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8話 綻び

「……『帰る』、か」


 走馬灯のようにかつての孤独と栄光、そして敗北が蘇る。


「昔、バルバラと呼ばれていたことがある」

「バルバラか……良い名前だな。うん、語感が良い」


 牧緒には、バルバラが名乗ることを躊躇した理由は分からない。

 それでも、巨大な体に隠された、小さな望みは思い描けた。


「バルバラ、俺が必ず元の世界に帰る方法を見つけ出す。だから、まずはここを出よう!」


 想定外は多々あれど、結果的には牧緒の思惑通り。

 脱獄に協力させるだけの動機は確立された。

 作戦は、成功したと言っていいだろう。


 ***


 脱獄決行は19日後の手筈。

 しかし、深い暗闇の中では、どれほど時間が経過したのか正確に判断する術はない。

 感覚を頼りに、残りの計画を遂行する必要があった。

 

 奈落の底では、バルバラの食事の音だけが響き渡る。


「んぐ、んぐ……べえぁ」


 130匹目のリーパーを慎重に咀嚼する。

 何かを舌の上で感じ取ったのか、口を開けて舌先を出した。


「おぉ! これこれ、これだよ!」


 牧緒は、唾液に塗れたツルハシを躊躇なく掴み取った。

 リーパー輸送が成功したのだ。


「ん、もう一匹出たぞ」


 あぐっ、とバルバラは壁から這い出たリーパーを食す。

 牧緒はツルハシを肩に掛けて、小さなトンネルの先を見つめた。


「バルバラの食事は、リーパーで賄われてると予想はしてたけど……まさか巣穴が開いてるとは」


 巨大な竜を生かすための食事が、パンやスープなわけがない。

 かといって、人間用の家畜を提供していては破産する。

 だから牧緒は、看守がリーパーを捕まえて、奈落へ落としているものと考えていた。

 実際には、巣穴から自然にリーパーたちがやってくる。


「火山の火口をそのまま利用したからかなぁ」


 奈落には魔法防御が施され、穴を掘ることはできない。

 しかし、最初から開いている穴は別だ。


「その穴を抜ければ、地上へ出られるかもしれんな」

「はは、無茶言うなぁ」


 バルバラはからかった。当然そんなことは実現不可能。

 リーパーに喰われるか、土砂に埋もれて圧死するかのいずれかだ。


「しかし、ツルハシは役に立たんぞ」

「これは何かを壊すためじゃない。引っかけるためだ」


 実際に目にするまで、奈落がどんな場所かは知る術がなかった。

 だが、そこが火口であることは周知の事実。

 上に登る必要があることは、想像に難くない。


「どこに囚人が収容されてるか分からなかったからな」


 火口の中腹には、至る所に監房が吊るされている。

 壁はもちろん、監房に繋がっている鎖へ、ツルハシを引っかけることもできるだろう。


「お、また何かあったぞ」


 バルバラが再び舌を出す。

 牧緒は革袋を持ち上げて、中身を確認する。

 

「よし、食料だ」


 一本のワイン瓶と、紐で縛られたハムの塊。

 オルガノが看守を買収して用意させたものだ。


「他の物資はまだ見つかってないけど……最低限は揃ったな!」

「そんな少量で足りるのか?」

「いや、これは俺の食料じゃない」


 牧緒はそれらを革袋へ戻してから、バルバラへ擦り寄った。


「リーパー、俺も食べたいなぁ」

「……自分で狩ればいいだろう」


 バルバラは心底嫌そうに首を引いた。

 牧緒の甘え方が、あまりにも気持ち悪かったのだろう。


「もちろん俺が狩るさ。魔力も魔法も使わない前提なら、結構戦える自信あるんだ」


 2年間、死ぬ気で鍛え上げた体は、戦い方を憶えている。

 ”聖域”でなら、魔物は魔力で肉体を強化できない。

 たとえツルハシであっても、十分な武器になる。


「でさ、焼いてくれない?」


 尖らせた唇から息を吐いて、火を噴く仕草をする。

 牧緒は最初から、リーパーを食料とするつもりだった。

 当たり前に生食は危険。火を通せば何とかなると、高をくくっている。


「仕方ない……」


 こうして、牧緒は自らリーパーを仕留め、食事にありつけた。


「んぐ、う、ごくん……」


 牧緒はホルモンのように焼き上がった肉を口にした。


「これは、マジで心が折れそうだ……」


 不味い。それに尽きた。

 恐らく塩や胡椒があっても結果は変わらない。

 それほどに滴る油は臭い。


「贅沢は言ってられないけどな」


 牧緒は時折手を止めながら、腹が膨れるまで頬張った。


「ん、まてよ。では先の食料は何だったのだ?」

「魔女への貢ぎ物、かな」


 強欲の魔女――程度は違えど、竜と同じく長寿。

 ヴァーリア監獄にも、長く収容されている。

 満たされない食欲と性欲は、人を狂わせるもの。


「もしかしたら、これだけで仲間になってくれるかもな」


 革袋を持ち上げて、牧緒はほくそ笑んだ。


「魔女か……あれは私ほど寛容ではない。何故、必要なのだ?」

「壁を越える方法はある。あとは、勇者から逃げる手段が必要なんだ」


 最強の勇者をどう凌ぐか。

 その方法を牧緒は話し始める。


「対勇者作戦は二つある。どちらかがダメでも、もう片方が生きる策だ」

「魔女を戦力とするつもりか」

「あぁ、その通りだよ」


 その魔女は千年以上を生き、魔法を極めたとまで言わしめる。


「無理だな。魔女は何者にも靡かぬ。仮に協力を約束させたとしても、脱獄した瞬間に裏切るぞ。戦力にはならない」


 バルバラは魔女を引き入れることを強く拒んだ。

 長寿同士、お互いを知っているのかもしれない。


「私とお前は、元の世界へ戻るという利害が一致した。だが、魔女は違う」


 加えてバルバラは、魔女の危険性について補足する。


「自身が逃げ切るための餌にされるぞ」


 確かに童話で語られる魔女は、利己的で残虐。

 裏切られる可能性は大いにある。


「餌になるのは魔女かもしれないぞ?」


 二手に分かれた場合――魔女を追うか、唯一竜を追うか。

 勇者の選択は予想できない。


「全く……無謀な奴だ。して、それが失敗した時の策はなんだ?」


 バルバラは首をぐわりと捻ってから聞いた。


「あぁ、それなんだけど……」


 牧緒は、どう順序立てて話せばいいか考えた。

 暫くしてから、結論を後回しにする形で口を開く。


「奈落には、ユレナが収容されている」

「そいつは誰だ?」

「どこかの国の貴族令嬢だ。婚約者の王子を殺そうとして、死刑が決まったとか……」


 未遂での極刑。

 違和感はあるが、そもそも牧緒は”無能”が理由でここにいる。

 故に、牧緒はそういうものだと割り切っていた。

 

「ヴァーリア監獄での死刑には、必ず勇者が立ち会うんだ」

「なるほど、読めたぞ」


 バルバラが尾を振って割り込んだ。


「死刑執行中に騒ぎが起きれば、勇者はその女の仲間が助けに来たと判断するだろう」


 貴族令嬢ともなれば、金で人を雇うこともできる。

 はたまた、彼女を信奉する部下たちがいるかもしれない。

 

「ならば、女を逃がさないために勇者はそこから動けない」


 バルバラは目を輝かせながら、牧緒の考えを推察した。


「あぁ、これが二つ目の策。そのはずだったんだけど」

「なんだ、問題か?」

「あぁ、足止めの策は使えなくなった」


 足止めはユレナが死刑となる前提だった。

 しかし、制御装置を握っているオルガノは、死刑前日にそれを停止する。

 その上、呪詛までかけられた。

 牧緒には、どう足掻いてもユレナを救う選択肢しかない。

 対勇者作戦には、致命的な綻びが生じている。


「ユレナが≪終末級≫なら、迎撃作戦に加えられるんだけど……そんなわけないよなぁ」


 牧緒は項垂れる。

 奈落に収容される者は皆強者。と、いうのは通例でしかない。

 魔女の説得を失敗するわけにはいかない状況に追い込まれてしまった。


「弱音は吐いてられないか。このどこかにいる、魔女とユレナを探さないとな」


 そう言って、牧緒は上を見上げる。

 吊り下げられた幾つもの監房。その中から地道に探るしかない。

 植物の光で監房の中を覗きみるか、声を掛けてみるか。

 いずれにしても、骨の折れる作業だ。


「魔女ならそこにいるぞ」

「へ?」


 バルバラは首を伸ばして鼻先で示した。

 軽く火を噴き、その先を照らす。


「リーパーの巣じゃ……ない?」


 同じく奈落の底。壁際に開いた穴。

 自然にできた物ではなく、人工的に作られた道。

 入口の縁は精巧に彫られ、ゴツゴツした地面は均されてる。

 元々は、何かを祀る場所……そこを魔女の収容場所へ転用したかのようだった。


「私がここへ閉じ込められて、少し後だ。ここへ勇者と魔女が降りてきた」


 バルバラは当時のことを語る。


「拘束も無く、抗うことも無く、魔女はその先へ入ったきりだ」


 世界を単独で滅ぼし得る、≪終末級≫ともあろう魔女が、自ら進んで捕まった。

 そのようにも捉えられる話。


「でも、良かった。魔女を探す手間は省けたよ」


 牧緒は意を決して進む。


「灯りは必要か?」

「いや、大丈夫そうだ」


 青い光を放つ植物が、足場を照らす。

 暫く進むと、ハッキリと人の息遣いが聞こえた。


「君が、魔女か?」


 低い祭壇の中央に、細い柱。

 魔女はそれにもたれかかって、座っていた。

 高く上がった右手の手の平には杭が打ち込まれ、柱に固定されている。

 身に纏ったドレスだった物は、もはや襤褸切れ。

 むき出しになった肌は黒ずみ、長い髪は泥に浸けたかのよう。


「……痛くないのか?」


 牧緒の第一声は、交渉の言葉ではなく、純粋な疑問だった。

 杭は肉を貫き、骨を砕き、柱に深々と突き刺さっている。

 血は乾いて錆びついているが、見るだけで幻痛が走る光景だ。


「俺には、それを抜いてやることはできないけど……」


 魔法防御が施された物は、破壊できない。

 バルバラを拘束する鎖の先は、地面に突き刺さっているが、それを抜くことはできない。

 ならば、それはこの杭も同じだろう。


「これ、食べ物を持ってきたんだ。ワインとハムなんだけど、どうかな?」


 返事の無い魔女へ、牧緒はおずおずと近寄る。

 ワインのコルクを抜き、だらんと垂れた左手の側にハムと一緒に置く。

 すぐさま後ずさりし、様子を窺った。


 魔女は、ピクリとも動こうとしない。


「俺は牧緒。ここから脱獄する計画を考えた。君の力を借りたい」


 聞こえる息遣いが幻聴かと思える程、魔女に反応はなかった。


「魔法防御を消す算段がある。逃走手段もある。でも、勇者に追われた時、戦うだけの力がないんだ」


 逃走において、勇者を近づけずに対処することが肝要だ。

 魔法を極めた魔女であれば、遠距離攻撃はお手の物。

 少なくとも、本で読んだ御伽噺を信じるのであれば。


「聞くに堪えないな……、酷い妄想だ……ここからは出られない」

 

 魔女はようやく口を開いた。

 その声はかすれ、威勢を感じられない。


「強欲の魔女なんて呼ばれてるくせに随分弱気なんだな」


 魔女は、脱獄という密に魅力を感じていない様子だ。

 計画の詳細を伝えれば興味を引けるかもしれない。

 だが、それよりも先に互いの距離を詰めるため、牧緒は続ける。


「そうだ、ここから出たら俺が何か……」


 魔女を満足させ、その気にさせる贈り物を考える。

 脱獄してでも欲する、強欲を満たすほどの何か。

 牧緒はそれを思いつけずにいた。

 本に記される魔女は、全てを手に入れていた。

 宝石も、貴金属も、土地も名誉も、強さも全て。


 ふと、バルバラと話した宇宙の話が頭に浮かんだ。

 宇宙にちなんだ、突拍子もない発想が湧く。

 

「魔女が出てくる童話を読んだよ」

「……くだらぬ作り話だ」

「大好きな夜を呼び寄せた、って書いてあった。でも夜空なんて、眺めてるだけだと寂しいだけだ」


 牧緒は足を組み、ペタリと座り込んでから魔女に向き合った。


「月を贈ろう。誰も手に入れたことがない、空の宝石だ」


 魔法では、宇宙には至れない。

 ≪終末級≫の魔女であろうと、そこにはロマンがあるはず。

 そんな風に牧緒は思った。


「……大言壮語も大概にしろ。妾が手に入れられない物は……誰の手にも、掴めない……」


 これには魔女も呆れ果てたことだろう。

 どんなキザな口説き文句でも、もう少しマシだ。

 だが、牧緒は一度決めたら止まらない。


「いや、俺の世界の技術ならきっと行ける。科学の進歩は凄いからな」

「世界……?」

「俺は、異世界からきた人間なんだ」


 バルバラに通用しなかった科学の知識でリベンジする。

 しかし、弟妹を育てるために学校へ行けなかった牧緒の知識では、高尚な交渉にはなり得ない。


「まず月面旅行が実現するまでに、あと五十年として……。で、費用は一千万ぐらいかなぁ? マグロ漁船に乗れば稼げるか……?」


 子供が語る人生設計にも劣る、残念な夢。

 その上、魔女にとっては何を言っているのかすら理解できない。


「俺の一生を懸ければ、月面旅行ぐらいならプレゼントできるかも」


 牧緒は大真面目に言い切った。


「一生か……。聞き飽きた言葉だ。(わらわ)に媚びへつらう者たちは……皆その言葉を、口にする……」


 魔女の声は更に小さく、弱弱しくなっていく。


「何度でも言うさ。俺の一生を懸けて君に月を贈る」


 牧緒は、妹の美織の事を思い出す。

 我儘で、何でもねだる年頃の女の子。

 そんなところが可愛くて、牧緒は実を削って何でも与えてしまっていた。

 当然、それを見れば弟たちも牧緒の腕を引く。

 和樹と翔太が頬を膨らませる様子が、懐かしい。


「強欲ならさ、月ぐらい手に入れないと箔が付かないだろ?」


 魔女の心を掴むためだけの言葉。

 そのはずなのに、牧緒は自然と笑顔になっていた。


「妾に、月は……似合わない……」


 魔女の蚊の鳴くような囁きは、牧緒の耳には届かなかった。


「いっそのこと、”月の魔女”と名乗ってみたらどうだろうか? 月をも欲するって意味なら、強欲と違わないし」


 バルバラの時とは違い、魔女を仲間にするための具体的な案は無い。

 だが、失敗しても食われることはないので、牧緒はひたすらに言葉を紡ぐ。

 

「月の魔女……うん、こっちの方が響きが綺麗だ。きっと似合う」


 牧緒は魔女の本質を何も知らない。

 知っているのは、卑しく醜悪な魔女として綴られた本の中の魔女。

 しかし、現代日本を生きた牧緒には、魔女という存在にそれほど悪いイメージはない。

 それこそ、魔法少女なんて呼ばれるキャラクターすら、牧緒にとっては魔女の部類。

 そのイメージとの乖離が、“強欲”の異名を拒絶していた。

 故に、思い付きで言葉にしたのが“月”の異名。


 その異名は、期せずして魔女の琴線に触れた――。

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