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朝日が昇った草原地帯を草花と踊るように爽やかな風が舞い踊る。
緑の色彩鮮やかな大地に、一筋の清流が駆けている。なだらかな白藍が奏でる音と川面を撫でる風の音律は、聴く者全ての胸に、安らぎを運ぶことだろう。
俺は今、激しく掻き乱されていた……。
俺の目の前でたゆたう湯気と香りに……そして、それを生み出している一杯のお碗に満たされた豆スープにだ!!
「う、うますぎるぅぅぅぅ。こんなにうまいメシを食ったのは初めてだぁああああああ」
朝の草原に俺の叫びがこだまする。
「お、大袈裟ねぇ……ほら、こっちは冷たい水ね」
カップを渡されてすぐ、俺は一気にそれを飲み干す。
「くぅぅぅぅ~~んはぁあ!!うまい!!最高だ!!」
「そ、そう……」
2人はかなり引いているが、そんなのおかまいなしだ。
俺は今、生きていることを実感している最中なのだから!!!
そのままスープをかきこむようにして飲む!味は薄いし具は豆だけだが、色んな意味で極限状態だった俺には、温かいスープが胃やら心やらに染み通った。
おかわりをもらい、それを全て胃に納めると、やっと人心地つけた。
あぁ……頬を撫でる風が気持ちいいなぁ……
「いい顔しているところ悪いんだけど、片付け手伝いなさいよね!ほら、食器とお鍋、川で洗ってきてよ。
それが終わったら準備して移動するわよ。」
「え……あっはい!すいません」
渡された鍋やら食器を抱えて川の方へ向かい、ジャバジャバ水洗いを始める。
「しかし異世界かぁ……どうすっかなぁ……帰りたいけど、世界間の移動とか個人がどうこうできるレベルの問題か?俺には螺旋力も天使の落とした白金の本もないんだぞ……」
アニメやらマンガやらラノベやらでは珍しくない異世界への移動も、自分に起こるとその果てしなさの前に愕然とする。
「なにこの無力感……くつがえしようがなさすぎて逆に平静でいられるんですけど」
ファンタジーものではよくある何かしらの超常的な力も今のところ全然顕現しないし、どうせーっちゅうねん……泣けてくるわ!!
なんとなく関西弁で現状を嘆いてみたところで、洗いものも終わる。
洗ったものを抱えて、2人のとこまで戻ってくると、すっかり準備が整っているようだった。
「遅いぞ、皿を洗うだけでどれだけ時間をかけてるんだ」
イラッときたが、ここは我慢我慢……なんせメシまで食わしてくれて、なにやら近くの村まで連れてってくれるという恩人なのだ……
「す、すいません……ちょっと考え事してたもんで……えへ、えへへへ」
「ルー、つっかかんないの!ありがと、鞄にしまうからちょっとそのまま持っててくれる?」
と言うと、猫耳さんが鍋から順に自分の肩から提げている鞄にポンポン入れていく。
……ふむふむ
まぁーね……
いやいや、わかってましたよ?うすうすだけどさ……
だってまぁー異世界で怪物や獣人さんがいるわけでしょ?
しかも獣人さん逹ってば槍やら短剣やらを装備して、(多分だけど)皮の鎧で上半身を覆っているという戦士ルック。
もはやここまで王道ファンタジーなら、例のアレがなきゃ、もはや成立しないって感じですよ。
「あ、あの……そのバッグってもしかして魔法?的ななんか特別な力が掛かってたりします?」
そうなのである。先ほど鍋やらお碗やらを入れたバッグ……奴は一見するとちょいファンキーな皮のショルダーバッグって感じなのだが、どう考えても鍋と3人分の食器は用量的に入らない大きさなのである。(横×縦=30×20ぐらいかな?)
「あぁこれ?そのマホウ?ってのはよくわからないけど、確かに神術が施された特別製ね。心力を定期的に込めて、術が解けないようにしてれば、物が無限に入るバッグよ。結構高いけど人気の品だし、初めて見るのも不思議じゃないかもね。ってそういえばあなた記憶がないんだっけ?」
やべ……この世界じゃ常識的なことなのかやっぱ……ここは勢いでなんとか押し切るしかないな。
「そ、そうなんですよ!なーんか記憶が曖昧で!!やべぇなぁ……頭でも強く打っちゃったかなぁ……あは、あはははははは」
「そ、そう……あなたも大変ね……」
くっ……ごまかすためとはいえ、このドン引きされてる感じと、憐れみの目は心にめっちゃ刺さるなぁ……泣くな!泣いたら負けだ!
「おい!そろそろ行くぞ!」
なんとなく気まずい雰囲気が漂った俺と猫耳さんだったが、ルー君のその一声に助けられ、そちらに向かう。グッジョブ!ルー君!
「ごめんごめん!さっ!あんたも行きましょ?村までだから短い間だけど、よろしくね!」
ウィンクと共に向けられたそのセリフに一瞬ドキドキしてしまいながら
「こちらこそよろしくお願いします。」
と俺も一礼して、その2人について行く。
「足手まといになるなよ」
大丈夫……村までの我慢だ……