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57話 不穏

 シェルタ公国――公都アランデラ。

 ほんのりと赤みがかった日差しが、ホテルの一室を照らす。


「どうやら、終わったようだ」


 リデューシャは、窓の外をぼんやりと眺めながら口にした。

 幾何魔法【心眼(クレーデレ)】が、”安楽椅子作戦”の成立を見届ける。


「あれから5日か……。斥候の派遣が早かったな」


 オルガノが魔境の内情をわざと吐露してから、さほど日は経っていない。


「斥候と呼べる程、穏健ではなかったようだがな」


 リデューシャは、瞳を閉じて鼻で笑った。

 冒険者たちによる無謀な正面突破や、幾多の命のやり取り。

 それらは、偵察の域を超えていた。

 

「まだ、日が沈み切るまで時間がある。摂政の下へ向かうぞ」


 そう言って、オルガノは物理的に重い腰を上げる。

 その時、ノックの音が静かな部屋に響いた。


「スウェン公爵閣下付きの従者です。拝謁のお許しを願います」

「……お入り願おう」


 5日間、公国からは音沙汰が無かった。

 丁度このタイミングでの登場に、オルガノは強い違和感を覚える。

 何か特別な決起に違いないと身構えた。


 ガチャリと開いた扉の先には、齢が二桁かどうかも怪しい男児が立っている。

 やたらと清楚な着こなしは、ほのかに大人びた雰囲気を醸し出していた。


「なんだ、このガキんちょは?」


 リデューシャは、眉を上げて頬杖をついた。


「弁えろ……。彼はスウェン公爵閣下ご本人だ……」


 オルガノは、一度だけ咳をしてから魔女を窘めた。


「お初にお目にかかります。私はシェルタ公爵家当主、スウェン・ヘンリソン・シェルタと申します」


 スウェンは、小さな体で大きくお辞儀した。


「子供の頃から、魔女様の物語は読み聞かされておりました。お会いできて光栄です」

「ふふ、其方は今も子供であろう」


 従者を部屋の外に待機させたまま、スウェンはツカツカとリデューシャの下へ歩みを進めた。

 そして、目の前で膝を付いて見上げる。


「可憐で傲慢な振る舞い、見目麗しいお姿……母を思い出します」

「はぁ?」


 子供の口から飛び出したとは思えない言葉が、リデューシャの反応を直情的にした。


「シェルタ公国は、惡の……失礼。魔境の提案を受け入れます」

「はぁ?」


 今度は、オルガノが顎をだらしなく開いて困惑した。


「失礼ですが、公爵閣下。この短期間で、貴族たちを取りまとめたというのですか?」

「いえ、残念ながらそれは不可能です。だから、これは私と摂政を含めた一部の人間だけの密約とさせていただきたい」


 そもそも、魔境は七ヶ国同盟への加入など望んでいない。

 確実に紛糾するであろう無理難題を押し付けて、”安楽椅子作戦”が完遂されたら身を引く算段であった。


「……恐縮ではありますが、我々は摂政にお詫び申し上げようと考えておりましたところなのです」

「一体何のお詫びでしょうか?」

「先ほど、魔境の王より即時撤退を命じられました。どうやら魔女の不在が伝わり、不届き者の侵入を許してしまったようで」

「それは……、恐らくこちらの内部の者が勝手な真似をしたのでしょう……。むしろ、こちらが詫びなければなりません」

「これについて、責任を問うつもりはございません。我々の無謀が祟ったのです」

「では、後日改めてお話を――」

「それには及びません。提案は全て取り下げます。逆恨みのご心配も不要です」


 オルガノは、強引に本来の道筋に引き戻そうとする。


「しかし……」

「さぁ、魔女よ。魔境へ戻るぞ」


 スウェンの言葉は遮られた。

 この際、無礼は気にしていられない。

 シェルタ公国に留まる必要が無い以上、この場から離れてしまうのが手っ取り早い。


「また……どこかで……」


 瞳を潤ませながら、切ない表情で見上げるスウェンを見て、リデューシャは柄にもなく後ろ髪を引かれた。


「どのような話を読み聞かされていたのかは知らんが……、今の妾は”月の魔女”を自称している。今後は、そう呼ぶと良い」

「はい! 月の魔女様!」


 分かりやすく、ぱぁとスウェンの顔が明るくなる。


開龕(かいがん)――」


 呪文は黒い壁を生じさせ、リデューシャとオルガノは魔境へと帰還した――。


 ***


 伏魔殿の食堂で、歓喜の声が響く。


「いやぁ、良かった良かった! 正直かなり心配だったんだ!」


 ゾノンが、リジンの肩を強く抱きしめて揺らす。


「なかなか戻ってこないから……」


 ラランは、ぐすりと鼻をすすった。

 全く不安を感じさせなかった二人の態度は、どうやら強がりだったようだ。


「魔境の王の人柄次第では……死んでたかな。ははは……」


 リジンは己の行動が如何に無謀であったか振り返り、肝を冷やした。

 世界を救いたいという、強い想いだけが行動原理だった故だろう。

 生の幸せを噛み締める『渡り鳥の賛歌』を他所に、悲しみに暮れる者がいた。


「みんなが……ドーラ様が……死んだ?」


 華道のレアラは、奥歯を震わせながらニャプチの報告に沈んだ。


「ドーラ様って奴は知らにゃいけど、みんな氷漬けで息してなかったにゃ」


 そう言って、ニャプチはロープで縛られたオーギュオンに視線を移した。

 その様子を見て、レアラも顔を向ける。


「あなたがやったの……?」


 オーギュオンは口を噤み、答えようとはしない。


「異端審問官は、平気で人を殺すのか?」


 そこに、牧緒が割って入った。

 オーギュオンの目の色が変わり、口を開く。


「目的のためなら、手段は選ばない」

「そうか。お前たちがどんな組織なのか知れて良かったよ」

「今ここで、私を殺しておくべきだ」

「お前のことなど、どうでもいい」


 牧緒は、一切の関心を持たない態度と言葉で、異端審問官の鼻をへし折った。

 異端審問官を通して天記の書の原書を入手、またはその内容を知ることは、重要な目的の一つ。

 だが、牧緒は敢えてそれを見送った。

 理由は、オーギュオンが敵意を持った侵入者として現れたからだ。


(原書は、最高司祭が持っている……。なら、どちらにしろ対話が必須。こいつを無事に帰した方が得か……)


 恩を売る形で、最高司祭と繋がりを持つ。

 牧緒はそれを望んでいる。

 

 サッと背を向けた牧緒とすれ違う形で、レアラがオーギュオンの眼前に立つ。

 そして、杖を大きく振りかぶった。

 

「がふっ……」


 高い鼻は、本当にへし折れて赤い血を噴き出した。


「魔境へ不法に侵入した者たちの命は奪っていない。何人か怪しい者もいるかもしれないが……こちらに責は無い」


 全員に背を向けた状態で、牧緒は総括に入る。

 オーギュオンが手に掛けた者を除き、死んだ者はいない……はずだ。

 

「もちろん。仕掛けたのはこちらですから」


 リジンは、すっかり余裕を取り戻した。

 既に対話による解決が保証されているからだ。


「とりあえず、他の冒険者たちは魔境の外へ放り投げておく。その異端審問官も含めて、後始末は任せるぞ」


 冒険者のことは、冒険者たちで始末を付けさせる。


「二度は無いと肝に銘じろ。次は生かしてはおかない。用があるなら、前もって知らせをよこせ」

「はい!」


 リジンだけが、大きな声で返事をした。


「さっさと出て行け。もうすぐ魔女が戻る」


 『渡り鳥の賛歌』は、オーギュオンを引きながらそそくさと伏魔殿を後にした。


「ニャプチ君……。元気でね」

「うにゃ。ボクは大体いつも元気だにゃ」


 レアラは胸の前で手を振って『渡り鳥の賛歌』の後を追った。


「知り合いだったのか」

「そうにゃ。名前も思い出せて良かったにゃ」

「見送って行けば?」

「にゃんで?」

「……いや、何でもない」


 素っ気ないニャプチに戸惑うも、そもそもそういう奴だったと、牧緒は思い出す。


「全員生かすのですね」


 物陰からミシェルが現れ、鋭い声を牧緒へ向けた。


「あぁ。君にとっては許し難いだろう」

「いえ、私は雇い主に従うまでですから」

「君たちを雇っているのはオルガノだ。恨み言も聞くし、償いもする」

「償うと仰るのなら、侵入者を全員殺してください。奴らを遣わした国も全て、完膚なきまでに滅ぼしてください」


 ミシェルは無表情のまま、抑揚すらつけずに捲し立てた。

 そして、ゆっくりと息継ぎをしてから続ける。


「それは、できないでしょう。そういう物です」

「……すまない」


 牧緒は、感情論では人を殺さない。いや、()()()()

 ただ、謝ることしかできなかった。


「これは、私が罪の意識から逃れるための理念なのですが……」


 まるでふざけているような言い回し。

 しかし、闇ギルドと共に仕事をしてきた傭兵団のリーダーであるミシェルは、多くの不条理な殺しを担ってきた。

 常人を装いたいのであれば、罪悪感を置き去りにするための理念は必要不可欠。


(カルマ)は、(カルマ)によって相殺されるべきなのです」


 それが、ミシェルなりの現実逃避。


「人を殺した者は、殺されても仕方がない。逆に、それを覚悟できるのなら、人を殺してもいい。それが私たちなのです」


 殺人の正当化でもあり、傭兵の死を気に病む牧緒へのフォローでもあった。


「俺には理解できないが……否定はしない」


 牧緒は、吐き出せる精一杯の想いを伝えた。


「誰も殺さないというのなら、その(カルマ)もまた、同じ(カルマ)によって相殺されることでしょう」

「それは、『情けは人の為ならず』的なこと?」


 罪を償うどころか、逆に励まされたことに気付いた牧緒は、威厳もへったくれも無い情けない態度で接した。

 

「さぁ? どうでしょう」


 ミシェルは顔を逸らして、眼鏡の縁に手をかけて誤魔化した。


「この話は終わりです。それより、目的は達成できたのですか?」

「あぁ、バッチリだ」


 グッ、と親指が立てられた。


「上手くいけば、リジンが俺たちの目的を伝えてくれる。それが世界中に共有されれば、元の世界へ戻る方法が見つかるかもしれない」


 その上、魔境の存在意義と牧緒の人となりが伝われば、魔境は中立的な立場にあると判断されるだろう。

 あわよくば、平和的な立ち位置であることもアピールできるかもしれない。


「これで、バルバラを復活させる方法の模索に専念できる」


 うなじのパッチを撫でながら、牧緒は友の復活に奮起した――。


 ***


 プフトゥール王国。その貴賓室にて――。


「『霊長教会』の最高司祭様をお迎えできて光栄です。そのご協力にも大変感謝しております」


 ふくよかで気立ての良い国王は、柔らかい頬肉を吊り上げて謝意を述べた。


「そう畏まらないでください。私共としましても、貴国のご助力無しではままならぬこと」


 ウォーデン・ラン・バトラリオス。

 ≪終末級≫に名を連ねる、異端審問官の長にして自称神の遣い。


 冒険者たちによる魔境探索から1ヶ月が経過して、ようやく手筈が整った。

 彼らの企ては、正攻法で『惡の特異点』を弱体化させる一手である。


「ここには私たちだけ。しかし、神は見ておられる。正しく、宣誓を」


 不気味なほどに透き通る声は、拒絶仕様の無い心地良さと共に国王の右手を上げさせた。


「嘘偽りなく、法の下にこの身を捧げることを誓います」


 さして特別感の無い簡単な宣誓を終えて、国王は朱肉に親指を押し付けた。

 差し出された書類には、既にサインがされている。

 サインの隣に、国王の拇印が記された。


「しかし、『惡の特異点』はこれを承諾するでしょうか?」

「ご心配なく。これは、彼らが選択した道です。必ず受けて立つでしょう」


 その日、プフトゥール王国は魔境に対して提訴した。

 王国は、魔王の魂の所有権を主張。その返還を求めた。


 七ヶ国同盟の同意の下、国際特別法廷の用意がされる。

 中立の立場である第三者機関として、『霊長教会』が合議。

 その上で、信頼に足る6名の裁判官が選出される。


 裁判の場所は、魔法大国シオンレウベ。

 直ちに魔境の王――鉢木 牧緒へ召喚状が送られる。

 ただし、安全保障上の観点において、魔女と唯一竜、そして亜人ニャプチの同行を禁ずる――。

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