15
「お前さんがここで泣こうが喚こうが、あるいは死んだとしても、この世界は変わらずに流れていく。
お前さんなんぞ、その程度の存在でしかないんじゃよ。
じゃが、お前さんにも変えられる世界が唯一ある。
その両の手の届く範囲にある世界じゃ。
そこに有るものを大切にしたいと願うのなら、守る力をわしが授けてやろう。
さぁ?どうする?お前さんはその世界をどうしたい?」
「がはっ……はぁはぁ……」
じじぃの夢で起きるとは、胸くそ悪ぃ……そりゃ血も吐くわな……
うぅ……あちこち痛いが、右の脇腹が一番やばいな……感覚がない……
大斧の刃の部分を受けたらやばいと思って、柄が当たるだろう範囲まで踏み込んだはずなのにこのダメージ……
まぁー死ななかっただけマシか?これも身体能力向上のおかげだな……
腹這いの状態から顔をあげて、周りの様子を探る。
すると獣人2人とその倍くらいのデカさがある隻眼、隻腕の黒い怪物が戦っていた。
うわぁ……さすがに苦戦してんなぁ……やっぱ神術使えないとあのクラスはきついか……
3mくらいある身長、筋肉と黒い硬そうな皮膚で覆われた人型の怪物は、獣人2人の攻撃を常に読んでいるかのように動きまわり、2人の連携攻撃の隙を突くように大斧を振っていた。
あの巨体であの動きは反則だろ……しかも一撃くらったらこっちは終わり……クソッタレすぎるな……ったく。
さて……俺にできることはあるか?
このままじゃあの2人の体力が尽きた時点で負けが確定だ……冗談じゃない、あの2人に生き残ってほしいからこっちはこんだけ体張ったんだ。
助けた後に結局殺されましたなんて嫌すぎる。
とりあえず、どれだけ動けるかだな……
と思い、身体の状態を確認してみる。
肋骨が何本か折れてるな……肺も傷ついてるみたいだ……全身打撲……靭帯断裂……左足首もなんか変だ……あとは……ん?
と、そこまで確認し終えて気づく。
この身体、丈夫になってるだけじゃなく、再生力も上がっている。
徐々にだが、痛みが引いてきている部位があるのだ。
人間離れしてきているなぁと思うが、それでも今すぐ万全な状態まで回復できるかといえば、無理だろう。
だからまぁ……一撃だ。
隙を見つけて、一撃ブチ込む。
ベタすぎるが、これしかない。
ギリギリまで身体を回復させて、隙ができた時に突っ込む……これしかないな……
「ハァ……ハァ……ハァ……」
身体の熱が上がってくる……痛みの消えてくれた部位もあるが、逆に右脇腹が思い出したかのように痛みを発し始め、意識が朦朧としてくる。
だが、今この状況で気を失っているわけにはいかない。
目の前で繰り広げられている戦況が、刻一刻と悪くなっているからだ。
時間が経つにつれて拮抗していたパワーバランスが崩れだし、2人が怪物に圧され始めている。
なんとか怪物の攻撃を防ぎ、反撃を試みているようだが、これといった決定打になっていない。
逆に、奴の攻撃は確実にリンさんとルーカスさんの連携を崩し、ダメージを蓄積させている。
このままじゃじり貧だ。どうする……なんかないのか……
逆転の一手を求め、戦闘を細かく観察していると、この状況に陥っても、2人の動きに全く諦めを感じられないのに気づく。
何か奥の手があり、それを使う機会が来るのを待っている。
そういう動きをしている。
なら、その機会を作るのが俺の役目だろう……。
一発、キツいのをブチ込んでやる……。
あいつを倒して、無事に3人で村まで行くんだ。
そう心に強く刻み込む……
となれば、急がないとな……今の状態でも、我慢すれば一撃ぐらいはなんとかなるだろ……
俺があの怪物に決定的な隙を作れば、あとはあの2人がなんとかしてくれるはずだ。
「スゥゥゥ……フゥゥゥゥゥゥ……」
身体の痛みを忘れ、集中する。
立ち上がり、再び戦場へ赴くために歩き出す。
左足がびっこ引く形になるが、一歩、また一歩と歩きながら、自分の身体の隅々に力を巡らせる。
ソコまで大体、20mくらいか……我ながら吹っ飛ばされすぎだろと思う……もっと筋肉つけて頑強にしたいが、うちの流派ってそういうんじゃないんだよなぁ……じじぃもめっさ細いし……
などとくだらないことを考えていると、敵まであと6、7mくらいのとこまで来ていた。
リンさんとルーカスさんが何やら言っているが、うまく聞こえない。だからニヤケヅラで手を振ってみる。
目の前にはデカ黒い怪物がいる。
俺なんぞ、もはやなんの障害にもならないと思っているらしく、こちらに見向きもしない。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
舐めんなよ……一発もらって、そのまま泣き寝入りするほど、俺は優しくないぞ……
俺は周りが見えなくなるほど、奴に意識を絞り、腰だめに力を溜める。
よし……いくぞ……
と思ったその瞬間、奴がこちらに向き直り、そしてニタリと笑った……ような気がした。
「グォオオオオオオ!!」
という雄叫びと共に、大斧を振り上げて飛び掛かってくる。
いつの間にかリンさんとルーカスさんが俺の前に並んで立ち、壁になってくれていた。
が、俺はその間をすり抜け、走りだし、奴と一騎討ちの形になる。
後ろから何やら声がするが、振り切る。
柔術家に、力任せの大振りをしてくるとは……後悔させてやるよ……
俺は振り下ろされた一撃に対し、身体を瞬時に半歩ズラすことで避ける。
そのまま奴に向かって飛び掛かり、振り下ろされて、伸びきっている二の腕を両手と左脇でロックする。
「ハァァッッ!!」
ソコを支点にして、空中で無防備な体勢になっている奴の上半身に向けて、思いっきり右足を叩きこんだ。
変則の巴投げのような形になり、「グワンッ」という音と共に奴はそのまま半回転して背中から地面へ叩きつけられる。
俺も蹴りの反動でそのまま背中から地面に落ちた。
「ぐえっ」
カエルのような声を発した後、すぐに顔を上に向ける。
そこには雷を纏った槍が奴の心臓に、逆巻く風を纏った短剣が喉元に突き立つのが見えた。
「フゥゥゥ……終わったぁ……」
しみじみ言いながら、俺は眠りにつく。