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濃い夜の闇が辺りを覆っていた。灯かりとなるものは星の光と、街灯の白色だけだ。
街灯には羽虫が舞い、もうじき電球が切れるのか、低い断続的な音が聞こえる。
そして、絶え間なく川の音が聞こえ、理科室を思わせる、濃い水草の匂いが漂ってくる。
そこは橋の上だった。吹きつける風にさらされながら、二人はいた。
長い黒髪を背中まで伸ばしメガネをかけた小柄な少女と、線の細い中性的な少年だ。
ただその少年はこの暗闇の中でも、はっきりと目立つ特徴があった。
それは白だ。肌の色ではない。髪の色だ。彼の髪は老人のようなわずかに色の付いた白髪ではなく、まるで白雪を思わせるような色合いをしていたのだった。
「こんばんは」
「よう」
たたずんでいた少年に少女は挨拶をするが、返ってきたのは無愛想なものだった。しかし、慣れているのか少女は気にした様子もない。
「更夜さんは、メリーさんという都市伝説を知っていますか?」
「――メリーさん、いわゆる、メリーさんの電話っていう都市伝説か。」
確かこんな話だったなと夜の闇に溶け込むようにつぶやくと、彼は静かに語り始めた。
「『わたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの』突然電話が鳴り出ると、そんな一声が聞こえる。何のことか解らず、訝しげになりながらも、イタズラ電話かと思い切る。すると、間髪いれず電話が鳴る。『わたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの』、出ると聞こえたのはさっきと同じ声に、どこか覚えのある場所だ」
「後はその連続です。不気味になって電話を切るけれど、またすぐに電話がかかってきます。出ると同じ声で、自分はどこそこにいると言います。それはまたしても覚えのある場所――自分の家の近辺で、繰り返すたびに、自分の住所に近づいてきます」
引き継ぐように少女が言うと、まるでバトンを渡されたかのように同じく引き継ぐように少年が口を開いた。
「そうこうする内に電話の主は、家の前に着くことになる。恐怖で震えそうになる中、何がいるのか気になってしょうがないため玄関のドアを開ける。けれど、そこには誰もいない。何だ、イタズラだったのか、そう思うと――」
「再度、電話が鳴ります。恐ろしさに震えながら電話に出ると声は告げます」
「『わたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの』」
「その後どうなったかはわからないまま、物語はここで幕を閉じまっす。含みを残す形で終わり恐怖を煽る、結末の見えない展開は実に都市伝説らしい都市伝説です」
「都市伝説には基本ルーツがある。たわいない話に尾ひれが付きそれを面白がって話していくうちに拡散し、様々な人が真実や脚色を加えていく内に噂は物語へと昇華される」
「――では、この物語のルーツはどこにあるんでしょう」
問いかけているようでもあり、独白のような口調で少女は言う。水草の香りを含んだどこか理科室を思わせる風が吹き抜けた。
「それが物語の始まりなのか」
「そこから物語は終わって行くんです」