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見渡す限りの草花が広がる平原。
清風が緑を撫で、ドミノ倒しのように草花が揺れていく。
見上げれば空は晴朗で、澄みきった蒼が満たされていた。
太陽が燦々と光を降り注いでいるが、まだまだ気候は穏やかで過ごしやすい。
空気を肺いっぱいに吸い込むと、新鮮で旨い空気が鼻腔をくすぐってくる。
そして俺は、そんな壮美な景色の中で……
汗だくになって全力疾走していた。
「い~~~~~~や~~~~~~」
無理無理無理無理無理無理!!あんなんどうにもなんないっつうの~~~~!
「死~~~~ぬ~~~~!」
駆ける駆けるグングン駆ける!!
逃げなきゃ死ぬ~~~~~~~~!
草原を駆けながら俺の口から出る間抜けな悲鳴が風に乗って飛んでいく。
後ろをチラっと見ると、全長5mくらいのオッコトヌシ様みたいなバカデカい猪が「ふごぉぉふごぉぉ」と気合い十分の鼻息を鳴らしながら追いかけてくる。
「どうしてこうなった~~~~~~~!!!」
「ちょっとお使いに行ってきてくれないかい?駄賃もちゃんと出すから」
「はい?」
道具屋で無くなった分の虫除け薬を買い、「さて帰りますかな」というタイミングでおばちゃんは俺にそんな頼みをしてきた。
「いや別にいつもお世話になってるんで金なんていりませんよ。何買ってくればいいんですか?夕飯のおかず?」
おばちゃんはため息を一つ吐き
「そんなモンのためにわざわざアンタに頼むわけないだろうアホだねぇ」
「いやアホって……んじゃ何買ってくんですか?」
「ちょっと薬を買ってきてほしいんだよ。『ソール』まで」
「……はい?『ソール』って確か首都ですよね?」
「何を今さら」
「いやいや俺行ったことないんですけど」
このアルク村はエルフの首長が納める国『リヒト』にある。
そしてリヒトの首都が『ソール』であり、アマテラスの神像を守護しているのもこの都市だ。
「地図を渡すし、街道まで出ればちゃんと整備されているから辿ってけばあんたなら一週間くらいで着くさ。魔獣もあの辺じゃそんなに出ないらしいしね」
1日は24時間、1年も365日で12ヶ月、ひと月は大体30日。
この辺は地球と変わらないからかかる日数はそのまま一週間で良い。
なぜか1月、2月じゃなくて睦月とか如月ってなってるんだが、俺の耳や目に入る情報はそう変換されてるってだけだからホントのところはよくわらない。
「なるほど……っていやいや、そんなお手軽にいかないでしょ。ってかそれこそギルドに依頼すればいいのでは?」
「なるべく早く欲しいんだよ。この辺りに寄る用事がない限りこんな田舎までわざわざ冒険者は来ないからね。それにあっちに行って戻ってくるわけだから尚更受けてくれる奴なんていないのさ」
「あー……」
原則、依頼者が依頼をした支部でしか冒険者はその依頼を受けることができない。
場合によっては別の支部への依頼も出来るが、主要な通信手段が文書での交信じゃ依頼を受けてもらえるまでに時間がかなりかかってしまう。
一応遠方への通信が可能な術具もあるのだが、これが現代日本の通信機器に比べるとかなりお粗末なモノで、それでいてなかなかに貴重で値段がバカ高い。
公共施設のギルドですら全支部に設置出来てるわけじゃないのだ。
ちなみに民間の配達業者もあるようだけど、こちらはギルドに依頼するより費用がかかるらしい……まぁ……魔獣出るしね……
俺の優柔不断な感じに軽く「ちっ」と舌打ちをかましてくるおばちゃん。
「で?どうするんだい?行くのかい?行かないのかい?」
相変わらず短気というかなんというか……根は良い人なんだけどなぁ……
まぁーそろそろ別の場所にも行ってみたいと思ってたし、あれから3ヶ月、野宿にも慣れてきてるから、行ってみてもいいか。
「……うん、わかりました。そのお使い、俺が引き受けます!」
お使いを引き受けた日の次の日の朝、俺は準備を整えて村の門前に立っていた。
「気を付けてくださいね?無理しちゃダメですよ?あとこれ……お弁当です。お昼に食べてくださいね?」
心配そうな表情でお弁当を差し出してくるエリカさん。
今日も相変わらず彼女は天使です。
「ありがとうございます。ありがたーくいただきますっ」
心を癒されつつ、お弁当を受けとる。
そこへ……
「お土産忘れたら蹴るから」
相変わらずナナさんは今日も鬼です。
苦笑いしつつ
「ちゃんと買ってきますから蹴るのは勘弁してください……」
「もう……お姉ちゃんってば」
エリカさんがナナさんの腕を両手で絡めとりプンスカ怒る。
その風景がとても優しくて……
このままここに居たら動けなくなってしまいそうになる。
そんな気持ちを振り切るように、俺は行くことを伝える。
「さて、そろそろ行ってきますね。わざわざ見送りまでしてもらっちゃって、ありがとうございました」
「そんな……気にしないでください。いってらっしゃいです」
「全てはお土産のため……」
エリカさんのはにかみ笑顔と、ナナさんのお土産への情熱に背中を押され、俺は初めてのお使いに旅立ったのだった。
んでランチタイム。平原にポツンとあった岩場で弁当箱を開けると、可愛らしいサンドイッチが所狭しと敷き詰められていた。
「うまそー!いただきまーす!」
さぁ食おうと思った矢先、「ブミュ」という声と共に岩場の陰からなんかサッカーボールくらいの毛玉みたいなのが現れた。
鼻が豚みたいになってるがその左右からはちっこい牙みたいなのが生えていて、毛むくじゃらで茶色い。
猪っぽいなぁ……でも小さいし今の俺なら襲われても平気だな。
そう思い、無視してサンドイッチを頬張っていると
「ブミュ~」
なんとも言えない鳴き声を発しながら俺の足元までトテトテ歩いてきた。
そしてその円らな瞳でこちらを見てくる。
な、なんか可愛いいんですけど……
俺はサンドイッチをソイツの目の前に置き、静かにどう動くか見ていた……すると……
「ブミュブミュ~」
と嬉しそう(?)にサンドイッチをモシャモシャ食べ始めた。
ナニコレ……とってもかわゆいんですけど……
その時点で、俺はそいつに夢中になってしまっていた……
後ろから迫る大きな影にも気づかずに……