43話 終末級:Epilogue
≪終末級≫とは、単独で世界を滅ぼし得る手段を持つ者の異名。
現代において確認されている≪終末級≫は、各国に共有されている。
だが、それを情報と呼ぶには余りに不鮮明。
伝承と形容する方が近く、その正体すら曖昧な脅威も少なくない。
人類に仇名すような一部を除けば、不可侵の存在として認識されている。
長い人類史において、≪終末級≫に手を出した代表者は二人。
一人は勇者ソルナス・サーペント。
一人は勇者レトロ・ウォーハート。
≪勇者≫という称号は≪終末級≫と競合する。
人類を守護する勇者が、世界を滅ぼすわけが無いのだから。
以下は、全知の王子が知り得る限りの≪終末級≫の概説である。
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世界でたった一頭の個体であり、万能の炎で万物を焼却する唯一竜。
魔法の法則に則らない、特殊な魔力形態を持つ。
強靭な細胞はあらゆる環境に適用し、死を嘲笑う。
人類への貢献と育まれた絆は、異端審問官たちによって葬られた。
最も古い歴史を持つ、最も強い生命体。
亜人や妖精とは異なり、人間に限りなく近い曖昧なる境界で生きる腐爛の吸血鬼。
血液感染による、理屈を超えた絶対なる支配を実現する。
生きたままその姿を目にすること叶わず。
今際に座する、不動の一族の長である。
夜の宿主となることを受け入れた、星を腐らせる病原体。
母なる海を支配し、大地を飲み込み文明を喰い荒らす海獣。
深潭に沈殿した高濃度の魔力を浴び続けた魔物。
埒外の世界の胡乱な神話の一部でしかない。
それでも、人類はいずれ波の隙間から現れるであろう終焉に怯えている。
前人未踏の深海で牙を研ぐ、極大の海洋生物。
不遜を暴き、高慢を罰する、異端を殺す神の遣い。
教会の至宝である天記の書――その原書に記された各国の闇を知る。
慧眼の判決により下される告発は、世界を戦禍へ沈めるに至るだろう。
人類が愚かである以上、それを止めることはできない。
武力ではなく、言葉によって終末をもたらす司祭。
全人類に絶望を与え、人類に討滅された魔王。
逸脱した個の力に加え、数千万の魔人を統率した指導者。
角、爪、翼、尾――体を構成する全てが魔法を成す形象であり、その全てが破壊を遂行する。
死しても尚、時代を超えた魂は形代を見つけて復活した。
不条理な殺意を振り撒く、暴力の権化。
呪いに苦悶し、呪いを濫用する暴虐の暗黒騎士。
全身に纏う呪詛の鎧は重さを与え、握る剣は破壊を与える。
その呪縛からは逃れられず、生涯をかけて死を体現しなければならない。
勇者を主君と定め、歪んだ正義を執行する。
騎士道に則り命を奪い続ける、死神に等しき漆黒。
強欲の限りを尽くして全てを貪り奪った、千年以上を生きる魔女。
魔力を自在に操る神業を以って、魔法の概念を一変させた。
それは誰にも真似できず、憧憬のみが許される遠い存在。
不老の呪いを身に宿し、天賦の才を進化させ続ける傑物である。
延々の中で心を失った、邪悪の魔法使い。
何時何処でもそこに在り、無窮の上限に届き得る森羅万象の一翼。
世界中に点在する己の分身を家族と定義し、偽りの親愛を以って欺瞞を満たす。
要人の暗殺から民草の虐殺まで、意のままに命を操ることすら容易。
社会に潜む毒の存在を漠然と感じながらも、誰もその正体を掴み取れない。
圧倒的な数の力を持ちながら、単独であると認識せざるを得ない矛盾。
果てなき悪意に曝され、修羅に堕ちた王。その脅威を掌握せし降魔の王子。
不可知の仕法にて召喚獣の契約を結び、不可測の繋がりで全知を誇示する。
魔物と化した王は不可説な破滅を招き、不可逆の傷痕を残す。
大地が焦土と化すか否かは、王子の手に掛かっている。
全てを侵食する王の悪意を利用することで、王子の名を冠した優男。
死を伝い生に帰巣する、純粋で純朴な神聖なる花嫁。
理に逆らい、季節を逆流してまで若さに執着する狂気。
運命の導きに従って、魂の片割れを探し続けている。
時の形に亀裂を生じる魔法の知見が、過去から濁流となって未来を攫う。
美醜を至上とする敬虔さを恐怖に落とし込む怪人。
魔力を動力とする機械を生み出した土塊のドワーフ。
既存のゴーレムとは懸絶した、機械仕掛けの巨像を駆使する叡智の者。
何者にも囚われない自由な発想が、均衡を揺るがす。
炭鉱を砕き空を穿つ技術は、最高効率の蚕食を可能とする。
科学と魔法を組み合わせ、新たな境地を切り開いた先駆者。
種の掟を破り、誓いを放棄した反逆者にして、救世主たる人獅子。
その身はただの一度も傷つかず、その剛腕が破壊できなかった物は無し。
獣人の到達し得る限界を超越し、最強を自負する。
しかし、その爪は他者を抉らず、ひたすらに神木へ向けられた。
唯一、世界樹に傷をつけられる杣人。
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「君は、≪終末級≫の定義をどう見る?」
クォーツは、退屈そうにリラルカへ問う。
「定義……ですか。私の考えが必要なのですか?」
いつ、誰が定義を決めたのかは定かではない。
しかし、それは広く周知され、認識にずれは無い。
だからこそ、リラルカは問われた意味を理解できなかった。
「単独――これは何を意味しているのかな?」
「そのままの意味では?」
「君は、自身の原型魔法で命を複製する。それは、何人増えようとも君には違いない」
リラルカが特殊であることは、本人も自覚している。
「では、『単独』とは意思の数を指すのか? それとも魂の数? そう考えると、実に不誠実な定義だとは思わないかい?」
「……マキオ様のこと、ですか?」
ふと、リラルカは牧緒のことを思い出した。
「そうだ。ハチノキ・マキオ――魔女と唯一竜……いや、もしかすると魔王すら使役する彼も、≪終末級≫と言えるんじゃないだろうか」
牧緒は決して、彼らを使役しているわけではない。
それでも、『惡の特異点』の盟主が誰か知る者は、そう考えざるを得ないだろう。
「これも全て君の……アンリアの思い通りの展開なのかい?」
「何を仰るかと思えば、あなたは私を買い被りすぎです。私に誇れるものがあるとすれば、原型魔法以外にありません」
「この私はね、全知の王子なんて呼ばれているが、君のことは何も知らないんだ」
クォーツは笑みを浮かべながら、体を玉座にだらんと預けた。
「君とデルバの繋がりが見えないんだ。偶然デルバの野望を利用したのか? それにしては、完璧に事が進み過ぎている」
「考えすぎです。アンリアの記憶では、ただ純粋に使用人としてマキオ様を支えていたとしか読み取れません」
「君には真実の天秤が通用しないからねぇ。その言葉の真偽は判断できないなぁ」
嘘を見抜く魔法具は、己が魂の形を知覚した者には通用しない。
それを嘆きながらも、クォーツは「くくく」と堪えるように笑った。
「君の一人を魔境へ送る。じっくり観察させておくれよ。君にとってのマキオが、どんな存在なのかを」
「少し……顔を変えなければなりませんね」
リラルカは、それを承諾した。
アンリアと同一人物であると悟られるわけにはいかない。
顔面に切り傷でも入れるか、片目を抉るか。
はたまた、頬を炙ってみるか。
クォーツのスパイが、牧緒の懐に忍び込む――。
この世界は、≪終末級≫たちの舞台と言って過言ない。
有象無象では、彼らの気まぐれなシナリオを書き換えることはできないからだ。
しかし、それを可能とする者が一人だけいる。
難攻不落の大監獄から脱獄し、≪終末級≫の囚人たちを導く無能。
魔法に浸からず、魔力すら枯れた不才の凡人。
その謀略は悪逆の信頼を勝ち取り、一縷の逆転を必然とする。
奇跡に愛された豪運を振りかざし、世の羨望を物にした。
魑魅魍魎を生き残り、それを掌握した魔境の王。
これは、いずれ名を連ねる新たな≪終末級≫の軌跡。
全ての脅威を目覚めさせた諸悪の根源は、無自覚のままに空の下で新世界を造る。
彼らは今、世界の不文律を越えようとしていた。
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