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52話 地下攻防

 魔境に侵入した冒険者パーティーの一角『真槍累々隊』を降したニャプチは、耳を尖らせて次なる遊び相手を探していた。

 侵入者たちの居場所は、超人的な五感でなんとなく把握できている。

 ”安楽椅子作戦”では、少なくとも一人は見逃さなければならない。

 全員と遊べないなら、一番楽しいそうな相手を見極める必要がある。


「そうにゃ、ふくまん……ふくでん……お城で待ってればいいにゃ!」


 伏魔殿という言葉は出てこなかったが、根城に戻ることを決めた。

 侵入者の足音は、伏魔殿に収束している。

 最も強く優秀な者たちが、最初に辿り着くはずだ。


「一歩で行けるかにゃ?」


 ニャプチは足首を回して、地面に足の裏を押し付けた。

 大きく屈むと、太腿がパツパツに膨れ上がる。


「う、にゃっ!」


 ボッ、という空気が破裂する音と共に、一度だけ跳躍した。

 向かい風に煽られながらも、虹のように描かれた綺麗な軌道は伏魔殿へ繋がる。


 ***


 誰に阻まれることも無く、悠々と進むのは『知恵と石塊の円環』のパーティー。

 北にある正門を避けて東の壁を越えた彼らは、”バルバラの町”を経由することはない。

 ただ真っすぐ林を抜けるだけで、伏魔殿を見上げられる程の場所へ辿り着いた。


「どうやら伏魔殿の警備体制は、ほとんどゴーレム頼りのようですね」


 無詠唱のドーラが、そう言って微笑む。

 『秩序の剣』が強引な方法で侵入したにもかかわらず、未だ≪終末級≫の気配がしないことから、事前に受けた情報が嘘ではないと確信する。


「英雄譚に出てくる魔王のように、城の玉座にどっしりと構えているのかもしれませんね」


 華道のレアラは、周囲の警戒を怠ることなく会話を続けた。


「強き者の慢心は、私たちにとって好都合です。本当にそうだとしたら、事は上手く運ぶでしょう」


 唯一、魔境の王の実力だけが未知数だった。

 個としての強さを持ち併せていないという話は、やはり信じ難い。

 そのため、警戒は怠れない。

 20名のパーティーは、分散することなく隊となって進む。


「流石に、城の周辺で目立つ真似は避けた方が良いでしょう」


 無詠唱のドーラはそう言うと、伏魔殿が立つ岩塊を杖で指した。

 壁に沿うように階段が彫られている。


「戦闘になれば、皆は私を置いて先に行きなさい。よいですね?」

「承知しています。ドーラ様」


 目を細めて俯いてから、華道のレアラは受け入れた。


 階段の手前に差し掛かると、ドーラが片手を横に伸ばして仲間の足を止める。

 階段の一段目にちょこんと座って頬杖をついた獣人が一人。

 こちらに気付くと、パッと笑顔になって立ちはだかる。

 獣人ならば、漏れなく無詠唱のドーラたちの実力を感じ取れるはず。

 にもかかわらず、それは楽しそうに殺気立っていた。


「ニャプチ……君?」


 レアラはその獣人……いや、合成獣人を知っている。


「あぁ、えぇっと……あの! にゃぁぁぁぁ……あぁ!」


 ニャプチが唸っている間に、無詠唱のドーラは耳打ちする。


「知り合いなのですか?」

「……えぇ、そうです。まさか奴隷になっていたとは……」


 華道のレアラは、『惡の特異点』の一員に獣人がいることを把握していた。

 しかし、幼気なニャプチがそうであるとは考えていなかった。

 魔境には奴隷だった獣人たちが集められている。

 故にその一人だと思い込んだのだ。


「この獣人が奴隷? ふむ……」


 無詠唱のドーラは、顎を摘まみながら怪訝な表情を浮かべる。

 洗練された筋肉と堂々たる覇気。

 彼には、とてもただの奴隷には見えなかった。

 しかし、あえて様子を見ることにする。

 最速の魔術師を自負する彼には、相手が殺意を向ける前に首をはねる自信があった。


「では、協力してもらいましょうか」

「それは危険すぎます!」


 華道のレアラは、ニャプチのことを案じて強く拒否した。

 しかし、最優先は任務。

 知り合いとはいえ、敵に遠慮していると思われるわけにはいかない。

 だから、彼女はこう続けた。

 

「……っ、『惡の特異点』がニャプチ君を遣わせたのかもしれません」

「罠だということですか? それはないでしょう。御覧なさい、あの腑抜けた顔を」


 一向に敵意を向けない彼らに、ニャプチは気勢を殺がれて鼻をほじっていた。


「私の見立ては誤っていたかもしれませんね……」


 つい先ほど、ニャプチを強者と認識した無詠唱のドーラは、肩を落として己の眼識を恥じた。


「ニャプチ君……お城の中に入ったことはある? 私たちを案内してくれない?」


 無詠唱のドーラが折れないのなら、逆らうことはできない。

 仕方なく、ニャプチに打診した。

 一介の獣人が入城を許されているはずもない。

 だから、ニャプチは案内を引き受けないはず。

 断ってくれ……と、心の底から華道のレアラは願った。


「おっけーにゃ」

 

 まるで客人を招くように、ニャプチは親指を立てて快く引き受けた。

 名前は思い出せなくとも、昔の知人を無下にしたくなかったのだろう。


「『惡の特異点』の方々は、城内におられるのですか?」

「多分、マキオがいるにゃ。他は全員、外出中にゃ」

「マキオ……魔境の王のことですね」


 ぴょこぴょこと階段を上るニャプチは、ちゃんと付いてきているか確認するために時折振り向く。

 無詠唱のドーラは、微笑みながら一段踏み込む度に神経を尖らせた。


(この獣人、随分と中枢について詳しい……。本当に罠かもしれない。掴みどころが無さすぎて、判断がつかないな……)


 事実、ニャプチは何も考えていない。

 ”安楽椅子作戦”のために無茶はしないように気を付けているが、ほとんど素の状態だ。

 その無邪気さは、無詠唱のドーラの慧眼を狂わせる。

 

 順調に階段を上り切り、伏魔殿の門は開かれる。

 庭園を進みながら、ニャプチはレアラの横に並んで口を開く。


「にゃぁ……っ、んにあっ……は、元気にしてたかにゃ?」


 歩きながら必死に思い出そうとしたが、結局ニャプチはレアラの名前を口にできなかった。

 少し照れ臭そうな笑顔が、自身へ向けられたものであることにレアラは気付く。


「えぇ、元気にしてたよ。ニャプチ君は……()()幸せそうだね」


 レアラは何と聞き返せばいいか悩んだ。

 先生が帰ってきたとは考えられない。

 もしそうなら、ニャプチはこんな所にいないだろう。

 それに彼女は、ニャプチが奴隷になったと勘違いしている。

 だから、今まで何をしていたか聞くこともできない。

 小綺麗な服を身に纏い、健康そうな体躯をしたニャプチを見て、「今は」と前置きするしかなかった。


「確かに今が一番楽しいかもしれないにゃ」


 その純粋な想いを聞いて、レアラは忸怩(じくじ)たる思いに苛まれた。

 侵入者を城に入れたことが知れれば、ニャプチがどんな目に遭うかも分からない。

 そんな風に考えていると、一同は伏魔殿の食堂に案内されていた。


「適当に座ってにゃ。ボクがお茶を入れてくるにゃ。ついでにおイモを油で揚げた美味いヤツも持ってくるにゃ」


 客間とそうでない部屋の区別などつかないニャプチにとって、多くの人が一堂に集う議場か食堂こそが客を案内するのに相応しい場所であった。


「ニャプチ君……! 私たちは魔女の――」

「まぁまぁ、折角ですから、ご厚意に預かりましょう」


 先を急ごうとする華道のレアラを、無詠唱のドーラが(たしな)める。


「何故です? ゆっくりしている暇はないはずです」

「落ち着きなさい。私たちは招いて頂いたのです。決して侵入したわけではない」

「そ、そんな理屈が魔境の王に通じますでしょうか?」

「分かりません。しかし、あの獣人の信頼を勝ち取ることには意味がありそうです」


 無詠唱のドーラは、先入観を捨てて考え直した。

 侵入者を待ち受けていたことといい、伏魔殿の内部すら案内できる立場といい、その正体は明らかだ。


「あなたの知り合いは、『惡の特異点』の獣人で間違いないでしょう」

「そんなっ! そんなわけ……」


 信じられず、華道のレアラは必至にそれを否定しようとする。

 しかし、続く言葉が出てこない。


「焦らず、ゆっくりと懐柔しましょう。こちらにはあなたがいるのですから」


 そう判断したのは、無詠唱のドーラが獣人という種を見下しているからだろう。

 だからこそ、犬猫のように手懐けられると考えた。


 ***


 いとも容易く伏魔殿への侵入を成功させた『知恵と石塊の円環』だったが、一方で泥臭くそれを成功させた者たちがいた。

 『這い寄る静寂』は岩塊を掘り進み、伏魔殿の地下へ侵入した。


「不気味な場所だな……」


 長男キプロスが蚊の鳴くような声で呟いた。

 その僅かな声量は、一定の距離を保ちながら点々と移動する家族全員の耳に届いている。

 彼らは魔力によって、常に視覚と聴覚を強化していた。


「待って。この先に強い魔力を感じるわ」


 母アルサが警戒する。不要な戦闘を避けるのが『這い寄る静寂』のやり方。

 検知系魔法を駆使して、状況をいち早く把握することには手慣れていた。


「50人以上いるな。しかしこれは……浮いている?」


 次男カルスが、透視魔法で魔力の正体を探る。

 目にしたのは、液体で満たされたガラスの筒に入った人間の姿。

 僅かにぼやけた状態の透視魔法では、それが何もない場所で宙に浮いているように見えた。


「多分これ、兄貴の魔法程度じゃ穴開けらんないよ」


 長女ムランが地下の壁に触れて、その性質を魔法で読み取った。


「何言ってる。ここまで俺の岩窟魔法でやってきたんだぞ」

「私が間違ってるっての?」


 ムランが物質の性質を読み誤ったことはない。

 だが、穴を開けて地下室へ侵入したのは事実。

 彼女の所見はそれと矛盾する。


「……なるほど、俺たちは誘われたってことか」


 そう言って、父グノーバが眉間にしわを寄せた。

 穴を開けるルートは、カルスの透視魔法によって決定されている。

 物理的に崩壊を起こさない絶妙な角度を維持しつつ、魔法防御の脆い部分を突く。

 だが、それは意図的に用意された経路だった。


「と、なれば引き返せるかも怪しい。この先の強い魔力とやらを突っ切るしかないじゃろうな」


 祖父のジュガが、腰を抑えながら言い切った。

 とはいえ、彼らは戦闘を避けるための幾つかの案を挙げた。

 しかし妙案は出ない。


「まぁ、50人程度なら負けはしないだろう」


 キプロスはそう判断した。

 彼らもS級冒険者。暗殺に特化しているとはいえ、脅威を正面から迎え撃つ実力は備えている。

 家族の意見は一致した。

 相手が≪終末級≫でないのなら、負ける道理はない。

 それほど入り組んでいない地下を進み、鉄の扉の前に差し掛かる。

 

「静寂の触手――」

 

 アルサが唱えると、重い扉は音を立てることなく開いた。


「死体か? だが、確かに魔力が込められている……」


 眼前に広がる幾つものガラスの筒。

 キプロスはその一つに近づき、目を凝らした。

 静寂の中、ピシリと小さな音が鳴る。

 次の瞬間、ガラスが一斉に割れて、水を失った魚のようにぐったりとした死体たちがその場に倒れ込んだ。


「これはっ……!」


 それらは直ぐに力を取り戻し、立ち上がった。

 オルガノが作り出した闇の魔法『死者への冒涜』によって操られた魂なき戦士たちは、侵入者に反応して迎撃態勢に入る。


「要はアンデッドの類だろ? 大したこと――」


 途端、短刀を構えて余裕を見せるキプロスの上半身が燃え上がった。


「水泡――!」


 瞬時にムランが水魔法でそれを消火する。


「助かっ――」


 礼を言う暇もなく、再びその体は燃え上がった。


「あの男じゃ! 他のアンデッドを壁にして身を隠せ!」


 ジュガは、眼球に魔法陣を宿した男を指した。

 その者の視界に入ることが炎上のトリガーであることを、長年の経験により瞬時に見抜いたのだ。


「ぐっ……これはっ……、ただのアンデッドじゃないぞ!」


 グノーバは苦しそうな叫びを上げた。

 アンデッドとは、肉体が腐食して尚、生きている魔物を指す。

 まるで熟成されたワインのように魔力の質は上がるが、逆に肉体の強度や力は格段に下がる。

 だが、彼らを襲うそれらは全く異なる性質を持っていた。


 生物は自身の体が破壊されないように、無意識化で自らに制限を掛ける。

 だが、眼前の屍たちに命はない。

 だからこそ痛みもなく、制限もない。

 肉体が壊れることを厭わない使い捨ての拳は、鉄をも貫く一撃と成る。


「受けるな、避けろ!」


 そう警告したグノーバは、既に右腕を犠牲にしていた。


「くっ、だが、その程度では――」


 誰かの放った強気な言葉は、再び炎によって遮られた。

 その度にムランが水魔法で消火する。

 しかし、これでは切りがない。

 苦戦しているように見える『這い寄る静寂』であったが、それは慢心による一時のものに過ぎなかった。


「仕方あるまい……。儂が終わらせよう」


 ジュガは、両の手の平に刻まれた魔法陣を向かい合わせるようにして、手印を結んだ。

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