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47話 罰

 奴隷だった獣人たちを強引に集めてから1週間と少し。

 いくつかの木々は伐採され、岩は削られた。

 広がった空間には、歪ながらも木製の家が形になりつつある。

 牧緒は、ニャプチと共に新たな町の様子を見学に訪れた。


「『ようこそ、バルバラの町へ』?」


 町の入口として建てられた看板を読み上げる。


「なんでバルバラ?」

「なぁんか、獣人のほとんどは、唯一竜を神様だと思ってるらしいにゃ。だから名前を教えてあげたらこうなったにゃ」

「ええ!? そうだったのか……。獣人が大人しかったのは、それが理由か」


 姿は無くとも、『惡の特異点』に唯一竜が名を連ねていることは誰もが知っている。

 奴隷だった彼らの中にも、元主人や行商人の話を耳にしたものがいたのだろう。

 

「ニャプチは違うのか?」

「ボクは宗教には興味ないからにゃ~」


 この世界にも様々な宗教はある。

 人間は国や地域によってそれぞれ崇める神がいるが、獣人にとっては種族共通で信じる神が決まっている。

 個性が強く、他種族から迫害されてきた獣人は、唯一無二の存在である唯一竜に通ずるものを感じ取るのだろう。


「結構しっかりした作りの看板だな。だとしたら、色々発展してそうだなぁ」


 支柱の太さは整えられており、研磨された表面は僅かに光沢すら帯びている。

 牧緒は期待を膨らませ、ゆっくりと歩きながら目線をあちこちへ向けた。

 全ては黎明。しかし、確実に文明は成されようとしている。

 何より働き手が多い。たった1週間で、数か月分に相当する発展が見て取れた。


 土を耕し、畑を作ろうとする者たち。

 それぞれの特技を生かした店を立ち上げようと、全面の開けた家を建てようとする者たち。

 何やら用途不明の穴を掘り続ける者たちもいる。

 彼らにとっては、何らかの意味があるのだろう。

 どの作業場にも腕章の者たちが付き添い、サポートしている。


「大丈夫そうだな」


 それを見て、牧緒は安心する。

 微笑みながら街を進むと、何人かの獣人が声をかけてきた。


「こんにちは、ニャプチさん! 言われた通りにしたら、簡単に卵が取れました!」


 牧緒に軽く会釈する者もいたが、ほとんどは早々にニャプチに向き直った。

 わざわざ演説しただけあって、牧緒が王の立場にあることは認識されている。

 だが、獣人たちは現状を正しく理解できていない。

 当然だ。ある日突然見知らぬ土地に連れてこられ、町を造って自由に暮らせと言われても、ピンとこないだろう。

 不安や困惑を払拭できるのは、身近にいる者だけ。

 それがニャプチだった。

 獣人たちの態度は、牧緒の思い通り。

 王というのは指標であって、彼らを縛る鎖ではない。


「良かったわん。分からないことがあったら何でも聞くと良いわん」

「ありがとうございます!」


 ニャプチが獣人たちの肩を軽く叩いて言うと、頭を下げてその場を去って行った。


(わん……?)


 いつもと違う語尾に、牧緒は少し困惑する。

 ニャプチにとっては、それは威厳を感じさせる語尾なのだろう。


(そういえば、ニャプチの語尾はわざとだったな……。他の獣人で「にゃ」とか「わん」って言ってる奴なんていないし)

 

 牧緒は突っ込もうかとも思ったが、地雷を踏み抜きそうな気がしたので止めておいた。

 その後も、行く先々でニャプチは声をかけられる。

 その度にニャプチが彼らを激励して送り出す。

 それを何度も繰り返した。


「猿山の番長みたいな感じを想像してたけど、しっかり尊敬されてるんだな」

「にゃはは、ボクは獣人にできることなら何でもできるからにゃぁ。ボクのことを尊敬しちゃうのも仕方ないにゃ」


 ニャプチは少し照れ臭そうに胸を張った。

 そんな様子を微笑ましく思いながら、牧緒は目に入ったベンチへ向かい、腰を下ろす。

 恐らく建築を学ぶ上で試作した物だろう。

 座り心地は最悪だったが、安定感はあった。


「ニャプチは頼りがいがあるからな。じゃなきゃ、俺も声を掛けられなかったかもしれない」


 ヴァーリア監獄で、牧緒は最初にニャプチを脱獄計画に組み込んだ。

 囚人たちに恐れられる強さを持ちながらも、どこか物腰の柔らかな印象があったからだ。


「ニャプチは、何で俺に協力してくれたんだ? 前に聞いた時は煮え切らない感じだったからさ」


 成功率が限りなくゼロに近い杜撰な脱獄計画に乗ったのには、特別な訳があるはずだ。

 「美味しい物が食べたいから」と言い訳したが、牧緒はそれに納得していなかった。


「うにゃ~、それはぁ、何と言うか……マキオに共感したから、かにゃ」

「共感?」

「家族に逢いたいって……『二度と逢えない』と『いつか逢える』は、全然違うって言ってたにゃ」

「覚えてたのか。あぁ、俺は家族に逢いたい。もしかしてニャプチも?」

「家族じゃにゃいけど、ボクを生んでくれた人に逢いたいと思ったにゃ。もう、諦めてたんだけどにゃぁ……。マキオが外に出してくれるって言うから」


 自らを生んだ者を家族ではないと言う。

 しかし、その様子から怨恨などに起因したものではないことが分かる。


「その人がどこにいるかも分からないにゃ。だから今はマキオたちと一緒にいるだけで大丈夫にゃ」


 舌を出して強がっているものの、今までに見せなかった悲し気な陰を見せる。


「探そう、必ずその人を。約束する」


 元より、牧緒は全員との約束を守るつもりだ。

 しかし、今日までニャプチの本当の願いだけは分からなかった。

 他の者たちの願いは……少なくとも牧緒の認識では、共通して異世界へ行くことが(かなめ)となる。

 だがニャプチの場合は、この世界のどこかにいる者を探すだけ。

 比べれば、難易度は簡単だ。

 ニャプチが今までそれを言い出せなかったのは、そういう理由からかもしれない。


 そんな、しんみりとした空気を一人の獣人がぶち壊す。


「おい、あんたが王様だな?」


 不躾に声をかけたのは、狼人(ライカン)の男。

 その姿の比率は、獣に寄っている。

 彼の背後には、同じように屈強な獣人が数人控えていた。


「あぁ、そうだ。何か用か?」


 一応、“尊大モード”で応答する。

 すると狼人(ライカン)の男は爪を立て、素早く牧緒の首を狙う。

 しかし、虚しくもそれは失敗に終わった。

 ニャプチが目にも留まらぬ速さで狼人(ライカン)の足を掬い、そのまま頭を掴んで地面に叩きつけたのだ。


「お前ら、やれ!」

 

 狼人(ライカン)は大声で仲間に指示を出す。

 しかし、全員が腹を抑えて地面にうずくまっている。

 あの刹那、ニャプチは眼前の狼人(ライカン)に留まらず、周囲の殺意を秘めた者たち全員に悶絶するほどの一撃を加えていた。


「くっ……、これほどの強さで……何故そんな奴に仕えてる! 獣人なら、そいつの潜在的な強さぐらい感じ取れるだろう!? その男は弱い!」


 野生の勘の前に、牧緒は丸裸にされる。

 魔力や才能、肉体の強さを含めた、生物としての力量を見抜かれたのだろう。


「お前も獣人だろう! 俺たちで、そいつの立場を奪うんだ! こんな辺境の地に留まる必要はない!」

「そういうのはお断りにゃ」


 きっぱりと拒絶され、狼人(ライカン)の全身から力が抜けていく。

 獣人たちの中には、野生に近い個体も多い。

 奴隷として開放されたとはいえ、そんな者たちにとっては強制的に与えられる文明的な生活は我慢ならない環境だ。

 だからこそ、より自由を求めて反逆した。


「……殺せ。全ては俺の責任だ。他の奴らは関係ない」


 無策で愚かな行動には違いないが、覚悟は決まっている。


「そう言えば済むと思っているのか? これで私の獣人に対する認識は変わった。お前の所為で全員が苦しんで死ぬだろう」


 そう言って、牧緒は足を組んでふんぞり返る。

 もちろん、関係の無い第三者を傷つけるつもりはない。

 だが、このままアッサリ許してしまえば示しがつかない。

 自身が仕出かしたことの重大さを、分からせる必要があったのだ。


「……てめぇ! クソ人間があああ!」


 再び狼人(ライカン)が力いっぱい暴れ出す。

 それでも、地に付いた頬を引き剥がすことすらできない。


「以前にもお前のような奴がいた。そいつのことは嫌いだが、お前のことは気に入った。何故なら、利用できるからだ」


 牧緒は、かつて≪終末級≫の盟主たる地位を奪おうと画策したドルーガンと、眼前の狼人(ライカン)を比較した。

 その言葉が届いているのか分からないほど、狼人(ライカン)は息を荒げて体を激しく動かし続けている。


「行動範囲という意味で、より自由を与えよう。人間が憎いなら、その思いも発散させてやる。話を聞く気はあるか?」


 狼人(ライカン)は動きを止めて、息を整える。

 ニャプチはそっと、頭を押さえつけていた手をどけた。


「はぁ、はぁ、聞くだけ聞いてやる……!」


 人狼は観念し、牧緒の慈悲に縋りついた――。


 ***


 数日後。

 場所はウオラ王国の北西に位置する、コタン村。

 人口約300人。王都が崩壊するまでは、数人の傭兵が常駐していたが、今はいない。

 そんな村に隣接する森から、ある盗賊団が忍び寄っていた。


「カシラ、ざっと見まわしましたが、やはり傭兵はいませんでしたぜ」

「年寄りも多い。苦労はなさそうだな」


 彼らの数は50。それぞれが殺傷力を持った武器を携帯し、幾つかの魔法具を扱う。

 ここ数日、このような盗賊団がウオラ王国の各町村で暴れる事件が多発していた。

 国力が落ちたことで脅威ではないと判断され、他国からの侵略は免れているが、王国の手が届きにくい地方で略奪が行われる結果となってしまった。


「よし、一気に終わらせるぞ」


 頭目が合図を出すと、一斉に森から盗賊たちが飛び出した。


「オラオラァ! 殺されたくなけりゃ大人しくしてろ!」


 村人たちは叫びながら逃げ惑う。

 盗賊団としても、家がもぬけの殻となるのは願ったり叶ったりだ。

 抵抗する者がいれば、むしろ面倒な仕事が増える。

 盗賊には残虐な快楽殺人鬼も少なくないが、今回はそういった輩はいなかった。

 だからと言って、彼らの行為が許されるわけではない。

 その罰は、すぐに下ることとなる。


 幾つもの建物の陰や屋根上から、獣人たちが姿を現した。

 その風貌は多種多様。

 獣の耳や尻尾を生やした人間に近い見た目の者から、複数の腕と足を持つ者。

 甲殻類ような肌を持つ者もいる。


「おい、何だこいつらは!? 傭兵はいなかったんじゃないのか!?」

「へ、へい! 確かにいなかったはずなんですが……」


 焦る盗賊団は、背後も取られていることに気が付く。

 もう、引くことはできない。


「お前ら程度の人間が、俺たちの気配を探れるはずがねぇだろう」


 狼人(ライカン)の男が前に出て言う。

 獣人の気配探知能力は非常に高い。

 それとは逆に、気配を殺すことにも優れている。


「仕方がねぇ! 全員殺せ!」


 頭目が声を張り上げた。


「おらぁ!」


 一人の盗賊が剣の魔法具を振る。

 途端、不可視の斬撃が狼人(ライカン)の体に届いた。


「……きかねぇなぁ!」


 狼人(ライカン)は無傷。

 同じように、様々な魔法が獣人たちに牙をむくが、その全てが通用しない。


「ぐぎゃあああああ!」


 盗賊たちは瞬く間に倒れていく。

 魔法が通用しない以上、速さでも力でも獣人には敵わない。

 ものの数分で事は片付いた。


「終わったな、ゲルン」


 ある獣人は、狼人(ライカン)のことをそう呼んだ。

 ゲルン・バッド。

 誇り高き狼人(ライカン)として生を受けるも、姑息な方法で人間の手に落ちた獣人。

 牧緒を殺そうとして返り討ちにあい、今はこうしてウオラ王国の国土を守護する役割を担わされている。


「ふぅ、見えない鎧か……。大したもんだ。魔法が痛くもかゆくもねぇ」


 ゲルンは透明のそれに爪を立てながら感心した。

 それは、リデューシャが各々の適性に合う形で見繕った魔法具による防御。

 量産型の魔法具では、適性の無い物は使えない。

 だが、オーダーメイドならその懸念は無い。

 膨大な費用と時間のかかる仕事を、リデューシャは暇つぶし程度に消化した。


 一仕事終えた獣人たちの元へ、一人の村人が近づいてくる。


「あ、ありがとうございました……。なんとお礼をすればよいか」


 謝意を述べるその声は、僅かに震えていた。


「俺たちは魔境の王に雇われただけだ。それより、こいつらの死体を村の外周に吊るし上げておけ。身に着けている物は全部やる」

「つ、吊るし上げ……そ、そんなこと……」

「馬鹿野郎。俺たちも次があるんだ。別の盗賊に狙われるのは嫌だろ?」


 牧緒が村々の守護を依頼したのは、気性の荒い一部の獣人たちのみ。

 彼らだけで全土を網羅することは不可能。

 そのため、いつまでもこの村に常駐はできない。

 故に、遺体を吊るし上げることは見せしめとして重要なことだった。


「は、はい……その通りにします」


 村人もそれを理解して、首を縦に振った。

 相手は盗賊といえど、あまりに非人道的。

 牧緒の想像した結果とは大きく異なっているだろう。

 それでも、ゲルンたちはやるべきことをやり遂げた。


 これは、あらゆる町村で行われた。

 主に盗賊を中心に、獣人の傭兵たちのことが広まる。

 それは、ウオラ王国を実質的な属国とする魔境の王によるものだと伝わって行く。

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