18
常套句のような台詞は聞こえない。沈黙だけが流れていく。
電話が切れることもない。ただ、時だけが流れていく。
「あなたは誰?」
再度沙雪は問いかける。返事はない。だが、突然電子音が聞こえた。それは電話が切れた音だった。
いつもとは違う結末。それは紗雪に意識を変えさせた。人間なのだと。電話口の向こうにいる存在は血潮が流れる己と同じなのだと、認識を新たにするには十分だった。
調子の変わらない電子音が滑稽な音楽のように、紗雪の耳には届いた。いつもならば不気味な怪音にしか聞こえないというのに。
「あなたは誰?」
紡ぐ言葉に返答はない。さざ波のように電子音が等間隔で流れていた。
夏が近くなったせいか日差しに熱がこもっているものの、その分時折吹く風が涼となって心地よさを運んでくる。
紗雪はなびく髪を手で抑えながら、辺りを見回す。電話後すぐには動く気にはなれずいつもより遅く家を出ると、通学路には学生が溢れていた。最近ははやく登校していたため気づかなかったが、ちょうど今くらいの時間がピークのようだ。
足音に笑い声、自転車が通り過ぎていく音も聞こえる。いつもは早朝のせいか、包むような静けさの中だったが逆に今日は賑やかさに包まれているようだった。それがどこか新鮮で気づくと、紗雪の頬に笑みが広がっていた。
「今日は機嫌が良さそうですね」
突然聞こえた声に振り向くと、屋上で出会った少女と少年がいた。少女は微笑を浮かべているが、少年の方は不機嫌そうな睨むような目つきをしている。
学生なのだから登校中に会うというのは、何もおかしいことではない。タイミングさえあえばよくあることといっていいだろう。だが、紗雪は意外としか思えなった。きっとそれはあの屋上に漂っていた学校の怪談めいた、不可思議な空気のせいだろう。