音以外、これといって聞こえてはこないのだが、響は何と表現していいのか、空気が乱れるような感覚を覚えた。EVを通して伝えられる情報とも違う、肌で感じる違和感、というのが近い。
匂い・・? 嗅ぎ慣れた街の匂いとは異なる、荒涼として無機質な、冷えた土の匂いのようなものを響は感じた。
「何・・・?」
突然、街全体を揺さぶるかのような轟音を轟かせ、二つの蒼い影が飛翔してくるのを響は見た。
「あ、あれは・・!」
軍のカタログ情報レベルだが、見たことがある。ニンギルス六型、地球ギリトニア連邦の新型OCMだ! 蒼い機体の鋭角的なフォルムは、天駆ける騎士を連想させた。メインロケットと姿勢制御用のスラスターを猛然とふかしながら、コロリョフ地下都市内部を睥睨しつつ、こちらへ迫っていた。その圧倒的な爆音は、生身の人間があらがい得ない鋼鉄の猛禽として、存在感を存分にまき散らすに役立っていた。
「何でこんなところに!」
いくらなんでも、踏み込まれすぎだった。地球から月までの要衝にはいくつかの防衛拠点があったし、月と地球間の外交関係が不安定な中、常に月が劣勢に立たされ続けてきたとはいえ、月の裏側の地下都市内部にまで敵機が入り込むことなんて、考えられなかった。
だが、現に、敵は目前まで迫っている。ニンギルスは新鋭のステルス機能を持っているとされていたから、監視網をくぐり抜けてここまでたどり着いたのだろうか。いや、事ここに至っては、どうやってここまで来たのか、なんて意味をなさない疑問だ。
今頃になってようやく、敵襲を知らせる大音量のサイレンが都市内に鳴り響いたが、もう遅い。ニンギルスの機体背面から、円筒状のポッドがいくつか射出された。青白いスパークを発しながら、スラスターで勢いを殺しつつそれはゆっくりと下降して行った。ニンギルスの一体は上空で周囲を警戒し、もう一機が戦闘態勢に入っている。狙いは、訓練中のOCM・・!
訓練場では、ニンギルスの接近に気づいた踝が、通信機を介して矢継ぎ早に指示を出していた。
「佐井山! 蓑出! 後退しろぉ! そこでは機体が露出しすぎる。狙い撃ちされる前に遮蔽物の陰に入れ!」
滅多なことでは動揺しない踝も、このときばかりは焦った。事前の警戒警報などまったくなかったし、しかも目の前のOCMに乗っているのは、かつての優秀な部下達などではなく、問題だらけのパイロット訓練生だ。戦術も何もあったものじゃない。退避させるのが精一杯だった。
踝が空を仰ぎ見ると、ニンギルスの一体から円筒状のポッドが射出された。小型のECM、電子妨害手段だ。
「まずい・・!」
小型、低出力ながら、その効果範囲内では無線通信ができなくなり、電子機器の動作にも一部影響が出る。
サエラは、コックピット内で完全にテンパっていた。
「ど、どうしよう、エリオ!」
「蓑出、落ち着くんだ! 教官の言うように、遮蔽物・・隠・・すぐ・・・。」
「エ、エリオ? エリオ! ちょ、ちょっと、ふざけないでよ。」
ECMの影響で、通信が妨害されている。もはや、エリオや踝の声はひどいノイズに紛れて、聞こえなくなってしまった。
はっ、となってサエラは上空に視線を移した。敵OCMの一機が自分の真っ正面で銃口を向けているのだ。
「ひっ・・・!」
サエラは悲鳴にもならない悲鳴を上げた。銃口を向けられる。生殺与奪の権利を完全に、相手に握られているのだ。敵意を持った相手から、武器と共に殺意を向けられるという経験は、サエラにとってこの時が初めてだった。恐怖で歯がかちかちと鳴り、身体は完全に硬直した。私はここで、こんなところで死ぬのかという予感が、全身をきつく縛り上げたようで、もはや指の一本すら動かせそうになかった。
「蓑出っ!」
とエリオが叫び、エリオ機がつんのめるにようにしてサエラ機に体当たりをかけるのと、ニンギルスの持つレーザー兵器の出力が、装甲破壊点に達するのはほとんど同時だった。
サエラをコックピットごと貫くはずだったレーザーは着弾点がずれ、サエラ機の片腕を切り落とした。サエラのコックピット内では、腕部損壊、機能喪失を示すアラートがみぞれのように鳴り響き、赤い複数のポップアップが瞬く間にコンソールを占めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!」
自分の荒い吐息を聞きながら、サエラは自分がまだ生きていることを、かろうじて感じた。機体に受けた衝撃で、サエラは身体の硬直から逃れたが、それでも危機的状況に変わりはない。敵OCMはなんら慌てることなく、第二射の発射体勢に入っている。
サエラ機の左腕が結合していた部分からは、オイルが血液みたいに流れていた。ECMの影響で、機体のダメージ情報の把握もままならない。サエラ機を打ち抜いた敵機の上方に位置していた、もう一機の敵OCMの脚部ミサイルラックが開いたかと思うと、そこから小型のミサイルが多数発射された。
スズメバチのように猛進してくるミサイルが、サエラ機の足を中心に命中し、
「きゃ、ああああ!」
凄まじい衝撃に、サエラの意識は一瞬遠のく。ここで気を失ったら終わりだ。サエラは必死になって意識をつなぎとめ、機体状況を確認するが、左腕と脚部をやられた機体はもはや大破したも同然だった。
「蓑出っ! 聞こえるか!」
周囲は爆煙に包まれ、アラートの嵐の中、エリオの声が耳に響いた。有線通信だ。ECM影響下にあっても、機体同士を通信ケーブルで接触させれば、通信が可能だった。
「その機体はもうだめだ! こっちに移るんだ!」
「う、移るって、あんたの方に?」
「そうだ! 建物の中へ走るには距離がありすぎる! ここが一番安全なんだ! 早く!」
エリオは必死になって叫ぶように言うが、その判断は半分は正しく、半分は間違っていた。建物へ逃げ込むには確かに距離がありすぎる。だが、まだ稼働しているOCMの中が安全だとは、決して言えなかった。動いている限り、敵機の標的となり続けるのである。むしろ、大破したサエラ機内に留まっていた方が、安全だったかも知れない。大破した機体は、標的としての優先順位が格段に落ちる。しかし、それらを冷静に考えている余裕など、エリオやサエラにはなかった。
「わ、分かったわよ!」
サエラはそう叫ぶなり、ヘルメットをかなぐり捨てるようにはずし、生体パルスの伝達装置、手袋様のガントレットを引っこ抜くと、コックピットのハッチを開けた。正面に、同じくハッチを開けたエリオが見える。
「蓑出っ! こっちだ! 飛べ!」
飛べ、と叫ぶエリオの肉声が、躊躇していたサエラに勇気を与えた。サエラは勢いをつけると、砂塵によって茫漠たる、機体の外へと跳躍した。危うく地面に向かって落っこちそうになったとき、伸ばしたエリオの手がサエラの腕をつかんで、そのまま一気にコックピットへ引き込んだ。エリオの意外な力強さに、サエラは驚いた。
今の、飛べっ、という呼び声もそうだ。普段はおどおどした軟弱男子のいったいどこからあんな声が出たのだろうと、サエラはこんな時というのに不思議だった。
エリオ機のハッチが閉まるが、そもそも、この機体は Single-Seat 一人乗りだ。ハッチが閉まった閉鎖状態でのコックピットでは、どうしてもエリオの膝の上に、サエラが座るような格好になってしまう。
「ちょっ・・! エリオ! 変なとこ触んないでよ!」
「さ、触ってないよ! こんな時に、そんな暇ない・・、ちょ、サエラ、どいてって! コンソールに手が届かない!」
サエラの脇と腕の間に手を突っ込んでタッチパネルへ伸ばすエリオだが、
「何すんのよ! この変態!」
サエラの肘鉄がエリオの脇腹に入る。
「うぐっ! べ、別に、そういう意図じゃ・・・!」
サエラとエリオが文字通りコックピットの中でもみ合っている間にも、ミサイルによって周囲に撒き上げられた砂塵は薄れて行く。
敵OCMのレーザー兵器の銃口が、自分の機体に向けられていることに気づいたエリオは、
「わぁ!」
と悲鳴をあげながら、機体を前のめりにして攻撃をよける。よけた、というより、前にのめった跡を、レーザーが通過したというのが正しい。よけられたのは、まったくのまぐれだった。
「く、くる!」
敵OCMの一体が、猛然と距離を詰めて来た。近接戦闘で一気に片をつける気だ。よろめくようにして立ち上がるエリオ機に対して、敵OCM、ニンギルスはブレードを引き抜いた。ブレードが、ぶぅん、という鈍い音を立てる。刃先が高速で振動しているのだ。その刃に触れることはすなわち、超高速で前後するノコギリに素手で触るに例えられる。大上段から正面に切り落とされれば、機体ごと一刀両断されてもおかしくない。しかも、敵機パイロットはかなりの手練だった。ブレードを抜き、構えるまでの動作に一部の隙もないことを、エリオは見てとった。
ほんの一呼吸間を置いて、敵機は横薙ぎの一閃を放った。かろうじてその一撃をかわすエリオ機だが、肩部装甲の一部をごっそりと切り落とされている。肩をかすったのだ。
「ど、どうするのよ、エリオ! どうなってるのよ!」
サエラが背後のエリオに叫んだ。OCMコックピット内では、パイロットの装着しているヘルメットを通じて、機外の様子が伝達される。ヘルメットをつけていないサエラには、機外の様子がよく分からなかった。分かるのは、機体が激しく動揺していることと、何かが機体の一部をかすったことだけだ。
エリオは緊張した声で言った。
「敵OCMの一機が近接戦闘を仕掛けてる。」
「近接戦闘!? に、逃げられないの?」
「無理だよ。隙がない。」
「ど、どうすんのよ・・・。」
「どうするって言っても、やるしかないだろ。」
「やるって、できるの、あんたに? エリオ!」
「・・・・・。」
エリオはぐっ、と唇を噛んだ。やるんだ。やるしかない。そう心の中で繰り返して敵機を睨んではいるが、やはり、機体が思い通りに動いてくれない。生身の身体で、両手、両足にそれぞれ十キロの重りをつけたまま、ラジオ体操をする感覚に似ていた。これでは、敵がたとえ、今日初陣の新米パイロットだとしても、勝ち目はまったくない。エリオはヘルメットの中で、冷たい汗が首筋を伝うのを感じていた。
響は走っていた。訓練場とは反対の方向へ、ではない。訓練場に向かって一直線に走っていた。丘を駆け下り、雑草に足を取られて転びかけながらも、全力で走った。本来なら、すぐに逃げるべきだった。OCM同士の戦闘区域へ身体一つで向かうなんて馬鹿げていたし、自殺行為もいいところだ。例えるなら、ビルの屋上から重機を使って鉄骨をばらまき続けるその下の通りを、走って駆け抜けるようなものだ。余程運が良ければ、鉄骨に当たらなくてすむ「かも知れない」という状況なのだ。
響にも自分の取っている行動が危険に直結していることは分かっていた。分かっていたが、どうしても戦闘の様子を見届けたかった。自分の住む街にあからさまな敵意を持った脅威が侵入していることへ、沸き立つような怒りを感じているということもあるし、訓練中のOCMが気になってもいた。エリオとサエラが、OCMのパイロット訓練コースから外されるかも知れないほど、その操縦がヘタクソだ、という噂を須津城、砂遠の二人から聞いていたからだ。
早朝から訓練を行っていた機体に、エリオとサエラの二人が乗っている気がしてならない。この予感が外れてくれることを響は祈ったが、その実、予感は恐らく外れないだろうという強い直感が、響の脳裏を往来している。
訓練場のフェンスに辿りついた響は、駆け寄った勢いそのままで、三メートルはあるそれを一気に登った。フェンスの上から向こう側へ飛び降りようとしたその時、猛烈な爆風が響の身体を煽った。
「きゃっ・・!」
フェンスにしがみつき、吹き飛ばされるのをかろうじてこらえる。味方のOCMが敵弾を受けたのだ。
「直撃・・? エリオ・・、サエラ。」
まずい、と響は思った。爆煙で周囲の様子が分からなくなったが、攻撃の直前、視界の隅で捉えたのは、片腕を失ったミンネジンガだ。あの状態からさらに直撃を受けたのであれば、無事ではすまないだろう。考えたくはないことだったが、最悪のケースが頭をよぎった。つまり、エリオとサエラ、そのどちらかが死ぬかも知れない。いや、もしかしたら、すでに・・・。
「そんな・・・馬鹿な・・!」
そんな馬鹿な、と響はもう一度頭の中で繰り返した。彼らが死ぬことなど、昨日までは想像すらしなかった。それはありえないし、月が地球の周りを回らなくなるのと同じくらい、起こりえないことだと思っていたのに、それが今、目の前で現実のこととして実現しかけているのだ。
響は走った。濃密な爆煙でEVのエコーが吸収され、前がまともに見えないにも関わらず、響は走った。
「尾野倉! お前、どこに行くつもりだ! 止まれ!」
踝だ。煙の切れ目から尾野倉の姿を見たのだろう。だが、響の耳に踝の制止の言葉は入らなかった。走り続けるうち、鈍い地響きを響の耳は捉えた。
・・・一、・・二。OCM二体分の足音だ。激しくステップを踏む音。一体には余裕があり、もう一体にはまったく余裕がない。一方的な近接戦闘が展開されているようだ。しかし、一体が攻撃を受けているということは、味方のもう一体は・・・?
突如、眼前に巨大な脚部が現れた。激しく損傷を受けたその足の、吹き飛んだ装甲の間からは、メカニカルな内部機構が痛々しく露出していた。
響の全身からどっ、と汗が出て、緊張した。ここまで機体ダメージが激しいと、パイロットも・・・。
的中しかけている予感が、響の中で急速に膨張して行く。
「無事でいて・・・。無事でいて、無事でいて無事でいて・・。」
響は、そう口の中で唱えなければ、自分の予感に耐えられなかった。機体を回り込んでよじ登り、腹部にある搭乗席部分を見ると、ハッチが開いている。響は、自分の鼓動が信じられないスピードで拍動するのを感じながら、中を覗いた。
「!・・・いない。」
コックピットはもぬけの殻だ。衝撃で機外に放り出されたのではないかと周囲を見回してもみたが、それにしてはコックピット周りの損傷がほとんどない。自力でハッチを開け、脱出したと見るべきだった。
よかった・・・。響が胸を撫で下ろしたのもつかの間、晴れた爆煙の向こうに見えるのは、敵機のブレードによる攻撃で押しまくられている味方のミンネジンガだ。かろうじて攻撃をかわしてはいたが、その避け方は、完璧にはほど遠かった。よけるたび、機体のどこかを切り飛ばされているのだ。ばらばらにされるのは時間の問題に見えたし、それに、敵のもう一機が加勢しようとしている。二機から同時に攻撃を受けて、それをしのげるような状況でないのは明らかだ。
響は反射的に、開いたハッチからコックピットの中へ飛び込んだ。転がっていたヘルメットをかぶり、座席後部から伸びるコネクターをヘルメットの後部に接続する。生体パルスを伝達するための、肘まで達する手袋みたいなガントレットをはめてから、響は深々とシートに身をうずめた。コックピット内で無数に配置されているスイッチ群の中から、迷わずハッチの閉鎖ボタンを押し、鈍い駆動音を響かせながら、ハッチが閉まる。
コックピットの中は、コンソールが放つわずかな微光以外、暗闇に包まれていた。コンソール上では、Hybernation(休止状態)の文字が一定間隔で明滅している。響が素早くタッチパネルを操作すると、機体は休止状態解除のシーケンスに入った。
響はOCM適性試験に落ちたわけだが、操縦マニュアルや機体運動論、エンジン工学からECM下での戦闘総論に至るまで、読んで得られる情報はすべて頭に入れていた。実際には、適性試験に落ちた響の目にすることができない情報もかなり含まれていたわけだが、須津城、砂遠の持っていたテキストを借りたのだ。二人は適性試験に合格していた。借りた、というより、無理矢理差し出させた、という方が近いわけだが。響の舎弟を自称する二人にすれば、断りきれない頼みだった。
休止前のデータがメモリ上にロードされ、コンソールを猛烈な勢いで下から上へ過ぎ去るメッセージ各ラインのあちこちには、Error だの Failure だのといった文字列が含まれているのだが、そんなことにはかまっていられないとでもいうように、シーケンスは爆速で進んでいる。要は、最終的に機体が稼働しさえすればいいのだ、というシステム設計者の思想がそこには如実に表れていた。
お腹の底に響くようなシステム駆動音、大半はデバイスの空冷装置が発する音なわけだが、それらの音がピークを迎えた頃、突然、コックピット内の計器、モニター類が一斉に息を吹き返した。同時に、ケーブルを通じて送達された膨大な量の音響、光学情報がヘルメットを介して響の頭の中に入ってくる。システムの原理的には、響のかける眼鏡型のEVと同じだ。ただ、光や音響情報を変換、脳へ送る際の演算能力が、EVの比ではなかった。
響は、目を閉じると静かに「それ」を待った。
「・・・・来・・た。」
響の眼前に、いや、視覚野に展開されたそれは、圧倒的なクオリティの高さのヴィジョンだった。今や、ミンネジンガの目は、響の目だ。超音波の反射音と光学カメラによって得られた水平、垂直360度の外部情報は、人間の脳が肉眼で知覚したときに限りなく近い疑似シナプスとして統合、再構成され、響の認識として再現された。
響は息を吞んだ。
「これが・・・世界・・・。」
灰色の訓練施設、ぼんやりとした空色の都市内天井パネル、響の立っていた丘の先に続く、木々の緑。それらすべてを、響ははっきりと「見る」ことができた。理屈では分かっていた。OCMの外部認識デバイスが、EVのハイグレード版みたいなものだということは、知識として十分理解していた。だが、知識としてそれを知っているのと、実際に体感するのとでは、インパクトの大きさが違うのだ。眼前に広がる世界の、ひとつひとつの物が持つ明瞭な境界線と色彩は、響を圧倒した。響以外の他の人間からすれば、それは灰味がかった殺風景な訓練施設と、なんてことはない、ただの丘だ。景色として感動を促すような要素はこれっぽっちもなかったが、響にとってそれは、この世の美しさを凝縮した楽園にすら見えた。響はその世界を前に、涙した。
激しく、短い衝撃音がOCMを通じて響に届いた。音のした方向を向き意識を集中すると、目標に向かってヴィジョンがズームアップする。二機目の敵機が、味方ミンネジンガへの攻撃に加勢したのだ。それはミサイルが味方機に衝突、爆裂した音だった。
いつまでも「世界」を目にした感動に浸っているわけにはいかなかった。
「行ける・・・?」
響は、機体のダメージを感覚的に確かめるように、手足を動かした。落とされた左腕はどうしようもなかったが、右腕も、両足もまだ、動く。操縦桿と足のペダルを操作しながら、響は操縦桿に取り付けられた背部ロケットエンジンとスラスター制御ボタンを、ピアニストのように操った。
猛烈な爆音が背後から響き、響の乗るミンネジンガが、尻餅をついた状態から急激に加速した。慣性制御による進行方向前方へのGをもってしても、後方向きにかかる加速Gすべてを相殺することはできない。
「ぐっ・・・!」
響は息が止まりそうになる感覚を感じながら、加勢に入った敵ニンギルスへ肩口から体当たりをかけた。ニンギルスは、既に大破したと思っていた機体が突如、突進してきたものだから一瞬、驚いたようにその動作を止めたが、すぐさま反応し、尾野倉機の突撃を紙一重でかわす。
「よけた・・・? けど!」
響は機体の片足をつっかえ棒のようにして地面に突き刺し突撃の勢いを殺すと、敵機に向かって裏拳を放つ。
ぢっ、という鈍い音をたてて、拳の先端が敵の装甲をかすって火花を散らす。
「素手じゃだめ・・・。」
響はコンソールから兵器コントロールシステムを呼び出し確認するが、予想通り、武器などほとんど搭載されていない。基地内での活動に限定された、OCM操縦訓練用の機体なのだ。武装は解除されていて当然だったが、一つだけ、使用可能な兵器があった。
「ブレード・・・。これで・・!」
コンソールから兵器ロックを解除すると、背中に背負うようにして取り付けられた鞘の上部が、鋭い金属音を立てて解放された。響は機体に残っている片腕でそれを引き抜いた。ある種のお守りとして、これだけは武装解除を免れたのだろう。それは敵機の持つ新型の振動ブレードとは異なり、文字通りただの刃、古式ゆかしい剣に過ぎなかったのだが、機体が映り込むほど磨き抜かれたその刀身からは、整備する者の愛情と心意気を見て取れた。
鞘から縦に引き抜いたブレードを、響はそのまま抜き放つようにして、縦撃を一閃させた。鞘から抜いて踏み込みつつ斬りつけるというその動作のあまりの滑らかさに、敵機の反応がコンマ二秒ほど遅れた。
ぎゃっ、という激しい金属音を響かせブレードがかすめると、敵ニンギルスの装甲の一部が剥離する。さすがに、敵パイロットも危機感を感じたのだろう。機体前部のロケットを噴射させると、大きく後ろに後退した。
「逃がさないわ。」
響の目は、獲物を狙う肉食的獣光を帯びていた。生まれて初めてのOCM操縦であるにも関わらず、不思議と緊張はなかった。むしろ、自分の身体との一体感に高揚していた。見えるのだ、世界が。そして、機体は各部に損傷を抱え、バランスを欠きながらもなお、響の意志の下、動作を続けている。自らの翼で空を飛べることに気づいた小鳥のように、いや、小鳥と呼ぶにはあまりにも猛々しいその機体が、地を蹴り敵との距離を詰めて行った。
エリオには、もう十秒戦い続ければやられる、という絶望の縁にあって、味方ミンネジンガの突撃が、一条の光のごとく映った。死から自分達を救い出す、雲の切れ目から指し届く光条のような、力強い輝きを帯びているようにすら思えた。
「どうしたのよ、エリオ!」
一点を凝視して硬直したエリオが、戦いを諦めて観念してしまったのではないかと不安になったサエラは、大声で背後のエリオに声をかけた。
「あ、うん・・、味方だよ。援護に入ってる。」
「味方? どこから?」
「たぶん、蓑出の機体。」
「あたしの機体って、でも、ぼろぼろにやられて、動けないんじゃ・・・。」
「でも動いてる。パイロットは誰か分からないけど・・。」
「踝教官かしら? でも、それなら・・!」
「うん。」
エリオは力強くうなずいた。助けに入ったミンネジンガを誰が操縦しているのかは分からなかったが、それが味方であることに変わりはない。絶体絶命のこの状況にあって、味方の出現は大きな勇気をエリオに与えた。
きっ、と正面のニンギルスを睨む。けれど、とエリオは思う。勇気だけでは、この状況は打開できない。自らの操る機体を業苦のように縛るこの重みを、どうにかして振り払いたかった。
「・・・エリオ。」
「・・・・。」
「エリオっ!」
「な、なんだよ、蓑出。今、どうするか考えてるんだから・・・。」
「それ、貸しなさいよ。」
「え?」
それ、とサエラが指差すのは、生体パルス伝達用のガントレットだ。
「こ、これを?」
エリオは、サエラが何をしようとしているのか、さっぱり見当がつかなかった。ガントレットを外してしまえば、OCMは動作すらしなくなる。運転中の自動車のハンドルを、助手席に座った人間が取り外して寄越せと言っているようなものだ。
「なんで?」
エリオは真顔でサエラに訊いた。
「なんでもなにも、早く! 時間がない。」
「で、でも・・・。」
「私が、それをつけるのよ!」
蓑出が、これをつける・・・? 手と顔が別々の意思で動く二人羽織みたいな芸当が、OCMの操縦でできるのだろうか。いや、二人羽織とは異なり、機体のコントロールはあくまでも、操縦桿を握った者の制御下にあるから、理屈の上では可能であった。ただ、単座のOCMで、そんなことをやる発想は、エリオにはなかった。
「早く! 外しなさいったら! この・・・!」
どうすべきか判断しかねているエリオに業を煮やし、サエラはエリオの腕から強引にガントレットを引っこ抜くと、自分の腕にそれをはめた。
「行け、エリオ!」
サエラが、突撃を命じる中隊長みたいな大声で叫んだ。
「これは・・・!」
それまで、操作を行ってから機体が反応するまでに、あくびの一つもできるくらいあったタイムラグが、消えた。首までつかった泥沼の中でもがくに似た操縦感が、劇的に変化した。機体の腕が、足が、エリオの意のままに動くのだ。機体を動かすたびに、じりじりと感じていた歯がゆさがきれいさっぱりなくなって、羽のように軽い反応を示すミンネジンガはまさに、エリオと一心同体だった。
「これなら・・、行ける!」
唯一あった武装、背中のブレードを一気に引き抜くと、エリオ機は、相対していたニンギルスへいきなり斬りかかった。
それまで、もたもたと鈍重な動きを見せていたミンネジンガが、突然、鋭い閃光みたいな一撃を放ったのだ。これにはニンギルスのパイロットも驚いた。赤ん坊だと思っていた相手が、いきなり電光石火の動きで襲いかかってきたようなものだ。
エリオ機は、脚部の底が地面につくかつかないか、ぎりぎりの状態ですり足みたいに機体を進めると、敵機のコックピットを狙って渾身の突きを放つ。
敵ニンギルスは機体をひねるようにしてその一撃をかろうじてかわすが、脇腹の装甲の一部にかすってパーツの一部が後方に吹き飛んだ。
エリオは突いたブレードを外向き円状に旋回させ、一気に加速させた刃先を、敵頭部へと当てるべく刃を滑らした。ニンギルスはたまらず、後方へ飛び退って距離を置いた。
踝は、拳を握りしめ、わなわなと腕をふるわせていた。ほんの数十秒前まで、圧倒的劣勢に立たされていた訓練機二体が、今はブレード一本で敵最新鋭機を圧倒しているのだ。
佐井山機を操縦しているのは、やはり佐井山江理緒か・・・? しかし、蓑出機は、いったいあれはどういうことだ。無謀ともいえる大胆な操縦ながら、機体の制御を失うぎりぎり手前のラインでコントロール下に置いている。あれほど鮮やかな操縦技量を、踝は久しく見ていない。
佐井山機は佐井山機で、鉛を四肢に埋め込んだように重々しかった動きが、今や雷光みたいな俊敏さを示していた。対OCM地雷を抱え、自爆してでもニンギルスの足を止めて、エリオとサエラを逃がそうと考えていた踝だが、作戦を変えた。踝は格納庫に向かって走った。
響は視界の端で、さっきまでとは別の機種じゃないかと思うくらい、めざましい動きを見せるようになった僚機を見ていた。
「誰・・・? か知らないけど、あれなら大丈夫そうね。こっちを一気に・・!」
響は前方の敵機に集中した。背後のロケットをふかし、最大加速で敵機に突っ込む。しかし、敵も素人じゃない。即座に、戦いの仕方を変えた。ブレード同士で渡り合う意味はないのだ。ニンギルスは大地を蹴って跳躍すると、滞空したままレーザー兵器を響に向ける。次の瞬間、銃口が光を発したかと思うと、軽い振動が響の機体を襲った。
「!」
短チャージの低出力レーザー攻撃だ。威力は低いが、この距離では発射から着弾までの時間が、限りなくゼロに近い。次々と銃口が光り、機体ダメージを示すポップアップメッセージとアラートが間断なく上がる。
「くっ・・!」
敵のレーザー攻撃を逃れようと機体を滑らせるように低空を飛ぶが、被弾が続く。レーザー相手に、ブレード一本では限界がある。
「まずい・・!」
とエリオがつぶやくように言った。
「どうしたのよ!」
サエラが振り向きながらエリオに訊く。
「もう一機がレーザーで攻撃されてるんだ。」
「飛び道具ね。こっちも応戦よ!」
「応戦、て、ブレード一本しかないんだよ。」
「だったら気合いでどうにかしなさいよ。」
「気合いじゃレーザーに勝てないよ。」
「むぅぅ・・・。」
エリオの顔を間近で睨むサエラだが、二人は突如、激しい衝撃に見舞われた。
「うぁ!」
「きゃぁぁ!」
距離をとった敵ニンギルスの放つミサイルが、着弾したのだ。もう一機のミンネジンガにかまっている場合じゃなかった、とエリオは機体を立て直し、後続の攻撃をさけるべく高速の回避運動をとる。しかし、レーザーやミサイルといった光波兵器や飛翔体を相手に、気合いでどうにかなる段階はとっくに過ぎていた。相手も経験のあるパイロットだ。こっちがブレードしか持っていないことなんてすぐに気づくだろう。いや、既に気づいているからこそ、距離をとったということか。
機体は地面を転がるようにして敵機の攻撃を避けるが、それでも、避けそこなって被弾した箇所のダメージが蓄積している。このまま戦闘を継続しても、勝ち目がないのは明白だった。
「わずかでも、隙があれば・・・!」
僚機と連携できれば、あるいは・・・。しかし、もう一機のミンネジンガも、敵のニンギルスの攻撃をよけるだけで精一杯という感じだ。
「どうすんのよ、エリオ!」
「・・・・。」
「エリオ!」
「分かってる。分かってるよ! 少しでも隙が作れれば・・。」
何か、戦況を変える糸口がないかと必死になって周囲に意識を配っていると、機体倉庫の扉がわずかに開いているのが目に入った。
「・・あれは?」
何かが、扉の隙間からわずかに先端をのぞかせている。銃口だった。七本を環状に束ねたその銃身、いや砲身といっても過言ではないモノを持つガトリング砲だ。環状砲身が急速に回転を始める。と、次の瞬間、秒間70発に及ぶ連射速度でもって飛び出した、金色の光条を曳く砲弾がニンギルスを襲った。
完全に死角となっていた角度から、一気に大量の砲弾を浴びたニンギルスは大きくバランス崩した。
「今・・・だ!」
その隙を、エリオは逃さなかった。全開出力で突進すると、その勢いのままブレードを横に薙ぐ。
ざぎっ、という激しい金属音をたてながら、ニンギルスの手首が切れ飛んだ。
「くっ・・だめだ、踏み込みが、足りない!」
敵を両断するには至らず、ニンギルスは電光石火のスピードで手持ちの武器を振動ブレードに持ち替えると、残った片手持ちで大上段に振りかぶった。
エリオの身体が緊張で硬直した。
やられる、とエリオは思った。エリオの膝の上に座るサエラも、触れ合う身体を通じてエリオの緊張を感じた。今度こそまずいかも、と覚悟を決めた。こんなところでやられる予定なんて、サエラの人生にはこれっぽっちもなかったのだが、ふと、一人きりで死ぬよりはマシかも、なんて考えが脳裏をよぎる。
振動ブレードがエリオ機を正面から割らんとしたそのとき、黒い巨大な影がニンギルスの横合いから突っ込んできて衝突した。響のミンネジンガだ。
響は、対峙するニンギルスとは別のもう一機が、ガトリング砲の斉射を浴びた瞬間を見逃さなかった。眼前のニンギルスに集中している振りをしながら、突如、もう一機のニンギルスへと突進したのだ。響を屠らんと狙っていたニンギルスのパイロットも、いきなり相手があらぬ方向へ飛び出すのを、止めることができなかった。そして、響の意図を理解したときにはもう遅い。
響のブレードが、エリオに向かって振動ブレードを振りかざしていたニンギルスの頭部を貫いていた。衝撃に、四肢を開くようにして流される敵機だが、まだ活動を停止していない。響のミンネジンガを蹴り飛ばすようにして離れると、エリオ、響の両者への激しい怒りを示すかのように、空中で仁王立ちとなり静止した。
放置してきたもう一機のニンギルスが、再び攻撃を仕掛けるものと身構えた響だが、敵機の動きは予想を裏切った。離脱を始めたのだ。
機体背部の噴出口から、巨大な蛇の舌みたいな炎をなびかせながら、ニンギルスは戦闘空域を去りつつある。頭部を失ってもなお、エリオと響を睨みすえていた眼前のニンギルスも、後退を命じられたのだろう。ほんの数秒、悔し気に滞空していたのだが、さっ、と踵を返して後は一直線にその場を離脱した。
やられると思って固く目をつぶっていたサエラだが、いつまでたっても、予測していた破壊的衝撃がこない。
「・・・・?」
「・・・蓑出・・。」
ヘルメット越しのくぐもったエリオの声が、間近に聞こえる。
「蓑出ったら・・。く、苦しいんだけど・・・。」
はっ、とサエラは気づいて顔を赤らめた。身体をひねって、エリオの首筋に抱きつくような格好をしていたのだ。自分でも気づかないまま、よっぽど力強く、エリオの首回りを締め上げていたのだろう。エリオが血の気の引いた顔で、サエラの腕をぱしぱし叩いている。
慌ててエリオの身体から離れるサエラは、抱きついてしまった事実を忘却の彼方へ葬ろうとするかのように、早口で言った。
「ど、どうなったのよ。なんで・・。」
無事なの、と言いかけるが、口の中がからからに渇いて、言葉にならない。
エリオは、
「敵、退却したみたい。助かったんだ、僕達。」
と、安堵した声で言った。
「た、助かった・・の?」
サエラは全身からくたくたと力が抜けて行くのを感じた。助かったんだ、というエリオの言葉が、少しずつ実感となって、身体を包み込むかのようだった。
機体格納庫の隙間から外の様子を伺っていたエンキドは、背後の踝に言った。
「撤退したみたいです、踝教官。」
「よし。ラックに固定したままの砲で、よく命中させたな。でかしたぞ、エンキド。」
「は、はい!」
ぱぁ、と頬を薔薇色に染めながら、エンキドは満面の笑みを浮かべて敬礼をした。
踝とエンキドは格納庫を出ると、訓練場の端に着地した二体のミンネジンガに近づく。いったい、誰が蓑出機を操縦していたというのだろうか。あの操縦技量からいって、蓑出本人でないのは明らかだ。パイロット訓練生、それぞれの顔を思い浮かべてみるが、そのどれにも該当していないように思う。それとも、通りがかりの正規パイロットがたまたま乗り込んだのだろうか・・・。
踝は疑問と同時に、久々に、腹の底が熱くなるような興奮を覚えていた。あれだけの操縦ができるパイロットなど、ざらにはない。疾駆するミンネジンガの機影に、戦場の息吹というものを感じたのだ。しかし、そのパイロットとはいったい誰なのか・・・。いや、待て。と踝は思い、しかし、まさか、と思い直す。爆煙の中を駆け抜けて行ったその姿を、踝は思い返していた。
蓑出機のハッチが開き、パイロットが姿を現したが、ヘルメットで顔が見えない。エンキドが、驚いたような声を上げた。
「あれ、士官科の制服じゃないか。うちの生徒だったのか。よくあんだけ操縦できたもんねぇ。」
踝は、
「お前か・・・。」
と、朝色に輝く天井パネルを背景に、ハッチの上に立つ姿を仰ぎ見ながら、つぶやいた。
「尾野倉・・・。」
爆煙の中に見かけた尾野倉響の姿と、ヘルメットを外すパイロットの姿が重なった。適性試験で不合格となった尾野倉響が、あの機体を操っていたのだ。