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俺が不思議親子にドン引きしていると
「パンッ」と手を叩き、いつもの微笑みを携えたクルスさんが
「さて、そろそろお開きにしましょうか。
もうすぐ7時になります。他のギルド職員が出勤してくる時間です。
さすがに彼らを横目にお茶会はできませんからね」
一度壁に掛かった時計を確認するような仕種を取ってからそう言う。
あんなとこに時計が……全然気づかなかったな。
この世界でも時間の概念ってあるんだな……他にも、日付とか年月もあるのかもしれない……後で調べておかなきゃな。
にしてもやっとこの謎空間から解放されるのか……疲れた……いやマジで。
「ふぅ……」と肩の力を抜く。
「まだ、話は終わってない。蹴りた……反省させてない」
いやいや、さんざん謝ってるやんけ!!ってかわざわざ本音が顔出してらっしゃいますけどっっ!?
クルスさんは苦笑しつつ
「続きは治療院でするべきでしょう。もともとナナさんはユウ殿を探しに来たのであって、お仕置きをしに来たわけではないのですから」
まだ続くのかよぉ~~……いやまぁ、自業自得か。
エリカさんにはちゃんと謝らなきゃならないわけだし。
ストレス発散のために身体動かしてきたのに、何の意味もなかったな……
口元が苦みばしった笑みを作る。
「むぅ……わかった。続きは院でする。」
仕方なくという感じで納得したナナさんは、椅子から弾みをつけて「トンッ」と降りる。
「ごちそうさま。父さん。行く」
俺に目配せし、ドアに向かって歩いて行くナナさん。
「お粗末様でした。エリカさんにもよろしく伝えておいてください」
笑顔でそれを見送るクルスさん。
「ユウ殿も、またお会いできる日を楽しみにしております。心力については、諦めずに鍛練を続けてみてください。必ず身を結ぶはずです」
な、なんかしばらく会えなくなるみたいな言い方だな。
「え?クルスさんはここの職員さんなんじゃ……」
と聞こうとしたタイミングで
「早く」
とナナさんがこちらに声をかけてくる
「行ってあげてください。ナナさんが家族以外でこれほど他者を気にかけることなんて、今までありませんでした。
ユウ殿のことを気に入ったのだと思います」
それキックの的としてだろがっっ!!
「え、あ、そうなんですかね?」
「えぇ。ですからぜひ仲良くしてあげてくださいね。
あっ!でも、お付き合いするとなると話はまた別ですが」
クスクスと笑みを深めるクルスさん……後半、目が笑ってませんよ?
「まだ?」
闘気を纏い始めるナナさん。
いやいや沸点低すぎだろうっ!?
「そ、それじゃ!なんか行かないとやばそうなんで!ギルドのことや心力のこと、あと空き地の場所とか色々教えてもらってありがとうございました。今度、改めてお礼しに来ますのでその時また色々教えてください……ってなんか図々しいですかね?」
軽く頭を下げつつクルスさんを見る
「いえいえ、私でお教えできることであればいつでもどうぞ」
笑顔でそう返すクルスさん。
ありがたいなぁ……と心が温まるのを感じる。
「それじゃ、また!今日はこれで失礼します!」
「はい、またお会いしましょう」
一礼し、椅子から降りる。
「あ、片付けは……」
「フフッ。やっておきますので、ご心配なく」
「あ、はい。すいません」
急いで出入口で待つナナさんのもとへで向かう。
「遅い」
「す、すいません」
「それじゃ、行く」
カランカランとナナさんがドアを開けると、すでに陽の光が広場に射し込んでおり、村人の姿もチラホラ見えた。
モヤのかかった広場の匂いに新鮮さを感じつつ、そこを突っ切って治療院へ歩き出す。
「はぁ……」
忘れてた……
クルスさんとの別れ際の会話で心が温かくなっていた俺は、忘れてた……
あれ?これまた2人っきりじゃん?……悪夢再来じゃん?
歩きつつ、げんなりしながら前を見る。
その先にはナナさんの小柄な背中。
ピョコピョコ揺れるポニーテール……。
「うはっ……」
まさかの展開に思わず小さく吹き出す。
うーん、猫尻尾も犬尻尾もよかったが、馬もなかなか捨てがたい……
「しっ」
「えっ?」
唸る烈脚!
耳元を通り過ぎる疾風!
地面に落ちる一滴の汗!
「…………」
「ちっ」
舌打ちをし、俺の目の前から蹴り足を引くナナさん。
右に捻りながら反らしていた上半身を戻す俺。
スタスタと何事もなかったように歩き始めるナナさん。
「はぁ~……」
美人と2人っきりなのがチャンスじゃなく、ピンチでしかないこの状況……
泣けてくるんですけど……
「着いた~~」
来た道帰って来ただけなのに……なんだろう……この達成感……砂漠で遭難して、やっとオアシスを見つけたような……
そんな感慨に耽っていると
「エリカが中で待ってるから、ちゃんと謝って」
横に立つナナさんが刺々しく言い放つ。
「りょ、了解です」
誰が誰を気に入ってるんですか?クルスさん……
結局、道中も一切しゃべらなかったし……顔面に上段横蹴りぶちこまれるし……
「じゃ、行く」
先に歩き出すナナさんの後ろに着いて行く。
治療院はこの村の建物がほとんどそうなように木造建築で2階建てだ。大きさも周りにある民家よりも2回りくらい大きく、塀で囲まれている。
脱走時には気づかなかったが、出入口のドアの上に〈ナナ&エリカ治療院〉とピンクや黄色の可愛らしい色合いの文字とハートや花びらのイラストが描かれた看板が掲げてある。
うーん……完全にエリカさんの趣味だろうな……
両開きのドアを片方押し開くと、すぐにソファーやテーブルがいくつかある待合室のような部屋があった。
後ろでドアが閉まる音を聞きつつ、キョロキョロしていると
「パタパタパタ」という足音が聞こえてき、パタンと待合室の奥にある2つのドアのうち、左側の方が開く。
もちろんエリカさんだ。
彼女は俺とナナさんを交互に見て、一度安堵のため息を吐いた。
それから顔をわかりやすくむっすりさせると、こちらに近づいてき、俺の目の前で足を止める。
あっ……謝らなきゃ!
「エリ……」
「もう!心配したんですからね!!安静にしていてくださいって言ったじゃないですか!!」
ナナさんと同じく俺より頭1つ分背の低いエリカさんが、俺を見上げながら叱ってくる。
なんだろう……さっきまでキックの鬼と居たからなんだろうか……
ズキューンきました……これがいわゆる萌えなんでしょうか……?鷲掴みされたぁ……これはヤられたわぁ……
ボーッと目の前で可愛らしく怒る美人エルフナースを見ていると
「ドスッ」
横合いから手刀が腹に叩き込まれた。
「ガフッ……」
「ちゃんと謝る」
「げほっげほっ……ぁぃ……」
呼吸を整え、姿勢を正す。
一連の流れに叱るのを忘れて呆気に取られているエリカさんの目を見つめ、頭を下げる。
「エリカさん!ご心配おかけして、本当にすみませんでした!!」
「ふぇ?え?……あぁ……」
と少し戸惑いを見せた後、「コホンッ」と一旦小さく咳払いをし
「反省しているようだし、無事帰って来てくれたので、今回は大目に見てあげます。
でも次からはちゃんと一言断ってからにしてくださいね?
それとあんまり無茶してもダメ!一応怪我人なんですからね?」
良い人だなぁ……次からは絶対裏切るようなことはしちゃダメだな。
頭を上げる
「はい。次からはエリカさんにご心配をおかけするようなことはしません。」
「はい。ならいいです」
笑顔が咲き乱れる
「私は?」
「も、もちろんナナさんにもですよ」
「ふーん……」
な、なんだ?こえぇんですが……
「お姉ちゃんもご苦労様!ごめんね?私の代わりに走り回ってもらっちゃって」
「いい……急患がくるかもしれないからどのみちどちらかが待機してなきゃいけなかったし、いつもより早く目が覚めちゃって暇だったし……」
いや、暇潰しだったんかい……