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「は?」

「……?」

「え?」


「俺がお二人を助けたことへの礼なら、先ほどこの場できちんといただきました。

これ以上何かを受けとることなんて出来ません。

それに元々、命を助けてもらったのは俺の方です。貸し借りという意味でもチャラのはずです」


 場に静寂が訪れる。

 そして、徐々に困惑と、少しの怒りが空気に混じる。


「と言っても、お前にこれから生きていく糧がないのは変わらないだろう?」


「そうよ。強がってもお腹は膨れないのよ?いいから貰っときなさいよ!」


 リンさんの鼻息が荒くなり始めたのを見て、エリカさんがソワソワしだす。


「おっしゃる通りです。

だから、お借りしようと思います」


 場が再び静まる


「えっと……つまり、どういうことですか?」


「もう十分、お二人からは良くしてもらいました。

本来なら、これ以上甘えるべきではないと思っています。

だけど、今の俺に金がなく、稼ぐ術がないのも事実。

だから、せめて貰うのではなく、借りる。

受け取ったお金は必ずお返ししようと思うんです」


 甘えるのと、頼るのは違う。


 これから俺は、この知らない世界を独力で歩いていかなきゃならない。

 それなのに、最初から他人の金をもらってホイホイ納得するような甘い考え方じゃダメだ。

 ここは日本でもなければ、地球ですらない。

 強くならなきゃダメなんだ。

 歩き抜く覚悟と、足腰を持たなきゃダメなんだ。


「つまりただ貰うのは納得できないから借りとくってこと?」


「端的に言えば、そういうことですね」


「なにそれ。なんでそんな意地張るのよ?貰っちゃえばいいじゃない」


 わかんないかなー?わかんないよなー。

 自分でもアホらしいと思うもん。

 だけど、今からでもこうやって意識を切り替えていくべきなんだ。

 自分のことは自分でする。

 得るべきモノは、自分の力で得る。


 与えられるモノばかりで今まで生きてきたんだ。これぐらいが丁度いいはずだ。いや、結局借りてるわけだからまだまだ甘いんだろうけど……。


「それが、今のお前に必要なことなのか?

意地になり、俺達からの礼の気持ちである金を受け取らないことが」


「礼の気持ちはいただいています。すでに十分なほどに。

だからといって、お二人の好意に甘えてばかりではいられません。

単なる我が儘だと言うことはわかっています。

それでも、今の俺には必要なことだと思っています」


「甘えるって……ブラック・オーガを倒したのは紛れもないあんたの力でしょうが。正当な報酬じゃない」


 首を横に振る


「俺は別にクエストを受けていたわけではありません。

他のオーガとも戦っていませんし、奴にトドメを刺すお手伝いをしただけです。全く正当だなんて言えません。

それに、あの時お二人を助太刀したのは、金が欲しかったからじゃないです」


「むぅ……」


 この2人からは、すでにたくさんのモノを貰っている。

 だからといって、この先もズルズル甘えるわけにはいかない。


「お願いします」


 頭を下げる。


 ある意味、喧嘩売ってるからなぁ……拒否されたらまた無一文だな……でも、それもまた仕方ない。


 三度目の沈黙が通りすぎる。


 「フぅぅ……」という虚脱感を纏った息が漏れる。


 すると、こちらに向いている視線から威圧感のようなものが薄れていくのを感じた。


「リン、こいつがこう言うんだ。俺たちがこれ以上何を言っても意見は変わらんよ。

それは、お前もあの時、あの場に居たのだからわかるだろう?」


 リンさんも俺の横でこれ見よがしに溜め息を吐き


「はぁ~……まぁね、あんなボロボロなナリでブラック・オーガに突っ込むバカに何言っても無駄か」


 責めるような目線を向けてくる。


「すいません」


 謝るしかない俺。


「ふふっ」


「どしたのエリカ」


「あ、ごめんなさい。

リンちゃんとルー君に我が儘を通しちゃう人なんて初めて見たからつい」


 口元を掌で隠すようにして微笑むエリカさん。


 ちょい気まずかった場が和む。


「な、なによそれ~」


「確かに。リンが我が儘を言う側じゃなく聞く側にまわるなんて、なかなかないな」


「ルーまで何よ~」


「あら、ルー君だって結構無茶する時あるじゃない?」


「む?」


「そーよ!そーよ!今回のクエストだって……」


 リンさんの頬が膨れ、エリカさんが楽しそうに、ルーカスさんが涼しげな笑顔で話している。


 そんな賑やかで暖かな光景を、俺はただただ眺めていた。


 こういうのって、やっぱいいなぁ。


 そんな風に思おうと必死に思考を固定しながら……




「ユウ」


「はい」


「金は俺逹から借りるとして、その後は……やはり心力か?それとも何かアテでもあるのか?」


「そうですね。ひとまず心力についてなにがしかの決着が着かないと、身動きがとれないと思ってます。……そうだ、エリカさん」


「あ、はい!」


「俺の退院って結局いつ頃になりそうなんですか?」


「え?あっ!そ~ですね……

戦闘をしないのであれば明日でも。

戦闘をするのであれば、明後日。

といったところでしょうか。

今朝身体を診せてもらった時、右の脇腹以外はもう治っていましたし、右の脇腹も明日には完治すると思いますので」


「となると、明後日が退院日になりそうですね」


「ま、まぁ……そうですね。多分、お姉ちゃんが明後日じゃないと許さないと思います」


 だよなぁ……なんせ退院と同時にキックの鬼が待ち受ける戦場に赴かなきゃならんのだし。


「ナナが?随分仲良くなったのねぇ……あの子ってば家族以外には見向きもしないのに」


「そ、そうですね……そうだったらいいですよね……」

「あはは……」


「な、何よその感じ……」


「と、とりあえず明後日退院ってことは決定なので、明日を含めて何日かは心力の器を見定める鍛練に集中します

その結果によりけりでまたその後のことは決めていこうかと……器が見つかれば冒険者登録して、働いていく感じですね」


「なるほど。妥当なとこだな」


 頷き、カップを傾けるルーカスさん


 そういえばこの2人はこれからどうするんだろうか


「お二人はこれからどうするんですか?」


「私達はあと2~3日したらここを出るわ」


「え?そうなの?」


 予想外だったらしく、結構な驚きを表すエリカさん


「あぁ、実はあるクエストをクルス殿から受けるよう頼まれていてな。

こいつも無事起きたことだし、そろそろ出ることになるだろうな」


 そっか、俺が起きるまでわざわざ待っててくれたのか……


 つくづく迷惑かけっぱなしだな俺……


 金だけじゃなく、受けた恩だって必ず返さないとな……


 「ふぅ…」と小さく息を溢し、決意を新たにする。


 そんな俺の向かい側で、エリカさんは何やら落ち込んでいた。


「お父さん……いくらなんでもそれは……今回のクエスト達成からまだそんなに経ってないのに……」


「まぁ~仕方ないわよ。

Aクラスの冒険者なんて元々数が少ないし、その中でも古株の私達にギルドが頼ってきたくなるのはわからないでもないわ」


 肩をすくめるリンさん。


「強制ではないんですよね?断ることはできないんですか?」


「余程切迫した状況でもなければ、強制クエストは発令されない。

だがまぁ、こちらも難易度の高い依頼をまわされる分、色々と便宜をはかってもらっているからな。

そうそう断ることもない」


 なるほどなぁ……持ちつ持たれずってことか


「それにまぁー今回はクルスさんに直接お願いされちゃったしね」


 この2人ともついにお別れかぁ……


「…………お父さんのバカ」


 あれ?エリカさん?


 エリカさんのいきなりの感じに呆けていると、横のリンさんがソーサーをベッドに置き、立ち上がる。


「もぉ~……、エリカは相変わらず可愛いわね~。

そんなイジけないの。手紙だって送るし、また顔出しに来るから」


「むぅ……はい」


 エリカさんの横に座り、包み込むように抱き締め、自分の頬をエリカさんの頬にスリスリしながら語りかけるリンさん。


「意外か?」


 リンさんと入れ替わりにこちらのベッドに移ってきたルーカスさんは、テーブルの上にあるお盆にリンさんのソーサーとカップを置き、自分のも置きながらそう問いかけてきた。


 たぶんエリカさんとリンさんのことだろう


「そうですね、少しだけ。」


「フフッ。ナナやエリカとは、あの子逹が生まれる前からの付き合いでな。

リンは2人が赤ん坊の頃から自分の妹のように可愛がっていたよ」


「なるほどそれで……」


「ああ。あの子逹の母親が早くに亡くなっているのもあって、2人共リンには特にあんな風になる」


 ナナさんもああなるのか……?

 うわ……ちょっと見てみたい……


「ん?でもそうなると、お二人って結構としう「ゴスッッ」……カハッ……」


鳩尾に拳が突き刺さり、カップとソーサーが宙に舞う。


「誰が年寄りよ」


「そんなこと……かふっ……言って……くふっ……ない……」


「まぁーリンの前であまりそのことには触れない方が身のためだな」


 宙に舞ったカップとソーサーをキャッチし、今さらなことを言うルーカスさん。


 ちなみにお茶は全部飲んでいました……グフ……


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