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ノルンの歯車

作者: DF

いつもの日常が違うものに変わってしまった。

 一度、死んだのと同じ体験をした。

 いきなり、腕がさらわれていった。何の前触れも無く。

 ただ、異様な形をした淡く青に光る物体を家の前で拾っただけだった。

 それ以外は、何も無かった。

 最後に、死にたくないと願いながら、目の前に人が現れたのまで覚えている。



「マスター!! 良かった、身体にあったんですね。もし、ダメだったら、マスターの声も聞かないで1人になるところでしたよ」

 やっぱり、あんな状況から生き返るなんて、無理だったんだ。ここは、所謂天国というところだろうか。そういえば、死ぬ直前に妄想の世界に入ることがあるって、聞いたことがある。

「もしかして、私のことが分からないんですか?」

 覚えているも何も、知らなかった。生きているのか、死んでいるのか。起きているのか、寝ているのかさえも分からない。目の前に居る少女に涙声で言われても。

「本当に、何も分からないんですか? そうでしたら、質問してください。マスターの言うことには、全て応じますから」

「だったら、聞くけど俺は死んでいるのか」

 最初に聞かなければいけないことだった。それが分からないと何も進まない。

「死んでなんかいませんよ。ちゃんと、私が直しました」

「直した? 腕もちゃんと生えてるのにか? 確かに俺は片腕が持ってかれた。それなのに、どうしたんだよ。ありえないだろ」

 少女の手には大量の血が付いていた。それの、ほとんどは乾ききって黒くなり始めている。治療をしたのは、そうかもしれない。

「そうですね。ありえないですよ。運が良かっただけなんですからね。死ぬ確立のほうが高かったんですから、奇跡ですよね」

「だから、説明しろ」

「……マスターの心臓は動いてませんよ」

「そんなはず!!!」

 右手を自分の胸に当てると脈を打つ感覚がしなかった。たえず動いているはずのものが、感じられなかった。その代わり、一定のペースで時計の針が時を刻むような音が聞こえてきた。

「マスターの心臓にノルンの歯車を埋め込みました。古の戦乙女でしたら、選ぶだけで魂を繋げられたみたいですがね。わたしでは、これが精一杯です。オーディン様も今ではいませんし」

「簡単に説明しろ」

「心臓の変わりに、半永久的に身体を再生できる機能を埋め込みました。今のマスターの心臓だけでは、死を免れませんでしたから仕方が無いことです」

「戦乙女ってなんだよ! その変な格好のことか」

 少女は、金髪に緑眼。ヴァルキュリアのような格好で甲冑はロボットのような機械的なものを身にまとっている。その割にはへその周りや太もも、肩には何もつけていない。胸の部分は、黒い布を一枚くらい纏っているだけだ。前頭部に白いものをつけている。

「そう……ともいえますね。この服装が私たちの特徴でもありますし、個性をなくしている原因でもありますね」

 少し悲しそうに彼女は言い、

「でも、私は違いたいです。モイライの使者から助けるのは同じですけど」

「……」

「ロストピースとして送られてきたときは怖かったですよ。拾われなくて、いまだにピースの娘も居るって聞きましたから。私は幸福なんです。マスターに身体中を触られたのを今でも感じてますよ」

「ロストピースって、あの青い奴か?」

「そうですけど、どうしていたい子を見るような目で私をみつめるんですか? 私が変な子みたいじゃないですか。ちゃんと答えますから、頭をなでてください」

「……必要あるのか」

「あります。私が嬉しくなります」

 なんか嫌だ。もっと普通の娘のほうが良かった。

「いいですよ。全部説明が終わったらしてもらうので。では、マスターはモイライにこれから命が狙われます。絶つべき魂が現世に残ってしまったので、必死に殺しに来ると思います。ですが、私たち戦乙女が身体を張って守り抜きます。戦うために私たちは生まれましたから、安心してください。仕方の無い運命なんです。私も戦いたくなんか無いです。出来れば、マスターと平和に過ごしたいです」

「俺は守られるしか、生きられないのか」

「いえ、ノルンの加護で覚悟が出来たら強くなれるみたいですよ。いままで、数人がパワーアップしたみたいですし。マスターなら、簡単ですよ」

「そうか」

 よく分からないことが、まだまだあったが聞いても意味が無いと思った。少女も、少しは可愛いしどうでも良くなった。

「そういえば、名前はなんていうんだ」

「……? 名前ですか? なんでしょうね」

「ふざけてるのか」

「いえ、今まで名前なんて必要がありませんでしたから。マスターの好きに呼んで下さい」

 好きにと言われても、何も思いつかない。あるとすれば、

「エクレア」

「エクレアですか?」

「嫌だったら、無理しなくていいからな」

「いえ、そんなことはありません。マスターに名前を頂けるだけで嬉しいんですから。あと、頭を撫でるとポイントが上がります」

 何のポイントか気になったが、いい答えが聞けそうに無いからやめておく。

「あっ、マスター寝た方が良いですよ。私がむらむらして来ました。早く」

「逆に襲われ」

「早くしてください。目を瞑るだけでいいですから」

 エクレアはベッドの上に飛び乗り押し倒してきた。

 見た目とは違い力が強く、すぐに押さえつけられてしまった。そして、馬乗りの状態から、自分の身体でさらに拘束し密着した。

 エクレアの胸は鳩尾の辺りで変形し、1つになっている。

「マスター、私はやましいことをしようとしているわけではありません。だから、寝ようと思ってください。すぐに落ちることが出来ますから」

――



世界が揺れ、1つの呼び声が聞こえるとともに、夢の世界から覚めた。

「マスター!」

馬乗り状態のエクレアが喜んだ声で叫んだ。

 場所は見たことのある風景が広がっていた。自分の部屋だから当たり前なのだが。身に何も着けていない。

 つまり、エクレアは――

「脱がしたのか」

「はい!」

 元気な声が返ってきた。

「ノルンの歯車を入れるためにです。その、立派ですね」

「寝てるときにだよな」

「そうです。襲われないようにずっと、見てましたよ」

「エクレアが襲ったんじゃないのか」

「マスターをなんて出来ませんよ。私は、いつでも受け入れる準備は出来てます」

 駄目だ。早く何とかしないと。

「何でもいいが、目を閉じてから、どいてくれないか」

「? 分かりました! いつでも来てください」

 何かを期待しているようだったけれど、無視して急いで服を着る。女の子が居る前で、全裸はまずいからな。でも、今現在まで、見られてたのか。

「まだですか。分かりました。焦らしプレイですね」

「もう、目を開けていい」

「すごいドキドキですよ。あれ、服着ちゃったんですか」

「当たり前だろ。流石に恥ずか」

「しっ!」

 一瞬のことでなにが起こったのか把握が出来なかった。

 エクレアは再び俺をベッドに押し倒した。さっきよりも、力強く抱き締められている。顔も、あと一押しすればキスしてしまいそうなほど至近距離だ。そして、足も絡めてきている。

 やばい、本当に犯られる。

「声を出さないでください。駄目ですよ。絶対。動いちゃ」

 身の危険がピークに達し、抜け出そうともがく。

「お願いします。ステルス機能が効果が無いです」

 そんなエクレアの声は全く聞こえず、胸から抜け出す。

「うぅー。絶対に見つかりましたよ。すぐに結界を張らないと」

 少し、情けない声を出し落胆しているエクレアは、目に涙を溜めている。

「マスター、絶対に守りますからね」




 エクレアと結界の中に入ってすぐ、真っ黒の服に片手が大きな鋏になっている人物がやってきた。

「コイツが生き返ったって奴か。戦乙女もめんどくさいことをしてくれるよな。もう、運命が決まっているのに、命を延ばすとか消えてほしいよ」

「そんなこと駄目です。勝手に人を殺すことなんていけませんよ。あなただって、自分で殺しておきながら、寿命が尽きたとかなんですか。乱暴はいけませんよ」

「アトロポスが殺せって命じるんだから、それくらい、いいだろう。俺は、戦えるからしてるだけなんだ」

「いけません。戦いは悲しみしか生みませんよ。暴力反対です」

「戦乙女の癖に変な奴だな。ほかの奴らは、守るために攻撃してきたぞ。俺様を殺そうとしてたな。それなのに暴力反対か。面白くないな」

 鋏の男がつばを吐くと同時に、目の前まで迫り、前と同じ場所を持っていかれた。

 そう気付いたときには、既に腕はなくなっていた。痛みすら感じずに、一瞬で切り取った。強さを示された。

「マスターーーー!!!」

 エクレアの声が響いた。

痛みはある。少しずつ再生しているせいか気を失うことは無かった。痛みだけだ。気を失わない。いや、何かの力で失えない。

「死なないでください。まだ、したいことがたくさんあります」

 男と俺の間にエクレアは割り込み、距離をとった。離れると、エクレアは、再生され続けている傷口に顔をを近づけ、舌を出した。

 傷口をなぜか舌で舐めてきた。こんなときなのに、上目使いが可愛いと思ってしまった。吊り橋効果ってやつだな。

「私はマスターのものです。だから、これが終わったら、ひとつになってください。これは、お願いじゃなくて約束です」

 エクレアは舐めるのをやめ、俺の血を体内に取り込んだ、そして、心が決まったようにいった。少し甘えるように。

「お別れは終わったかヴァルキリー」

「お別れなんかしませんよ。マスターとずっと一緒なんですから」

「そうか。だったら、仲良く同時に吹っ飛ばしてやるよ」

 鋏の男はどこから出したのか、さらに数本の鋏を取り出し、全ての鋏をひとつにする。その、大きな爪となった鋏の真ん中が開き発射口がかおをのぞかせた。

 エクレアはそれを見る前からすでに自分の背よりも大きな障壁を作成していた。

「それくらいだったら、終わりだな。叫べ、デッドエンド・スクリーマー!!」

 作成された障壁よりさらに大きな粒子砲が、近づいてくる――


 目の前には、体中から血を流しているエクレアがいた。所々には、切傷もあり、甲冑などつけていなかった。

「マスターが、無事で……んっ、良かった、です」

 それでも、前に立ち、守ってくれていた。

「まだ、やるのか。意外と頑丈なんだな、こいつ。あきらめれば、自分の命だけは助かるのにな」

「それじゃあ、駄目なんです。マスターを守るのが私なんですから。マスターの命が私なんですから」

「ほう、じゃ、見せてくれよ。その覚悟を!」

 エクレアは傷だらけになりながらも、男に向かっていった。スピードは徐々に上がり、男の元につく頃には、目視できないほど早くなっている。

「そんな力があったんだな。最初から、やってほしいぜ。だが、終わりだな」

 男は、見定めたように手を突き出すが何も掴めない。そして、身体に切り傷が一つ出来た。

「ガッ――――!」

 分厚い装甲で防御しても、委細かまわず切り裂いてくる重さ。食らう瞬間に皮一枚で、躱していなければ、一撃で致命傷になりかねない鋭さ……あの軽武装のエクレアからは、到底考えられない威力である。

 攻撃の威力は、単純に言ってその加速からきていた。

 自身ですら至れぬ別次元の超高速そして、

「クッ――」

 物理上ありえぬ角度と方向から襲う、その変幻自在。多様性。

 天地左右を一秒ごとに移り変わり、魔法のごとく直前での方向転換さえ魅せてくれる。

 多人数を相手にしていると錯覚するほどの高機動力。

「ヅォ……ッ」

 それに対して、男は鉄枷を嵌められたような鈍重さを我が身に感じていた。

「はっはっは、これは面白い。ただ、足掻くのにスピードを上げただけだと思ったぜ。そうか、重力だな」

 彼我を隔てる決定的な束縛感、天啓のような閃きが浮かび上がった。

 地球上に存在する限り、誰もがその身に背負う重力という軛を、エクレアは無二の武器に変えていた。

 限定的ではあれ、重量を加速と姿勢制御に利することで、エクレアは無双の空間機動力を獲得する。そして、ステルスによる不可視は、それに対する、反撃のチャンスさえ与えない。さらに、それだけではない、

「空力、光学、自重操作に――クハハ、数え切れねぇ、徹底してんなぁ」

 不可視、そして、超高速の変幻自在。そのために割り振られている数多の特殊機能……およそ、本人以外には読み取れない。

 男の本領は大火力による制圧戦にある。あの左の鉄腕から放たれる絶砲には、つい先刻も心を凍てつかされた。だが、その標準すらあわせられない今、いかに強力であろうとも、張子の虎だ。

 唯一の懸念は、男を倒すまでに身体が持つかだ。

「――」

 エクレアは散漫した集中力を目の前へと戻す。

 もっと早く、もっと早く。

「!」

 男の攻撃がエクレアにあたった。そんなはずは無い。男にはエクレアが見えていないはず。あたったのは、ただの通過点にしか過ぎない。

 だが、エクレアに寒気が走った。見られている。誰にも、見られることがない自分がマスター以外に見られている。

 さらにスピード上げ、三次元に存在する全てを足場にし攻撃を浴びせる。

「そうだよなぁ、そうするしかないよな」

 加速を続け、マスターを助けるために最後の一撃に思いを乗せる。

「ここしか、ないもんな」

 男は前に鋏を突き出した。未来の出来事が分かるように。

グシャアッ――

 血が飛び散った。その持ち主は言うまでも無く、エクレアだった。

「……! う、そ……」

 自らの特殊技能で限界まで加速していた、報いを三点で受けた。一つは内臓、一つは肩、最後の一つは心臓。

 皮膚は血で染まり白くて綺麗な肌が台無しだった。勢いの影響でか、数メートル離れてるここにまで、飛び跳ねている。

 鋏の柄まで突き刺さったエクレアを、男はゴミを投げ捨てるようにはずし、放った。

「やっと、邪魔な奴がいなくなったな」

 俺はコイツを黙らせたい。叩き潰し、這いつくばらせ、死の瞬間に俺の大切な人間を手にかけた罪業を懺悔させたい。

 俺は何の罪もなく踏みにじられたエクレアが哀しい。それでも、身体を擲ってくれたエクレアがいとおしい。

 敵への憎悪と、味方への愛惜。相反する対極の、しかし同地の強度を持つ二つの感情は……俺の中では矛盾せずに融合し、正負の天秤を保ちながら存在を叫ぶ。

 時計が狂う。胸の奥、秒針の音が急き始める-―

 刹那、精神は中庸を指し、

 俺の躰の奥の奥で歯車が噛み合う音がした気がした。

――起動準備完了

目に見えない変化が置きつつ目の前に扉が見えた

凌駕

失った腕は存在し相手の武器に左手を触れる

凌駕

 鋏が凍りつき、はらはらと崩れ落ちる。

「なんだと」

 眼目まで近づいていた鋏は消え、男の片腕を壊した。

「だが、どうした換えは何本でもある」

 何本きても変わらない、全てが消え空間が出来る。

 その空間に入り込み、右手を翳す。

 それだけでいい。そうすれば、終わるのだから。

 心臓の前で念じる。

 手から超高温の熱が吹き出し、全てを焼き尽くす。

「甘いな!隙がありすぎるんだよ。でも、戦いで同士討ちとか面白いじゃネイか」

 余っていた手に持っていた鋏に心臓をつきぬかれた。

 だが、消し飛ぶまで念じる。

 エクレアが感じた痛みはこんなんじゃない。俺はコイツだけは死んでも殺す。

「いいぜ、ちょうどいい熱さだ。本気で闘いたかったな」

 男はその言葉を言い残すと、灰すらも残さず飛び去っていった。


 今は、自分のことなんてどうでも良かった。もう、再生すら出来ないほどに壊されたのだから。エクレアに最後にお礼だけ言いたかった。少しだけ伸ばしてくれた命。

 いろんなことをしたかった。

 でも、むりだ。だから……少しでも……

「エクレア……」

 感覚が薄れていった。その感じすらも分からなくなっていった。頭の中も空白になっていった。分かるのは永遠の闇の訪れだけだ。



 意識があった。周りには何も見えないほど広く、はるか空高くに金に光る何かが見えた。

 自分はベッドに寝ていた。とても豪華だ。

 布団の中には自分以外の誰かが存在していた。悪いとは思ったが、好奇心に駆られ、めくる。

 中で寝ていたのは――エクレアだった。それも何も身につけていない。

 天国だからいいだろうと思い、体に触れる。

 エクレアは少し動き、体を起き上がらせた。

「マスター……」

 寂しそうだった。

 たまらずに、初めて自分からエクレアを抱き締めた。

「ごめんなさい。守れませんでした。こんなに役に立ちませんでした」

「そんなこと無い。ありがとう、エクレア」

 顔を近づけ、唇を奪う。

「あむ……んっ、ちゅぅ。うぅ、マスターからなんて、嬉しいです」

 エクレアは最初は驚いていたが、直ぐに受け入れ身体を重ね合わせる。温かい。

「いいんですか。私と次の世界になるまで一緒ですよ」

「もし、嫌って言っても、エクレアは俺から離れられないだろ、魂を見守るから」

「そうですよね。これからいっぱいして下さい。どんなことでもしますよ」

 そして、布団にもぐりこんだ。

 次のラグナロクまで楽しめるのだから。


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