49話 正面突破
魔境を囲む巨大な壁。
湿地を越えた丘の上からでも、ハッキリと目視できる。
そこに集まった冒険者パーティーは、顔を突き合わせた。
「まずは、魔境という迷宮から持ち帰るべき宝について話し合いましょうか」
『知恵と石塊の円環』の魔術師、無詠唱のドーラが取りまとめようと口を開いた。
「私たちが魔女の心臓を探しましょう。残るは――」
魔境から持ち帰るべき情報はいくつかある。
一つは、魔女の心臓。
もちろん物理的な物ではなく、魔女を籠絡させる方法を意味している。
かつて、勇者ソルナスは戦わずして魔女をヴァーリア監獄に投獄した。
それを実現できた理由は、後世に語られていない。
誰もが、その方法を欲している。
「うむ、ワシらは唯一竜の所在を探ろう」
『真槍累々隊』の隊長ジルグヌは、そう言って胸の甲冑を叩いた。
一つは、唯一竜の所在。
シェルタ公国を介して伝わった情報では、唯一竜は療養中。
召喚獣が封じられた亜空間では、治療は行えない。
ならば、魔境のどこかで床に伏しているはずだ。
この情報が真実か否かの判断も含めて、魔境を調査する。
「我らは、魔王顕現の秘密を持ち帰る」
『這い寄る静寂』の長男キプロスが、口元を覆った黒装束を指先で整えて言った。
一つは、魔王顕現の秘密。
元令嬢が魔王に変貌することは知られている。
しかし、その条件は不明。
勇者レトロの報告では、魔境の王は既にその方法を掴んでいるとのこと。
もしかすると、魔境のどこかに方法が記録された物があるかもしれない。
「じゃあ、俺たちは『惡の特異点』の盟主から目的を聞き出そう」
『渡り鳥の賛歌』のリーダーであるリジン・カリアムは、爽やかな笑顔を浮かべて名乗りを上げた。
「ふふふ。聞き出すのは流石に無茶でしょう」
無詠唱のドーラは、それが冗談だと思って笑った。
印がつけられた地図などといった、目的を示唆する物があればいい。
しかし、リジンは小さく首をかしげる。
「何故ですか? 本人に聞くのが間違いないでしょう」
それから、ハッとしたように目を見開いて、手の平を叩いた。
「そうか、皆さんは俺たちがヤられると思ってるんですね」
盟主である牧緒が弱いことは、情報として挙がっている。
しかし、それが真実であるとは断定できない。
力なき者が、≪終末級≫を従えられるはずも無いのだから。
「大丈夫ですよ。戦ったりしません。ただ、会話するだけですから」
リジンは、根拠を示さないままに自信を覗かせた。
「むむ、そんなことより、人が足りなくねぇか?」
ジルグヌは、両刃の斧を振り上げて辺りを見回す。
「『秩序の剣』……彼らなら、先陣を切りましたよ。『正々堂々、正門を攻める!』と言ってましたね」
魔境の方を指差して、リジンはニヘリと笑った。
「まさか、騒ぎを起こすつもりか? 我らの隠密がやり辛くなるではないか」
キプロスは腕を組んで大きく溜息をついた。
「まったく……”秩序”の名を冠する者たちが何をしているのやら……」
無詠唱のドーラは肩を落とした。
***
魔境の正門。
反りかえる巨大な壁は日差を隠し、冷たい空気の住処となっていた。
「獣人と言えど、奴隷の寄せ集めだ。大した戦力じゃないだろう」
『秩序の剣』の司令塔、剣烈のターダはそう分析した。
最も好戦的な冒険者パーティーは、誰よりも早く進撃する。
「真正面から突破するつもりですか? 目的は『惡の特異点』の根城です。抜け道を探して侵入した方が良いのでは?」
パーティーの編成は16名。
その中には慎重に判断する者もいる。
進言されたターダは、その者の肩を強く握った。
「お前の言う通りだ。だから俺たちが魔境の中心で暴れれば、他の奴らがそれだけやり易くなるだろ?」
他のパーティーは、今も遠方から魔境の様子を窺っている。
今頃、侵入経路や敵の戦力を正確に見極めようとしているだろう。
魔法防御が施された高い壁は破壊できそうにない。
更に、各所に点在するゴーレムと思しき魔物たちは、ジッと空を見据えている。
上空からの侵入も難しいだろう。
ならば、正攻法を取るしかない。
少なくとも誰かがそうすれば、別の侵入を可能とする隙を生むことができるだろう。
転送魔法で移動する牧緒たちにとって、本来必要のない町の出入り口。
しかしそれは、軟禁されているという印象を獣人たちへ与えないために必要な物だった。
大きな門は解放されており、オルガノが雇った傭兵の何人かが門番をしているに留まっている。
「おい、止まれ。何者だ貴様ら」
平然と門をくぐろうとするターダたちを、門番が止める。
「旅の者さ。見慣れない町があったんでな。寄ってみたのさ」
「部外者を入れることはできない。直ぐに離れないと痛い目を見るぞ」
門番が言い切った瞬間、ターダの剣は鞘から抜かれ、眼前の首を両断していた。
門番の数は前面に2人、更に奥に4人。
たった一太刀の斬撃は、隔たる空間を無視してその全員を亡き者とした。
「『惡の特異点』は世界の敵だ。それに与する人間も敵だ」
ターダはそう言い捨てて、正門を易々と突破した。
忘れてはならないのは、彼らはS級冒険者であること。
≪終末級≫という枠組みを無視すれば、全員が特定の強さや技術を極めた強者たちである。
努力では到底及ばない境地に辿り着いた彼らにとって、金で雇われただけの傭兵など雑兵に過ぎなかった。
***
「……6人やられた。まさか、真正面から攻めてくるとは」
傭兵のリーダーであるミシェルは、検知魔法により部下の死を悟った。
「手練れの侵入者です。数と目的は不明。ニャプチ様に伝えなさい」
「うぃっす!」
ミシェルは、部下に状況を簡潔に共有して伝達させる。
それと同時に、魔法具を用いて各所に電報を入れた。
魔法具による電報は、伏魔殿にいる牧緒やユレナへ向けた物である。
ニャプチは魔法具をうまく使えない。
魔法石を用いた汎用魔法による電報すら、まともに受け取れない。
単純に、使い方を忘れてしまう……いや、覚える気が無いからだ。
だから、対応が遅くなったとしても人伝による報告が必要になる。
(全員が正面突破するはずもない。恐らくこれは陽動作戦……。こちらの主戦力を対処に向かわせるつもりか)
ミシェルは状況を分析する。
主戦力とは、当然『惡の特異点』のことを指す。
ミシェルたちは本来、獣人たちのいざこざの解決と、最低限の教育を施すために雇われた傭兵。
侵入者の対処は仕事に含まれていない。
それでも門番として人手を割いていたのは、獣人たちが無秩序に外部へ逃げ出さないようにするためだ。
雇い主であるオルガノからは、獣人たちの出入りを許可するよう言われているが、フリーパスとするわけにもいかなかった。
「捨て駒が送られてくる想定だったが、私の部下を難なく始末できる程とはね……」
ミシェルにも”安楽椅子作戦”の詳細は共有されている。
課された使命は一つ。侵入者を自然に見逃すこと。
だが、それは隠密を想定してのことだった。
『秩序の剣』の暴挙が生んだ被害は許容できない。
「正面突破を許すのは”自然”ではない……か」
ミシェルは黒い外套を羽織り、小屋を出る。
そこは魔境の正門と町の中間。
敵がどこを経由して進軍するかは予想ができない。
そのはずなのだが、ミシェルはじっと動かずに一方向を見据えていた。
暫くすると、木々の陰からターダたちがやってくる。
「なんだ、人間か。早く獣人どもと闘りあってみたいぜ」
ターダは軽口を叩くも、しっかりと剣を構える。
対して、ミシェルは短剣を取り出した。
「ここを通すわけにはいきません」
「一人で俺たちに勝つつもりか? 面白い女だな」
その言葉を皮切りに、ミシェルは地面を蹴った。
構えたまま殺気を放つターダは、何故か動こうとしない。
それは、注意を自身に向けさせるための小細工だった。
「ハッ!」
気合の入った声を伴って、横から振り抜かれる剣がミシェルを掠めた。
直後、四方から刺突する剣士たちが迫る。
素早く、小さく、最小限の動きで攻撃を短剣で受け流す。
呼吸の合った敵の攻撃は、まるで層のように秩序だって、絶え間なく注がれる。
それら全てをミシェルは寸前の所で避け続けた。
「容赦ないですね」
ミシェルは外套を靡かせて、短剣の軌道を隠す。
体を翻しながら、脇から取り出した複数の短剣を投擲した。
それは簡単に弾かれ、誰かを傷つけることは無かった。
しかし、連携のリズムを崩すことはできた。
右手に握られた短剣の軌道は、跳ねた蛇の如く。
規則正しくS字を描きながらも、しなやかな手首の動きが複数回のフェイントを入れる。
細やかな足さばきは、未来を予知したのかと勘ぐってしまう程に的確で迷いが無い。
「お前……、死線が見えてるな?」
ターダが、ぽつりと零した。
ミシェルの眼鏡は魔法具であり、闇の魔法を成す。
放たれる殺気を目視し、死を予測する。
たとえ事前に攻撃の軌道を知ることができたとしても、複数人の手練れに囲まれて捌き切るのは容易ではない。
それは、間違いなくミシェルの技量によるものだ。
「どけ、お前ら!」
叫ぶと同時に、ターダは剣を一振りした。
刀身の届かない距離。それでもミシェルは、短剣を三度振った。
「ふん、やっぱり見えてんじゃねぇか」
魔法による見えない斬撃は、全て撃ち落とされた。
「それで……私を倒す算段は付きましたか?」
ミシェルは、僅かに荒れた息を整えながら挑発する。
「司令官、魔法行使の許可を!」
一人の剣士が声を上げた。
巨大な魔物や複数を相手にするのなら、ほとんどの攻撃魔法は効果的だ。
だが、一人を取り囲み確実に始末するのなら、魔法は同士討ちのリスクを生む。
数で圧倒的に勝っているのなら、無駄な魔力を消費することにもなる。
だからこそ、彼らは剣技だけでミシェルと戦った。
しかし、ミシェルの力量を加味すれば、悠長なことは言っていられない。
「ダメだ。というか、必要ない」
ターダは、剣を降ろして頭を掻いた。
「これは、ただの時間稼ぎだ。こいつは生き残ることに全集中して戦ってやがる」
「……それも見破られてしまいましたか」
ミシェルは短剣を突き立てたまま、姿勢を正して楽にした。
「無視してさっさと行くぞ」
号令と共に、剣士たちはザクザクと音を立てながらミシェルを横切っていく。
「あんたみたいなのが他にもいるなら、少しは楽しめそうだ」
そう言い残して、ターダは背を向けて去って行った。
「ふぅ。まぁ、仕事はしたか。後は他の方に任せて……」
S級冒険者たちに勝利を収められるほど、ミシェルは卓越していない。
しかし、≪終末級≫のいない魔境にも想像を絶する実力を持った者がいる。
ミシェルに焦りは無く、むしろ揚々とした面持ちすらあった。
「精々、地獄を楽しむと良い。私の部下を殺した報いだ」
ミシェルはハンカチで滲んだ汗を拭い、乾いた唇を舐めた。




