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 四肢から力を抜き、身を投げ出すように倒れこむ。


 「バフっ」と身体が包みこまれ、心地よさと安息感に沈んでいく。


「う~~あ~~つかれた~~」


 やっとの思いでベッドにたどり着き、今こうしていられる幸せを噛み締めた。




 ナナさんは暇だったらしい。


 診療室でウダウダしながら患者が来るのを待っていたが、朝9時ちょい過ぎのこの時点で全く患者が居ない時は大体午前中が暇な日だと決まっているらしく、溜め息をついていたらしい。


 何か暇潰しはないかと考え始めた頃、なにやら2階が騒がしいのに気付き、どうせ暇だしちょっと上がってみるかとなったのだそうだ。


 すると浴室の方から俺とエリカさんの声が聞こえてくるではないか。


 若い男女が2人っきりで浴室にいる。

 しかも1人は自分の大切な妹だ。

 急ぎ浴室へむかう!

 狭い脱衣室を抜け、浴室の入り口に立ったナナさんの視界に飛び込んできたのは……


 頬に手を当て恥ずかしそうにしているエリカさんと、それをニヤニヤして見ている俺だった。




 いやぁ~カオスでした~。


 別に疚しいことがあるわけでもないのに、何故かエリカさんが焦りだし、シャワーの使い方を説明していたことだけ伝えればいいものを、全裸の俺に遭遇したことまで暴露して俺を誤爆。


 その結果、「変態野郎」の汚名をかぶることになるわけだ。もちろん俺が。


 「それだけは勘弁してくれ」と俺も泣きながら抗議。エリカさんも一生懸命弁護してくれたことで、ナナさんも渋々納得する。

 が、タダで自分の可愛い妹におぞましいモノを見せた罪は消えないと強弁するナナさんは、朝の再戦をし、俺が勝てば、変態野郎は勘弁してやると言い出す始末。


 まさか、あの可愛らしい容姿から、「欲しいものは力づくで奪い取れ」的な山賊みたいな答えが出てくるとは夢にも思ってなかった。


 ってかどんだけ好戦的なんだよこの人……


 んでここまでくると、もはや俺が逆らえるような流れではなく、完全に向こうの男気に押しきられてしまいました。


「え?いや、あ、はい、わかりました……」


 って感じの完全に屈服させられる形で結末迎えちゃったからね……。


 思い出すとベッドに顔を押し付けて「うわぁあああああ」って叫びたくなるほどダサかった……そりゃぁもうダサかった……。


 まぁーでも、何とか変態呼ばわりを再戦の約束と引き換えに保留させることができ、一応は危機を免れたわけだ。

 再戦日が退院日というまさかの要求まで呑まされたけどね……ハンデなしで戦いたいんだってさ……。


 話が全て決まると、ナイスタイミングで患者さんが来て、ナナさんは診療室に戻っていった。


 その後、俺は自分が心力の操作が出来ないことをエリカさんに伝え、お願いしてシャワーのお湯を出してもらい、ようやく身体を洗うことができた。


 驚いていましたとも……まぁー今さらだけどね……。

 もはや都合の悪いことは全て記憶喪失のせいだとゴリ押しすることにも慣れました。あっはっは~

 

 そんなこんなで、こうして今、ベッドで休めてるわけです。

 マジでマジで大変でした……。


 あれだけ1人は寂しい的なこと思ってたくせに、今は完全に1人でこうして居られるのが幸せだと感じているほどですよ。


 まっこと人とは、現金なモノじゃのぉう……。


 などと思いつつ、意識がまどろみ溶けていった。






「大丈夫だよ。ユウ君には私が着いてるからね?だから大丈夫」


 そう言うと、俺の頬にそっと手を当て、そして抱き締めてくれた。


「ホント?」


「うん。ずーっと一緒!だから怖いことなんてなーんにもないから安心して?ね?」


「うん、お姉ちゃん……」





「んあ?」


 目が覚めると、目の前には壁があった。うつ伏せで首だけ壁に向けて寝ていたらしい。


 「ふわ~」とあくびをし、腕立ての要領で起き上がってから、ベッドの上であぐらをかく。


 あぁ……そっか……夢か……エリカさんとナナさんを見て姉さんを思い出すとかベタすぎんなぁ……


 なんだか恥ずかしく、自嘲混じりのため息が出てしまう。


 どんくらい寝てたんだろうなぁ~とか頭を掻きながらぼんやり考えていると


「あ、起きた!」


 という声が突然後ろから聞こえ、病室の入り口の方へ振り返る。


「あっ……」


 そこにはブラウンのショートヘアに猫耳をのせたリンさんがいらっしゃった。


 草原で出会った時とは違い、ピンクの長袖ポロシャツとデニム生地っぽい濃紺のパンツ、足首を固定するタイプのサボサンダルという普段着姿だ。

 上下とも身体にピッタリしたサイズを身につけているため、スタイルの良さが丸わかりで少しドキっとしてしまう。


 って再会一発目でエロ目線ってどんだけだよ俺……ここはやっぱ爽やかな笑顔と共に再会出来たことを喜び合う場面だろ!


 そう思い、身体をリンさんの正面に向け、俺なりの爽やか笑顔100%で話し掛ける。


「おはようございます!いやぁお互い生き残れてよかったですねー!」


「…………」


 あれ?え?何この感じ。


 尻尾をニョロつかせながらこちらにゆっくり近づいてくるリンさんは、いつもの溌剌とした感じがなく、なにやら深刻な顔をしている。


 ベッドの上で胡座をかき、こちらに来るリンさんを見ているしかない俺はヘビに睨まれたカエル状態。

 ナナさんの無表情な冷たさとは違い、静かな怒りを身に宿すことで放たれる冷たい空気に、完全にビビる。


 ベッドの横、俺の正面に立ち止まり、見下ろしてくるリンさん。

 その視線を受け、サッと正座する俺。


「え、えーっと……なんか俺、不味いことでもしたでしょうか?個人的には結構爽やかな再会の場面を想像していたんですが……」


 初めはリンさんを見上げつつ、シドロモドロ話していたのだが、後半は背中が丸まり自分の膝を見ながらになってしまう体たらくな俺。


 いやでも仕方なくないですか?ナナさんもだけど、美人の無表情って怖いんだって!しかもリンさんっていつも笑顔だったじゃん?そのギャップでなんかさらにクるものがあるし。


「バカ……」


 と聞こえた次の瞬間にはリンさんに抱き締められていた。


 予想外の展開とリンさんの柔らかさの前に混乱の極みに達する俺の脳ミソ。


「バカッ!!なんであんな無茶したのよ!!」


「へっ?」


「あんたが私達のために命を賭けることなんてない!あんな死ぬ一歩手前みたいな状態になるまで戦うことなんてなかった!」


 ギュッと俺の身体を強く抱き締め、そう語るリンさん。

 彼女の体温と身体の震えを感じ、混乱していた頭に平静さが戻ってくる。


 嬉しいなぁ……としみじみ思う。

 俺をこんなにも心配してくれる人がいるってのがホントに嬉しい。

 この世界にもそういう人が居てくれると知っただけで、この先もちゃんと生きていけると確信できる。


 リンさんの背中に右手を置く。


「そんなに自分を責めないでください。

俺は、お2人が助かったことが嬉しいし、それで満足しているんですから。

それに、言ったじゃないですか。

俺が死んだら、それは俺の責任だと」


「でも、だからって!会ったばかりの他人のために、命を投げ出すような真似することない!そんなんじゃこの先、生きていけないわよ!?」


 俺はリンさんの両肩に手を置き、目の前に押し出す。


 そして、彼女の目を見てはっきりと告げる。


「張るべき意地を、張ったまでです」


 しばらく驚いたような表情をしていたリンさんが「フッ」と息を漏らし、表情を崩す。


「あっきれたぁ……今どきそんな騎士道みたいな精神構造持ってる奴、騎士にもそういないわよ?変な奴。ってか絶対この先無駄に苦労するわよ?あんた」


 肩の手を離す。


 痛烈だなぁ……でも普段の表情豊かで明け透けなリンさんに戻ってくれて助かった。

 マジ怖かったもんさっきの顔……


「まぁー、そん時はそん時でなんとかしますよ」


ヘラヘラ笑いつつテキトーに返す俺。


「はぁ~、ホントあんたってよくわかんないわ~」


 さらに呆れるリンを尻目に、緩んだに雰囲気に安堵の溜め息を漏らし思う。


 柔らかかったなぁ……リンさん。

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