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「そういえば、名乗っていませんでしたね。私は高遠此方と申します」
軽く頭を下げ此方は名を告げると、隣に立つ少年に視線で促す。
「……永塚更夜だ」
不承不承ではあったが更夜も自己紹介し、残るは紗雪だけとなり慌てて名前を口にした。
「樋口紗雪です。昨日はありがとうございました。……あんな、醜態まで見せて、申し訳ありません」
感情の赴くままにしでかした自分の行為を思い出し、紗雪の頬に朱が走る。
「気にしないでください。ストレスが貯まれば、常でいられないこともありますから」
「どうでもいいことだ、気にする必要はない」
此方は労わるような微笑を浮かべ、更夜は興味なしと言いたげな無表情で紗雪を慰めた。対照的であり、更夜にいたっては、単なる本心にしか見えないものだったが。
「それで、どうですか、何か進展はありましたか?」
つい昨日の出来事だ。そこまで性急に結果が出たならば、そもそも紗雪は悩んでなどいないだろう。ゆえにそれは、社交辞令のようなものだ。だからこそ、返す言葉も決まっている。
「いえ、全然です。まあ、今までも何の成果もありませんでしたし、ゆっくりやっていこうと思います」
苦笑するように微笑み、紗雪は告げる。早急な解決を望めば、却って事を仕損じる。そんな思いで口にしたが、冷えた声が待ったをかけた。「時間が有限でなければ、問題ないな」
皮肉めいた言葉が更夜から発せられた。普通ならば期限を悪くする類の暴言だが、紗雪の耳に引っかかった。会ったばかりの付き合いだが、罵倒はストレートに言っていた。先ほどの発言さえ取り繕っているようにも、慰めているようにも聞こえなかった。となれば、答えは一つしかない。
「……制限時間があるんですか」
「ないと言った覚えはない」