50話 食後の運動
『秩序の剣』の独断先行を切っ掛けに、他のパーティーたちは解散し、各々のやり方で目的を果たすべき動き始めた。
丘に残った『知恵と石塊の円環』の編成は20名。
内、8名は戦士。4名は治癒術師。残りは異名を持つ魔術師ばかり。
ギルドの中でも選りすぐりの者たちで構成されたパーティーである。
「こうなった以上、私たちも多少強引に行きましょうか」
無詠唱のドーラは、指で作った輪から魔境を見据えて判断した。
有無を言わさず、『知恵と石塊の円環』に所属する魔術師、華道のレアラは唱える。
「芽吹け。そして撓りなさい」
土を抉り、足元から太い樹木が顔を出す。
樹木の頭はすぐに枝を四方に伸ばし、青い葉を茂らせた。
それは、全員の体にしっかりと絡みつく。
樹幹は尚も成長を続け、歪な軌道を描きながら魔境の方へ伸びる。
何百メートルも真横に伸びる樹木は、魔力で漲る樹液に支えられ、折れること無く壁の上を越えた。
壁の内側に配置されたゴーレムたちが、背骨のような器官をうなじから突出させ、『知恵と石塊の円環』を狙う。
瞬間的に予測できたのは、光の魔法による砲撃。
「ドーラ様」
パーティーの一人が声を掛ける。
その声が本人へ届くよりも早く、無詠唱のドーラはゴーレムたちを無力化した。
彼は大木の頂から、視界に映る全てのゴーレムたちに結晶魔法を放つ。
ゴーレムの駆動を担う関節は石英で覆われ、魔力の流れも断ち切られる。
最速の魔術師と謳われるその手腕は、魔法を発動するまでの速さだけに留まらない。
どれほど対象の距離が離れていようとも、彼の魔法は即座に着弾する。
「もう大丈夫です。降りましょうか」
途端、身を預けていた樹木が枯れ果てる。
パーティーは花びらのように湾曲した壁を滑り落ちた。
「満たせ、時の雨」
「水の精よ、我らを対岸へ」
魔術師たちは詠唱した。
足元には全員を覆うほどの水面が現れ、それは清流の如く優しく壁を伝ってパーティーを運んだ。
魔境への侵入に成功したのは、彼らだけではない。
現役の一族が総出で作戦に当たる『這い寄る静寂』は、長男キプロスの岩窟魔法によって壁の根元に穴を開けた。
魔法防御すら容易に瓦解させる絶対の穿孔。
暴風すら撥ね退ける厚さ200メートルにも及ぶ壁は、今や緩やかな風を通す。
「予想通り、魔法で突貫的に作られた壁だ。それほど丈夫ではない」
「魔女といえど、これ程巨大な壁を鉄壁にすることはできなかったか」
キプロスがほくそ笑むと、父が魔女の限界を悟る。
もっとも、”安楽椅子作戦”のために意図的に魔法防御が弱められているのだが、それを彼らが知る由は無い。
「穴は私が塞ぎましょう」
母はローブの端で土をなぞりながら、手の平を穴へかざす。
すると、ふわりと空気が揺れて跡形も無く穴は消えた。
それは幻想魔法。
最速の脱出を実現するために、穴を物理的に塞ぐことはしなかった。
「カルス、あの城への侵入経路は見えているか?」
キプロスは不敵に笑い、経路の指示を次男のカルスに託す。
「僕の透視魔法は万全だ。地下から侵入できる。兄貴は僕の指示通りに穴を掘ってくれよ」
「あぁ、任せろ」
彼らは誰にも気付かれることなく、直通で伏魔殿を目指す。
父、母、長男、次男、長女、祖父の6名は、戦闘力ではなく乱波の技術を以って作戦遂行に臨む。
一方『真槍累々隊』のパーティーは、もぬけの殻となった正門を越えた。
編成は12名。ターダたちが前進した跡を追えば、『真槍累々隊』を阻む者はいない。
「ガハハ、経路を確保してくれるとは有り難い。使わせてもらうとしようじゃないか!」
サイサーナ帝国の元近衛十二兵、最強の前衛と謳われたジルグヌが大手を振って笑う。
「付近に獣人たちはいませんね。恐らくあの城の周囲に集落があるのでしょう」
槍の名手であるウェンリッヒが呟いた。
「その方が好都合ではないか。流石のワシらでも、獣人に囲まれては敵わんからな! ガハハハ!」
「ふふ、ご謙遜を。負ける気などないくせに。唯一竜とすら一戦交えてみたいと仰っていた方が何を」
「噂じゃ、勇者にやられたらしいがな。万全であれば、命懸けで戦ってみたかったのだがな」
この世界の現代において、≪終末級≫の存在を疑問視する者は少なくない。
単独で世界を滅ぼせるほどの者が、本当に幾人も存在しているのだろうかと疑っている。
実在しているのなら、何故今もこうして人類は繁栄し続けられているのか。
その疑いは、長い年月を経て人々から危機感を欠如させていった。
S級を冠する冒険者たちの中にも、≪終末級≫を倒せると豪語する者が現れる。
そうでなくとも、出し抜いたり逃げ延びることができると考える者もいるだろう。
だからこそ、S級冒険者を含んだ5組ものパーティーが集ったのかもしれない。
――揚々と行進する彼らの元へ、弧を描きながら何かが飛来する。
それは、先頭を行くジルグヌの眼前に着弾した。
凄まじい音と土煙が、辺り一面に散る。
視界が晴れて映ったのは、たった一人の獣人だった。
「うにゃ~。久しぶりに思いっきり体を動かせるにゃ~」
腰を湾曲させ、大きく背伸びをするニャプチがそこにいた。
”バルバラの町”で食事をとっていたところ、ミシェルの遣わせた傭兵が現れて侵入者の話を聞く。
しっかり食事を最後まで楽しんでから、ここまで一度の跳躍でやってきた。
「こいつは驚いた。たった一人で立ちはだかるってことは……、お前『惡の特異点』の獣人か!」
ジルグヌは、目の前の獣人が攫われた奴隷たちなどではないことを察した。
自信に満ちた態度は、間違いなく強者であることの証。
「ガハハ、面白い! ≪終末級≫でなくとも、『惡の特異点』の一人なら楽しめそうだ!」
背に掛けていた巨大な両刃の斧を構えて、ジルグヌは一歩踏み込んだ。
それと同時に、10メートルはあろう距離を瞬時に詰めたニャプチが懐に潜り込む。
ジルグヌは、眼球だけを真下に動かして足元に迫った獣人の姿を目視する。
それが限界――体は反応できない。それほどの一瞬。
意識が追い付く前に、掌底が腹部の鎧を凹ませる。
その場から、ジルグヌの姿が消えた。
「っ……この!」
即座にウェンリッヒが槍をしならせる。
既にニャプチは視界の外。
行き場を失った槍の切先が小刻みに揺れる。
ニャプチはウェンリッヒの背後に回り、両の足を蹴り払った。
足払いは相手を転倒させることが目的であるが、その威力は想定外の結果をもたらした。
パギャン、という音が鳴り響き、ウェンリッヒは宙を舞う。
その体は三半規管を狂わせるほどの速度で回転した。
それでもウェンリッヒは、S級冒険者の一人。
そんな状態に陥っても、ニャプチの姿を捉えて槍を突く。
麻痺魔法を成す魔法具の槍。
かすり傷さえ与えれば、相手の自由を完全に奪うことができる。
ニャプチは体勢を低くして、右手を支えにして大きく左足を振り抜いた状態にある。
迫る槍先を避けることはできない。
が、ニャプチは柄の部分を片手で掴み軌道を変えた。
「何っ!?」
驚くウェンリッヒは、それでも槍から手を離さない。
一度地面に槍が突き刺さったおかげか、回転の勢いが殺されて見事に着地を決めることができた。
尻もちを付くことにはなったが、その隙を埋めるように『真槍累々隊』の仲間たちが一斉にニャプチへ向かう。
体を捻らせて逆立ちの状態になったニャプチは、一見すると無防備に見えた。
だが、ニャプチはどんな体勢からでも跳ぶことができる。
ある者は顔面を蹴り飛ばされ、ある者は睾丸を潰され、ある者は鎖骨を砕かれた。
「因果創痕!」
一人が放った三本の矢。
その弓は、必中を実現する魔法具であった。
彼らにとって望ましいのは、全ての矢をニャプチが避けること。
まさか、避けた矢が軌道を変えて戻ってくるとは思わないだろう。
だが、命中しても致命傷になるとは限らない。
ウェンリッヒの槍と同じように掴まれてしまうかもしれないし、蹴飛ばされてしまうかもしれない。
いずれにしても、隙を生むことはできる……はずだった。
想定通り、ニャプチは三本の矢をアッサリと避けて見せた。
想定外であったのは、その矢が戻ることなく遥か先へ消えたこと。
「魔法が……効いていない……?」
対象の姿をその目に捉え、声を聴き、肌に触れる。
それが必中の対象とするための条件。
矢を放った彼は、全ての条件を満たしていた。
肋骨を折られるのと引き換えに、振り抜かれたニャプチの足首に直接触れたのだ。
そこまでして、ようやく可能となった一縷の望み。
それは、原因不明の何かによって絶たれてしまった。
「ま、こんなもんかにゃ」
気が付けば、誰も動ける状態になかった。
ニャプチにとって、これは食後の運動に過ぎない。
「まだ……だ! まだ私たちは負けてない!」
ウェンリッヒの左足の骨は砕けていた。
右足首にもひびが入っている。
しかし、彼女は自らに麻痺魔法を施して痛みを麻痺させることで、無理やり立ち上がった。
「こい……化け物! 所詮お前たち獣人は奴隷に過ぎない!」
立ち上がりはしたが、足を動かすことは叶わない。
ならば、相手を挑発して攻めさせる他ないだろう。
槍は距離感を狂わせることのできる武器。
中距離戦闘において、相手の意識外からの攻撃を可能とする。
(一度目は速さを重視した刺突。だから防がれた。読み合いになれば、こちらが有利!)
ウェンリッヒはジッと待つ。
しかし、ニャプチは彼女への興味を失っていた。
「次はどっちに行こうかにゃ~」
集中さえすれば、ニャプチは魔境全体の音をそれなりに聞き分けることができる。
既に他の侵入者の場所と人数もその耳は捉えていた。
「ガ、ハハハ……。まぁ、そう言わずに付き合ってくれよ」
「ジルグヌ……!」
真っ先に吹き飛ばされた彼は、ウェンリッヒの横に再び並ぶ。
同じくニャプチを挑発し、自らは動こうとしない。
それは、ウェンリッヒの考えを察した上での行動だった。
「やるぞ……ウェンリッヒ。ワシら二人なら勝てる……!」
「えぇ、当然です!」
戦いで最も重要なのは、速さである。
「仕方ないにゃ~」
どんなに強力な力を以ってしても、速さの前では無力である。
ジルグヌとウェンリッヒも、当たりさえすれば完封できるだけの力を持っている。
そして、魔法を当てるだけの実力も併せ持っている。
ただ、それを遥かに上回る速さに打ちのめされたのだ。
「「がふっ……」」
ジルグヌとウェンリッヒは指先一本動かす暇もなく吐血した。
二人の間に滑りこんだニャプチの鉄拳を同時に脇腹に受けたのだ。
今度は派手に吹き飛ばすような攻撃ではない。
ニャプチの鉄拳は、肉体に風穴を開けてしまうかと思う程に鋭い物だった。
二人は意識を失い、静かにその場に倒れ込んだ。
敗因はニャプチの全力を見誤ったこと。
今までに見せた動きは全て最高速ではない。
「楽しかったにゃ!」
そう言って、ニャプチは尻尾を振りながら駆けて行った。
その異質な強さは、合成獣人であるからに他ならない。




