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41話 伏魔殿

 勇者と唯一竜の戦いから数日――。

 『惡の特異点』はとある湿地に足を踏み入れた。

 そこは、狂暴な魔物たちが蔓延る危険地帯。

 この世界にいくつか存在する無主地の一つとなっている。

 しかし、それはどの国の版図でもないという意味でしかない。

 支配者はおらずとも、住み着く物好きはいる。


 一面の湿地に寂しく切り立つ巨大な岩塊。

 その孤峰の頂には、俗世を拒絶するように古城が聳え立っている。

 牧緒たちは、その門扉をくぐった。

 庭園の先の東屋で、ティーカップを口元へ運ぶ人影が見える。

 

「久しいですねぇ。しかし、強欲の魔女ともあろうお方が、何故こんな辺鄙な場所へ?」


 その人物は、真っすぐ庭園の枯れた花を見据えて、牧緒たちを一瞥もせずに言った。


「妾は月の魔女だ。覚えておけ、フォリパス卿」

「これは失礼。実にお美しい異名です」


 そう言って、カタカタと笑う。

 その顎に筋肉は存在しない。いや、その全身が白い骨だけで構成されている。


「……スケルトン?」


 ユレナがポツリと呟いた。

 それは、死者の魂が別の死体に定着することで生まれる魔物のこと。


「いえいえ、私は亜人。そういうことにしています」


 そう言って奇妙に体を揺らす正体は、フォリパス・シャンク・フォスハウド。

 かつて貴族だった人間であり、不死の魔法を研究し続けた魔法使い。

 その成果は、誤った形で寿命を超越する結果となった。

 生命活動を維持するために必要な要素が全て腐り落ちて尚、フォリパスは元気に生きている。

 それが魔物でないとするならば、本人も言うように亜人。

 だが、最も適切な言葉は……今は誰も口にしない「魔人」であろう。


「魔物と大差あるまい」

「これは手厳しいですね」


 リデューシャとは、顔見知りのようだ。


「本日は、フォリパス卿にお願いがあって参りました」


 牧緒が一歩前に出て膝を付く。


「これはまたご丁寧に」


 フォリパスは、スカスカの手の平で口元を抑えた。


「マキオ。頭を下げる必要などない。ここに城を建ててやったのも、そこに住まわせてやったのも妾であるのだから」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」


 ローブの隙間から白骨を覗かせながら、フォリパスは立ち上がって牧緒の手を取った。


「ここは強欲……いえ、月の魔女様の物です。お好きに使ってください」


 ”魔境”を成すために必要な物は、土地と城。

 牧緒はそれを手に入れるため、ここまで足を運んだ。


「そんな簡単に……いいんですか?」

「もちろんです。城の望楼から見える陰鬱とした景色は、飽きる程楽しみました。また、同じような景色が見える新天地を探すだけです」


 死人のような感性が、空気をジメジメとさせる。


「フォリパス卿が出て行く必要はありません。ただ、同居という形を取らせてもらえれば、俺たちは満足です」

「あらあら、そうなんですか? それは嬉しい提案です。ここ数百年とても寂しかったので」


 微笑むだけでカタカタと揺れる顎を恥ずかしそうに隠して、フォリパスは一歩引いた。


「ボクはもっとパリッとした所が良いにゃぁ。砂がいっぱいあると最高にゃ」

「ニャプちゃん。気持ちは分かりますが、贅沢はダメですよ」

「うにゃぁ……」


 ユレナに諭されて、ニャプチは舌を出して項垂れた。


「土地など好きに変えればいい。砂場も用意してやろう」

「うにゃ!? やったにゃぁ!」


 自然を操る魔法に強い適性を持つリデューシャであれば、湿地を砂漠に変貌させることも可能だ。

 

「マキオが望むのなら、この城も別の物へ変えてやるぞ?」


 リデューシャが胸を張る。


「いいえ! これはこのままであるべきです!」


 勢い良く、ユレナが割って入った。


「こういうのが好みなのか?」


 牧緒は城を見上げながら聞いた。

 よくある西洋の城。

 しかし、どこか違和感がある外観。

 機能性を無視した歪な造形。

 下手な積み木のように凸凹とした佇まいは、美しさよりも不気味さを放っている。

 左右非対称で、尖塔がいくつも突き出ているお化け屋敷のような城だ。


「マキオ様は、魔王となるのですよ。小綺麗で煌びやかな城など似合わないと思いませんか?」

「まぁ、趣味ではないけど」


 誰よりも見てくれに拘っていたユレナは、醜さにこそ魅力を見出だした。

 そんなユレナの言葉に、オルガノが意見を述べる。


「悪鬼羅刹蔓延る新世界を成そうというのだ。『魔王』とは過去の遺物……。改めるならば、『魔境の王』で良いだろう」


 城の見た目のことではなく、ユレナの「魔王」発言を訂正した。


「……結構ノリノリだな」


 国を造ると宣言してから、オルガノは今まででは考えられないほど協力的な姿勢を取るようになった。

 娘と安全に暮らすための環境を探し出すのではなく、自ら作り上げるという行為に血気盛んになっているのだろう。

 牧緒は呆れもしたが、この調子ならオルガノは裏切るような真似をしないだろうと安堵した。


「良い異名だと思います! マキオ様に相応しいかと!」


 ユレナが大げさに媚びてから、ぴょこぴょこと牧緒に近づいて耳打ちする。


「わたくしの部屋は明るくて綺麗な内装にして貰えるよう、魔女様にお口添え頂けないでしょうか……」


 ユレナは『惡の特異点』としての雰囲気を重んじているが、自身の趣味は妥協できなかった。

 しかし、直接それをリデューシャに言う勇気もない。


「あぁ、それとなくお願いしておくよ」


 牧緒は小さく頷くと、ユレナはホッと胸をなでおろした。


「うにゃぁ。これ、屋根裏がいっぱいあるってことにゃ……?」


 ニャプチは、他の者とは違う理由で目を輝かせた。

 尖塔の数だけ屋根裏があると考えたのだろう。

 狭くて薄暗い場所を好むニャプチにとって、この城は満点の出来だった。


「魔城……魔境の城……うむ、そうだな……。シンプルに“伏魔殿”が適当だろう。はっはっはっ!」


 オルガノは、ブツブツと呟いたかと思えば、唐突に笑いだす。


「確かに、ノリノリですね」

「あぁ、やっぱりノリノリだな」


 牧緒とユレナは、無邪気な大男の様子に目を丸くした。


「好きな部屋を選ぶといい。開かない部屋は、妾とマキオの部屋だ」


 リデューシャがパンと手を叩き皆を促す。

 各々伏魔殿の中に入り、輝かしい新居の探索を始める。


「分からないことがあったら、いつでもお声がけくださーい」


 ひらひらと手を振りながら、フォリパスは皆を見送った。

 そんな中、リデューシャは牧緒を呼び止める。


「マキオ、まずは玉座に案内しよう」


 牧緒は言われるまま付いて行く。

 進む廊下の天井には、幾つもの蜘蛛の巣が張られている。

 だが、意外にも埃は無く、床や壁は艶すら帯びていた。


 異様な空間に飲まれそうになりながらも、牧緒は背筋を伸ばして歩き、ありもしない威厳を保とうと努力する。

 しばらく歩き、抜けた先はまさしく謁見の間。

 天井は高く、入口から玉座まで金色に縁どられた赤黒いカーペットが伸びている。

 左右には、太くて荘厳な模様が掘られた柱が立ち並ぶ。


「おぉ、凄いな!」


 セントファム帝国やウオラ王国のそれと比べても、別格の風格がある。

 牧緒は子供のようにテケテケと走り、玉座へ飛び乗るように座った。


「これが玉座から見る風景か……」

 

 明るく張った声は、みるみる内に小さく、弱弱しいものになる。

 自分で決めたこととはいえ、これから本当に『魔境の王』を自称し、世界を席巻しようというのだ。

 そのことを思い出し、プレッシャーに押しつぶされそうになる。


「フフ、マキオは凄い奴だ。自信を持て」


 そんな様子を察してか、リデューシャが微笑みながら諭す。

 玉座に座る牧緒の前で両膝を付き、その手を握って続けた。


「誰もが当たり前に成すことに、其方は及ばぬかもしれない。だが、其方が成すことにこの世の誰も及びはしない」

「あぁ、俺もそうだと信じたい……」

「その調子だ」


 牧緒の眼光が鋭くなったのを感じ、リデューシャは立ち上がって背を向けた。


「あ、あと……その……、部屋のことなんだけど……」


 ユレナの部屋を、若い女の子らしい内装にしてもらわなければ。

 しかし、リデューシャが作ったという城のセンスを否定してしまうようで、牧緒は少し気まずい様子で声をかけた。


「あぁ、ちゃんと別々に用意した。妾は、まだ其方に相応しくない。ゆっくり追いつくから覚悟しておけ」


 リデューシャはニカッと笑い、そそくさとどこかへ去って行った。


「あ……うん」


 残念ながら、話しは噛み合わなかった。

 牧緒が、未だにウオラ王国のホテルで同室にされたことを気にしていると思われている。


「しっかりしろ、俺!」


 両頬を強く叩き、玉座から立ち上がる。


「俺の部屋って……どこだ?」


 リデューシャの言い方だと、牧緒の部屋は既に決まっている。

 だが、その場所は伝えられていない。

 無限に広がるかの如き殿内から、自分の部屋を見つけ出すミッションが始まった――。


 ***


 牧緒に用意した特別な部屋。

 巨大な窓越しに広がる壮観と、安眠を保証するベッド。

 常に新鮮な空気を取り込み、快適な室温を維持する完璧な空調。

 元々は、いつかリデューシャ自身が寝室にしようと決めていた場所。

 特殊な鍵で封印し、数百年もフォリパスには使わせなかった。

 そういった部屋は、幾つか存在する。

 

 リデューシャは部屋のことを聞かれて、どうにも居心地が悪くなってしまった。

 部屋の場所も伝えずに、牧緒を置いてその場を後にしてしまったことを後悔している。

 しかし、今更戻れない。格好がつかないからだ。


「さて……、どうやってマキオの心を動かすか……」


 リデューシャは伏魔殿の最も高い主塔に腰かけ、風に吹かれながら呟いた。

 一方、そんな彼女の気も知らず、牧緒は伏魔殿の中を彷徨っていた。


「多分、上に行けばいいんだよな……」


 リデューシャの用意した部屋が、何よりも特別であることは想像に難くない。

 ならば、高い場所に部屋はあると推測した。

 しかし、全く辿り着けない。

 無駄に幅の広い緩やかな階段を見つけるも、上った先には更に上に続く階段は存在しない。

 半ば諦めた牧緒は、目的を冒険に切り替えて手あたり次第にドアノブに手を伸ばして扉を開けた。


 どの部屋にも立派な家具が備え付けられている。

 巨大な書庫や、だだっ広いキッチン。

 クジラも浸かれそうな浴場。

 共用施設も申し分ない。


「さて、ここはどんな部屋かな」


 数十か所目の部屋チェック。

 扉を開いたそこには、悪そうな笑顔を浮かべたユレナが、アンティーク調の椅子に座って足を組んでいた。

 右手には髑髏の形のランプを抱え、左手でその頭を撫でながら「ふっふっふっ」と笑っている。

 

「あ、マキオ様……。な、なんだか悪役を演じていた頃を思い出してしまって……。こういう雰囲気もなかなか良い物ですわ」


 ユレナは顔を真っ赤にして、髑髏をサイドテーブルに置いてしおらしい座り方に戻った。


「気に入ったなら良かった。リデューシャに部屋のこと言いそびれちゃったからさ。じゃあ、また後で……」

「はい……。後ほど……」


 集まる予定などないのに、お互い適当なことを言って茶を濁した。

 まだ、17歳の少女。

 一人になれば、見られたくない内面をさらけ出したくもなるだろう。

 牧緒は無暗に扉を開けたことを反省した。


 ここでニャプチの名を呼べば、すぐさま寄ってきて寂しさは紛れるだろう。

 しかし、急いでいるわけでもない。

 今後のことを、歩きながらゆっくり考える良い機会だと思い直した。


「まずは魔物を駆除するか、統率するか……」


 この区域に生息する魔物たちは、どこよりも強く数が多い。

 それでも、リデューシャやニャプチの実力なら簡単に制圧できる。

 しかし、それは力づくになる。

 可能なら統率の道を選びたい。

 バルバラのように、理知的な魔物もいるかもしれないのだから。


「瀕死状態のバルバラをどうやって治療するかも考えないとな……」


 今はリデューシャの召喚獣として、亜空間に閉じ込められている。

 リデューシャ曰く、亜空間では生物の時間は停止する。

 欠点は、魔法で治療しようにも召喚した瞬間に時間が進んで死が訪れてしまうこと。

 理想は亜空間の中で治療することだが、治療する者の時間も止まってしまう。


「早く人を増やして、”魔境”をそれっぽい場所にしないといけないし……」


 片っ端から各国で奴隷となっている獣人を買い集める。

 そして、彼らにとって過ごしやすい環境を作り出し、この土地に留まらせる。

 内から見れば楽園。外から見れば魔境の完成だ。


「異端審問官が接触してきたら、キュラハの協力も欲しいな」


 しかし、彼女の魂は未だ”迷いの森”の中。


「勇者は……まぁ、しばらくは大丈夫だろう」


 最も身近な脅威だが、牧緒はその優先順位を下げている。

 勇者が最後に発した『次はサシで勝負しよう』という言葉は、お互い力を蓄えての再戦を意味していると牧緒は受け取った。

 ならば、すぐに向かってくることはないはずだ。


 考えを巡らせながら適当に歩いていると、正面に南京錠の掛かった扉を見つける。


「これが俺の部屋か。あ、鍵を受け取ってないや……」


 牧緒が落胆しながら南京錠に触れると、それは砂金となって崩れた。


「なるほど、本人なら触れるだけで開けられるってわけか。これ、閉めなおすときはどうすればいいんだ?」


 ぶつくさ言いつつも、やたらと凝った作りの扉の先が気になって仕方がない。

 牧緒は、勢いよく両開きの扉を開いた。


 窓が無いのか、それともカーテンで遮光されているのか、中は暗い。

 扉から差し込む廊下の明かりが、天井からぶら下がる幾つもの装飾に反射した。

 小さなそれは、星の形をしたガラス細工。

 中央には、月を模した球体が吊られている。


「確かリデューシャの部屋にも鍵が掛かってるんだよな。じゃあ、ここって……」


 牧緒が察すると、透き通る声が暗闇の向こうから囁く。


「ようこそ。と言いたいところだけど、君はここにいるべきじゃない」


 牧緒は驚き、咄嗟に間抜けな構えを取る。


「リデューシャ……じゃないよな? あんた誰だ?」


 その姿は見えない。だが、確かにそこにいる。


「さぁ? 私は……誰なんだろうね。リデューなら知ってると思うけど」


 まるで煙が話しているかのように、声が発せられる場所がゆらゆらと変わる。

 それを不気味に思い、牧緒はゆっくりと少しずつ後ずさりする。


「警戒は不要だ。出ていくと良い。むしろ、そうするべきだと言っただろう?」


 もしかすると、フォリパス以外の住民がいたのかもしれない。

 牧緒はそう考えた。

 声の正体が侵入者でないのならば、牧緒は関与するつもりは無い。


「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」


 振り向いて部屋の外に出てから扉のノブを掴み、ゆっくりと閉める。

 それが締まりきる前に、隙間から最後の声が届く。


「リデューを月の魔女と呼んでくれてありがとう」


 気が付くと、消えたはずの南京錠がガッチリと扉を掴んでいた。


「どこかで……聞いたことのある声だったな」


 牧緒は、それを思い出すことができなかった。

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