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44話 奴隷

 伏魔殿のある一室。

 長机の先に牧緒を据えて、『惡の特異点』の一同が会する。


 話し合うべきは今後の方針。

 目下論じられるのは、魔境を成すための手筈について。

 

「必要なのは指導者だ」

「”魔境の王(マキオ)”がいるではないか」


 オルガノの提言を、リデューシャが一蹴する。


「儂が言っているのは、教育者のことだ」

「獣人の町を造るのでしたら、ニャプちゃんが適任ではないでしょうか?」

「ふにゃっ、ボク?」


 船を漕いでいたニャプチが、ユレナの言葉で背筋を伸ばす。

 

「確かに、獣人を取りまとめる存在としては、俺もニャプチが良いんじゃないかと思ってる」


 そう言って、牧緒は同調した。


「何千人引き連れてくるつもりかは知らんが、ニャプチだけでは無理だろう。獣人は気性が荒い。それ故に同じ種族内で争いが絶えず、疲弊した所を人間に搦め捕られているのだから」


 純粋な生物としての力や能力は、人間より獣人の方が圧倒的に上。

 にもかかわらず迫害され、果ては奴隷にまでされる理由は、オルガノが語った通りだ。


「ニャプチの強さなら、なんとかなりそうだけどな。ある程度の自浄作用はあるだろうし。何より目指すは国じゃなくて世界だからな」


 ここでいう“世界”とは、ただの土地であり、環境のことを指す。

 所謂、天国や地獄といった曖昧な概念。

 都合の良い法を定めるつもりもなければ徴兵もない。

 それが牧緒の考える魔境の在り方。


 もちろん、集めておいて放置するつもりもない。

 獣人たちを『惡の特異点』の名の下に保護することが肝要だ。

 オルガノが言う通り、教育が必要になることについても牧緒は同意見だった。


「その考えは認めよう。して、具体案はあるのか?」

「……とりあえずリデューシャに町を造ってもらって――」

「与えるのは、最低限の衣食住のみ。町は獣人共に造らせる」


 オルガノの意見はもっともであった。

 無償の施しは不信感を生むか、あるいは怠け者を生む。

 その気になれば、家や畑や果樹園もリデューシャの魔法によって全て簡単に創り出せる。

 しかし、それでは飼い殺しも同然。

 魔境の民には、自ら生きる術を身に着けてもらわなければならない。

 誰かのためではなく、自分たちが過ごす町を快適にするために働く。

 その対価として、衣食住を提供されることに意味がある。


「必要なのは、仕事と教育。それを構築するための指導者だ」


 オルガノは、繰り返し指導者の必要性を説いた。


「なるほど……。でも、獣人なら自給自足のあれこれは、本能的に知ってそうな気もするけど」

「奴隷に落ちるような奴らは、文明を知らん。野生の獣に立派な町をくれてやっても、爪とぎのようにボロボロにされるだけだ」

「まずは優秀な教育者の勧誘か……。いっそ、ウオラ王国の人たちを魔境に招待して――」

「馬鹿が。元奴隷と共に暮らしたがると思うか? 命が惜しく、嫌でも断れまい……。そうなれば不満は募り、いつか内部から腐るぞ」


 オルガノは、牧緒の安直な発想を一蹴して続ける。


「儂に伝手がある……。今の立場ならば、冥王の名を利用できるはずだ。幾人かの人材は用意しよう」


 闇ギルドの支配者として、オルガノは過去の人となってしまった。

 そんなオルガノを敬い、付いてくる者はいないはず。

 だが、『惡の特異点』の一人として名が知れた今なら、かつての異名を振りかざせると考えた。


「貴様は魔女と共に土地を均せ。あとは肝心の獣人たちを攫ってこい」

「攫うなんて物騒だな。ちゃんと買うよ。問題は起こさないに越したことはないからな。資金はいくらでもあるし」


 バルバラとの決戦で、勇者の魔剣が残した大量の黄金。

 リデューシャが、それらを余すことなく全て回収している。

 世界中の奴隷を買い占めても尽きることはないだろう。

 

「……いや、そうはならんさ。貴様の場合はな」

「え?」


 オルガノは、立ち上がって部屋を後にする。

 それを見届けてから牧緒は遅れて立ち上がり、バルコニーに繋がる扉を開けた。


「とりあえず、言われた通りに獣人たちを迎え入れる準備をしよう」

「うむ。広さは適当でいいか?」

「あぁ。頼むよ」


 リデューシャは指示を受けるまでも無く、指を鳴らした。

 広大な湿地帯に、水が弾ける音の混じった地響きが鳴る。

 地中から反り立った巨大な壁がせり上がる。

 多くの鉱石を含んだ壁は、色鮮やかに光を反射しながら伏魔殿を中心にぐるりと円を描いた。

 それは、まるで花弁のように鈍色の空と朽葉色の沼を彩る。

 魔物などの外敵から魔境を守るための壁であり、魔境と外界を区別するための境である。


「後は町造りに必要な素材……木と岩が欲しいな」


 牧緒の要望を受けて、リデューシャは指を振った。

 およそ湿地帯に自生するとは思えない樹木が、もりもりと生える。

 土は翻り、溜まっていた水と撹拌され、深い根が地盤を固めた。

 更にいくつかの岩が隆起し、平坦だった土地に起伏が生じる。


「最初から何もないのは困るだろうから……、いくつか宿舎を建ててもらえないかな」

「うむ、承知した」


 生えたばかりの木々が、風の刃で斬り刻まれて木材へと変貌する。

 それは宙を舞いながら、あっという間に巨大なコテージを数棟完成させた。


「世界中の”牧場”の場所は調べてあるから、順に回ろう」


 ”牧場”とは、奴隷商店を指す隠語。

 これからそこへ、奴隷となった獣人たちを買いに行く。

 

「どの辺りだ?」

「最初はオーロン王国の――」


 指定通りにリデューシャは転送先を設定し、黒い壁を出現させた。


「ニャプチ、一緒にきてくれ」

「おっけーにゃ」


 奴隷たちと同じ獣人のニャプチがいた方が、警戒されにくいだろうと牧緒は期待した。


「じゃあ、行ってくるよ」

「え、あ、はい、行ってらっしゃい!」


 ユレナを一人残し、三人は黒い壁に吸い込まれていった。


「もしかして、わたくし……浮いてる?」


 こめかみに、一筋の冷や汗が流れる。

 オルガノはいつの間にか、魔境を造るための立役者となっている。

 リデューシャは言わずもがな、ニャプチの強さも無くてはならないものだ。

 ユレナの存在は、魔王の器……ただの置物でしかない。

 少なくとも、本人はそう感じた。


「ま、まずいですわ……。このままでは、わたくしの存在価値が……。オルガノ様は絶対裏切ると思ったのに、なんだかすごく協力的な感じですし……」


 組織内部の不和を改善する。自身に課したその役割すら見失いかけている。


「わたくしにできること……。うーん、全く何も思いつきませんわ……」


 ふらふらと椅子に座り、頭を抱えて机に突っ伏した。


「あらあら、元気が無いですね。何か悩みでもあるのですか?」


 そんなユレナに声を掛けたのは、どこからともなく現れたフォリパスだった。

 相変わらず、白く細い骨が不気味にローブから覗く。


「……わたくし、すごく役立たずかもしれません」

「よく分かりませんが、良ければ私の研究のお手伝いをお願いできませんか」


 フォリパスは、項垂れるユレナに何か役割を与えるべきかと思い、提案した。


「研究?」

「はい、幻想の魔法――その完成を迎えるための研究です」


 黒い影に塗りつぶされた眼底は、ユレナが幻想の魔法に適性があると見抜いていた。


「肉体を削げ落とした私にとって、現実と見紛う幻想こそが理想。お力を貸していただけませんか?」


 ユレナは、少し潤んだ瞳を向けて、大きく一度だけ頷いた。


 ***


 オーロン王国某所。

 牧緒は、ニャプチとリデューシャと共に付近にあるはずの”牧場”を探す。

 国にもよるが、公然と奴隷売買は行われていない。

 主に都会の市場(いちば)の隅で、ひっそりと営業している。

 顧客は貴族や裏社会の人間たち。

 奴隷は命の危険が伴う仕事に宛がわれたり、欲望を満たすために使用されることがほとんど。

 気性が荒い者は調教され、従順にされる。


 ニャプチが臭いで探り、牧緒は隠された場所へと向かう。

 数人の番人は、リデューシャの手によって音も無く制圧。

 牧緒は黒い布で覆われた一角を見つけると、掻き分けて中を覗く。

 蝋燭の明かりに照らされた幾つもの檻が見えた。

 その中には、疲弊しきった様々な様相の獣人たちが捕らえられている。

 吠える者など一人もおらず、ただ苦しそうな息遣いだけが響く。


「……胸糞悪いな」


 牧緒は、顔面を歪ませて吐き捨てた。

 現代日本で生まれ育った牧緒の価値観は、目の前に広がる光景をすんなりと受け入れることができなかった。

 沸き上がるのは怒りではなく、嫌悪。

 人間の底知れぬ悪意に対する、強い拒否反応だった。


「うにぃ……、鼻がもげそうにゃ……」


 衛生管理がなってないのか、強い獣臭を掻き消すために匂いの強い香水が撒かれ、更に幾つもの香が焚かれている。

 それらは混ざり合い、三人の鼻を刺激した。

 見かねたリデューシャが指を鳴らすと、周囲から悪臭が消えてニャプチに笑顔が戻る。


「これはこれは、初めてのお客様ですかな? 私は支配人のダダバと申します」


 脇から男が現れて、揉み手をしながら寄ってくる。


「御婦人もご一緒とは珍しいですな」


 ダダバは、牧緒の言葉を待たずに好き勝手に話す。

 リデューシャの様にドレスを着込んだ女性が訪れることは滅多にないようだ。


「おぉ、そちらの奴隷は色艶が良いですな。さぞ手塩にかけたことでしょう」


 本来ならば、“牧場”に連れてこられる獣人は奴隷以外にあり得ない。

 その先入観から、ダダバは言ってはいけないことを口走った。


「俺の仲間を……奴隷と呼んだのか?」


 牧緒は目を見開いて、黒い感情を込めてダダバを睨む。


「っえあ、いえ、そんな滅相もございませんっ……!」


 何も知らないダダバにとって、牧緒たちは番人に通された身分のハッキリした貴人。

 商売人として、客の怒りを買うわけにはいかない。

 凄まれただけで、態度と腰を低くして素早く後ずさる。

 その時、彼は思い出す。『惡の特異点』の噂を。


(確か、獣人が一人……。更には金色(こんじき)の髪の魔女。そして、黒髪に黒い瞳の盟主……。まさか……)


 経験したことの無い異質な来客。 それが、ますます真実味を増す。


「全員攫うぞ。こんな奴らに金をくれてやるなんて御免だ」


 牧緒は途端に表情を緩め、あっさりと言う。


「承知した」

 

 リデューシャが踵を鳴らす。

 黒い影が辺りを満たし、獣人たちは檻ごと地面に吸い込まれていく。


「な!? これは……、一体……」


 ダダバは戸惑うも、何もできない。

 ただ、その光景を見守るしかなかった。


「貰っていくぞ」


 牧緒はそう言い残してマントを翻し、背を向けた。


 その日、複数の国、複数の場所で奴隷が消えた。

 売られている者も、移送中の者も、既に飼われている者も。

 その数は1万にも及ぶ。


 奴隷の主たちの前には、必ず黒髪と黒い瞳を持つ『惡の特異点』が盟主の姿があった。

 まるで挨拶を交わすように、そして汚物を目にするように、律儀に奴隷を奪うことを宣言する。

 抵抗した人間もいたが、誰一人負傷した者は無し。

 何一つとして破壊されたものも無し。


 それはただ、奪われた――。

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