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目を覚ますと見慣れた景色が眼前に飛び込んできた。斜陽が赤く染めてはいたが、机が等間隔に並ぶ常と変わらない教室だった。
屋上から戻り自分の咳で休んでいたが、思いのほか疲れていたらしく気づくとと沙雪は眠っていた。
用事があるからと笑は先に帰宅したが、一人暮らしでかつ、家に帰ったところでまた電話が来るかもしれないと怯えるよりは人がいる分、学校で過ごすほうが気は楽だった。
体を預けるようにして机に上半身をのせる。だらけた姿勢で考えるのは屋上でのことだ。
呪い、解呪、そのためには犯人を見つけなければいけない。言われてみれば、確かにそうだ。それが一番はやい解決方法であろう。だが、同時に――
「……それができたら、苦労はしないよね」
ため息と共にこぼした言葉、それは真実だ。つまるところ、少年が解呪方法について存在しないと口にした理由はそこに尽きる。名探偵でもなければ、警察でもない、一高校生が推理小説よろしく犯人を突き止めるなど世の中を甘く考えすぎだろう。
とはいえ、全くのヒントがないわけではない。そうでなければ、さすがに少女もお手上げだった。
彼女は紗雪に告げた。呪いとは一種のメッセージだと。
歪み、狂いはしてもそこには想いがある。丑の刻参りにせよ、大元は愛から生まれたものだ。愛するがゆえに壊れてしまった。正しくはないだろう。間違ってはいる。だが、最初は善意であったことも確かだった。丑の刻参りは遠まわしに告白している。あなたが好きです。いつも見ていましたと。――ゆえに憎しみを覚えたと、オチがつくことになるが。
紗雪の場合も同じだ。そこには意味があり、言葉がある。それを見つけ手にすることが、犯人に届く鍵であり、たった一つの解呪方法につながるのだ。触れば崩れてしまうような、淡雪のように心細いが、それでもようやく形になった救いだった。
縋るように、確かめるように、宝物を愛しむように、呪いの現況となる言葉を紗雪はつぶやく。
「――私、メリーさん」
それは誰にも聞かせるつもりはなかった。だが、タイミングよく教室の扉は開き声は逃げるようして、空気を震わせた。
浅黄優が紗雪を静かに見つめていた。