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42話 王子

 オルニケア王国の夜。

 月明りに照らされた王城の廊下で、三人の足音が鳴る。


「勇者様。その右目は治さないのですか?」


 レトロの眼帯を見て、ミリオンは不思議そうに聞いた。


「あぁ。治せないんだ」


 右目の犠牲は、体の大部分を取り戻した。

 右目の損失を無かったことにすれば、今度は体を奪われる。

 それが、レトロの命を救った『(きょう)』という魔法の曲げられない法則(ルール)だ。

 

「『黎明の羅針盤』の結成を急ぐ。マキオに時間を与えると、僕たちにとって碌なことにならない」

「他に人が必要か? レトロが万全であれば、すぐにでも攻め込めばいい」

「……きっと、そうはいかないんだ」


 ゴーヴァンの提案は、あっさりと却下された。

 直後、向かい側から新たな足音が響く。


「陛下……。今から伺うところでした」

「そうか。ならば丁度よい」


 バラン国王の半身は白く照らされ、黒く沈んだ瞳を露わにした。


「『惡の特異点』から手を引け」

「一応、理由を聞かせていただけますか」

「七ヶ国同盟は、唯一竜の討伐成功を信じていない」


 唯一竜の体は、魔女に回収されてしまった。

 首を持ち帰れなかった以上、唯一竜が無力化されたという証拠が無い。


「これ以上の被害をこちら側がもたらすわけにもいかぬ」


 実質、ウオラ王国に攻撃を仕掛けた上で、結果を残せなかったことになる。

 『惡の特異点』と関わることで、世界の情勢が著しく悪化することは避けなければならない。


「分かりました。では、『黎明の羅針盤』の完成に専念しましょう」

「『黎明の羅針盤』も解散せよ。暗黒騎士の一時釈放も解除された」

「……何故ですか? 七ヶ国会議の決議を覆すのなら、再審が必要なはず」

「そんなものは関係無いのだよ。これは――”月の意思”である」


 それを聞いて、レトロは言葉を失った。


「ゴーヴァンは……明日にでも僕がヴァーリア監獄に送り返します」

「うむ。頼んだぞ」


 そう言って、バラン国王は静かにレトロを横切った。

 その影が消えるのを待って、ミリオンが口を開く。


「”月の意思”ってなんですか?」

「僕が本当に従うべき声さ。ミリーは気にしなくていい」


 レトロがバラン国王の臣下であるのは、上辺だけ。

 勇者の力を以てすれば、一国に従う理由も無い。

 従うべきは、もっと上の何か。

 レトロは、それを理解している。


「これで私の役目は終わりか……」


 ゴーヴァンは、低い声で兜を揺らした。


「いや、終わりにはしない。『黎明の羅針盤』には、君が必要だ」

「期待して良さそうだな」

「あぁ。来たるべき決戦の時には、必ず君を呼ぶ」


 方法や体裁など、何も考えてはいない。

 これは決意表明なのだから。


「明日、君をヴァーリア監獄に連れて行く。その後、僕は王子に会いに行くよ」

「王子……?」

 

 ゴーヴァンは、それが誰のことを指しているのか分からなかった。


「えぇ!? なんであの下衆に!? 絶対に会うべきです!」


 ミリオンはそれを強く否定……しているはずだ。


「王子なら『惡の特異点』の隙を知っているはずだ」

「≪終末級≫オタクですからねぇ~」


 勢いよく息を吐き出しながら、ミリオンは呆れたように肩をすくめた。


「それが誰かは知らないが、無様な真似はするな。情報戦ではなく、力で勝つのが勇者だろう」

「マキオがいなければ、僕だってそうしたさ」


 レトロは眼帯に触れるふりをして、つり上がった口角を隠した。


 ***


 キルシュテルゲ島という、南国の島がある。

 そこは、ある男によって不法占拠されていた。

 誰も、その男の決定に逆らえない。

 しかし、入港も出港も自由であり、意外にも観光に訪れる者が後を絶たない。

 そんな島に、勇者レトロは降り立った。


 南国独特の装飾が施された建造物たち。

 宿や飲食店、土産屋など様々立ち並ぶ。

 賑やかな繁華街を抜け、島の中央にそびえる山を見上げた。

 頂上に向けて、真っすぐに急勾配な階段が続いている。


「飛んだ方が速いな」


 レトロは空中遊歩の魔法で空に踏み込み、風の魔法で体を浮かせた。

 スルスルと空の海を泳ぎながら、速度を増して頂きを目指す。

 山の頂きには、宮廷が見える。

 人の気配を全く感じない静かな宮廷。

 部外者が近づいても、それを阻む仕組みは何もない。

 レトロは、開け放たれた門を素知らぬ顔でくぐった。

 その後もいくつかの門を越え、先へ進む。

 外と内の仕切りが少なく、宮廷内であるにもかかわらず風がレトロの前髪を揺らす。

 誰とすれ違うこともなく、真っすぐに謁見の間へ辿り着いた。


「お久しぶりです。王子」


 レトロは、絢爛豪華な大きすぎる玉座に座る男と対面する。

 事前の連絡などない。

 それでもその男は待ち構えるようにそこにいた。


「久しいね。君がここにきたということは、何か知りたいことがあるんだね?」


 王子と呼ばれる男は、世間話など不要と言わんばかりに本題を促す。


「えぇ、その通りです。僕に≪終末級≫の居場所と詳細を教えていただけませんか?」


 それは、『惡の特異点』に限らない。

 レトロは、世界に存在する全ての脅威を知りたがっている。

 仲間にするためか、利用するためか。

 もしくは、共通の弱点を見つけるためか。

 いずれにせよ、知ることが牧緒を凌駕するための一歩だと考えている。

 

「そうすることで、この私に何の得があるのかな?」

「明確なものはありません。しかし……この僕に恩を売れる」

「ははははは! 確かにそれは、喉から手が出る程欲しいだろう! この私でなければ、ね」


 王子は、ゴロンと玉座に寝転がった。


「相変わらずだね、君は。その本性を世界が知ったら、一体どうなるかな?」

「どうにもなりませんよ。今や世界は『惡の特異点』につくか、勇者(ぼく)につくかの二択ですから」

「それはどうかな?」


 王子の前に機密は意味を成さず、嘘は真実を隠すに至れない。

 全知の王子クォーツ・シィレイン。

 彼は、知るが故にレトロの考えを否定した。


「≪終末級≫の者たちは互いに干渉せず、世界を滅ぼそうともしない。それに意味が無いと理解しているからね」


 魔王ロキアズルのように特定の種族に敵対し、世界を征服しようとする者は確かにいた。

 だが、ほとんどの豪傑たちは互いに牽制し、目的を持たずにただ奔放に生きている。


「でも、今は違う。『惡の特異点』の存在が、彼らを変えた」


 魔王の時代は、勇者との対立で世界の均衡は保たれていた。

 しかし、『惡の特異点』は既に勇者を二度も退けている。

 

「どうやら、『惡の特異点』は東の無主地を占有しようとしているらしいじゃないか」


 王子は牧緒の目的と動向を知っている。

 彼の言う「らしい」は断定と同義。彼なりの謙遜だ。


「魔女と唯一竜……それと魔王の生まれ変わり。彼らに対する憧れか、それとも対抗意識によるものか……。いずれにしろ、≪終末級≫は各々の趣意をもって動き始めた」

「まさか、世界征服が流行している――とでも言いたいんですか?」

「はははは、その通りだよ! 若者が可笑しな言葉を使い、不細工な装飾で身を飾るように……流行っているのさ!」


 牧緒は世界を征服するつもりなどなく、ただ元の世界に戻りたいだけ。

 そのための行動が、結果的に勇者や国を動かし、世界を動かしてしまった。

 傍から見れば、世界征服を企む悪逆の軍団に他ならない。

 3名もの≪終末級≫が団結し、それを成そうとしている。

 それは、他の≪終末級≫たちの価値観を変えてしまった。


「それは、あなたも同じなのですか?」


 レトロが問うと、クォーツの顔から笑顔が消えた。

 国も民も持たず、国家に属さないクォーツは、それでも「王子」と呼ばれている。

 その所以は、彼が支配した召喚獣にあった。


 そう、実際に世界を滅ぼし得る力を持つのはクォーツの召喚獣。

 強さを持たないクォーツが、どのようにしてそれほど強力な召喚獣と契約したのかは謎に包まれている。

 世界を従えられる力を従える者。

 すなわち、クォーツこそが≪終末級≫であるのだ。


「それを答える前に、君が最初に知りたがっていたことを教えてあげよう」


 クォーツは静かに笑った。

 そして、脅威の一つについて語る。


「例えば、ある≪終末級≫の話だが――」


 その者は、原型魔法【複製(オムニス)】を行使する。

 肉体の細胞は欠けることなく再現され、一人が二人に、二人が四人となる。

 その魔力すら、無限に複製される肉体に余すことなく満たされる。

 その者は、現時点で世界に2000万人以上いると推定される()()である。


「もし、その≪終末級≫が世界中の水源へ一斉に毒を流し込んだらどうなると思う?」


 ≪終末級≫の定義は、単独で世界を滅ぼし得る手段を有していること。

 純粋な戦闘能力が劣っていたとしても、世界は滅ぼせる。


「いや、汎用魔法の普及によって水源がなくとも生活は事足りる。そうだな、彼らが暗殺者となって、一斉に各国の主要人物を殺害したら?」


 そうなれば、人類においての世界は滅亡の一途を辿るに違いない。


「君の体は一つだ。それを阻止することはできないだろう」


 クォーツは、勇者にも守れない物があると伝える。


「リラルカ」


 脇息に頭を乗せて寝ころんだまま、クォーツはパチンと指を鳴らして人を呼んだ。

 すると、脇から一人の使用人らしき者が現れる。


「お呼びでしょうか。王子」

「彼女はリラルカ。この宮廷は、彼女が管理している」


 突如として紹介された使用人は、レトロにとってどうでもよい存在……そのはずだった。


「その顔……どこかで」


 レトロは彼女に覚えがあった。

 しかし、そんなはずはない。

 記憶の中の彼女は、今もオルニケア王国の王城で庭師として働いているのだから。


「彼の知る君は、なんと名乗っているのかな?」

「庭師のミーリャとして、何度かお顔を拝見する機会がありました」


 そう答えるリラルカの声もまた、レトロの知る者と同じだった。


「これは一体……」


 レトロは困惑する。

 王子の話をそのまま受け取るなら、庭師と目の前の使用人は同一人物ということになる。


「彼女こそが、先に話した≪終末級≫の一人だよ」


 これが、王子を全知と言わしめる理由の一つ。

 リラルカは、あらゆる国や組織、種族に所属してあらゆる情報を王子に流している。

 時にその魔の手は、国家の中枢にまで及ぶ。


「彼女はウオラ王国の使用人としても働いた経験があってね。マキオと言う男のことも良く知っている。そうだったね、リカルカ?」

「はい。彼の生い立ちから全て、存じ上げております」

 

 彼女はかつて、アンリアという名で牧緒専属の使用人をしていたことがある。

 リラルカは、世界中に点在する自身の複製と記憶を共有することもできた。


「何故、それを僕に?」


 レトロには、クォーツの真意が読めない。

 確かに、レトロは≪終末級≫の情報を欲した。

 しかし、まさか側近の能力を晒すとは考えていなかった。

 リラルカの容姿は、庭師の容姿と全く同じ。

 姿かたちを変えられるならともかく、そうでないならネタばらしをする利点は無い。


「これが答えさ。この私も世界征服という流行に乗っているか……という質問のね」


 クォーツは、体を起こして頬杖をしてから見下すような視線を送る。


「これは、戦力の開示だ。リラルカの魔力は真に無限。複製する肉体の年齢も思いのままだ。つまり、不老不死と言ってもいい。それに、彼女は一人分でも十分に強い」


 それを聞いて、レトロは戦慄した。

 彼女の内に隠れた鍛え上げられた筋骨。

 圧を感じさせる魔力。

 もちろん、勇者にとっては赤子も同じ。

 しかし、それが無限の複製を成すというのだから、脅威と言わざるを得ない。


「この私とリラルカのように、複数の≪終末級≫が徒党を組むこともあるだろう。今までは考えられなかったことだけどね」


 『惡の特異点』は、全ての≪終末級≫にとってのあるべき姿を示してしまった。


「この私も名乗りを上げよう。ゆっくりとじっくりと、世界を頂くとするよ」

「では……僕の敵ということになるか」

「あぁ、いつでも受けて立つよ」


 全知との談合の場は、互いの宣戦布告の場となった。

 牧緒を発端とした世界のうねりは、≪終末級≫によって更に大きく動き始める――。

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